57話 教団の真実
「久しぶりですね、残念勇者にエレンさん」
「そろそろ残念勇者は止めてくれ・・・」
「じゃあ、イザードでどうですか」
「なんか変わってない気がする!」
「残念勇者のくせに贅沢ですね」
「酷いっ!」
このやり取りも随分と久しぶりだ。
なんだかんだ言って落ち着いてしまう自分がいるのが少し悔しい。
「で、ルシア。ここに縛られているのが例の組織のメンバーかい?」
「はい、わたしはこれからゾアンを問い詰めに行くので、子供たちのこともお願いします」
「わかったよ。一人でいいのかい?」
「ふっ、愚問ですね」
「そうだろうね。まぁ、油断だけはするんじゃないよ」
「はい、ではまた後で」
捕らえた大人5人と子供たちのことを残念勇者とエレンさんに任せて、来た道を戻るようにしてイェーダ教団のアジトへと向かう。来るときに通ったマンホールの蓋を開けて地下水道に侵入し、ひたすら右手側へと走っていく。
来るときは左手側に5つ目の出口から地上に抜けたので、帰るときは右手側に進んで5つ目の出口を過ぎたあたりにゾアンの執務室につながる隠し扉が見つかるはずだ。
真っ暗闇の地下水道を『狐火』で照らしながら本気で走り抜けたので15分ぐらいで到着した。
ドガンッ!!
面倒だったので隠し扉を吹き飛ばしてゾアンの執務室に侵入する。炎系の爆発魔法を使ったので、焦げ付いた匂いと共に粉塵がモクモクと舞い散った。
「何者だ!?」
「わたしだよ、ゾアン様?」
動揺したような声を上げるゾアンの疑問に丁寧に応えてあげる。まぁ、粉塵に隠れてわたしの姿はまだ見えてないハズだから答えは分かってないと思うけど。
「私にはこんな過激な知り合いは無いはずだが名前を教えてくれないかな?」
「何言ってるのかな? 少し前まで会話してたじゃないの」
そう言って『粒子魔法』の空気粒子操作で土煙を払いのけてやる。現れたわたしの姿を見たゾアンは驚愕と困惑の表情を同時に浮かべた。器用なやつである。
「お前は・・・! まさかルシアか!? その耳と尻尾は一体!?」
「まぁ、その話は後でね。とりあえず拘束するから。『物質化・白鎖縛』」
「くっ!」
右手から出した白い鎖がゾアンを捕らえようとうねりを上げるが、さすがの身のこなしで回避する。こいつは今回の事件の親玉だから何としてでも無傷で捕獲しなくてはいけない。圧倒的な実力差を見せてしまうと、証拠隠滅で自殺してしまうかもしれないので徐々に追い込んで一気に拘束する必要があるのだ。
「ほらほら、もう一本追加よ!」
「ちっ、何本増えるんだ!」
今は尻尾が1本分しかないので出せる鎖は最大3本になる。できれば魔法の使用枠を1つ分空けておきたいので、実質2本が限界というわけだ。だがこの狭い部屋ならば2本もあれば十分すぎるので縦横無尽に飛び交う2本の鎖を操ってゾアンを追い込んでいく。
「この・・・私を捕らえて、どうするつもり・・・だっ!」
ゾアンは腰のナイフを抜いて迫りくる鎖を弾きながらなんとか躱している。ギリギリとはいえ戦闘中に会話も混ぜ込むとは中々やるな、と密かに褒めておいた。手加減をしていても強さランクSSSのわたしの攻撃を捌いているのだから、ゾアンの実力もそれなりということだ。
「そうね・・・あなたを捕まえたら冒険者ギルドに引き渡すことになるかな? あなたの捕獲と同時にギルドが動いてここを攻め落とす算段になっているしね。ギルドが動く前にボスのあなたを捕獲しておけば、後はこのアジトを調査するだけだし」
「冒険者ギルドだと!? 今まで全く動いてなかったはずだぞ」
「何言ってるのかしら? 目の前に潜入捜査員がいるじゃない!」
「そういうことか! なら貴様も冒険者というわけだな」
「そうよ。これでもAランク冒険者だから舐めてかからないことね!」
「これほどまでに私を翻弄する貴様に油断などないさ!」
そう叫んでゾアンは投擲針を取り出してわたしに投げつける。わたしはそれを見て予備に残しておいた魔法使用枠の最後の一つを使って風を起こし、軌道を逸らした。もちろん無詠唱で発動した魔法なので、ゾアンには投擲針が勝手に逸れたように見えただろう。驚愕するゾアンに人差し指を向けてクイッと下げると、急に動きを鈍くさせてそのまま地に這いつくばった。
「・・・ぐっ! 何をした?」
「動きを拘束するわたしの魔法、『 大気圧殺』よ。本来の威力なら押しつぶされて身体がペチャンコになる威力の魔法だけどね」
「これほどの・・・魔法を・・・無詠唱で・・だと? お前は本当に・・・何者・・・・・だ?」
身動きの取れなくなったゾアンを『白鎖縛』で縛り上げて口の中に毒物を仕込んでいないか確認しておいた。この世界には舌を噛んで自殺する方法を知る者はいないみたいなのでこれで十分だ。
手足を真っ白なわたし特製の鎖でグルグル巻きにされたゾアンを座らせて尋問を開始する。この部屋にはすでに『真空結界』を張ったので例え叫ばれたとしても声は届かない。
「さてと、この教団の目的や黒幕について教えて貰おうかしら? この二つは調べても分からなかったのよね~。予想はしているんだけど」
「話すと思うか?」
「わたしは疑問を持っているの。このイェーダ教団のボスであるあなたはかなり有能だと思うんだけど、あなたの立てた暗殺計画はお粗末そのものなのよね」
「・・・・」
「重要な情報の隠し方とか洗脳の仕方とかはよく出来ているのに、肝心なところが雑。正直に言うと、わざと失敗するような計画を立てているとしか思えないわけよ」
「気のせいではないか? それに私のことを買いかぶり過ぎだろう。現に私は貴様というスパイに全く気付かず、今こうして捕まって尋問されている」
「買い被りかどうかはこれから判断するわ。それよりもさ―――――」
「あなたってナルス帝国の皇帝の手先でしょ?」
「――――っ!?」
ゾアンは一瞬動揺したような表情を浮かべるがすぐにそれを隠した。だが例え一瞬でもその変化に気づかない私ではない。ニヤリと口元を歪めてゾアンをさらに追い詰めていく。
「今、少し表情が動いたわね。肯定ということかしら?」
「なに、あまりに突拍子もない推理に呆気にとられただけだ。そんな根拠もない―――」
「根拠ならあるわよ?」
「――――何?」
わたしは影から銀幻影モードのギンちゃんを呼びだしてスライム形態に戻ってもらう。そしてギンちゃんの内部にある亜空間に保管されている資料を取り出した。影に潜って隠れたり影転移ができる魔物であるファントムの擬態は潜入捜査では非常に重宝した。
「さて、ここに冒険者本部ギルドマスターが調べた資料があります」
「それがどうした?」
「この資料はイェーダ教団が暗殺しようとした貴族についてギルドが本気で調査した内容が記載されているのよね。そしてこの資料によると、ここに載っている貴族は全員ある組織とつながりがあったということが分かった」
「・・・・」
「その組織とは――――『光の教団』」
ピクリとゾアンの眉が動いてのでさらに確信を持ったが、取りあえず気にせずに言葉を続ける。
「【マナス神国】が国教にしている宗教ね。人間の神である唯一神シュランゲを崇め、徹底した人種差別廃止主義を掲げるこの帝国の敵と言っても過言ではない相手。【マナス神国】の国民自体はそんなに種族差別をしないみたいだけど、司祭とか教主とか教皇みたいなトップの人間は・・・人こそ選ばれた種族だと考えているらしいね」
「それがどうした? 他国の宗教団体と、この国の貴族が関わっているのがどうかしたのか?」
「はぁ~、あくまでも白を切るのね。まぁ、全部言っちゃうとこの貴族たちは食料を集めたり、裏組織を使って戦力を集めていた節があった。つまりさ、ここに載ってる貴族が『光の教団』を後ろ盾にして国家転覆でも狙っているんじゃないかしら?」
僅かに眉をしかめるゾアン。
口を固く閉ざしているので、あくまでも話す気はないみたいだ。仕方がないので、このままわたし流の名推理を続ける。
「で、ここからが本題なんだけど、これらの情報が分かったのはイェーダ教団が暗殺をしまくったおかげでいろいろと焦った貴族たちが尻尾を出したからなのよね。それでも隠蔽してたし一般的な調査組織程度なら誤魔化せるかもしれないけど、冒険者ギルドの本気の前には意味がなかったわ。
それもこれもイェーダ教団のおかげってわけよ。まさか偶然国家転覆を狙っている可能性のある貴族ばかりを暗殺対象にして、暗殺成功すれば儲けもの程度で済ませて適度に危機感を煽らせ、尻尾を出させることになった、なんてことはあるハズないものね」
ここでビシッとゾアンを指さしてドヤ顔をつくる。
「だからわたしの予想ではこの組織の目的はただの囮で、別の部隊がここに載ってる貴族たちに対して諜報活動を行っているのではないの? そして黒幕は恐らく皇帝でこの組織ではあなたと会計役のゲハムートは皇帝の部下といったところかしら?」
わたしとゾアンの間に流れるしばらくの沈黙。
かなり確信は持っているものの、これだけの大推理をかましておいて間違いでしたでは恥ずかしすぎて死んでしまう。もし間違っていたら証拠隠滅のためにここでゾアンを処理――――
「ククク・・・クアーハハハハハッ!」
突然声を上げて笑い出すゾアン。ヤバい、マジで勘違いだったか? と思って炎魔法の準備をするが、その心配は杞憂に終わった。
「まさか見抜かれているとは思わなかったよ。この組織に潜入しておきながら、私に気づかせることなく捜査をするだけはあるというものだ!」
おお、当たっていてよかった。
これで間違いなら黒歴史確定だったし。
「その通りだ。私は皇帝陛下直属の諜報工作部隊の者だ。もちろんゲハムートもな。そしてこのイェーダ教団を作った理由もルシアの推理通りだよ。ハハハ、参った」
「そ、そう。それでわたしも分からなかったのはスラムの子供を攫ったことなんだけど・・・?」
「それはだな、今回の事件を利用してスラムの問題を解決しようと図ったのだ」
「どういうこと?」
「ナルスの皇帝陛下は優しいお方だ。スラムの問題を長らく放置していたことで心を痛めていらっしゃった。そこで今回、私がイェーダ教団を謳って子供たちを攫い、暗殺技術の仕込みを行わせてわざと任務に失敗するような作戦立案をした。そうすれば暗殺任務先の貴族屋敷で捕まえられることになる。そこで陛下が『今、帝国内で騒がせている謎の組織に利用された子供たちの保護』という名目で元スラムの子供たちを援助する予定だった。何もなくスラムを援助しようものなら、貴族の血ばかり誇る無能が騒いで面倒だからこういった建前が必要だったというわけだ」
「じゃあ大人たちは?」
「そいつらはスラムやナルス内で犯罪を犯しているような奴を一気に集めた。元々証拠がなくて捕まえられなかった奴らなんだが、こうして帝国に害をなす組織に入っていたという事実があれば処断できる」
「つまり、このイェーダ教団の不可思議な団員構成は、スラムの子供の保護と法で裁けなかった犯罪者共を始末するため、という理由があったのね?」
「ああ」と頷くゾアン。まさに一石三鳥の一手と言えよう。この世界でも強国であり先進国である【ナルス帝国】の皇帝直属諜報工作部隊を語るだけはあるというものだ。
わたしが素直に感心していると、今度はゾアンが訪ねてきた。
「ところでこのことを冒険者ギルドは知っているのか?」
「ああ、そのことね。安心しなさい。ここに載っている貴族が国家転覆を狙っている可能性については知っているけど、イェーダ教団が皇帝とつながっていることは知らないわ。わたしの推理も今日の夕方あたりにたどり着いたものだしね。もともとゾアンが貴族に対して何かしらの憎悪を抱いている感覚があったから、初めはこの推理も否定していたけど、その憎悪も皇帝を裏切る行為に対してのものだとしたら納得できると思い至ったのよね」
「なら良かった。ではお前の推理を誰にも話さずに私に話すということは・・・?」
「ええ、もちろん期待していいよ」
わたしは思いっきり悪そうな笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「こいつらを始末するのを手伝ってあげる」
ゾアン「ところで今更だがルシアの耳と尻尾は・・・?」
ルシア「ああ、わたしは狐獣人よ。普段は『人化』で隠してたけど」
ゾアン「その・・・物は相談なのだが・・・。尻尾を触らせてくれないか? 私は獣人の尻尾が気になって仕方ないのだ」
ルシア「いやよ」
ゾアン「そこをなんとか!」
ルシア「他を当たりなさい」
ゾアン「先っぽだけだから」
ルシア「そう言っておきながら全部いっちゃうんでしょ? それに先っぽだけも却下よ」
ゾアン「ならば耳を・・・」
ルシア「やはり死ねっ」
ゾアン「ぐはぁっ!」
ルシア「『悪』は滅びたわ」