5話 ルシアの逃走中
最近、この生活に飽きてきた。
こんな何もない祠に放り込まれるのだ。
祠と言ってもただの洞窟みたいなところだ。
松明の薄明りだけが壁面を照らしているほかは、何も変わり映えのない場所だ。
この祠の奥に祭壇と大きめの座敷が置いてある。
祭壇には赤を基調にした金色の模様が描かれている布がかけられており、その上に水と果実が供えられている。この果実はプフェルというリンゴみたいな見た目で、狐族の集落の周辺でよく採れるものらしい。
なんでも、水を魂に、プフェルを命の源に見立てたお供えらしく、神子のわたしでも食べてはいけないらしい。お腹がすいたときなど、生殺しもいいところだ。
ちなみに奥から見て左手の壁面に大穴が空いている。
このまえ『火球』を誤射してできたやつだ。
洞窟で爆発なんか起こしたら生き埋めになりかねない大惨事になる可能性もある。気を付けなくてはいけない。
前回の失敗を繰り返さないためにコントロールの練習は欠かさずやっている。
せっかく魔法が使えるのだから、ぜひとも使いこなしたい。
だがコントロールも3日もすればこなせるようになった。
いまでは『火球』の大きさも制御も自由自在だ。
ただ、まっすぐ飛ばすよりも曲げたり停止させたりすると、霊力を多く消費する。たぶん運動量ベクトルの操作に対してエネルギー保存則が働いているのだろう。いまさらだが、この世界の物理法則は地球と大差ないと思われる。
最近は炎を動物の形に変化させることを試みているのだが、どうも難しい。
ほかにも、霊力を水、土、風、雷などに変化させる実験をしているのだがうまくいかない。
霊力の流れで周囲の空気を動かすイメージをすると、わずかに風が発生している気がするぐらいだ。
たぶん、あれだろう。よくある「炎適正」とかいうやつだ。
風に関しては要練習だ。
そういうわけで、魔法の練習も少し飽きてきた。
さすがに独学では限界もある。魔法学校的なものでもなければ、進歩はなさそうだ。
そしてこの祠に精神年齢17歳・・・・いや今は22歳のわたしが楽しめるような娯楽などあるはずがない。
そこで、この「清めの儀」を逃げ出すことにした。
<CASE1>授業が終わったら即脱走。
「今日はここまでにしておこう。ルシアよ、清めの儀に――――」
「じゃね、おじいちゃんまた明日」
全力疾走で逃走開始
「み、神子様を捕まえるのじゃ~!!」
うふふ~ そんな簡単に捕まってたまるもんですか。
族長の家を出て、最短ルートで村の外に向かう。
森に出てしまえば隠れながら逃げおおせる。尻尾感知を最大展開すれば、わたしより先に補足できる人はいない。村の外まであと200mぐらいか。5歳の体力では結構遠い距離に感じる。
「あ、神子様どちらにいかれるのですか?」
「神子様、あまり走られると転んでしまいますよ」
「お前たち、神子様を捕まえてくれ。神子様はただいま脱走中だ」
「「えっ?」」
さすがに相手は大人。5歳の女の子の速度など簡単に凌駕できる。あっという間に10mほどに詰め寄られる。
「くっ、大の大人がいたいけな幼女を大挙して追いかけるなんて・・・・」
「なにアホなこと言っているんですか神子様」
「悪いですが、おとなしく捕まってください」
「ぐへへ~、神子様~。こっちにおいで~」
「お前は黙ってろっ!」
若干1名気持ち悪いのがいるが、おとなしく捕まるつもりなんてない。
あと50mを華麗に逃げ切って―――――
「神子様捕まえましたよ。さぁ観念して清めの儀にいってください」
あっさり捕獲
<CASE2>早朝から脱走
今は早朝。
この時間に起きてる人なんてほとんどいないはず。
薄明りの明け方なら薄暗さに紛れて逃走可能
いざ、逃走開始
「おや、神子様。こんな時間にどこへ行かれるのですか?」
ビクンとして思わず立ち止まる。
ゆっくり振り返るとロロさんがいた。
「いいいいいや、べべべ別に? ちょっと、朝のお散歩にでも行こうかと思って」
「そうですか。ではぜひともご一緒しましょう。」
「いやいやいやいや。ほら、その、ロロさんもお忙しいでしょう?あたしにお構いな――――」
「ご一緒しましょう」
「・・・・はい」
ロロさん・・・笑顔が怖いです。
<CASE3>泣き落とし作戦
「今日はここまでにしておこう。ルシアよ、清めの儀に――――」
「じゃね、おじいちゃんまた明日」
全力疾走で逃走開始
「また神子様が脱走したぞ~。だれか捕まえろ~」
ふふふ~ 今日のわたしは一味違うのだ。
「あ、また神子様が脱走しておられる」
「おい、早く捕まえるぞ」
10m先に捕まえようと待ち構えている村人AとB。
わたしを捕まえようと手を伸ばしたところをジャンプで回避。そのまま2人の肩に手をついて、前方倒立回転で通り抜ける。獣人の身軽さと尻尾のバランス調整を駆使すれば、アクロバティック逃走中もたやすいものだ。
「あっ!」
「なにっ!」
立ちふさがる大人たちをスイスイ通り抜けるが、ついに後ろから追いかけてきた人に捕まる。どうあがいても、絶対的な体力差は埋められない。
「神子様捕まえましたよ」
「まったく、毎日飽きないですね」
「いつのまにあんな回避技を習得したんですか・・・」
「わ、わたしを捕まえてどうなさるおつもりなのですか・・・?」
目を潤ませて上目遣いをしてみる。
「い、いや、どうって・・・」
「み、神子様泣かないでください」
「お、おい。今すぐ離してさしあげろ」
「あ~あ、神子様を泣かせちゃったよ」
あっさり離してもらえた。
わたしを泣かせた責任の押し付け合いをしている間に逃走再開。
村の外まで50mもない。
今日こそ脱走成功しそう――――
「何しているのですか神子様」
「ひゃうっ?!」
首根っこを捕まえてわたしを捕らえたのは・・・・やはりロロさんだった。
くっ、この人は忍者かなんかなのか?
し、しかたない。ここは泣き落とし作戦で――――
「わ、わたしを捕まえてどうなさ―――――」
「さぁ神子様。清めの儀にいきますよ」
「・・・・・はい」
ロロさん・・・ほんとに何者ですか。
ロロさんは只者じゃないのです