56話 教団の嘘
何度も書き直しました。
この章の最後までの流れを3パターンぐらい考えていたのですが、この話が分岐点だったのでかなり悩みました。
地下に存在するイェーダ教団アジトの執務室に1つの大きな影と5つの小さな影があった。
小さな5つの影はわたし、リオン、パズ、レナにジーナのことで、大きな影はゾアンのものだ。
「いいか? 地図は覚えたな? 外に出たら周囲の確認をして暗殺組を追跡しろ。何度も言うが絶対に見つかるな。暗殺の内容にも手出しをするな」
「はい、わかりました」
「同志ルシアよ。初めての仕事で緊張していると思うがしっかりな。イェーダ様は見ておられる」
「はい、お任せください」
「では行け!」
隠し通路がある執務室にある暖炉の奥をゾアンが開き、わたしたち5人が順番に入っていく。
以前来た時に、なぜ地下なのに暖炉があるんだろうと不思議に思ったが隠し通路のカモフラージュだったらしい。この通路は帝国の地下水道につながっており、マンホールのような地上出口から帝国のあらゆる場所に行くことができるらしい。
地球の先進国並みに水道技術が発達していたことに驚いたが、よくよく考えれば【ナルス帝国】はこの世界における先進国だ。科学の代わりに魔法があるのだからそれぐらい出来ていても不思議ではないのかもしれない。
隠し通路の一番奥は壁に扮したドアになっており、その奥に例の地下水道が広がっていた。
酷い匂いでもするのかと思ったがそうでもない。一応ここは下水道であるはずだが水を見た様子から考えてもそれなりに綺麗だと思う。もしかするとここに流れ込むまでに浄化しているのかもしれない。
ただ欠点としては明かりがなく、真っ暗であることだ。
「このためのランタンだったのね・・・」
ゾアンの執務室に来た時に「必需品だ」と言って渡されたのだが、その時は何に使うのかさっぱりわからなかった。渡されたランタンは1つだけだったので余計に用途が不明だったのだが。
さっそくランタンを着けて全員いるか確認する。
ランタンと言っても火を灯すものではなく、魔石を使って魔法の明かりを発生させるタイプらしい。日本でいうところの懐中電灯のようなものだ。形はランタンのままだが。
「よし、いくよ。確かずっと左手に進んで5つ目の出口だったよね」
「うん、そうだね」
リオンだけが返事をしてくれたので珍しくパズが静かだと思い振り返ると、レナとジーナに両腕をがっちりホールドされて困ったような表情を浮かべていた。
「パズ・・・何してんの?」
「いや、レナとジーナがはぐれそうで怖いって言うから・・・」
「ああ、なるほど」
暗殺組織に入ろうとも女の子ということね。
え? わたし?
わたしは規格外なので。
しばらく無言のまま歩いていると1つ目の出口らしきものが見えた。
出口と言っても金属製の梯子が上の方まで伸びているだけで、一体どこにつながっている出口なのかは全くの不明である。
「これが1つ目ね」
「あと4つだな」
「ええ」
足音と水の流れる音と水滴が落ちる音のみが響く地下水道。
空洞になっている分、少しの物音でも反響してよく聞こえるのが不気味だ。
ランタンの明かりだけを頼りに進む道。わたしだけなら『狐火』を5個ぐらいだして明かりにしたいところだが、今は例えこのメンバーにも正体がバレるわけにはいかないので我慢だ。
かなり歩いた頃に、ようやく目的の出口らしき梯子にたどり着いた。他の出口と全く同じ外観なので、どこかで見逃していれば全く違う場所に出ることになるのだが、まぁそれはないだろう。
リオン、パズ、レナ、ジーナと視線を交わして頷き、わたしを先頭にして梯子を昇っていく。手に持っていたランタンは口に咥えてスルスルと昇っていくと割とすぐに一番上までたどり着いた。
見下ろして全員ついて来ているか確認し、耳をそばだてて地上の音を確認する。1分ほど集中するが話し声も足音も聞こえない。『人化』を解除すれば尻尾感知で1発なのに、と心で愚痴を溢しつつもしっかりと確認した。
もう一度振り返ってアイコンタクトをとり、手を上に押しあてて力を込める。少し重たかったが、獣人たるわたしからしてみれば大したことはなかった。マンホールのような丸い形の蓋を持ち上げると眩しい光が差して、思わず目を閉じる。日が落ちかけの夕刻だったからまだよかったが、これが真昼ならもっとひどい目に遭っていただろう。
念のため周囲を視認してから地上に出る。わたしに続いて他の4人もぞろぞろとでてきた。全員が出てきたことを確認してマンホールを元に戻し、周囲を確認する。
ここは人っ子一人いない裏路地で、周囲は古い建物に囲まれている。訓練で身に着けた(わたしは元から持っていた)身軽さで、建物の壁をスルスルと昇っていき、屋根まで上がる。頭に叩き込んだ地図を思い出しながら予定の場所に出てきたか確認する。
「どうだルシア?」
「予定通りよ」
わたしに続いて昇ってきたパズの問いかけに答える。
パズはここに昇ってきているリオンやレナやジーナに手を伸ばしてここまで引き上げ、わたしはその間に屋根伝いに駆けて行って先行している暗殺組の集合場所に集まっているリゲルたち1班や大人5人を見つけておいた。わたしが少し本気を出せばこれぐらいは簡単なのだ。
偵察をして帰ってくると、すでに全員が屋根まで上がって休んでいた。
「おかえりルシア」
「うん、リオンも上がってこれたんだね」
「パズが手伝ってくれた」
見るとパズは疲れたのか仰向けになって休んでいる。どうやらレナやジーナを引き上げるのに何度か降りたり昇ったりを繰り返したらしい。ほんまにええ子や。
「じゃあ、パズは休んでいるところ悪いけど、状況説明するね」
真面目に切り出すとパズも起き上がり、他の3人もこちらに視線を向ける。
「あなた達4人はここでしばらくお別れね」
「は?」
「え?」
「・・・?」
「なに?」
「『真空結界』、『白鎖縛』」
一瞬で『物質化』の白い鎖を創りだして4人を縛る。わたしの言葉に驚いて隙をつくった子供4人を抵抗する前に拘束するぐらい造作もない。
「くそっ、どういうつもりだルシア!」
「ごめんねパズ。後で説明してあげるからしばらくここで待ってて」
動けないように手足を縛ってその場から離れる。パズはまだ何かを叫んでいるようだが『真空結界』の外に出ればもう何も聞こえない。
次に向かうのは暗殺組が集合している場所だ。
先ほど偵察しているときにギンちゃんを呼びだしてギルドに連絡を送っておいたので1時間もしないうちにギルドマスターのマリナさん直属の人がくるはずだ。それまでに捕らえて無力化しておく!
先ほどの暗殺組の集合場所に戻ってみると、まだその場に待機していたがそろそろ出発するところだったみたいだ。ギリギリ間に合ってよかった。
人数は1班5人、大人5人の合計10人だ。ここも『真空結界』とその他魔法を使いたいところだが、既に1つ『真空結界』を使用中なので『人化』を解いて尻尾を出しておかないと魔法が使えない。
「解除・・・」
ボフン・・・と煙が出て尻尾と狐耳を付けたわたしが出てくる。この謎の煙さんはどうにかならないものだろうか。ちなみに尻尾は9本だしている。
「『真空結界』、『大気圧殺・弱』」
「グアッ!」
「う・・・」
「なんだ? 敵か!?」
「くそ・・・一体どこから・・・」
大気圧を上げて死なない程度に地面に縛り付ける。後は動けないところを『白鎖縛』で縛ってミッションコンプリートだ。あとはすぐに送られてくるはずのギルド員に引き渡すだけ。
まだ時間に余裕があるので尻尾を1本に戻してからリオンたちのところに戻って『真空結界』を維持しつつ、『白鎖縛』の鎖を操って空中に浮かせて暗殺組の所まで連れてきた。
パズはわたしの狐耳と尻尾をみて驚いていたが、無視しておいた。レナとジーナは悲しそうな顔をしていたので少し心が痛んだ。リオンはボーっとしていたので問題ない。
リゲル達暗殺組も、姿を現した獣人としての姿のわたしや白い鎖で捕まったリオン達を見て驚いていたが、すぐに恨みを込めた視線を送ってきた。
「どういうことだい? 同志ルシア?」
「わたしは初めからこういうつもりだったということよ、リゲル」
「なんでこんなことをする? イェーダ様は・・・」
「はぁ・・・リゲルは少し黙ってなさい」
「なっ!」
リゲルに限ったことではないが、子供たちはかなり洗脳されている。これをどうにかしなければここでイェーダ教団を潰したとしても解決しない。あまり気は進まないが、強硬手段をとることにした。
カツカツと大人たちの元に歩み寄って最高に冷たい目で見下しながら語り掛ける。
「ロック、フーバー、アスト、プルゲン、ヴェン・・・子供たちに本当のことを教えてあげなさい。そうしたらわたしが罰を軽くするように口利きしてあげてもいいわよ」
「ほ、本当か?」
「ええ、だからこの子たちに話してあげて」
「よし、俺は話すぞ」
「おいフーバー!」
「もう捕まってんだ。諦めるしかないだろ! それなら俺はできるだけ罰が軽くなる方を選ぶ! それにあんな組織に大した思い入れなんぞねぇ」
「だが・・・」
「だったらお前は黙ってろ。俺も話す」
「アスト・・・」
「話は纏まった? まぁ、話したい人だけ真実を教えてあげて」
「ああ・・・」
代表してフーバーがイェーダ教団のすべてを話し出した。
イェーダ様はいないこと。教団の教えは全て嘘で、子供を利用して暗殺組織として運営していたことまでを包み隠さず吐き出した。たまに他の大人たちも捕捉をしながら洗脳され尽くした子供たちに真実を教えていく。
「嘘だ・・・」
「そんな・・・なんで」
「クソッ! 結局スラムの汚い大人共と同じかよ」
「うぅ・・・」
ショックを隠し切れないリゲル。
怒るパズ。
イェーダ様というよりどころをなくして泣き悲しむ他の子供たち・・・・。
どうやらもう騒ぎ立てることもなさそうなので、ここに向かっているギルド員に備えて『真空結界』を解除しておく。解除した途端にわたしの狐耳がここに向かってくる2人分の足音を捉えた。
「お、ここか。久しぶりだなルシア」
「うまくやってるみたいだね!」
現れたのは最高クラスの冒険者。
世界に3人しかいないランク特Sのうちの2人。
残念勇者とエレンさんだった。