55話 新たな疑惑
「ん・・・くうぅ・・・」
目の前に見えたのは低い天井。
二段ベッドの上にいるのだから当然といえば当然だろう。
カンカンカンカンカーン
いつも通りの頭に響く鐘の音が鳴り響く。どうやら起床時間の少し前に目が覚めたらしい。
前世でも目が覚めて時計を見たら目覚まし時計をセットした時間の2分前だった、なんてことはよくあったので似たようなものなんだろうな。多分この生活に慣れてきたことで体内時計が形成されているのだと思う。
微睡んでいた意識も鳴り響く鐘の音でハッキリと覚醒し、パズとレナとジーナのベッドもゴソゴソと物音を立てているのが聞こえる。見ると、リオンだけは未だに熟睡しているが、これももはやデフォルトになっている。もちろん起こすのはわたしの役目だ。
「みんなおはよ~」
「ああ」
「・・・・ん」
「うぅ・・・」
「・・・・ZZZ」
お寝坊さんのリオンだけはやはり起きてくれない。
仕方ないので体を揺らして目覚めさせた。
「リオン~。起きて~」
「・・・・んん」
「朝だから起きなさいリオン」
「・・・あ、ルシア」
「はぁ・・・自分で起きれるようになってよ・・・」
目をパチクリさせて首を傾げるリオン。なにこれ可愛い・・・じゃなくていい加減マイペースな性格をどうにかして欲しい。
ガチャ
「皆起きて・・・いるな。朝食だ。食堂に集まれ」
部屋の鍵を開けに来た黒服の男は確か、今日の任務で監視するターゲットの一人だったな。名前は確かフーバーだったっけ? リゲル達1班や黒服たちが出かけるのは夕方になってからだし、それまでの間に5班のメンバーでも打ち合わせしておいた方がいいかもね。
それに、そろそろ反撃の準備もしないといけないし、わたしもこれからの行動についていろいろ考えておかないといけないわね。脱出のタイミングや子供たちの保護は最優先かな。保護した後のメンタルケアはさすがに管轄外だと思いたい。
「おいルシア。早く行くぞ?」
「あ、うん待ってパズ。リオンもベッドから出なさい!」
取りあえず朝ご飯を食べよう。
「じゃあ、今日の初仕事の打ち合わせをするね」
今は午後の自由時間、と言う名の訓練時間だ。土を敷かれた広い訓練場では、ほとんどの子供たちが暗殺訓練を自主的にしている。黒服たちもたまに指導をしているが、ここにいるのはほとんどが子供たちだ。唯一リゲル達1班の子供たちだけは、貴族暗殺の仕事の打ち合わせでゾアンの執務室に呼ばれている。ちなみに後でわたしたちも呼ばれる予定だ。
「今日のわたしたちの仕事は裏切者がいないかの監視。リゲル達1班と大人が5人の構成らしいから、わたしたちは一人につき大人一人の監視をすること。ただし、敵にも味方にもバレないようにね」
「なんで味方にもバレちゃダメなの?」
「いい質問だねレナ。そうだね・・・もしわたしたちが監視しているのがバレたとすると、裏切者はそれを警戒して尻尾を出さないかもしれないでしょ? それにわたしたちの仕事はゾアン様からの極秘らしいから他の同志たちに知れると極秘じゃなくなるしね」
「そっか」
「ほかに質問はないかな? じゃあ、監視の担当を決めるね。今日仕事に行くのは同志ロック、同志フーバー、同志アスト、同志プルゲンに同志ヴェンだね。担当したい希望はあるかな?」
黙り込む4人。
パズはどうでもいいという風だが、レナとジーナは悩んでいるようだ。リオンはぼーっとしているのでわたしの話を聞いていたのかすら疑問だ。
「あまり時間をかけることでもないからわたしが決めるけどいいかな?」
4人が無言で頷くのを見て話を続ける。
「わたしは同志ロックを担当するね。リオンは同志フーバーをお願い。パズは同志アストを担当してね。レナは同志プルゲンでジーナは同志ヴェンでいいかな?」
「うん」
「いいぜ」
「はい」
「・・・(コクコク)」
「尾行で気を付けて欲しいのは対象との距離だよ。近づきすぎず離れすぎずを心がけでね。これも訓練でさんざんやったから大丈夫だと思うけど。それからできればターゲットよりも高い位置からの監視が望ましいから、わたしたちの移動は基本的に屋根伝いになる。ターゲットの視線に注意して怪しい動きがないかチェックすること。ここまではいいかな?」
4人は大きく頷く。
「そして一番大事なことだけど、もし監視対象が怪しい動きをしても決して手を出さないこと。わたしたちの仕事はあくまでも監視。情報をゾアン様に持ち帰ることが先決だよ。焦って手を出して敵に捕まったら元も子もないからね。とくにパズはすぐに熱くなるから要注意だよ」
「お、おう」
「まぁ、仕事が始まる前にもう一回復習するから。それから今日は夜遅くまでの仕事になると思うから今のうちに休んでおいてね。絶対だよ?」
『わかった』
(この監視任務も茶番だって分かってるから変な気分ね)
少し憂鬱になってため息をついた。
「これから今日の任務の概要の確認と詳しい説明をする」
ゾアンの部屋に呼ばれたわたしたちは今日の暗殺対象にされている貴族様の情報と襲撃するパーティ会場の簡単な地図を囲んで説明を受けている。
というかどうやって貴族の屋敷の地図なんか手に入れたんだよ・・・
「基本的にターゲットの『悪』を消すのは同志リゲルたち1班だ。大人たちは会場の周囲に満遍なく配置して不測の事態やターゲットの逃走に備えることになっている。ここまではいいか?」
全員が大きく頷く。
「よろしい。君達の仕事は周囲に展開している大人たちを監視して怪しい動きがないか確認することだ。くれぐれも見つからないように気配を隠せ。今日のメンバーは同志ロック、同志フーバー、同志アスト、同志プルゲン、同志ヴェンの5人だ。それぞれの配置は・・・こうなる」
そう言ってゾアンが地図にメンバーの名前を書き込んでいく。
ロックは屋敷の正面口付近、フーバーは裏口付近、アストはパーティ会場に面した庭の木の上、プルゲンは馬車を止めておく厩舎の屋根、ヴェンはアストとは別の木の上に隠れて待機するらしい。
わたしはロック担当だから正面付近で張り込みすることになる。
「パーティが始まって1時間ほどしたら1班が煙幕を投げ入れ、混乱している隙に1班が突入してターゲットを暗殺する手筈になっている」
どういうことだ?
正直言って滅茶苦茶な計画だ。どう考えてもまともに暗殺する気がないとしか思えない。
そもそも今回のターゲットは別の貴族の娘の誕生日パーティに呼ばれた客人だ。本当に確実な暗殺をしたいならば警備の薄い道中を狙えばいい。それにも関わらずわざわざパーティの最中を襲撃時間にするのは異常と言える。
ただゾアンがバカなだけだろうか?
それともイェーダ教団の目的は暗殺とは別なのか? よくよく考えればこの組織は暗殺と言う面では技術的に2流クラスだと思う。そんな連中に後ろ盾がいて、その黒幕が邪魔な貴族を暗殺させているという筋書きはどうにもおかしい・・・
そう言えば潜入前の情報でも、イェーダ教団の暗殺成功率はかなり低かった。
襲撃内容も暗殺からは程遠い、目立つような場所での実行ばかりだった気がする。
つまりゾアンの真の目的は貴族の暗殺ではない?
悪目立ちするような襲撃を繰り返して知名度をあげること、または貴族社会に混乱と襲撃の恐怖を植え付けることなどが考えられる。とすれば子供たちに貴族を『悪』として刷り込みしている理由にも納得がいくというものだ。
では、なぜ貴族を『悪』と断定している?
ゾアンの貴族に対する嫌悪は嘘ではない気がする。
いや、だめだ。感覚と固定観念で考えるな。
情報の集め直しとギルドに連絡を急がないといけない。
「概要は理解できたか? 今日は暗殺組の後を追いながら夕食後に出発する。準備しておけ」
『はい!』
話半分に聞いているうちに打ち合わせも終わってしまった。
寝室でもある、わたしたち5班の部屋に帰る道中もこれからやるべきことを考えていた。
教団の真の目的、子供たちを使う理由、そして黒幕について。
イェーダ教団は分からないことが多すぎる。ゾアン以外の大人たちもこの教団を暗殺組織としか考えていないようだったので、もしかしたら真実を知っているのは極僅かな者のみなのかもしれない。少なくとも、ゾアンと会計役を任されている・・・確かゲハムートとかいう男は恐らく知っている。
ゲハムートはのらりくらりとした性格だけど、その瞳の奥では人一倍よく観察している。さりげない一言や仕草すらも目を着けられているような視線を感じるので、手練れであるということは分かっている。
この教団に幹部がどれだけいるのかと言えば、基本的にゾアンが一人で執務をこなしているので、実質1人だけだと思う。だが、このゲハムートだけは明らかにゾアンの右腕的な位置取りにいる。教団の財布役を任されているのがその証拠だ。
他の大人たちは、気配の隠し方から足運びまで2流の域を出ない程度だが、この2人に関してはわたしでも油断できないぐらいの実力はあると思う。ゲハムート本人は程度の低いフリをしているつもりだろうが、見る人が見れば実力者であることは明白だ。
だてに特S共と一緒に居たわけではない。
「いざとなったらわたしが全て始末しなきゃいけないかもね・・・」
「何か言ったかルシア?」
「いえ別に。今日のお仕事頑張りましょうパズ、レナ、ジーナ、それにリオン」
「おう」
「はい」
「ええ」
「うん」
これから忙しくなりそうね。
初めての任務に備えて部屋のベッドでしばらく休んだ。
ようやくテスト終わった