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女狐が異世界を調停します  作者: 木口なん
4章 イェーダ教団
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52話 教団での一日(後編)

 

 リオン、パズ、レナ、ジーナ。

 4人のルームメイトたちが寝静まった頃、音を立てないように慎重に布団から抜け出した。しなやかな体の動きで極力布すれの音も消しつつ部屋の扉の前に立つ。



(よし、まずは『粒子魔法コーパスルマジック・真空結界』!)



 『雷降星プラズマスター』の発動にも使用する『真空結界』を発動した。今回は小規模に渡って安定した発動をしたいので、霊力を使っている。



「次は・・・『物質化マテリアライズ』」



 右手から白い粒子のような物を出して扉についている鍵穴へと入れていく。いつものように矢や千本を創るときとは異なり、すぐには固体化させない。

 鍵穴を満たすように白い粒子を詰め込んでいき、形を形成していく。すると簡単に部屋の鍵が完成した。日本にあるような複雑な鍵は無理だと思うが、この世界の程度の鍵なら全く問題ない。そのまま、右手でクルリと白い鍵を回す。



 ガチャリ



 大きな音が響くが慌てる必要はない。

 そのために『真空結界』を張ったのだから。

 『真空結界』とはその名のとおり、真空の層を数cmほどの厚さで形成し対象を囲む魔法だ。つまり、この結界を使っている間は、空気を媒体とした現象を遮断することができる。例えば、熱や音だ。他にも細菌なんかはカットできる。

 だからこの程度の物音はキッチリ遮断してくれるのだ。


 ただし、この結界は非常に脆い。強風や簡単な衝撃ですぐに崩れてしまう。それに1013hPaという気圧の中で真空という現象を作るのはかなりの集中力がいる。長時間の発動も難しいのだ。



「よし、成功ね」



 この時ばかりは『人化』解いて、尻尾感知と聴覚嗅覚を全開にする。決して見つかるわけにはいかない。念には念を重ねるべきだ。

 尻尾感知で誰もいないことを確認して外にでる。尻尾は9本出してるので感知範囲は180mだ。仮に誰かが近づいてきたとしても、十分に対策できる距離がある。物音を立てないように慎重に、慎重にゆっくり歩を進めた。















 感知して視る限りだと、ほとんどの反応がどこかの部屋でじっとしていることを示すだけだ。つまり寝ているのだろう。わたしの感知範囲には現在24人分の反応があるが、そのうち19人が動きがない反応になっている。やはり全員が眠っているわけないよね。

 しかし、通路を見回る見張などはいない。たまに部屋を移動する反応があるが、これは嬉しい誤算だ。秘密基地だと思って油断しているのかもしれないけどね。ギルドもイェーダ教団のアジトは掴んでなかったし、まさか潜入されているとは夢にも思わないのだろう。


 気配を殺して通路を歩いてまわり、間取りを覚えていく。一応アジトの構造も伝えておいた方がいいだろうしね。それにしてもわたしの頭はものすごく物覚えがいいらしい。割と簡単に構造を覚えることができた。紙とペンは用意があるので、あとで書き込んでおこう。


 そこそこ広い地下空間の構造を把握しながら歩いていると、とある部屋から話し声が聞こえてきた。酒でも飲んでいるのか、興奮した様子で声も大きい。尻尾感知で注意しつつも、その部屋の前に立って扉に耳をつけた。人よりも何倍も利く聴覚のおかげで、内容ははっきりと聞き取れる。





「あ~、今日も疲れたぜ~」

「馬鹿なガキどもの手前だと演技する必要があるからな」

「そうそう、それだよ。おもしれぇよな。普通なら怪しすぎて信じられないようなことでも簡単に信じちまうんだぜ? 笑いを堪えるので必死だったっての!」

「まぁ、そう言うなよ」

「そうだぞ? スラムの子供ってのは何かをしてもらうことなんて初めてだろうからな。俺たちが質素な食事を出すだけでも簡単に手籠めにできるのは当然だろ」

「まぁな。初めは俺もびっくりしたぜ? 攫ったときは抵抗しまくってたのに、あんな貧相な飯を出しただけでコロッと態度が変わるからな」

「いいじゃないか。洗脳がしやすくて」

「そうだな。面倒よりはいい」



 どうやら覆面野郎共は今日の愚痴を言い合いながら酒盛りしているらしい。部屋の中には4人分の反応が見られるが、この4人は黒確定だ。

 それに会話からこいつらはわたしたちを洗脳して何かをするつもりのようだ。昼間の暗殺訓練から見て、暗殺者アサシンに仕立て上げようとしているのは間違いないだろうが、その目的はなんだ?


 イェーダ教団は貴族や王族を目の敵にする教義だ。中には犯罪者は殺せ、といったものもあるが、それはあくまでも隠れ蓑だと思う。ギルドの情報では、暗殺集団が貴族の暗殺未遂を続けているという。つまりは帝国の貴族、果てには皇族に狙いを付けたテロ行為が目的か?


 だとすればわたしたちを育てる理由としては、捨て駒にできる手先をつくること・・・?

 スラムの子供ならば、たとえ攫われてしまったとしても目立たないし、替えもきく。スラムの子供ばかり狙うのはこういうことだったのか。




「あ、酒が無くなっちまった」

「おい! ほとんどお前が飲んでるじゃねぇか!」

「わ、わりぃ」

「はぁ・・・一応そのお酒は経費から落ちているから大事に飲んでくれよ?」

「気を付ける」

「まぁいいさ。もうすぐ来月分の資金が届く」

「そういえばお金ってどっから来てんだよ」

「さぁ? 俺はゾアンに毎月お金を渡されているだけだしな。どっから出てきたお金なのかは知らん」

「なんだよ・・・会計役してるからってネコババするんじゃねぇぞ?」

「するかよ! したらゾアンにどんな目に合されるか分かったもんじゃない!」

「「「確かに」」」



 ほう。

 いいことを聞いた。

 イェーダ教団には資金提供をするスポンサーがいるみたいだ。ということは教団自体は手駒で、他に黒幕がいる可能性もアリ・・・と。この情報は報告してギルドの方でも調べてもらった方がいいかな。




 ガタッ



 椅子を引く音がして思考の海から引き揚げられた。



「おい、どうした?」

「小便だ。それと俺はもう寝る。少し飲み過ぎた」

「そうか。じゃあな」

「それなら俺も寝よう。明日はガキ共を起こす当番だからな」

「なんだお前もかよ。それなら俺らも寝るか?」

「そうだな。酒も無くなったことだし、そうするか」

「それなら灯だけ落としといてくれ」

「はいよ」



 中の4人が立ち上がり、扉の方に向かってきた。ようやく気付いたが、どうやらここは彼らの寝室というわけではないらしい。



(マズイ、隠れないと!)



 ここは障害物も何もない通路だ。隠れるような場所はない。だからと言って別の部屋に入り込む余裕もない。仮に鍵がかかっていたとしたらジ・エンドだ。

 ならばここでこいつらを気絶させるか? お酒も入っているみたいだし、運が良ければ夢オチで納得してくれるかもしれない。いや、この場でそんな危ない賭けはよろしくない。まだ、潜入して少ししか経ってないし、脱出の目途もない状況では自重するべきだ。


 全力で策を考えるが、焦って余計に頭が回らない。あれこれ考えているうちに中の4人もこの部屋をでようと扉に手をかけた。ドアノブが回されるのを見て、とっさに天井近くまで飛び上がる――――――






「じゃあな」

「ああ」

「寝坊するなよ?」

「わかってるって」



 男たちは1人と3人に分かれてそれぞれの部屋へと向かう。酒に酔い、秘密の隠れ家だと安心していた彼らは、天井に張り付く存在に気づくことはない。



(あ、危なかった~)



 天井近くで浮遊する真っ白な板状の台に乗って息を潜める。咄嗟に『物質化マテリアライズ』で足場を創り、『真空結界』で気配を消した。音がしないと分かっていても思わず息を止めてしまう。男たちが酔っ払っててよかったと思う。下手をしたら確実に見つかっていた。そうなれば・・・殺害(口封じ)するしかなかった。 



(アレ? なんか今、すごく自然に殺すとか考えたな・・・)



 ランク特Sの化け物たちと旅をする中で、何度か人を殺さなければならない場面はあった。以前【イルズの森】で魔族軍と対峙したときも『火炎竜巻』で殺した。この世界に転生してから、結構な数の生き物を手にかけてきたけど、今ではそんなに嫌忌感がない。慣れと言うものはまことに恐ろしいものだ。



 ふぅ、少しブルーになってしまったし、今日は切り上げよう。あまり長くここに留まるのもよくない。

 

















 来た道を通って部屋へと戻る。途中で前から誰かが来たときはすごく焦ったが、尻尾感知による早期発見のおかげで、余裕をもって対処できた。癌も索敵も早期発見が大切なのだ。

 部屋に戻るときも『真空結界』と『物質化マテリアライズ』で鍵をあけて音もなく扉を開ける。なんとか帰ってこれたようだ。


 ルームメイトたちが完全に寝入っていることを確認して自分の布団へと戻る。緊迫状態での移動のせいで精神的にかなりつかれたが、まだ眠れない。やることが残っている。





(出てきて・・・ギンちゃん)




 スウゥゥゥ―――


 わたしの影から音もなく出現する不定形で黒銀の幽体。

 ランクAの魔物、ファントムだ。 

 固体よりも結合の緩い魔素の塊。謂わばスライムと似たような構成だが、ガスの性質に近い身体を持っている。そのため討伐には、的確に魔核コアを破壊するか、魔法で処理するかになる。厄介だが、攻撃力は低いのでランクAとなっている。

 以前、死霊の彷徨う遺跡でリッチを討伐したときに出現したのをギンちゃんが捕食したのだ。普通に倒すよりも、ギンちゃんが吸収したほうが効率がいいので、お任せしたら擬態が可能になった。


 そしてファントムの最大にして唯一の能力が『影移動』だ。

 マーキングした影の間を移動することができる。どういった原理なのかはよく分かってないけど、魔素による影との同化と同期エンタングルメントによって量子的なワープをしているんだと思う。大量の魔力と強い願いによって発動する固有能力なので、魔法では再現できなさそうだ。



「ギンちゃん、紙とペンだしてくれる?」


 ぷるるん

(いいよー)



 ギンちゃんのスライム身体ボディから、ペンと紙の束が出てくる。実はギンちゃんは捕食によって吸収と保存ができる。魔物の捕食は吸収して能力に還元しているが、わたしたちの食糧などは捕食して別の空間に保存し、いつでも取り出すことができる。残念勇者のアイテム袋みたいな能力だ。

 すごく便利な能力なのだが、これに気づいたのは3か月ほど前なのだ。初めて知ったときはビックリしたけどね。



 紙に生活の内容や隠れ家の間取り、イェーダ教団と暗殺組織のつながり、黒幕の存在可能性、それから覆面男たちの名前などを書き込んで、再びギンちゃんに捕食してもらう。


「ギンちゃん、ギルドマスターのマリナさんに届けてね」


 ぷるん

(まかせてー)


 報告を飲み込んだギンちゃんはファントムに擬態してわたしの影に潜り込む。マーキングしているマリナさんの影までつながっているので、すでに情報は届いているはずだ。

 潜入の打ち合わせで、一番揉めたところが情報の流し方なのだ。どこにアジトがあるか分からない以上、連絡員を派遣することはできない。それで長時間の会議の結果、決まったのがギンちゃんの影移動だ。初めて見たときはマリナさんも目を見開いて驚いていた。



(ようやく眠れそうね・・・)



 これでも一応11歳だ。

 寝る子は育つ。夜更かしは成長によくないのだ。

 疲れ切ったわたしはあっという間に闇に吸い込まれた。



















「なるほど。やはりつながりがあったのね」


 深夜

 薄暗い執務室で報告書を読む妖艶な美女。

 本部ギルドマスターのマリナだ。


「さて、配達ごくろうさま。またお願いね」


 ぷるぷる

(もちろん)


 銀色のスライムはランクAモンスターのファントムに擬態してマリナの影へと潜る。



「私たちの方でも調査が必要ね。資金提供があるのなら貴族か商人かしら?」



 美女は新たな調査のために書類を用意する。






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