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女狐が異世界を調停します  作者: 木口なん
4章 イェーダ教団
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51話 教団での一日(前編)

 

 ゆっくりと深淵の底から這いあがるように覚醒していく意識。それに伴って思考が明瞭になり、周囲の気配が感じ取れるようになっていく。



(――――――夢?)




 パチリと目を開けると無骨な低い天井が見えた。



(朝・・・なのかな?)



 教団に潜入という名目で誘拐されて数日? が経ったのだろうか。地下生活なので太陽を見ることが出来ず、日付感覚や時間感覚が失われつつある。ただ覆面たちに言われるがままのスケジュールで過ごしているため、朝だと思ってたら実は夕方でした、なんてことがあっても不思議ではない。




 カランガランカランカラン




 甲高い鐘の音が鳴り響き、少し夢現ゆめうつつだったわたしの意識は完全に醒めた。ここでの生活では朝の鐘から一日が始まる。この鐘によって起床、食事、就寝などが管理されていて、ある意味刑務所のような生活だ。



「ちくしょう・・・うるせぇなぁ・・・」


 下の方からダルそうな、ぶっきらぼうな声が聞こえてきた。

 チラリと見下ろすと、ベッドの上でパズが伸びをしている。レナやジーナも起きているらしく、布団の中でモゾモゾしていた。


「おはよう。パズ、レナ、ジーナ」

「ああ」

「う~ん、もう少し・・・」

「おはようですルシア」



 わたしたち5人に与えられた部屋は、正直言ってそんなに広くなかった。2段ベッドが2つと普通のベッドが1つ。それ以外は特に何もない寝るための部屋だ。2つある2段ベッドはレナ、ジーナとわたし、リオンで使うことになった。ちなみにわたしが2段目だ。

 わたしはリオンにも挨拶するべく、身を乗り出して下を覗き込む。少し横着だが、そうしないと覗き込めないのだ。



「リオンもおはよう・・・ってまだ寝てるのね」

「よくあのうるせぇ鐘の音の中を眠れるよな」

「まぁ、リオンはマイペースだし」

「なるほど」



 リオンもまだ小さいし、よく寝るのはいいことだ。だがそろそろ起こさないと・・・・



 ガチャリ



 この部屋に唯一ついている出入り口の鍵があけられ、黒装束の髭の男が入ってきた。もちろんマスクは着けていない。アレは外用なのだろう。



「起きろ。すぐに朝食だぞ」



 あまり感情がこもってないないものの、優しめの口調で言葉を放ちつつ部屋を見渡す。布団に潜っていたレナとジーナも不機嫌そうな顔でゆっくり体を起こした。

 が、リオンだけは未だに眠りこけており、それが髭の男の目に留まった。



「はぁ・・・・、鐘がなったら起床だ。ここでのルールだから、そいつにもちゃんと守らせるように。お前らはここに来て日が浅いから仕方ないかもしれないが、すぐに慣れさせろ。いいな?」



 それだけ言って扉を閉めた。別の部屋の鍵も開けに行ったのだろう。



「とりあえずルシアがそいつを起こせよ? 仲間なんだろ?」

「はぁ・・・・、まぁいいよ」



 2段ベッドの端に付けられた階段を降りてリオンのベッドに入る。布団をめくると気持ちよさそうな顔でグッスリ眠っていた。布団を捲ったときに、少し表情が動いたが、リオンを目覚めさせることはできなかったようだ。

 仕方ないので体を揺すって呼びかける。



「リオン、朝だよ。起きて」

「ん・・・・んん?」



 うっすらと目を開けるリオン。まだ寝ぼけているのか、ぼーっとしている。意識も焦点もはっきりせず、まだ半分寝ているみたいだ。



「ほら、リオン。もう鐘もなったよ?」

「え・・・あっ。おはようルシア」

「うん、おはよう」



 ペチペチと軽く頬を叩いてあげると無事に覚醒したみたいだ。寝起きの悪いリオンをここ数日起こしてあげてるので慣れてきた。すでにわたしの仕事になりつつある。スラムで暮らしていた時は好きに眠っていたので、起こしたことなんてなかったんだけどね。



「ほら、起きたなら朝飯貰いにいくぞ。レナもジーナも布団から出ろ」

「はいです」

「・・・・うん」


「リオンも布団から出て」

「わかったよ」


 なんとも朝が弱いルームメイトである。

 わたしとパズは顔を見合わせて苦笑した。お互い苦労しているのだ。
















「では、今日の食前の祈りは同志デリックにしてもらおう」

「はい」


 初めに自己紹介させられた食堂に子供たちを始め、大人たちも全員座らされる。目の前には小さなパンと冷めた草のスープ。質素だがスラムの食事に比べれば雲泥の差だ。すぐにでも食べたいが、ここでは食前にイェーダ様に祈りを捧げなければいけないらしい。それも一人一人が祈るのではなく、食事毎に誰かが代表で祈るのだ。今回はデリックという子がするらしい。

 デリック君は立ちあがって手を組み、祈りの姿勢をとる。


「祈ります。

 我らを救いしイェーダ様。この食事を感謝します。

 どうか今日一日の恵みもお与えください。

 イェーダ様の示す敵を滅ぼすと誓ってこの祈りを捧げます」

『捧げます!』



 


 お分かりいただけただろうか。

 祈りだけでわかるが、この宗教危ないです。

 敵を滅ぼすって・・・


 ちなみに敵というのは王族貴族や詐欺師、盗賊とかのことらしい。

 なんでも、お金や食べ物などの恵みは全てイェーダ様に与えられたものであり、税と称して徴収したり、奪ったりする者はイェーダ様に対して敵対しているというのだ。実にシンプルである。

 わたしからすれば疑問点も多いのだが、虐げられていたスラムの子たちからすれば「なるほど」と謂わしめる教義だ。要するに、「敵を滅ぼせば幸せになれる」と謳っているのだからな。


 ここに来て数日だが、パズ、レナ、ジーナも納得しかけている。リオンは素直だから「イェーダ様ってどんな人だろうね?」とか言ってる。

 恐るべしイェーダ教団。


















「言われたとおりにナイフを振り続けろ。それが基本だ。立ち止まった状態で9つの振り方をマスターすれば合格だ」

『はい!』


 言われたとおりに、縦切り、切り上げ、右薙ぎ、左薙ぎ、右袈裟切り、左袈裟切り、右逆袈裟、左逆袈裟、突きを練習する。指導しているのは初めにわたしたちを誘拐してきたときに現れた覆面を外した男だ。名前はゾアンと言うらしい。


 それで何してるかだって?

 教徒としての修練という名の暗殺訓練ですよ。



 曰く、「イェーダ様の敵を消すために力を付けよう。敵を消すには暗殺が一番」だそうです。まぁ、この時点でイェーダ教団と暗殺集団の関係は確定したね。真っ黒ですよ奥さん。


 冒険者としてSランクの魔物を相手にしてきたわたしにとって、この程度の訓練はレベルが低すぎる。適当に手を抜きながら、目立たないように過ごすのに苦労した。手を抜くために神経を使うなんて贅沢な悩みだと思うけどね。



「はっ! はぁっ!」

「ほう、なかなか筋がいいぞ」

「は、はい!」



 パズは何故かノリノリで訓練を受けている。普段は素気ないし、レナやジーナのことになると、すぐに熱くなるけど、どうしたのだろう? 逆にリオンやレナやジーナはあまり乗り気じゃないみたいだけどね。リンに関してはもともと暴力とか苦手みたいだし。


 わたしたちより先にここへ連れてこられた子供たちは、すでに何度も訓練を受けているらしく、ナイフ捌きもそれなりに手慣れたものになっている。わたしからすればまだまだではあるが、すでに素人の領域から飛びぬけている子もいる。

 そして、その中に一人だけ、明らかに別格の子がいた。その子が振るうナイフは他に子と比べて鋭さが逸脱しており、動きながらの斬撃も目を見張るものがあった。



「ふむ、リゲルは相変わらず素晴らしいナイフ捌きだ。イェーダ様もお喜びになられるだろう」

「はい! ありがとうございます」

「その調子で励みなさい」

「はい!」



 リゲルと呼ばれた男の子は見た目が活発そうな小学生と言ったところだ。歳もおそらくわたしと同じくらいだが、彼の振るナイフはキレが違う。雰囲気からもイェーダ教を信じ切っているらしきく、今後の障害になる可能性もある。時間をかければリゲルのような子が増えていく。できることなら早期決着が望ましい。



「よくできた子はイェーダ様の仕事をすることができる! そのために努力しなさい!」

『はい!』



 できればお仕事は遠慮したいなぁ・・・・
















 カポーン。 カラカラカーン。


 すばらしい。

 なんとここにはお風呂が完備されているのだ。さすがに男女別々だけどね。

 週に2度、訓練後が入浴時間に定められていて、汗を流してもすぐに綺麗になることができる。銭湯みたいな大浴場があって、暖かいお湯に浸かることができるのだ。

 

 もちろん理由がある。匂い消しだ。

 暗殺を前提にしているから、身体の匂いを出来るだけ消すために風呂に入るのだという。暖かいお湯に浸かることで毛穴が開いて、汚れが落ちやすくなることを知っているらしい。経験則というやつだろうか? とにかくありがたいけどね。



「ふぅ、極楽だぁ・・・」

「お風呂ってすごいね」

「・・・・うん」



 初めてのお風呂は大層ご満悦らしく、レナとジーナもすっかりくつろいでいる。どこで覚えたのかジーナは手拭いを頭にのせて口元まで浸かっていた。口数は少ないが、相当気に入ったらしい。

 わたしたち以外にもそれなりに女の子の数がいるのに、ここで胸の話題が挙がらないのは、きっとスラム出身だからだ。されると恥ずかしいけど、なかったらなかったで寂しいのは何故だろう。今は貧乳だからされると困るんだけどね。
















 風呂から上がると夕食になる。

 例の危ないお祈りのあと、パンとスープと水という寂しい食事をとるのだ。もちろんスラムの食事よりは上出来だけど、わたしとしては我慢しがたい。やはり早期決着が大事だ。

 そう心に誓いつつ夕食を済ませた。



 パンパン



 ゾアンが手を叩いて注目を集める。


「これより教義の時間を始める。皆、食事は済んだかな?」


 そういって食堂に集まった子供やその他の大人たちをグルリと見渡す。

 

 毎日夕食の後、そのまま食堂で教義の時間というお勉強タイムが始まる。要するに洗脳するのだ。イェーダ様がどんな方で、どうこうすることでこんなお恵みがありますよー、というイェーダ様べた褒めの内容なのだが、その思想はかなり過激だった。


 税を奪って贅沢をする貴族は皆殺しだ。

 詐欺師や強盗は即刻死刑だ。

 我らスラムの民を見て見ぬ振りをする王族は叩き潰せ。

 さすれば救われん。


 などなど、もはやテロ組織並みだ。


 貴族だって仕事してるし、王族だって見て見ぬ振りをしてるわけじゃないだろうし、詐欺師や強盗にも奴隷化や懲役刑の選択肢ぐらいあげようよ。

 ともかく、悪・即・斬・☆の思考回路を植え付けるために、延々と貴族は悪だとか暗殺とか死刑とか物騒なお話をされるのだ。これを毎日聞かされたら普通の子供は間違いなく洗脳される。純粋なリオンには気を付けないといけない。






 体感で1時間ほど。

 つまらない話だから長めに感じただけかもしれないが、ようやく解放される。昼間あれだけ訓練させられて、難しい話を聞かされたのだから、寝てしまう子も何人かいた。わたしも本気で寝てやろうかと思ったが、目立ちたくないので頑張って我慢したのだ。


 長い1日を終えた子供たちは、解散と同時にヨロヨロと立ち上がって各々の部屋へと戻っていく。そして部屋に入ると、順番に外から鍵をかけられていくいくので、翌朝までは出られないようになっている。

 教義が終われば就寝だ。ほとんどの子が部屋のベッドに潜り込んで泥のように眠りこける。パズやレナやジーナもお疲れらしく、あっという間に眠ってしまった。リオンは教義の時間からすでにウトウトしていたので言わずもがな、である。



 わたしも4人が寝入ったのを確認してそのまま目を閉じる。



 と思わせて音もなく布団から抜け出す。

 わたしの一日はここではまだ終わらない。

 今からは冒険者スパイとしてのお仕事タイムだ。





後編はまだプロット段階です

すぐに投稿する・・・はず

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