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女狐が異世界を調停します  作者: 木口なん
4章 イェーダ教団
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49話 潜入開始

 帝都の大通りから大きく外れた場所。建物の間にある薄暗い、いわゆる裏通り。

 ここでは市民でありながらも、貧しく、日雇いの仕事をこなして毎日を生き延びる者たちが数多く住んでいる。ボロボロの小さな木の小屋に住んでいるような者はまだマシで、中には地面に寝て過ごす者たちも珍しくない。毎日のように犯罪が起こるここでは、秩序などあってないようなもの。奪った奴が勝者で、奪われれば敗者となるのだ。


 帝都内の浮浪者や犯罪者が集まる場所、スラム。

 そんな危険な場所に一人の少女が歩いていた。


 長い黒髪とは対照的な汚れた白い生地の簡単な服を纏った、ごくごく一般的な貧民の子供の姿。スラムでは食べ物を探して彷徨う子供は少なくないため、道に寝そべる大人たちから見てもなんらおかしいところはない風景だった。



 だが、彼らは驚くだろう。

 その少女が、総資産80億ゲルドを超えるランクA冒険者のルシアだと知れば・・・・
















「お腹減った。まさかここまで食べ物が見つからないとは思わなかった」


 3日前からスラムの少女を装ってこの辺りを彷徨っているが、未だに誘拐されることはない。この潜入のために安物のボロい服を用意して、適度に汚して、さらに完全な『人化』で尻尾と耳を消たのだ。どう見てもスラムの子供に見えると自負している。


 が、食べ物が見つからなくてすっかりまいってしまったのだ。

 いや、まぁ、手段を選ばなければ食べる方法もありますよ? 主に体を売るとか。

 さすがにそれはしたくないから別の手段で食べ物を手に入れようとして、このザマというわけだ。何度か無理やり襲われそうになったり、普通に裏の奴隷商人に誘拐されそうになったけど、こうしてなんとか逃げ延びた。撃退することもできたけど、そんなことしたら潜入した意味がなくなるから仕方ない。



「はぁ、まだ3日目なのに心が折れそう。どうやって食べ物を手に入れようかな・・・」


 獣人としての並みならない体力があるとはいえ、無限ではない。無駄な体力を使って、いざという時に動けないのでは困るので、歩くのを止めて壁に寄りかかって座り込んだ。体力を消費しないように座ったり寝転がったりするのは、スラムではよく見る光景だ。現に隣にいる子供も同じように座っているし。


 って、なんかこっち見られてる・・・?



「君、見かけないね。最近別の区画から来たの?」

「え?」


 いきなり話しかけられて少し戸惑った。こういったスラムの住民同士の会話はめったになく、なんらかの取引やケンカでも起きなければ誰かと話すような機会はない。

 答えに戸惑うわたしに首をかしげる彼はふんわりした栗色の髪で、優しそうな目元が特徴的な男の子だ。顔が汚れているけど、綺麗にしたらきっと美男子なんじゃないかな?


「それになんていうか、スラムに慣れてない感じがするけど大丈夫?」


 す、鋭い。


「それは・・・最近わたしの親に捨てられて彷徨っていたらここに来たの」

「へぇ、そうなんだ」


 取りあえず、あらかじめ決めておいたわたしの設定を言ってみたけど誤魔化せただろうか? なかなか鋭い子だけど、根が素直でよかった。





ぐるぎゅるるるる~





「・・・あうぅ」

「ふふふ、お腹空いてるの?」

「うん・・・」



 めっちゃ恥ずかしい。いくらお腹が空いてるからって、あんなに大きな音が鳴らなくてもいいのに! まったく自己主張の激しい胃袋ですね。


「ボクも4日ぐらいほとんど食べてなくてね。そろそろ限界なんだよね・・・」


 ごめんなさい。上には上(いやむしろ下には下?)がいました。


「・・・どうやったら食べ物もらえるか知ってる?」

「誰かから奪う」

「いや、それ以外でお願い」

「・・・体を売r」

「それも却下で!」

「贅沢だなぁ」



 仕方ないじゃない。ついこの前まで贅沢な生活だったんだから。

 おいしいごはんと柔らかいベッドが懐かしいです。





「今日も手に入れられそうにないから、もう寝ようかな」

「どこで寝るの?」

「え? ここだけど?」

「うん・・・そうだよね」


 この子がどこかに拠点を持ってないか期待したけどダメみたい。まぁ、スラムで子供が拠点を持っていることなんてほとんどないけどね。子供たちが協力してコミュニティ作って生活していることもあるみたいだけど、この子はどこかに所属しているわけじゃないみたいだし、しばらく一緒に行動するのもいいかもしれない。

 潜入任務では現地協力者が必須だよね!



「ねぇ、あなたって一人?」

「うん、そうだよ?」

「だったらわたしと一緒に行動しない?」

「一緒に?」

「そう。一緒に食べ物さがしたりするの」

「う~ん、うん。いいね。そうしよう」

「じゃあ、あなたの名前は?」

「ボクの名前? ・・・特にないなぁ」

「ないの?」

「うん。だって誰かに呼ばれることないし、気にしたこともなかった」

「でも一緒に行動するなら名前がないと呼びにくいよ?」

「そうかな? それなら君が決めてよ」

「え・・・わたしが?」

「うん」

「それなら――――」







「――――リオン・・・でどうかな?」






「りおん・・?」

「そうよ」

「うん・・・今日からボクはリオンだ。よろしくね」

「わたしはルシアよ。よろしくね」



 リオンとわたしは互いに協力者になった。


 一緒に寝て、一緒に起きて、一緒に働いて、なんとか食べるものを手に入れる。仕事は朝から晩まで働いて、ようやくパンを1切れ貰えるようなブラックすぎるものばかりだったけど、それがここの普通だと我慢した。何よりパートナーがいるというのは心強い。


 ゴミ拾いや掃除のような仕事もリオンと一緒にすれば、かなり気も紛れる。スラムの子供らしく毎日を健気に過ごすことに違和感を感じなくなってきた。



(わたし、このままスラムで馴染んじゃうかもしれないわね)



 ふとそんな考えがよぎるほどに、リオンとの生活を楽しんでいた。いや、もちろん冒険者としての生活と比べたらかなりつらいけどね。この任務が終わったらリオンと一緒に冒険者になってパーティ組むのもいいかもしれない。






(って、わたしが誘拐されるときはリオンも一緒に誘拐されるじゃない!)


 今更ながら気づいたが、わたしの本来の仕事はイェーダ教団に誘拐されることだ。パートナーを作るということは、この誘拐に巻き込むことも意味している。食べ物がなくて困っていたとはいえ、後先考えずに悪いことをしてしまったな・・・



「どうしたのルシア? 怖い顔をしているよ?」

「え? うわっ!」


 今日の仕事が終わって、考え事をしていたわたしを覗き込むようにリオンが顔を近づけていた。


「いきなり脅かさないでよ・・・少し考え事をしてたの」

「何か悩みでもあるの? 相談に乗るよ? パートナーなんだし」


 グ・・・鋭い。そして心が痛む。

 リオンという生き物は純粋すぎていつか誰かに騙されそうね。


 いや、すでにわたしが騙しているようなものか・・・

 今更リオンを1人にするわけにもいかないし、どうしよう。かと言って仕事を中断してリオンを保護してもらうわけにもいかないしなぁ。とりあえずこの子を心配だけさせないようにしないといけないね。




「大丈夫。それより明日も仕事が見つかるといいね」

「そうだね。ここ最近は毎日仕事にありつけているしね」

「明日に備えてもう寝ようか」

「うん」


 1週間前に偶然見つけたボロボロの毛布を2人で被って一緒に寝る。初めこそ遠慮があったが、今ではすっかり慣れてしまった。まぁ、身体は子供だし、リオンはいい子だし、べつにやましいことは1つもない。ただ一緒に寝ると暖かいだけだし。


 ・・・アレ? ちょっと危ない発言・・・?


 いやいやそんなことはない。単なる利害の一致だ。

 そんなことに思考を巡らせながら、疲れていたわたしの身体はすぐに闇に吸い込まれていった。













 ゴトゴトッ・・・ガタン


 地面が揺れる感覚で目が覚めた。

 


 いや、訂正。縛られた状態で閉じ込められた馬車が揺れた感覚で目が覚めた。ご丁寧に騒がれないように猿轡までされている。とうとう奴隷商人に捕まったのか?



(そうだ! リオンはっ!?)



 周囲を見渡すと、すぐ側でリオンは眠っていた。ホッと胸を撫で下ろそうとして手が縛られていることを思い出す。それに私たちの他にも捕まった子がいるみたいだ。暗くてよくわからないが、身体の大きさを見るに全員子供。それもわたしと同じかそれより小さいかぐらい。


(全員子供ね・・・もしかして当たりかな?)


 イェーダ教団が子供ばかりを誘拐しているという情報。それをもとに考えれば、可能性は十分ある。もちろん奴隷商人に誘拐された可能性もあるが、もしそうなら連れ去られた場所で奴隷紋が刻まれる。その前に脱出すればいいだけだ。今はとにかく大人しく情報を集めることを優先する。



 


 しばらく揺られていると急に馬車が停止した。

 ガチャリと扉が開き、覆面を付けた男たちが一人一人わたしたちを連れ出す。リオンを含めた、まだ眠っていた子たちも起こされて無理やり立たされた。いきなりのことで身を固くするリオンだが、わたしの姿を見て顔を緩める。リオンも誘拐されたことを理解したのだろう。特に暴れることもなく覆面男に連れられて馬車を出た。


 わたしも連れられて外に出ると、夜明け前なのか空が白みだしており、眩しさで少し目が眩む。なんとか慣れた目を開くと、そこはスラムと同じようなボロい小屋の前。周囲もスラムらしい風景で、ここがどこかは全く分からない。恐らく帝都の中だとは思うけど・・・


 馬車の中は暗くてよく見えなかったが、どうやら捕まったのはわたしとリオンを入れて5人らしい。背後に覆面が立ったまま横一列に並ばされた。


 やはり、奴隷商人だったか? と思って脱出するのに魔法を使おうかと考えだしたとき、小屋の中から覆面と同じ格好だが、覆面を着けていない男がでてきた。恐らくカッコイイ部類に入るだろうその男は目だけが暗く灯っており、正直不気味だった。

 男はその冷たい目でわたしたちを見渡し、決定的な言葉を口にした。




「ほう、今日は5人も遣わされたか。感謝しますイェーダ様・・・・・




(ようやくミッションスタートね・・・・)


 


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