46話 1年後
「この森を抜けたら【帝都ナルス】が見えるハズだよ」
「ようやくですか」
「といってもこの森を抜けるのに1日かかるけどな」
大人の男女に少女が一人。一見すると親子の旅のように見えるが、もちろん世界が誇る人外である特Sランク冒険者のイザードとエレン、そして転生者ことわたし、ルシアだ。
【イリジア】から西へ向かい、【第三都市ロタ】を経由してナルス湖と呼ばれる琵琶湖にも並ぶ広大な淡水湖を渡り、【ナルス帝国】へと入国した。冒険者という身分はとても便利で、冒険者カードを検問で見せるだけで入国させてくれた。パスポートも兼ねたすごいカードだが、盗まれて悪用されることも多いのだとか。だからこそカードの再発行には大きなお金がかかるらしい。
入国後は近くの大都市【ミリス】に立ち寄った以外は特に街にも入らずに旅を続けた。そして今は【ミリス】と【帝都ナルス】の間にある【ナル・ミリの森】を通過しようとしているところだ。ナルスとミリスの間だからナル・ミリってのは安直だと思うかもしれないが、地球の地名もそんなもんだ。青函トンネルなんかがいい例だろう。青森と函館をつなぐから青函トンネルというからな。
これまでの旅路をサラッと流したが、実際はこんな簡単な旅じゃなかった。
ある時は数百人規模の大盗賊団を一日で捕縛。
またある時は死霊の王リッチが支配するアンデッドの蔓延る遺跡を一夜で浄化。
はたまたある時はワイバーンの巣を襲撃して100匹以上を数時間で殲滅。
人外共はわたしへの手加減というものを全くしなかった。ええ、分かってますよ? 確かにわたしは原種を倒してしまったことで強さランクSSSに認定されました。だけどこれはハードすぎると思うんです。毎日のようにランクS超えの魔物を討伐する依頼を受けさせられたときは(精神的に)死ぬかと思いました。
そんなこんなで冒険者ランクもAに昇格して今はこんな感じ。
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名前 ルシア 11歳
ランクA(SSS)
戦闘 弓、霊術
パーティ イザード
エレン・クラウス
受注中の依頼 -
預金額 8762890987ゲルド
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見れば分かると思いますが、87億ゲルドというとんでもない資産を持つことになったのです。しかも私の装備は特に変えてないので使いどころもなかったという訳で溜まりに溜まってしまった。
あと、わたし11歳になりました。
原種との戦いから大体1年2か月経ちましたからね。ちなみに学院は12歳からに入学できるそうなので【ナルス】についてからはしばらく適当に過ごすことになるみたい。日本と同じで4月からスタートするため、8か月ほど余裕がある。ちなみに入学には試験が必要で、入学の1か月前に入試を受けなければならない。入試科目は入学する年と学科によって異なるみたいなので、入試の内容が発表される12月までは暇なのだ。せっかくなのでランクSの昇格試験でも受けようかと思っている。
「ルシア! 何かいるよ!」
エレンさんに呼ばれてハッと意識を戻す。よく効く聴覚に集中すると確かに前方に何かがいるみたいだった。一応捕捉しておくと普段は尻尾を1本だけだして普通の狐獣人っぽく見せている。『人化』が便利過ぎて今では一番よく使う魔法になっている。
「確かに何かがいるみたいです」
「魔物か?」
「んー? もう少し近寄らないと分かりません100m以上は離れているみたいなので」
「あたしたちと同じ旅人かもしれないね。話し声が聞こえる・・・いや、叫び声だねこれは」
「エレンさんも聞こえるんですか?」
「そうさ、エルフは森の一族だからね。視界が限られた森で生き抜くために聴覚が発達しているんだよ」
「へー、はじめて知りました」
「え? もしかして俺だけ聞こえてないのか?」
「「役立たずは相変わらずですね(だね)!!」」
「ぐふっ!」
いつものように残念勇者をノックアウト。エレンさんとは気が合うのだ。
「じゃあ、尻尾感知で探りますね」
「ああ、ルシアお願い」
「はい、『人化』解除」
ボフッといういつもの謎の煙と共に本来の姿に戻る。黒いローブの下から九本の尻尾を出したこの状態では尻尾感知は半径180mにも及ぶ。魔力と霊力を感知できるので、その違いから魔物と人間を判別できる。九尾の姿はあまり見せたくないので、この森のように誰も見ていない場所でしか使わないけどね。
えっと・・・ 大体120m先に反応あり。
霊力が25か・・・・じゃあ旅人かな? いや、今1つ減った! もしかして盗賊に襲われている?
「全部霊力ですね。ですが旅人が盗賊か何かに襲われているっぽいです」
「ほんとうかい? 盗賊の数は?」
「そこまで判別は出来ないですけど、霊力の反応は24です。あ、いま23になった」
「エレン、ルシア、行くぞ!」
「ええ」
「はい」
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「くそっ、なんだこいつらは!」
「いきなり襲い掛かってきたぞ? 盗賊か・・・? ぐあっ!」
「ベルっ! ちくしょう! 護衛対象を囲むようにして離れるな!」
帝都から少し離れた【ナル・ミリの森】は低ランクの魔物しかおらず、気を付けるべきは盗賊ぐらいと言われる。そのため馬車の通れる程度の道は整備されており、【ミリス】と【帝都ナルス】を行き来する商人や貴族の護衛は冒険者にとってよくある依頼だった。今回もいつものように報酬のおいしい貴族の護衛依頼を受けたが、まさか奇襲を受けるとは思いもよらなかった。
「おい、バグ! 敵は何人だ?」
「10人だが、こいつらは気配を消すのが上手い! まだ隠れているかもしれねぇ!」
「そうか・・・ぎゃあっ!」
「何!? くそっ!」
バグと呼ばれた冒険者はすでに2人の仲間が殺された手際の良さに驚きつつも、冷静に相手を睨みつける。黒い衣装に黒いマスク、果てには黒い頭巾をかぶった全身真っ黒の敵は盗賊というよりも暗殺者。護衛対象が貴族であることを考えれば不思議なことではないが、バグは最近ギルドで噂になっていた話を思い出した。
「イェーダ教団・・・?」
ついポロリと呟いた程度の声量だったが、張り詰めた空気の中ではよく響いた。黒く纏った者たちは一瞬ピクリと反応したが、数人がバグへとナイフを投擲する。
「っ! チッ!」
貴族を護衛する依頼を受けるほどの実力者であるバグにとってナイフを弾くぐらいは簡単だ。しかし、それでも僅かな隙をさらしてしまうことに違いはない。長剣を振ってナイフを弾いたあとの硬直をついて、ナイフを投げた奴とは別の者がバグへと切りかかる。
「バグっ!」
「バグさんっ!」
「く・・・ちくしょうっ!」
「『白戦弩』!」
もうダメかと悟り目を閉じたバグだったが、黒装束のナイフはその首に届くことはなかった。
ゴッ ガフッと、何かが潰れる音が聴こえ目を開けると、驚愕の目をした黒装束がいた。血の匂いがして、ふと下に目をやると先ほど切りかかってきた黒装束が頭に白い棒のようなものが突き刺さった状態で倒れていた。
「はっ・・・? えっ・・・?」
何が起きたのか分からず、仲間たちが助けてくれたのかとも思ったがそうでもないらしい。事実、パーティメンバーだけでなく、貴族自身の護衛騎士ですらも目を見開いている。敵味方ともに何が起きたか理解できず、沈黙の空気が流れた。
「えっと・・・大丈夫ですか?」
「やっぱり盗賊に襲われていたようだね」
「結構いい馬車だな・・・貴族様か?」
そして沈黙破るように現れた大人の男女に獣人の少女の3人組。イザード、エレンそしてルシアだった。ルシアは左手に弓を持ち、バグに微笑みもう一度言った。
「大丈夫ですか?」
「え? ああ」
いまいち要領を得ない護衛メンバーだったが、黒装束の行動は早かった。茫然として動かない護衛の冒険者と騎士の隙を突いて、ルシアが『白戦弩』で仕留めた仲間を回収し、あっという間に撤退した。
「っ! 待て!」
「止せ、クラッド」
「けど・・・」
「俺たちの仕事は貴族の護衛だ。奴らを倒すことじゃない」
「・・・くっ」
6人パーティで組んでいた仲間の内2人が殺されたのだ。敵を討ちたいという思いに駆られたクラッドの気持ちも仕方ないものだろう。彼らはランクAパーティとして通っている。実際ランクAなのはリーダーのバグだけで、他のメンバーはランクBだったのだが実力自体はランクAといえた。そんなメンバーが不意打ちとはいえ、あっさりやられたのでは納得いかないのも当然だった。
しかし彼らの依頼は護衛だ。勝手に行動して依頼主を危険な目に合わせることは許されない。長く冒険者をやっているクラッドは納得できずとも我慢することぐらいはできた。
「お取込み中で悪いがお前たちは?」
一向に話が進みなさそうな空気を割ってイザードがバグに話しかける。
「あ、ああ。助けて貰ったのに自己紹介もなく済まない。俺たちはランクAパーティ『鷲の翼』だ。俺はリーダーのバグ。そこの馬車にいらっしゃる貴族様を【ミリス】まで護衛中だ。危ないところを助けて貰って感謝する。あんた達は?」
「ん? 俺たちか? ・・・まぁ旅人だな。【帝都ナルス】に向かっている」
「そうか。できれば身分証でも見せて欲しいが・・・。後でお礼もしたいしな」
「んー。できれば俺たちの身分を詮索しないってのをお礼にしてほしいかな」
「いや・・・しかし・・・」
「ま、そういうことで! エレン、ルシアちゃん!」
貴族が乗っている馬車を護衛する者たちにランク特Sということがバレると厄介だ。一応個人的にランク特Sに干渉することは禁止されているが、有力な冒険者に顔と名前を憶えてもらおうとする貴族は多い。そうでなかったとしても歳の割にランクと強さが桁外れのルシアのギルドカードを見せるのは拙いと考えたイザードなりの気遣いだった。
ここ1年以上の旅で何度か経験のある3人は何も言うこともなく、面倒を避けるために【帝都ナルス】の方へと走り去った。『鷲の翼』の生き残った4人や護衛の6人の騎士たちは唖然としながら3人の方を見つめていた。防音設備の効いた馬車の内部の貴族は後でこのことを聞いて引き止めなかった騎士たちに激怒し、馬車を引く2匹の馬は我関せずと嘶いていた。
レポートはあと少し!
息抜きで投稿しましたよ!