44話 原種討伐
霊力パターンとは各々が持つ霊力波長の特徴のことで、別々の人物どうしで全く同じになることはほとんどない。地球で言う指紋や歯形、声紋などと同じである。冒険者ギルドでギルドカードを作るときも霊力パターンを測るのはカードに識別コードを刻み付けるためだ。これによって本人以外がカードを悪用することを防いでいる。
そして一卵性双生児などの極々稀にいる霊力パターンが一致する人物間では、霊力の受け渡しが可能になる。これは魔力についても同様のことが言える。
と言うことらしいので足りない魔力をギンちゃんから借りたいと思う。
覚えているか分からないが、ギンちゃんは元々わたしが倒したスライムが死ぬ直前に残した新しい核にわたしの魔力を大量に注いで誕生した。本来、核の状態になったスライムは空気中や周囲の魔素から魔力を吸って、一定量を満たしたときに誕生するので固有魔力パターンは吸い取った魔力を混ぜたようなものになる。そこをわたしの魔力で無理やり誕生させたので、ギンちゃんの魔力パターンはわたしと一致しているのだ。
「どうでしょうエレンさん?」
「う~ん。魔物から魔力を受け取る・・・ねぇ。確実とは言えないからおススメはできないね」
「どうしてですか?」
「魔物と人じゃ体構造が違う。理論上は魔力パターンが同じなら受け渡しができるとなっているけど、異種族間でも同様に言えるかといえば保証できない。もしかしたらルシアの魔力に異常をきたすかもしれない」
「ダメですか・・・」
「ダメとは言ってないさ。情けないことに原種に対抗できる手段をあたしは持ち合わせていない。ルシアに覚悟があるならやってほしいね」
エレンさんは自分が仕留めたジャイアント・キメラオークへと歩を進める暴喰災豚を見据える。早くしなければ2体目を捕食し始めるだろう。大きくなりすぎれば対処は困難になる。決断は早い方がいい。
「エレンさん、やります」
「!! 本当かい!? それじゃ・・「ただし!」・・・なんだい?」
「これから見る光景はあまり人に広めないでくださいね? ギルドへの報告ならまだしも他の冒険者などへは言いふらさないでください」
「あ、ああ。もちろんだよ。冒険者にとって自分の情報は命の次に大切だからね。あたしも冒険者なんだから心得てるよ」
そう、言いふらされると少し困る。
なぜなら・・・
自重しないと決めたからね!
「ギンちゃん、行くよ!」
「アゥッ」
ぼふっ・・・・
毎回おなじみの謎の煙で元の姿に戻る。普段は『人化』の応用技で隠してるが本来は九尾の姿だ。魔力や霊力は増えないが、魔法制御能力が激増する。魔力の受け渡しも成功しやすくなるはずだ。
「え・・・? ルシア、あんたまさか・・・・」
隣で絶句しているエレンさんはとりあえず無視だ。銀狼モードのギンちゃんに乗って背中に手を当てる。魔力ってのは直接目に見えるものではない。目に見えたらそれは魔素だ。そして受け渡す際には一度魔素になったものを魔力として取り込むことになる。
「ギンちゃん魔素放出して」
「ウォンッ!」
ギンちゃんの背中から薄っすらと黒いものが滲み出る。この魔素から魔力を吸収するんだけど、如何せん魔素は扱いが難しい。量子学の世界では微粒子は粒子と波の性質を持つと言われるが、この魔素に関しては波の性質が強く、捉えにくい。
体の中で魔力を使うみたいに一定量を連続して扱うのは間違いみたいだ。どちらかと言えば、一定周期ごとに掬い取るような感じか・・・?
うん、こんな感じだな。尻尾感知を精密化して何とかタイミングを掴んだ。あとはリズムゲームの要領で魔力を吸収していく。
これは戦闘中には無理だな。魔力の受け取りはかなりの集中力を必要とするので、するときには戦闘から離脱するか、仲間に守ってもらうしかない。
「・・・・よし、ギンちゃんありがとう」
「グルゥ」
「ふふ・・いい子ね」
魔力全回復までおよそ1分。戦闘中でこの隙は致命的だが、1分で回復できるのはすごい。それに懸念していた異常もないみたいだ。
わたしの魔力量は結構多いと思ってたけど知らない間にギンちゃんに負けていたらしい。わたしを回復させてもまだ余力があるみたいだ。さすがはランクA overのスライムだ。さらに銀スライムは捕食成長によってランクSSSよりのSSまで進化するらしい。今はランクSのシルバーウルフに擬態できるので、ギンちゃんのランクは少なくともSだ。頼もしい限りですよホントに。
「わたしは暴喰災豚を全力攻撃するね。その隙にギンちゃんはジャイアント・キメラオークを捕食して魔力を回復しておいて!」
「グルルゥ」
戦闘態勢に移行したギンちゃんは俊足の走りで暴喰災豚を追い抜いてジャイアント・キメラオークへと向かう。
わたしは『雷降星』を使うために集中し始めた。
今の暴喰災豚の大きさは10mクラスで【クザス】の城壁にも近い。最初に撃ったような大規模な破壊は街にも被害がでそうだ。今度は範囲を限定して1m→10㎝の『雷降星』を使う。さっき使ったのでコツは掴んだ。
改めて『雷降星』は
T'=(r^2)T
r=X/Y
T=(圧縮前の絶対温度) , T'=(圧縮後の絶対温度)
X=(圧縮前の球状気体の半径) , Y=(圧縮後の球状気体の半径)
の公式にまとめている。
魔法を粒子の動きで記述する『粒子魔法』で気体を圧縮、加熱してボールサイズの熱プラズマ球を上空に5つ作った。
太陽の表面温度にも匹敵するプラズマ球は直視すれば失明しかねないほどの光を発して暴喰災豚の上空に留まる。真空膜の断熱結界によって熱は感じないが、そのあまりの光量に暴喰災豚すらも足を止めて見上げた。
仲間のオークを2万以上も消し飛ばした魔法を見ていた暴喰災豚は、見覚えのある光の球体に怨嗟の咆哮をあげる。
「グオオオオォォォオォオォオォォォォォオオォォォ!」
10mもの巨体を誇る暴喰災豚の咆哮は大地を振るわせる。咄嗟に耳を塞いだが、なお響く怒号に骨が軋む。
「うるさいんですよ! 『雷降星』!」
浮遊する5つの『雷降星』の内の1つが暴喰災豚へとゆっくり落下する。危険だと察した暴喰災豚は避けようとするが、巨大化して鈍重な動きになったため、避けきれずに右足の膝から下が消滅した。
「ギャオオオォオォオオオォオォォォォォォオ!」
痛みで叫ぶ暴喰災豚。倒れた衝撃で地面が揺れる。
だが情けなどない!
「止めです!」
残り4つの『雷降星』を次々と落とした。
右足を半分失って倒れたところを尻尾感知の完璧なアシストで狙い撃ち、左足付け根、右ひじ、左肩、頭の順に消滅させていった。『雷降星』の影響で熱風が広がり、周囲の温度を20℃以上上げる。
あつ・・・・・
四肢と首から上を完全に消滅させた。さすがにこれで生き返ったら化け物だ。咆哮も止み、ピクリとも動かない暴喰災豚。確認するために近づきたいけど、爆心地は温度が高すぎて近づくことはできない。そしてわたしの魔力も空っぽだ。小規模にしても5発が限界だった。
ま、問題ないけどね!
「ウォン!」
そう、ジャイアント・キメラオークを捕食してきたギンちゃんだ。満タンまで回復して帰って来た。見ると、半分ぐらい食べられたジャイアント・キメラオークの死体が1つある。
ギンちゃんでも半分で回復できるのか。ジャイアント・キメラオークはランクSSだから、まだギンちゃんはSSまでとどいてないんだろうな。
「ギンちゃん、悪いけどもう一回魔力ちょうだい。もう、擬態も解いていいよ」
(ぷるるん!)
擬態を解いたギンちゃんがわたしの(ない)胸に飛び込んできた。プ二プ二とした感触を楽しみながら魔力を分けてもらう。
「・・・・ん、よし。ありがとう。『粒子魔法』」
爆心地周辺の粒子の運動エネルギーを下げて、気温を元に戻した。これで原種を確認しにいける。
謎の光を喰らって両手両足と首が吹き飛んだ暴喰災豚を見て、静まり返る城壁の騎士たちにも安心させてあげた方がいいし、さっさと行こう。
念のため九尾状態のままゆっくりと近寄る。
フードにギンちゃんを入れ、右手に霊刀を持って、いつでも迎撃できるように構える。あの生命力だからもしもが起こる可能性を捨てきれない。
チキンじゃないです。慎重なだけですよ。
気温は下げたが、熱プラズマによって焼かれた肉の匂いがたちこめる。香ばしい匂いと焦げた匂いが混じっていて少し食欲が刺激・・・・ゲフンゲフン。
まぁ、念のため『白鎖縛』で縛って・・・と
倒れて動かない暴喰災豚の身体に白い鎖が巻き付く。これでもし突然動き出しても対処できる。
どうせ死んでるけど念のためだ。
さっきから原種の魔力が急速に無くなりはじめている。魔力を生み出してブーストをかける魂が失われたからだろう。心臓が止まって血流が止まるのと同じだ。
暴喰災豚の上にのって左胸を超振動霊刀で切り開き、魔核を取り出す。あんなに大きかったのに魔核は直径15㎝ぐらいだ。てっきり30㎝ぐらいはあると思ってた。たしかに元々の暴喰災豚の大きさは10mもなかったしこんなものだろう。
わたしは【クザス】の方を向き、討伐証明の原種の魔核を空高く掲げた。
ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
「やりやがったぞあの少女!」
「救世主だ・・・・」
「見ろ。尻尾が9本ある!」
「なんだと! 伝説の九尾か?」
あ、やばい。『人化』を忘れてた・・・・・
騎士たちの歓声はしばらく止むことはなかった。
作者は今日誕生日です。
なぜ投稿したかは察してください。
(別に祝ってくれる友達がいないとかそんなことないですから!)