43話 暴喰
実家に帰省中
まったりしているので更新ペースは落ちます
身動きの自由を完全に奪った状態で大岩を落とした。『大気圧殺』で加速させたおかげで運動エネルギーは並みならないものになっていたはず。未だに土煙は晴れないが、散らばった『大隕石』の破片が惨状を物語っている。
「はぁっ、はぁっ・・・これでどうだ」
「やったのかい?」
「エレンさん、それフラグです」
「フラグ?」
「グボォォオオォォォオオォォォオォォオ!」
耳を劈く咆哮で土煙が吹き飛ばされた。『大隕石』だった残骸の中心から何かが飛び出し姿を現す。
暴喰災豚だ。
右腕はおかしな方向に曲がり、頭からも大量の血を流して片膝をついているが、その目はまだ死んでいないようだ。怨嗟の威圧を放ちながらこちらを睨んでいる。きっちりフラグを回収してしまったみたいだ。
「まだ生きてやがったか・・・」
「しぶといね」
「とりあえずもう一回縛ります」
魔力は空っぽだが、まだ霊力は4割ほど残っているから霊術に関しては使える。右手から『白鎖縛』を伸ばして暴喰災豚を絡めとろうとした。
が、捉える寸前に暴喰災豚が大きく後ろに飛び上がって逃げた。咄嗟のことで一瞬固まったわたしたちの隙を突いて、エレンさんが倒したジャイアント・キメラオークの一体に近づき、捕食しはじめた。
「っ!! エレン、ルシアちゃん、止めるぞ!」
「わかってるよ!」
「『白戦弩』!」
ハッとしたイザードが剣を右手に全力で駆け出した。エレンさんも槍を持ってイザードに続く。走るよりも矢を撃った方が速いと判断したわたしは咄嗟に『白戦弩』を創って放った。
暴喰災豚には捕食してオークの上位種を生み出す能力がある。残念勇者とエレンさんの様子を見る限り、霊力はすでに限界だ。これ以上厄介な奴を生み出そうものなら一気に形成は逆転すると断言できる。
加速する『白戦弩』は一直線に暴喰災豚へと向かい、胴体に深く突き刺さった。しかしそんなことは気にしないと言わんばかりに捕食を続ける暴喰災豚。
「うそでしょ・・・」
痛みも感じていないような素振りで捕食を止める気配がない暴喰災豚は凄まじい速度でジャイアント・キメラオークを貪り、すでに4分の1を胃に収めている。もう一発『白戦弩』を創ってキリキリと引き絞ったとき、残念勇者が飛び上がって剣を振り下ろした。
食べることに夢中になっている暴喰災豚の背後を突いた完璧な一撃。しかしその攻撃は残念勇者ごと暴喰災豚の右腕で吹き飛ばされた。
「イザード!」
残念勇者と共に飛び出したエレンが駆け寄る。
わたしの記憶が正しければ暴喰災豚の右腕は『大隕石』の一撃で折れていたはず。しかも今しがた残念勇者を殴った右腕はさっきよりもずいぶん大きくなっていた。突然腕が巨大化して、骨折も治っているとすれば原因はただ一つ。
奴の捕食だ。
捕食して上位種を生み出す能力だが、これは身体を創る能力と言っていい。とすれば自身の身体を創る、つまり怪我を直したり強化したりできても不思議じゃない。この仮説が正しいならば、かなり不味い状況だ。
「『白戦弩・焦滅』!」
これ以上捕食させないために、頭を狙って白い矢を撃った。先ほどと同じく、一直線に暴喰災豚へと向かうが少し遅かった。
「グアアァアアァァアアアァァァァァア!」
グチャ、グチャッ、メキッと肉が潰れ、骨が折れるような気持ち悪い音と共に暴喰災豚の身体全体が膨張し始めた。突然大きさが変わったために、『白戦弩』は暴喰災豚の足の間を素通りしてしまった。
そのままだと【クザス】の城壁に穴を空けてしまうので、慌てて『焦滅』を炸裂させた。炸裂の瞬間は膨張した暴喰災豚の身体に隠れて見えなかったが、城壁に被害は出さなかったみたいだ。
よかった・・・・
なんて安心している場合じゃない!
巨大化しながらもまだまだジャイアント・キメラオークの死骸を捕食し続けている。巨大化するにつれて捕食スピードは加速度的に速くなり、巨大化も同様に進んでいく。吹き飛ばされて血を吐いている残念勇者に回復ポーションをかけているエレンさんも悔しそうに暴喰災豚を見上げていた。
グチャ・・・グチャグジュ・・・
「グオオォォォォオォォオォオォオオ・・・・」
肉を咀嚼し、身体が膨れ上がる音だけが響きわたる。
ジャイアント・キメラオークをほぼ丸ごと食べつくした暴喰災豚はその大きさを10mほどにしている。捕食したジャイアント・キメラオークと同じぐらいの大きさだ。そして粗方食べ尽くした暴喰災豚は【クザス】の城壁近くに倒れる3体のジャイアント・キメラオークを見つめて歩き出した。
その巨体が一歩踏み出すたびに地響きが鳴り。城壁の上の騎士たちからは悲鳴が聞こえる。両手に大斧を持っていた巨大化する前の動きからは想像もできないゆっくりとした動きで一歩ずつ【クザス】へと歩み寄る姿は恐怖そのものだろう。まるで死が近づいているように感じているはずだ。
「ギンちゃん!」
「ウォン!」
少し離れた場所で暴喰災豚を睨みながら唸っていた銀狼モードのギンちゃんを呼んで残念勇者とエレンさんの所に向かう。さすがにアレに一人で立ち向かうつもりはない。優秀な先輩に意見を聞いておくべきだろう。ただ突っ込むなど蛮勇の極みだ。
「エレンさん!」
「ルシアか!」
「残念勇者の容体は?」
銀狼モードのギンちゃんに乗って2人の元までやって来ると残念勇者が顔を青くして倒れていた。呼吸も荒く、一目で重体だと分かる。如何に人外のランク特Sと言っても人間だから、あんな攻撃を喰らえば無事では済まない。
「よくないね。喰らってすぐに配給された低ランクポーションをかけたけど応急措置ぐらいにしかならなかったよ。多分肋骨が折れて、内臓にもダメージが入っている。あと腕とかも折れてるっぽいね。一応あたしの持ってた高位のポーションを使ったから15分もすれば回復すると思うんだけど・・・・」
エレンさんは2体目のジャイアント・キメラオークをを捕食しようとする暴喰災豚を見つめて苦笑する。
「・・・・原種は待ってくれなさそうだね」
「まぁ、そうですよね」
倒したと思ったら巨大化って・・・
どこの戦隊シリーズだよ!
こちとら巨大ロボなんて持ってないっての!
倒せるとしたら強力な魔法だ。魔法と言えば『極大魔法師』のエレンさんだけど・・・
「エレンさんって霊力残ってます?」
「さっきジャイアント・キメラオーク4体倒すので空になったよ。六式程度なら使えるけど・・・原種には効果なさそうだしね・・・」
「南部の林の冒険者とか騎士たちの援軍って期待できますか?」
「う~ん。どうだろうね。こっちで戦い始めて30分経ってないし・・・あと1時間は来ないって思った方がいいね。正直イザードが回復する速度の方が速いと思うよ」
き、希望は潰えた・・・・
いや落ち着け。とりあえず状況の整理だ。
まずわたし。霊力は4割ほどで、魔力は空っぽ。霊術は決定打に欠けるものしかない。強いて言うなら、即興で新術を作るしかないけど特に思い浮かばない。
残念勇者・・・は今は役立たず。
エレンさんは霊力が空っぽで霊術は使えない。一応槍術が出来るらしいけどあの巨大な暴喰災豚に通用するとは思えない。
城壁の上の第二騎士団は恐慌状態になっているみたいで、期待できなさそうだ。
一緒に討伐に出かけた冒険者や騎士が戻ってくる見込みもない。というか来る頃には【クザス】がなくなってるわ!
「・・・・・・・・・・」
「どうしたんだいルシア?」
「え? いや、状況整理してみたんですけど改めて詰んだという考えに思い至りまして・・・」
「ルシアはあのビカッって光る霊術は使えないのかい?」
ん? 『雷降星』のことかな?
「オーク2万匹を消し飛ばしたやつでしたら魔力が足りないので無理です」
「そうかい・・・って魔力!? ルシアは魔族なのかい?」
「え? ああ、獣人は魔力持っているの知りませんか?」
「知っているけどあんな破壊力の魔術を使えるほど魔力を持っているなんて聞いたことないよ」
「わたしは特別なので」
「確かに不思議な霊術も使うしね・・・」
「まぁ、魔力さえ回復できればあの術も使えるんですが何か方法知らないですか?」
エレンさんは首を左右に振った。
「すぐに回復する方法はないこともないけど、あまり現実的じゃないね」
「そうですか・・・ちなみにどんな方法ですか?」
「自分と同じ霊力パターンの人から分けてもらうことだよ。でも同じ霊力パターンの人なんて双子でもない限りいないしね。あとは霊力を溜めて置ける魔法道具とかだね。前者の方法なら魔力でも同じことが出来ると思うけど、そもそも魔力パターンがルシアと同じ魔族なんて・・・ね?」
むむむ・・・確かに。
多分だけど魔力→魔素→魔力という風に受け渡す方法だと思う。だから魔力パターンが一致する必要があるみたいだ。他人の魔素や霊素で魔法が使えない原理と同じだ。
確かにそんな都合にいい人なんてこの場にいな・・・・いや、いるわ
わたしはチラリと相棒の方を見た。




