42話 双術
鎖縛→白鎖縛に変えました
「俺が『双術』と呼ばれる所以をみせてやるよ!」
不敵に嗤うイザードが剣を構えた。右肩とわき腹に僅かな傷を負った暴喰災豚がダラリと下げた両手の大斧を握りしめて睨み返す。
「ふっ!」
一息で間合いを詰めて左下から切り上げるイザード。当然のように反応して左手の大斧で防御する。イザードの剣が大斧に触れた瞬間、鈍い音と共にはじき返される。いくらランク特Sの人外とはいえ、原種と力比べすれば当然負ける。だがイザードは弾かれた勢いを殺さずに一回転して逆側から切りつけた。
「グオオォ!」
「うおっ!」
しかし、同じく右の大斧を振り下ろした暴喰災豚と正面から打ち合い、力負けしてしまった。後ろに飛んで勢いを殺そうとしたが、そうはさせまいと暴喰災豚が距離を詰める。そしてそのまま大斧を振り下ろそうとして――――
「――――『群土砲撃』」
「ブビャア!?」
詠唱破棄で放たれた五式霊術の『群土砲撃』が至近距離で暴喰災豚に直撃した。
岩の散弾が暴喰災豚の顔や喉にも当たり、後ろにのけぞる。
「隙を見せたな! 『爆炎槍』!」
「グギャアア!」
隙を見せた暴喰災豚に2つの『爆炎槍』が炸裂した。これまた至近距離で受けた炎の槍は、爆発してダメージを与え、服や髪に燃え移らせる。
これは2つの術式を同時に使う高等技術なのだが、普通は剣の片手間でできるようなものではない。並外れた努力と才能が必要になる。イメージとしては右手で足し算しながら左手で引き算するような感じだ。ちなみに今は同じ術を2つ発動したが、別々の術を同時発動させようと思えばさらに難度が上がる。
この同時発動だが、イメージと理解が明確な壱式魔法の使い手にとってはそんなに難しくなかったりする。普段から難しいことをしているので同時発動ぐらいはできるのだ。
そして、剣術と詠唱破棄の4属性霊術を使い、相手を翻弄するランク特S冒険者が『双術』のイザードなのだ。
「消火してやろうか? 『水玉弾』」
「ブギッ!?」
「ほらほら! 『圧弾』」
「グルァ!」
「右ががら空きだ! オラッ!」
「ガアア・・・」
「こっちだぜ! 『群土砲撃』」
「グルオオオオオオオオオオ!」
暴喰災豚の周囲を移動しながら次々と同時発動霊術を撃ちこむイザード。隙を見つけては右手の剣で切り付け、離脱する。だが、いくら切りつけても霊術をぶつけても、暴喰災豚の受けるダメージは微々たるものだ。その証拠に、切り傷からは薄っすら血が滲む程度で、炎霊術をくらっても火傷すらしない。厚い脂肪のおかげで斬撃や魔法への耐性が強いオーク種だが、原種は堅い筋肉によって攻撃を阻んでくる。身体能力もさることながら、防御力も兼ね備えた原種に対して決定打を打てないイザードは少し焦っていた。
(このペースで攻撃しても俺の体力が尽きる方が速そうだな・・・)
ランク特Sは人族の中では破格の能力を持った者たちではあるが、基礎能力では魔物のほうが本来は上なのだ。原種というある意味魔物の頂点に君臨する存在と比較すれば、負けるのは当然。むしろまともに戦闘が成り立っていること自体、驚愕すべきことなのだ。
「はぁっ!」
霊術で作った隙に回り込んだ背後から心臓に向けた鋭い一突き。寸分の狂いもなく暴喰災豚の心臓を捉えた――――
ように見えた。
「ちっ、これもダメか!」
剣先が少しめり込んだが、強固な筋肉に阻まれて停止した。完全な一撃すらも無に帰す防御力にイザードですらため息を吐いた。
「どうやって殺るんだよこんなやつ・・・」
剣を止められてすぐに下がるイザード。暴喰災豚は振り向いて大斧を薙ぐが、すでにイザードはいない。
「グガアアアァ!」
「いやいや、おとなしく喰らうわけねーだろ」
一向に攻撃が当たらないことに苛立つ様子を見せる暴喰災豚。そもそも暴喰災豚の攻撃はすべて一撃必殺に値する攻撃力を秘めている。死なずとも戦闘不能に追い込まれるのは間違いない。今は一方的に攻撃を加えるイザードだが、いつ油断して死ぬか分からない状況でもあるのだ。
「ガアアアッ!」
「くっ! ・・・『大地鎖縛』!」
「グルアアアアッ!」
「っ! 簡単に引きちぎりやがって!」
大斧を振りかぶって突進してきた暴喰災豚を避け、四式霊術の『大地鎖縛』を放つ。 が、すぐさま引きちぎられ鎖は土に還った。
身体能力に身を任せて休む間もなく攻撃を続ける暴喰災豚に、イザードは徐々に回避を迫られるようになった。戦闘開始から15分と立っていないが、イザードの体力はかなり削られている。
「『土壁』!」
「ガアッ!」
「やっぱり六式の壁じゃ無理か・・・」
土霊術の防壁も一撃で破られ、囮ぐらいにしかならない。初めこそ不意をついて翻弄していたが、暴喰災豚も学習したのか回避をし始めた。決定打に欠ける攻撃がさらに当たり辛くなる。さらに近づこうとすると、両手の大斧を振り回して近寄れないようにしてくるのだ。強者との戦いのなかで暴喰災豚自身も成長していた。
「だったらこれはどうだ?」
緩急をつけた神速のステップで一瞬で暴喰災豚の懐に潜り込み下からの突きを放つ――――
と見せかけて暴喰災豚の左側を左足を軸にして一気に回り込み、背後から左膝裏を突き刺した。
不意を突かれた暴喰災豚は反応できずにバランスを崩す。また他の部位より皮が薄いため、骨まで届かせることが出来た。この際イザードは突きの反動を殺さずにバックステップで下がりながら霊術を2つ用意する。片膝を着いて呻く暴喰災豚に僅かな隙が出来た。
「喰らいな! 『昇滅炎』『昇旋風』」
炎と風の五式霊術である『昇滅炎』『昇旋風』は炎柱を発生させる霊術と強力な旋風で対象を吹き飛ばす霊術だ。この2つを同時に撃つとどうなるか?
吹き上がった炎は本来数秒で消えるはずだが、吹き荒れる旋風がそれを強化ししばらく持続する炎の竜巻に近いものになる。以前ルシアが使用した『火炎竜巻』よりかは範囲が狭いものの、収束された熱量によって威力は劣らないものになっている。異なる術を同時発動する難度の高いこの魔法は、イザードと言えど集中する必要があるため少し隙を作る必要があったのだ。
収束、回転する高温の炎に飲まれた暴喰災豚は、身動きすることもできずに叫び声をあげた。およそ15秒に渡って燃やされ続けた暴喰災豚は、皮膚をところどころ黒焦げにされた状態で姿をあらわす。
「グルアアァァァァアアァァァァアァァァァ!」
が、関係ないとばかりに咆哮してイザードに突進しながら大斧を振り上げた。15秒間じっくり身体を休めたイザードは難なく大斧の振り下ろしをギリギリで躱してカウンターの一撃を放つ。
「ギャアアアァァアアアアッ!」
顔を狙ったイザードの一撃は暴喰災豚の左目に突き刺さり、絶叫を上げる。いくら堅い原種といっても、目や口の中などの柔らかい部位も存在する。体中に火傷を負い、左目を失った暴喰災豚は一気に動きを鈍くさせた。
左目から剣を引き抜き、一度下がって様子を見るイザード。
「オォォォ・・・ゴグウゥゥゥ」
暴喰災豚は呻きながらも怒り狂って両手の大斧を振り回す。さすがに起動も読めない無茶苦茶な振り回し方をするような奴の懐に飛び込む気はないようで、しばらく様子を観察する。
と突然真っ白な鎖が伸びてきて、暴喰災豚を絡めとった。もがいて大斧を振り回すが、動けば動くほど絡まっていく鎖に徐々に動きが鈍くなる。
とどめと言わんばかりに大量の鎖が暴喰災豚の手足をピンポイントで縛り、地面に突き刺さって縛り付ける。
「・・・・『白鎖縛』」
周囲のオークを全滅させたルシアが丁度良いタイミングで暴喰災豚の動きを縛った。オークをはじめ、その上位種の死体が見渡す限り散らかる光景にイザードも苦笑する。
よく見るとエレンもジャイアント・キメラオーク4体を倒して観戦していた。
「そっちは終わったみてーだな」
「はい、そろそろ千切られそうなのでさっさと仕留めてください」
「ああ、ありがとなルシアちゃん」
「別に残念勇者のためではないので」
「ははっ、じゃあ少し離れてな!」
剣を収めたイザードは目を閉じて集中し詠唱をはじめた。
「『この身を創りし土よ、天に誘え。
顕現せしは滅びの鉄槌――――』」
縛られ、動きを止めた暴喰災豚の上空に岩石が集まり始める。
「『―――無力なる者たちに絶望を与えよ。
地に墜ち、その身を散らせ!』」
現れたのは巨大な岩石の塊。球に近い歪な形の大岩が原種の頭上に顕現した。それに気づいた暴喰災豚は恨めしそうに見上げながら雄たけびを上げる。
「ゴアアアアァァァアァアアアァァァァアァアアアァッ!」
「終わりだ! 『参式霊術 大隕石』!」
「ついでです! 『大気圧殺』!」
原種へ向けて落下する隕石のごとき大岩がルシアの『大気圧殺』でさらに加速する。若干ボロボロと崩れるほどの加速を受けた大岩は暴喰災豚を直撃した。
ズガアアアアアアアアアアアアアン
地面が揺れるほどの衝撃が鳴り響いた―――――
最近読んでくれる方が増えてくれて嬉しいです。
これを原動力にこれからも精一杯書かせていただきます!