40話 鎖と剣
「なぁ、なんか暑くないか?」
「そうだね。天気は悪いのに不思議だね」
イザードとエレンさんがこっちを見ながらニヤニヤしている。
クッ・・・分かっててやってるなこの人たち。
「そ、それよりエレンさんは温度を下げる魔法持っていないですか?」
誤魔化すように強引に話を進めようとしたが遅かったようだ。
「ふふふ・・・後で何したか教えてもらうからね!」
「は・・・はい・・・」
「よし、いくよ!
『この身に満ちる潤い、今慄け!
我願うは死の世界、胎動の前章。
凍り付く世界に誘わん!
凍結空間』
『凍結空間』
氷を飛ばしたり物を凍り付かせたりする魔法ではなく、ただ広範囲に温度を下げるという効果をもつ。一見地味に思えるが、寒さは動きを鈍らせるので実際はかなり効果的だ。寒さに弱い魔物によく用いられるらしい。
6000℃のプラズマの暴威の悪影響でまったく近づけなかった爆心地から半径200mの領域もかなり冷えたようだ。真夏の気温くらいはあるが、通り抜ける上では問題ない。
「これでどうだい?」
「はい、お手数かけました・・・」
これでいざジャイアント・キメラオークを倒しに行こうとしたところでイザードが口を開いた。
「というか普通に回り込めばよかったんじゃねーの?」
「あ・・・」
そ、そうか、半径200mぐらいだけ近寄れなかったんだから回り込めばよかったじゃん。いや、待て。いくら何でもオーク1000体と原種を接近戦で倒すとか無理だし。
そう、これは戦略的な立ち回りと時間稼ぎだったんだ。うん、そうだ!
「・・・・これは戦略的立ち回りと時間稼ぎなんです」
「今、『あ・・・』って言ったよな?」
「気のせいです」
「いや確かに―――「うるさいです蒸発させますよ」―――イエ、ナンデモ」
ふぅ。残念勇者のくせに鋭いですね。
それよりも早くジャイアント・キメラオークを止めなければ・・・
すでに1体目と2体目は城壁にたどり着いている。城壁を壊そうと4本の腕を叩き付けているが今のところは大丈夫そうだ。尤も1体目は右足を損傷しているので、大した威力は出ていないが。何にしても急がねばなるまい。
「二人ともギンちゃんに乗ってください!」
「おう!」
「わかったよ」
体長3mもある銀狼モードのギンちゃんなら3人ぐらいは乗せて走れる。エレンさんの『凍結空間』のおかげで何とか生物が過ごせる温度になった『雷降星』の爆心地を通って一気に突っ込む。
「よし、役割分担するよ! ジャイアント・キメラオーク共はあたしに任せな! 原種はイザードに相手してもらうよ。ルシアは原種の周りの雑魚を片付けること。いいね?」
「ああ、問題ねーよ」
「分かりました」
ギンちゃんに乗って疾走していると、再びオークの密集地の中心部が膨らみ始めた。どうやら4体目のジャイアント・キメラオークが生まれるみたいだ。3体目ももうすぐ城壁にたどり着きそうだが、エレンさん一人で大丈夫なのだろうか?
わたしの不安そうな目に気づいたのか、エレンさんは微笑みながら答える。
「大丈夫さ。これでも強さランクSSSなんだよ? ランクSS如きにやられたりしないさ。ルシアこそ原種には気を付けるんだよ! いざとなったらイザードを盾にしな!」
「はい!」
「ちょっとそれ酷くね!?」
「あんたはルシアに危害が加わらないように、さっさと原種を倒すんだね!」
そういいながら、おもむろに頭の三角帽子をとり中に手をいれる。そして明らかに帽子の大きさに合わない槍をとりだして、再び三角帽子を頭に乗せた。おそらく残念勇者のアイテム袋と同じ効果がその黒い三角帽子にかかっているんだろう。なんか魔女っぽい。
槍を右手に持ったエレンさんはギンちゃんの背中で腰を浮かせてそのまま飛び降りた。
「え・・・?」
「相変わらずお転婆だなー」
飛び降りたエレンさんは何事もなかったかのように着地して2体目のジャイアント・キメラオークの方へ走っていった。
念のため言っておくが銀狼モードのギンちゃんの速度は時速50kmほどだ。そんなものから飛び降りて平然としているエレンさんはとんでもない化け物だ。さすがはランク特Sである。
「俺たちはあの気持ち悪いオーク集団の所に行くぞ!」
「はい、ギンちゃん!」
「グルッ!」
ここまで近づけば原種 暴喰災豚も確認できる。
初めて近くで見たが、その姿は不気味の一言だ。ジャイアント・キメラオークも不気味で気持ち悪い姿をしているが、原種の不気味さはまた一味違う。根源的、生理的な嫌悪を呼び覚ますような気持ち悪さだ。
この位置からでも仲間であるはずのオークやオーク・ジェネラルを喰い散らかしているのが見える。まわりのオークたちも逃げる様子はなく、むしろ喰われることを享受しているみたいだ。
初めは1000体ほどいたはずだが、今は恐らく600~700体程度しかいなさそうだ。とすると約100体でジャイアント・キメラオーク1体分か・・・
まずは捕食を止めさせる!
「では、行きます。わたしが原種の注意を引くので残念勇者は一気に接近してください。そのあとわたしは周囲の雑魚の殲滅に移ります」
「ああ、いつでもいいぜ!」
ギンちゃんの背中に跨りながら弓を弾く。流鏑馬みたいで難易度が高いが、ある程度は軌道修正できるので問題ない。『白戦弩』様様である。
「『白戦弩・焦滅』!」
少しズレたが、問題なく軌道修正して暴喰災豚に一直線に向かう。と同時にイザードがギンちゃんから飛び降りて、原種へと走り出した。それに気づいた暴喰災豚も捕食を中断して捕食していたオーク・キングを盾にした。
「うそでしょ!?」
「ちっ」
盾にされた食べかけのオーク・キングは焦滅の白い炎で焼き尽くされた。消し炭になったオーク・キングの向こうから暴喰災豚がわたしを睨む。黒いオーラと殺気を向けられ、ギンちゃんが一瞬立ち止まりそうになったが、突如暴喰災豚が上体を逸らした。コンマ数秒前まで暴喰災豚の心臓があった場所にイザードの剣が通過する。
「ははっ、やりやがるなコイツ!」
気配を消し出来るだけ身を低くして走り抜け、下方から不意打ちの一撃。下手なランクSSSの魔物ならこれで殺れるんじゃないかというほどの滑らかな攻撃だったが、原種には通用しないようだ。
不意打ちは失敗したが、当初の予定通りイザードが原種、周囲の取り巻きをわたしとエレンさんで倒す形になった。わたしも残念勇者と暴喰災豚のタイマンに邪魔が入らないように雑魚を狩りつくすとしよう。
「『物質化・白鎖縛』!」
わたしもギンちゃんから飛び降り、イザードに近づこうとするオーク共に向けて真っ白な鎖を放った。純白の鎖はオークに巻き付き、拘束していく。『物質化』を鎖状にして創った束縛用の新霊術だ。数が多いのでいちいち倒してられないこの状況では有効である。私の役目は雑魚オークに残念勇者の邪魔をさせないことでもあるので、ギンちゃんと二手に分かれてオークたちを行動不能にしていく。
「『物質化・天叢雲剣』!」
わたしの両手から、白い霧のような不定形の物質を出した。この真っ白な叢雲はオークに触れると、その皮膚を切り裂いて血だらけにしていく。実はこの白い煙のような物質は、一つ一つが極小の剣で出来た粒の集合体だ。
『物質化』で創ったものにかかわらず、魔法の制御は基本的に片手で一つと言ったことを覚えているだろうか?だがこの魔法制御において、質量と大きさがとても小さいものでは別の法則が働いているみたいだ。具体的には、かつて『操空』は空気粒子を集合として操ることで使っていた魔法だった。つまり極々小さな物質に限り、集合として扱うことができるのだ。
それを利用して、極小の剣を創ったら自在に扱えるのではないかと考えてできたのがこれだ。「天を舞う叢雲の如き剣」を三種の神器にもじって『天叢雲剣』と名付けた。
それにこの『物質化・天叢雲剣』は敵に触れさせれば、極小の剣で切り刻み、敵の攻撃も白い霧を纏うようにすることで防ぐ、攻防一体のすごく便利な技なのだ。唯一の欠点としては霊力消費が大きいことぐらいだが、わたしの霊力量なら20分は連続して使えるので今は問題ない。
ランクSの強さをもつ銀狼モードのギンちゃんも、奔走しながらオークたちを次々と屠りあっという間に原種以外を全滅させた。
さぁ あとは原種とジャイアント・キメラオークだけだ!
散れ 千〇桜