39話 絶望の巨人
『雷降星』1発で魔力はほぼ空っぽになった。もう広域殲滅魔法は使えないが、オークも残り1000体ほどだ。その1000体も満身創痍のボロボロ状態だし、放っておいても大丈夫だろう。
一番の問題は原種 暴喰災豚だ。
遠目には見えないが、かなりの傷を負ったはずだ。少なくとも残念勇者とエレンさんが来るまでなら何とかなりそうだ。
どうせ『雷降星』の爆心地はまだ熱くて近づけないから、少し休憩して時間を稼げばいい。もともとわたしの役目は雑魚の殲滅だったのだから、仕事は終わったと言えるしね。
オークたちもあまりの熱量にこっちまで来る様子がない。相変わらず黒いオーラを放出している暴喰災豚もさすがに熱いのか動かない。新霊術を試すのもいいけどさすがに距離が遠いしなぁ。
「グガアアアアアアアアアアア!」
突如咆哮をあげた暴喰災豚に呼応して、オークたちが動き出した。この熱量の中を強行突破してくるのかと思ったが、どうやら残った仲間を呼び寄せているみたいだ。おそらく向こうがこっちに来られないのと同様に、こっちが向こう側にも行けないことが分かっていてオーク軍団を整えようとしているのだろう。なかなか知的な奴だ。
できれば【クザス】の騎士たちに攻撃を再開してもらって、残りを殲滅してほしいところだが動いてくれそうにない。まぁ先ほど原種を間近で見た恐怖が染みついているってとこだろう。この距離で受ける殺気でさえも足が竦むレベルだし仕方ない。
『雷降星』の爆風で飛ばされたり、なんとか範囲外に逃れたオークたちがノロノロと原種の元に集っていく。まばらだと1000体程度は問題なく見えたが、ああして集合されたら結構な数に見える。というか初めに2万体以上もいたから感覚がおかしいことになってるけどね。オーク1000体ってランクBのレイドクエストになるぐらいの数なのにね。
暴喰災豚(カタストロフを囲い込むようにオークの群れが包んでいく様子を遠目に見ると、アリが砂糖に群がっていくみたいでちょっと気持ち悪い。というかあれだけ密集しているのだから、『白戦弩』を撃ったらどれかには当たるんじゃ・・・
背中に背負った弓を持って構える。相変わらず大人用の大きな弓だが、魔力強化の獣人スペックなわたしなら問題なく引ける。残念勇者との旅の間に何度も練習したので、これでも結構上手になったのだ。
「『白戦弩・焦滅』!」
相手は密集状態だし、単純に殺傷力が高い焦滅を使った。
「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」と言うが的が多くても簡単に当たるものだ。なんというか作業でしたよ。向こうが攻撃できないことをいいことに一方的に撃ちまくるだけのワンサイドゲームみたいな状況になっててなんか申し訳ない思いすら抱いてしまった。
完全に油断して『人化』で尻尾を1本に戻していた。もう戦いが終わったつもりでいたせいで、暴喰災豚のしていることに全く気付かなかった。それに500mも離れていたら、さすがに何してるかなんて分からないんだけど、異変があったのには気づいた。
【クザス】の城壁の上にいる騎士たちが騒いでいるみたいだ。「どうしたのかなー」なんて思っていると、突然、密集しているオークの中心部が膨れ上がった。
灰色とピンク色を合わせた、オークの肌の色の物体がどんどん膨れ上がっていき、形を成していく。城壁の半分ぐらい、つまり10mぐらいの高さまで大きくなって停止した。
二つの豚頭の首に、4本の腕。不気味なオーク特有の肌の巨人が現れた。
ジャイアント・キメラオーク
ギルドの資料で見せてもらった奴だ。原種が現れたときだけ出現するオークの上位種。ランクAのカイザーオークを軽く飛び越えたランクSSの化け物だ。
このときようやく気付いた。
何故、暴喰災豚が残りのオークを呼び寄せたのか? 『雷降星』を見たのだから、密集した状態は危険だと判断するぐらいの賢さを持っている原種がわざわざ密集形態をとったのは「捕食」して新たな眷属を生み出すためだった。
資料に載っていたのに忘れていた。
オーク原種は味方を捕食して上位種を生み出せる能力を持っていたことを。
そしてこのタイミングでジャイアント・キメラオークを生み出すってことは、こっちを無視して城壁を破壊するつもりだ。あいつはわたしが向こうに行けないことを分かっているんだ!
「ギンちゃん! 残念勇者とエレンさんを連れて来て!」
「ウォン!」
来た道を引き返していくギンちゃんをしり目にキッと巨人を睨む。
クッ・・・どうする・・・?
こうしている間にもおそらく原種は二体目のジャイアント・キメラオークを生み出そうとしている。何体喰えば仕上がるのかは分からないが、下手すると10体以上作られそうだ。
すでに出来た一体は、わたしに一瞥もくれずに城壁の方を向く。騎士たちの悲鳴がここまで聞こえて来たが、ようやく霊術攻撃を再開したようだ。炎や水や土、見えないけれどたぶん風がジャイアント・キメラオークに叩き込まれていく。
だが、五式はともかく六式霊術ではほとんど効果がないみたいで、豚の巨人は足を止めることなく城壁に近づく。
とにかくこのままだと矢を撃つしかない。
再び弓を構えて、『物質化』で矢を創る。放たれた矢は加速を続けて、音速を突破し、ジャイアント・キメラオークの右足の付け根に刺さった。膝を狙ったつもりだったが、足に当たったのだからこの際良しとしよう。
音速を超えた矢は、ジャイアント・キメラオークに深くめり込み、動きを一瞬停止させる。
「『白戦弩・ 焦滅』」
白熱の暴威が巨人の右足付け根を抉り取り、バランスを崩して倒れこんだ。二つの豚頭から悲痛の叫び声が聞こえたため、思わず耳を塞ぐ。
もう一発打ち込もうとしたところで、再びオークの集団の中心が膨れ上がった。
「ヤバい! 2体目か」
1体めにトドメを刺すつもりで創った『白戦弩』を急遽、2体目へと向ける。2体目にも足を止めるつもりで右足を狙ったが、焦ったのか外れてしまった。
外れた『白戦弩』はオークの集団を飛び越えて城壁の手前に刺さる。ちょっと危なかった。さすがにわたしの攻撃で城壁に穴が開くのは洒落にならない。
こうしている間に2体目のジャイアント・キメラオークが城壁に向かって歩き始め、右足を抉り取られたはずの1体目も這いながら城壁へ向かっている。【クザス】の騎士たちも奮戦しているが、決定的なダメージを与えられず、僅かにジャイアント・キメラオークの足を緩めることに留まっている状況だ。
ジリ貧のこの状況・・・
まさか『雷降星』の悪影響がここまで裏目に出るとは・・・
『雷降星』→地上が暖められて上昇気流発生→積乱雲形成→大雨が降る→地上が冷える
というプロセスの予定だったんだけど、雨が降るのが思ったより遅い。雲は出来ているんだけど、降り始めるまでもう少しかかりそうだ。
って、もう3体目!?
オークたちの中心がまた膨れ上がり、3体目のジャイアント・キメラオークが現れた。ジャイアント・キメラオークの動きはかなり遅いが、1体目と2体目はすでに城壁とは目と鼻の先の距離まで近づいている。
「ど、どうしよう・・・・」
状況は絶望的だ。せめて魔力が3割ほど回復していれば『熱魔法』で温度を下げることもできた。魔力を回復するポーションがないことが悔やまれる。まぁ、魔力持ってるやつなんて魔族とかだから無いのが当たり前なんだけどね・・・
霊力でも『熱魔法』を使えないこともないが、如何せん威力が小さいので消費が激しく、霊力残量も足りなくなるかもしれない
何度も『白戦弩』を撃ったが、焦っているのと距離の遠さから上手く当たらない。タイムリミットはジャイアント・キメラオークたちが城壁にたどり着くまで。それに早くしなければ4体目や5体目が現れる。
あれ? 詰んだかな・・・
「おいおい・・・どういう状況だ?」
「良くない状況なのは確かだね!」
「グルゥ」
勇者たちは遅れてやってきた。
え? 超大型?
ナンノコトカナー