38話 『雷降星』
どうもルシアです。
現在とてもピンチです。
どれぐらいピンチかと言うと・・・
目の前に広がるオークの海。
上位種のオーク・ジェネラルやオーク・キングにカイザーオークがわんさか。
そして遥か前方およそ500m先にはわたしに殺気を放つオークの原種さん。
・・・・今日死ぬかも
なんてネガティブ思考に陥っている暇などない!
極限の状況で生き残れ!
オーク2万体over+原種なんてハッピーセットはこれを逃せば一生貰えらないぞ☆
と言うわけで・・・
「やってやろうじゃないのおおおおおおおおおお!」
ゴアアアアアアアアァ!
ヴォオオオオオオオオオオオ!
呼応するようにオーク原種とオーク共が吠える。
原種は城壁を飛び降り、黒いオーラを噴出させて再び雄たけびを上げた。
グルアアアアアアアアアアアアアッ!
と同時にオークの大群が進路を180度変えてこっちに迫って来た。
物量で潰す気だろう。
てっきり無視するか、怒り狂って原種自らやって来るかと思えば意外な判断だ。
まぁ、偶然とはいえあの距離で攻撃を当てたから脅威だと思われたのだろう。思ったより知恵が回るらしい。それに、原種の雄たけびで全てのオークがこっちに向かっていることから、奴は完全にこの大軍団を掌握しているとわかる。2万を超える軍団をたった一人で指揮できる人間はいない。原種とはまこと規格外だ。
だが、今のわたしもお前同様に規格外だ。
なぜなら――――
「自重しないと決めたからね! 九尾化!」
謎の白い煙が仕事したかと思ったら、あら不思議! なんと原種 九尾妖狐が現れたではありませんか。
「ギンちゃんは銀狼モードでわたしを守って! 殲滅術式組むからそれまでお願い!」
「グルッ!」
今のギンちゃんは一応ランクSクラスの魔物と同等の強さだ。
最大がランクAのカイザーオーク程度ならわたしを守るぐらい造作もない。
まだ、ほとんどのオーク共が【クザス】の城壁の周囲からこちらへ移動し始めたばかりで、近くに寄ってきているのは数体だけだ。まるで問題ない。
「さて・・・・」
わたしはキッと上空を睨んで両手をかざした。これからかなりの広範囲に渡って魔法行使する。かなりの集中力を要するが、まぁ大丈夫だろう。
術の中心はわたしの前方250m先の上空500m。そこから半径10mの球上に空気の檻を創る。この檻は厚さ約10㎝の真空の膜で周囲の空気と隔絶されており、一種の断熱空間になっている。そして隔離した空気を圧縮しながら加熱していく。この際、かなり慎重にしなければすぐに弾けてしまうので一番集中しなければならない。
半径10mから半径1mまで断熱圧縮させれば完成なのだが、どうなるかご存知だろうか?
精密にしようとすれば面倒だが、ここは簡単に高校物理で登場する法則で考えてみよう。
気体の状態方程式 PV=nRT
ポアソンの法則 P×V^(5/3)=(constant)
ここで P 気圧
V 気体の体積
T 気体の絶対温度
nR 定数
この二つの式から T×V^(2/3)=(constant) という式が導き出せる。
上空500mでの気温を17℃とすると絶対温度は273+17=290[K]
気体の体積は(4/3)×(10^3)×π[㎥]
圧縮後は絶対温度T'[K]
体積(4/3)×(1^3)×π[㎥]
として方程式を組むと
290×[{(4/3)×(10^3)×π}^(2/3)]=T'×[{(4/3)×(1^3)×π}^(2/3)]
これを解くと
T'=2900[K]
つまり2627℃だ。
さらに加熱しながらの圧縮なので、最終的に太陽の表面温度の6000℃ぐらいになるようにする。
そして、超高温高圧にさらされた空気は高温プラズマとなる。
お分かりいただけただろうか?
これが地上で炸裂すればどうなるか・・・・
圧縮されプラズマ化した半径1mの球体は凄まじい光を放ちながら迫ってくるオークの軍団の中心に落ちていく。ちなみにこのときの光は直視すると失明のおそれがあるので要注意だ。
「『雷降星』」
カッ!!
視界を埋め尽くすほどの閃光と共にオークが蒸発した。
目測で半径150mに渡ってオークが消滅、及び炭化したようだ。さすがに予想外の威力でしばらく茫然としていたよ。
ここだけの話、はじめは半径100m→1mで圧縮する予定だったんだ。だけど、この魔法を考える上で計算してみたらプラズマの温度が289727℃になったんだ。下手したら核融合が起きる温度はヤバいと思って改良したんだけど、それでも威力が高すぎた。
そもそもこの『荷電粒子魔法』はわたしの使う『操炎』と『操空』をさらに体系化しようとしたときに遊びで思いついた魔術だった。
『操炎』は分子の振動と捉えて、加熱と冷却を兼ね備えた『熱魔法』に。『操空』はもともと分子の考えを採用していたので、統合して『粒子魔法』として自分の中で整理した。
『物質化』も粒子を創って操るので『粒子魔法』の一部にした。
そうやって理論立てて自分の魔法を整理するうちに不意に思いついたのだ。不意と言ってもきっかけはあった。それは他の人が霊術を使うときにやる詠唱だ。
ほとんどの人が攻撃霊術で詠唱をしていたが、わたしはそんなものをしたことはない。それなのに魔法が使えるのでわたしが特別なのか、もしくは本来から詠唱がなくとも魔法が使えるのだと考えた。
そしてイザードを含め、いろんな人に霊術について聞いたところ、ただ呪文を唱えただけでは魔法は発動しないのだという。霊術に必要な要素は「霊力」と「願い」の二つであって、詠唱はその補助だという。「願い」とはこういった現象が起きてほしいというイメージであり、明確であるほど霊力効率も向上し、威力があがるそうだ。
つまるところ、イメージ次第ではどんな魔法も使えるそうなのだが実はそうでもないらしい。一般に、創作霊術をつくるのは至難とされていて、その原因は現象に対する理解のなさだ。
高位の霊術師に「なぜ火が燃えるのか?」と聞けば「それが火だから」と答える。火とは一体何で、どういった現象なのかの理解がないために「願い」だけでは魔法が創れないようなのだ。わたしは地球での科学知識があるので、その辺りは余裕である。さらに紙の上で計算して効果を予測することで、より明確に魔法が創れるのではと考えて、実験として『荷電粒子魔法』を思いついた。
そして、詠唱もなく自在に自然現象を操る魔法を総じて『原理魔法』、別名として壱式魔法と呼ばれる最高位の魔法だと聞いた。過去に『原理魔法』へと至った者はほとんどおらず、またその魔法を使う者はわたしと同じ転生者だったのだろう。
それはともかくわたしは決してこのような危険極まりない魔法を創りたかったわけではない。そう、なんとなくやったら出来てしまっただけだ。
世の霊術師が聞いたら卒倒しそうなことを軽々とやってしまったわけだが、今回ばかりは自重しないと決めたので反省はしてるが後悔はしてない。
そう、今は目の前の原種を滅ぼすことに集中しよう。
『雷降星』の影響をうけて、かなりのダメージを負ったみたいなので、少しは楽になっていると思う。生き残ったオークたちも火傷だらけの満身創痍な状態で、1000匹ほどは残っているが最早問題ではない。
もう一発『雷降星』が撃てたら全滅できそうだが、あいにく魔力切れで魔術は使えない。そう、魔術はね・・・・
さて、次は新霊術の実験に付き合ってもらおう。
高校物理ではポアソンの法則は応用の分野になります。
理系で超難関国公立大学を目指す人なら知っておくべき内容ですので是非とも勉強してみてください。
ちなみに作者はこの計算のために、高校時代に使った参考書を引っ張り出しました。
『雷降星』は太陽フレアを参考にしたので、もしかしたら有害な紫外線やγ線が放出されているかもしれませんが、そこはご都合主義でお願いします。