36話 クザス防衛戦
【イルズ騎士王国】の4つの都市の内の一つ、【第二都市クザス】に一人の騎士がたどり着いた。
近衛騎士ルーカスだ。
近衛騎士団長のマルク・ミュラー・アールクリフの命によって実に10kmの道のりを走り続けて伝令を届けたのだ。
【クザス】に残った第二騎士団及び上層部は戦慄した。
直ちに緊急非常事態警報を鳴らし、城門を閉じて城壁に兵器を配置した。
現在この街の責任者である第二騎士団長セドリック・グラン・ゼルビュードは原種討伐の部隊を率いており不在。全ての判断を副団長のレイベル・ラザード・クリフォードに託された。
(まさかこれほどの大事になるとは・・・)
レイベルは報告を終始苦笑いで聞いていた。
ただ団長が留守の間の雑事をこなすだけだと思えば、まさか騎士団を指揮して籠城戦をする羽目になるとは・・・・
偵察によればあと数時間でここまで到達するらしい。強力な個体も複数確認できたようなので、例の集落はおそらく囮で、オーク共の目的は【クザス】だったのだろうと考えた。
そしてそれは正しい。
(時間稼ぎさえできれば討伐組と挟み撃ちが可能だろう)
つい討伐に行ったランク特Sや高ランクの冒険者たちに期待を寄せてしまった自分を情けなく思ってしまう。本来、この都市を守護し住民を護る役目は騎士団のものだが、今回は冒険者に頼らざるをえない。
レイベルは自分の甲冑を身に着け、執務室を後にした。
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【第二都市クザス】を囲う防壁の上。
現在この都市に残る第二騎士団の9割がここに集合していた。
残り1割と文官たちは住民への説明と暴動の防止に努めるために、彼らとはまた違った戦いをしている。
第二騎士団副団長のレイベルをはじめとした騎士たちの面々はある一点を緊張した様子で見つめていた。それもそのはずで、しばらく戦争をしていない【イルズ騎士王国】の騎士達は、ほとんどの者が籠城戦をしたことがないのだ。かく言うレイベルでさえもこの籠城戦のために過去の資料を漁ったほどだ。
通常、籠城した側は攻める側の4分の1ほどでも防衛出来ると言われる。第二騎士団は総員500名だが、今回の討伐に100人が参加しており、今は400人。敵であるオークは未知数であるが最低2万はいるらしい。どう考えても攻め落とされるがそれは対人の場合。
籠城戦の肝は霊術の打ち合いだ。
籠城する方は、城壁を崩される前に上から霊術をひたすら撃って殲滅。
攻める方は、手早く城壁を崩して内部を占領する。
これが基本的な勝利条件だ。
今回の敵のオークは魔法を使えないので、城内に籠って霊術を撃ち続ければ、何とかなると踏んでいた。最も心配な騎士たちの霊力量だが、魔術砲という兵器を使用することで解決することにした。
魔術砲とは魔物の魔核に宿る魔力を用いて魔術を放てる兵器だ。大きさ4mほどの筒状の巨大兵器であるため、持ち運びは出来ない。小型化の研究もなされているが、今のところ目途はついていない。
ともかく、これだけの備えがあれば例え50倍の戦力差でも耐えることくらいできる。
そう信じて自分を含め、騎士団を奮い立たせたのだった。
「敵、間もなく到達します!」
伝令役の騎士の言葉に全員の身が引き締まる。
副団長のレイベルは最期にもう一度士気を上げるべく口を開いた。
「第二騎士団の騎士たちよ、聞け! 現在【第二都市クザス】は危機に晒されている! 戦力差は絶望的だが心配する必要はない! 今はひたすら耐えろ! きっと団長やランク特Sの冒険者たちが戻ってくる! ただそれまでこの愛する家族や住民たちを守護するのだ!」
『うおおおおおおおおおおおおおお!』
「総員、攻撃の合図とともに詠唱を始めろ! 魔力砲は霊力が切れたときに使え! 一匹たりともここを乗り越えさせるな!」
『おおおおおおおおおおおおおお!』
城壁の上から見たことでようやくわかるオークの軍団の全容。
海辺の砂のように視界を埋め尽くす。
オーク、ハイオーク、オーク・ジェネラル、オーク・ロード、オーク・キング、カイザーオーク・・・・・・
上位種も数え切れないほどいるこの悪魔のような状況をさらに悪くする要因
―――――原種 暴喰災豚
明らかに異質なそいつは城壁の上から容易に確認できた。
黒いオーラを纏って悠然とあるくオークの始祖に思わず背筋が凍る。この距離でさえ絶望を悟らせる存在から本当にこの都市を護れるのか自信を無くしてしまう。
騎士たちも足が竦んでいるらしく、さっきまで冗談を言い合っていた者たちでさえ黙りこくっている。
副団長レイベルは沈黙の空気を破るように必死に声を張った。
「うろたえるな。詠唱開始!」
レイベルの言葉にハッとしたように各々詠唱を始める。
「『爆炎槍』!」
「『水玉弾』」
「『圧弾』!」
オオオォ・・グオオオ
ゴォォォ・・
グガァァァァァァァ
ブモォォォォォォォ・・・・
魔法攻撃のできないオークを一方的に屠っていく第二騎士団。
霊力が切れれば魔術砲を使って攻撃する。
「魔核をセットしろ!」
「完了しましたッ!」
「標準・・・・撃てぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「こっちにポーションを寄越せ!」
「欲しけりゃ取りに来い! こっちは手いっぱいだ」
「『焦熱竜砲』を詠唱する。行くぞ!」
「「「「おう!」」」」
「魔核が足りない。誰か持ってきてくれ!」
「これでいいか?」
「助かった!」
【クザス】の城壁の上から魔法が飛び、次々とオークを殲滅させていく。
オークも数の暴力で【クザス】の城壁に群がるが、高く厚い防壁は乗り越えることを許さない。副団長のレイベルも的確に指示を出していく。
「城壁に近い奴は殺すな! 踏み台にされて昇ってこられるぞ! 出来るだけ原種には手を出すなよ! 奴を刺激すれば何が起こるか分からん!」
城壁の高さは20mほどあるが、オーク共が味方の死体を踏み台にすればすぐに昇ってこられる。2万匹以上に対し、こちらはたった400人だ。少しの油断や判断ミスで覆されかねない。
だがここでレイベルは体中の毛が逆立つほどのおぞましい光景を目にする。
ヴォオォオォオォオオォオォオォォ・・・・
凍り付くような雄たけびを上げた原種 暴喰災豚が仲間のオークの死体を喰い始めた。そんな光景を周りのオーク共は気にする様子もなく進軍しているが、レイベルをはじめ騎士たちは思わず固まってしまう。
グチャ、グチャ・・・バキ・・・
そんな咀嚼の音が聞こえる気がした。
一通り食べつくした暴喰災豚がこちらを見て裂けた口を開いてニヤリとする。オークが共食いすること自体は珍しいことではないのだが、奴のそれは常軌を逸しているように感じた。それは潜在的に沸き起こる自然な恐怖。たとえ騎士でも抗うことは難しい。
ケタケタと嗤う暴喰災豚の背中が突如膨らんだ。
肉が盛り上がり、ブクブクと膨れて巨体を為していく。手、足、胴体、顔と形成され、出て来たのはランクAのカイザーオークだった。
死体を喰らい、新たな上位種を創りだす能力。それが暴喰災豚への恐怖を増長させた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「なんだあれは!」
「あ・・・・・あぁ・・」
騎士たちも何人かは心が折れかけている。身と心を同時に鍛える騎士たちですらこのザマなのだ。ランクSSS overの規格外さが分かる。
両手に大斧を持ち、長い灰色の髪を垂らした暴喰災豚が不意に腰を落とした。
ぞっとするような殺気を向けられ、金縛り状態にさせられる。
すぐに攻撃させようとしたがすでに遅く、暴喰災豚は上空に飛び上がった。そして20mはあるはずの城壁に軽々と着地する。
近くで見て悟らされた「死」の文字。
灰とピンク色を合わせたような不気味な肌の色、垂れた長髪の間からは赤黒く光る眼が見えた。猫背のように背を丸めてたたずむ強者はキョロキョロと周りを見渡しながらニタニタと嗤う。
――――餌がたくさんあるじゃないか
そう言っている気がした。
レイベルは腰につけた長剣を抜くことさえできずに茫然と原種を見つめる。他の騎士たちも攻撃を忘れて暴喰災豚に視線を釘づけにされていた。
「グァファファファファ!」
ニタニタしながらこちらを向いた暴喰災豚にようやく剣を抜いて構えるレイベル。まわりの騎士たちも次々と剣を抜いて構えた。ガタガタと足が震え、普通なら落第するような腰の引けた構えの騎士たちを見てレイベルは少し苦笑した。
(この戦いが終わったら鍛え直しだな・・・・)
冷静になったレイベルは剣を構え、真っ直ぐ暴喰災豚を見つめる。
そんなレイベルに気づいた暴喰災豚もゆっくりとこちらを向い・・・・
「ゴアァッ!?」
突然、暴喰災豚がよろけたかと思うと、奴の右肩に真っ白な矢が刺さっていた。
次の瞬間白い矢を中心に球状に風が吹き荒れ、暴喰災豚を包んだ。
「グワァァ・・・・!」
一瞬何が起きたか分からず、茫然とする第二騎士団の面々。
風が止み、出て来た傷だらけの暴喰災豚は城壁の外はるか後方・・・・白い矢の飛んできた方を見つめて唸った。
白い矢の発射地点にいた少女はつぶやく。
「アレ? 当たっちゃった」
英雄は遅れてやってくる。
昔からあるテンプレです。