22話 ティス
「・・・・・・ルーク」
「お知り合いですかな?」
声をかけられロロが振り返ると、白いひげを生やした温厚そうな老人が立っていた。
「あなたは?」
「このギルドの医務室に努めておる治癒士ですよ」
「そうですか。こいつは私の息子です。治療していただき感謝しています」
「ほっほっほ。もともと傷などなかったわ。おそらく疲れておるのだろうね。しばらく安静にしておくのがよかろう」
「はい、ありがとうございます」
「ベッドも余っておる。問題はない。それよりもお主の息子なのだろう?目が覚めるまで付いてやっていなさい」
「はい」
「ロロさーん、早すぎですよー」
ドタバタと受付嬢のレティが遅れて入ってきた。
「レティよ、医務室では走ってはいかんといつも言っているだろう」
「あっ、ハイゼンさん。すいません、次から気を付けます」
「はぁ、そのセリフはすでに何度も聞いておるのだがな。まぁいい、このロロとかいうやつに休暇をやりなさい」
「へ?でも今は・・・・」
「この狐族の少年はこやつの息子だそうだ。こんな子をほっとかせるつもりか?」
「は、はいぃ、すぐに手続きしてきますっ!」
再びドタバタと走り去って行った
「まったく、走るなと言っておろうに」
ブツブツと呟きながらロロに向きなおる。
「そういうわけだ。しばらくゆっくりしていなさい」
「すみません、ありがとうございます」
ロロは礼をしてベッドの脇に座った。
ハイゼンは別のベッドに寝ている患者の元に行って治療をしている。実際、ルークの顔色も良好で特に傷も見当たらない。本当に治療は必要ないのだろう。
「村がどうなったか聞く必要があるな」
ポツリとつぶやいた。声に出したつもりはなかったが不意に口にしてしまったのだろう。
「教えてあげようか?」
誰かが返答した。
「え?」
ロロのすぐそばに少女が立っていた。
まったく、気配も感じさせずに自分のすぐ隣まで接近していたことに驚くロロ。まるで突然湧いて出たかのようだった。
「教えてあげようか?ルークになにがあったのか」
少女がこちらを見つめていた。透き通るような水色の髪と同じ色の目で見つめられる。その目は少し遠くを見ているような、そんな目だった。
「知りたくないの?狐獣人の村のこと」
少女は首をかしげながら再び尋ねる。
あまりに突然のことで思考が一瞬止まってしまったロロは慌てて問い返した。
「君は・・・誰だ?いつの間に私のそばまで・・・気配も感じさせずに近づいたんだ?」
「私? 私はずっとここにいた。あなたが気づかなかっただけ」
「・・・そうなのか?」
確かに半分気が動転した状態で医務室に入ってきたし、ベッドに寝ているのがルークだと気づいてそれ以外に気を遣う余裕がなかったのは事実だ。
だが、だからといってこの少女が今までいたことに気づかないなんてあり得るだろうか。
そんなことに思考を巡らせていると、少女が続けた。
「私は《水の精霊》。ルークと契約してる。さっきまでルークの中にいた」
・・・・・・・・・・どうやら詳しい話を聞く必要がありそうだ。
ロロはため息をついた。
――――――――――――――――――――
霊域が消失したあの日
狐族の村では2つの事件で騒がしくなっていた。
一つは魔王の襲来
狐族の警備隊兼狩猟部隊のアゼとフェイの報告で分かったことだ。
歯向かえば全滅。おとなしく降伏しても奴隷として扱われる可能性が高い。
村全体にかかわることで、村人たちに黙っておくわけにはいかない。奴隷でもかまわないからすぐに降伏しようと言う者と、今すぐに逃げようと言う者の二派に割れてしまった。
もう一つは神子ルシアが行方不明であることだ。
このことは族長を含めて数名しか知っておらず、ルシアを追いかけているロロに任せるしかなかった。
混乱する村の隅の方でルークはただ一人立ち尽くしていた。
(ボクはどうしたらいいんだろ・・・・)
ロロはルシアを探しに行ったため、現在ルークが頼れる人は一人もいない。友達の少なさ、というより友達がルシア以外いなかったことが悔やまれた。
大人たちはどうするかでずっともめ事をしている。
「今すぐ逃げよう。奴隷なんて嫌だ」
「そうだ。俺たちはずっとそうやって生き延びて来たんだ」
「相手は魔王だぞ?いくら我らとて無事に逃げられるはずがない」
「だったらお前らは残ればいいさ。俺たちの家族は逃げさせてもらう」
「どこに逃げるって言うんだ。もう霊域の加護はないんだ。それに森をでたら魔物だっているんだぞ」
「それはここに残ったとしても同じだ。時間稼ぎにしかならない」
「静かにしなさいっ!」
いつまでも結論の出ない言い争いにしびれを切らして族長のハウル・フークスが一喝する。ずっと騒いでいた大人たちは言い争いをやめ、ハウルの方に向きなおる。
不安そうにする子供たちの目は完全におびえており、これ以上不安にさせることはよくないと判断したのだった。
「よいか。わしら狐族は戦えぬ獣人だ。相手が魔王ならば尚更敵わぬ。だが、おとなしく奴隷になることを認める訳にもいかぬ。すぐに逃げる用意をしなさい。【イルズの森】の南へと向かい、森を抜けたらそのまま西を目指せ。【エルフの森】というところがあるからそこで落ち合おう」
一部不満に思う者もいたが、特に表に出すことなくハウルの指示にしたがって、逃げ出す準備をはじめた。確実に逃げきるために、機動性を重視して家族単位での移動になった。
だがそこで困ることになったのがルークだ。
母親はいないし、父親のロロもどこかに行ってしまった。
つまり、10歳のルークは一人で何とかしなければいけなくなってしまったのだった。
(ホントにボクはどうしたらいいんだろう・・・・)
何もしないわけにもいかないので、とりあえず自宅に戻って荷物をまとめ始めた。
と言っても何が必要かだなんてルークにわかるはずもない。
とりあえず着替え一式のみ、小さなカバンに無理矢理詰め込んで荷造りした。
カバンを背負って外に出ると、すでに荷物を抱えて逃げ出す人であふれていた。村の出入り口は東西南北に一か所ずつあり、皆が皆一か所の出口に、つまり南口に集中しており混雑していた。
「うわぁ、時間かかりそうだなぁ・・・」
いつ魔王の手の者がここに来るか分からない状況で落ち着いた行動が出来るはずもなく、ところどころから「早くしろっ」「邪魔だ、どけろ!」などと罵声が聴こえる。
魔王についてよく知らない子供たちのほうが、無知ゆえに落ち着いていられたのは皮肉というものだろう。
だが、現実は残酷なもので、すでに手遅れであることに気づいたのは犠牲者が出てからだった。
べちゃり
村の南口に固まっていた村人たちに薄い緑色の物体が降ってきたかと思うと、その瞬間に数人を飲み込んだ。
「うわぁぁぁぁぁ」
「なんだこれはっ、くそっ下がれ」
「おい、押すな」
「きゃぁぁぁっ」
べちゃ・・・ペタ・・・・べちゃべちゃっ
直径50cmほどの薄緑のプヨプヨした物体が次々に降ってきて、狐獣人たちを飲み込む。
触れればその身体をからめとられ、そのまま包み込まれるように飲み込まれる様子を見た他の者たちが蜂の子を散らすように逃げ出した。
「なんなんだよあれは・・・・」
「くそっ、こいつは魔物のスライムだ。小さいけどなんでも食べる凶悪モンスターだ。早く逃げろ!」
「なんでモンスターがこんなところにいるんだよっ」
「バカ! 魔王のせいに決まってるだろ」
上から降ってくるスライムや、他の入り口から大挙して入り込んでくるスライムに囲まれて逃げ場はあっという間になくなってしまった。
「南に逃げろ」という族長の命令も忘れて、皆この場を逃げ切るの必死になっていた。
「うわぁ・・・・うわぁぁ・・」
逃げ遅れて南口付近にいなかったことが幸いして、ルークはスライムの餌食になることはなかったが、腰を抜かして座り込んでしまっていた。
村を囲い込むように蹂躙しているスライムの群れに捕まるのも時間の問題である。
(うぅ・・・今日で死んじゃうかも・・・)
次々と捕まって飲み込まれていく村人たちを見て、ルークは絶望しきっていた。
そしてついにルークに気づいた一体が、プヨプヨと身体を揺らして近づいてくる。走って逃げる狐獣人すらも捕まえるスライムにとって、動けない子供のルークなど恰好の標的である。
終わりを悟ったルークは、涙を浮かべて祈るようにつぶやいた。
「だれ・・か・・・・助けて―――――」
―――ええ、助けるわ。キミが望むなら。
声が聴こえた。
(誰でもいいよ。ボクを助けてよ。こんなところで死にたくない)
―――私はあなたを助ける力がある。でも私にはそれができない。
(なんでだよ。ボクを助けるって言ったじゃないか)
―――私にあるのは力だけ。あなたはそれを願えばいい。
(じゃぁ、早く助けてよ。お願いだから)
―――そうじゃない。私の名前を呼んで・・・そして「願う」の。
(名前・・・? そんなの知らないよ。君は誰なの?)
―――私の名前は私も知らないよ?
(なんで自分の名前も知らないんだよ・・・)
―――あなたが呼ぶ名前が私の名前。だから私の名前を・・・呼んで。
名前
いきなりそんなことを言われて思いつくはずがない。
だが、それは魂の底から湧き上がるように、まるでずっと前から決まってたかのようにその「名」が浮かんだ。
(ボクはこのスライムから逃げ切りたい・・・助けてよ・・・「ティス」)
―――キミの「願い」・・・聞き届けたわ。
ハッと気づいた。
ティスとの会話は1秒にも満たなかったらしい。あんなに長い会話をしていたのに、スライムとの距離はほとんど縮まっていなかった。
そして、ルークの目の前に少女がいた。
まるで、ずっと前からそこにいたかのように、自然にそこにいた。
しなやかに煌めく水色の髪が揺れ、同じ色の瞳はルークをじっと見つめる。
後ろに迫るスライムなど気にする様子もなく、その唇を開いた。
「あとはまかせて―――――」
霊力を使い切ったルークの視界は暗転した。
――――――――――――――
「で、君がここまで連れてきてくれたと?」
「そう」
《水の精霊》のティスと名乗る少女に事情を聴いてロロは頭をかかえた。
(これが本当だとしたら村は・・・もう・・・)
ブツブツと言いながら頭を抱えるロロを小さく首をかしげながら見つめるティス。
その視線に気づいて我に返ったロロは再びティスに尋ねる。
「そういえば、今まで何してたんだ? 2週間もずっと森にいたのか?」
「・・・? 森を出たのはずっと前。そのあと歩き回ってここまで来た」
「ルークとはいつの間に契約したんだ?」
「ずっと前」
それは答えになっていないだろうと言いかけて言葉を飲み込む。
精霊とまともに会話するなんて初めから期待しないほうがいいのだ。
「なんでルークと契約したんだ?」
「可愛かったから?」
なんだその理由は! とツッコみたくなったロロだが再び言葉を飲み込む。
もっと詳しく聞きたいが、後のことは本人に聞いた方がいいだろう。
狐族の村はおそらく全滅している。
とすると、この街での強制招集が終われば神子ルシアを探さなくてはいけない。
すべてはルークが目を覚ましてからだ。
そしたら、ルークと2人旅をしてルシアを探せばいいだろう。
そこまで考えてロロは肩の力を抜いた。
ロロ「ちなみにルークのどこが可愛いんだ?」
ティス「全部」
ロロ「…恋人どうしみたいだ」
ティス「?」
ロロ「いや、なんでもない」