Extra1 それは誰も知らない
ルークは5歳の頃、いじめられていた。
理由は特にない。ただ気が弱かったからなんとなく標的にされただけだ。
獣人の世界では「力」こそ全て! という考え方の傾向にある。それは最弱種族の狐族も例外ではない。獣人最弱といえど、人族と比べれば身体能力は上だ。それゆえ小さいな子供たちのケンカでさえも多少の出血は日常的なものだった。もっとも、体中痣だらけで口の中が血だらけだったとしても翌日には回復してしまうような回復力をもつため、大人たちも「元気がいい子たちだ」程度にしか思わないのだが。
だから、大人たちはルークが多少けがをしていても気にすることもなかったのだ。
さらに悪いことに、ルークは自分の親と一緒にいることがほとんどなかった。母親はルークが生まれたときに他界。父親であるロロは神子ルシアの警護の仕事で家にいることはほとんどなかった。獣人特有の回復力の高さのせいでロロもルークのことに気づかなかったのだ。
「おいルーク、森に行くぞ」
家にまで来て呼びに来るいじめっ子3人組のモス、エル、キンがいなければわざわざ殴られるために外に出ようなんて思わない。
特にやることもなくぼーっとしていたルークはスッと立ち上がって家の外に出る。毎日のように繰り返されるおかげで、もはや条件反射のようになってしまっている。
「遅いぞ。これは罰ゲームが必要だな」
ニヤリと口元を歪めるモス。
どんなに速く外に出てもこのセリフだ。つまり殴る口実を無理やり作っているのだ。
「わ、わかってるよ」
3歳も年上で力も強い彼らに逆らうことのできないルークは村の外の森で一通り殴られ、蹴られる。満足いくまで暴力を振るった3人組はルークを置いて帰っていく。知らない間にすっかり日常と化していた。
その日も体中の痛みを堪えながら木の根元に座り込んでいた。
「はぁ、今日もなんとか無事に殴られたなぁ」
まったく無事ではないが感覚がおかしくなるぐらいにはルークの心は壊れかかっていた。
暴力は日に日にエスカレートして、今では殴られた後はしばらく動けないほど徹底的にいじめられている。
(痛くなくなるまで眠ろう)
目を閉じるとすぐに夢へと誘われた。
木の根元で眠る狐族の少年。
その身体は傷だらけだった。
眠るルークのの目の前に少女が立っていた。薄い水色の髪で歳は10歳ぐらい。白くきらめく肢体が真っ白なワンピースから覗かせている。その髪と同じ色の目は慈愛と愁いを含んでいるようにみえる。
一体どこから現れたのかはわからない。ただいつの間にかそこにいた。
少女の両手がルークへと伸ばされ、その頬に触れる。そのまま少女の身体はルークに吸い込まれるように姿が消えた。
その瞬間、ルークの身体の傷はみるみる消えていった。これを誰かが見ていれば間違いなく騒ぎになっていただろう光景だ。
「・・・・んー・・・ん?」
目を覚ましたルークは痛みが引き、傷がすっかり治っていることに気づく。
「あれ・・・もしかして一晩中ここで寝てたのかな・・・?」
もちろんそんなわけではないが幼いルークは不思議なことが起こった、程度にしか考えなかった。
あの謎の少女は《水の精霊》
知らず知らずのうちに彼女と契約していたルークが彼女の存在に気づくのはずっと後になる。
もっとも、ルシアとの水かけで無意識のうちに彼女の力を使うのだが、それはまたずっと後の話。
この1か月後、ルークはルシアと出会うことになる。