21話 再会
魔王襲来から2週間後【イルズ騎士王国】の東の辺境の街である【ハリス】は街ではなくなっていた。
二週間前、つまり魔王が攻め込んできた時点では、まだ「街」だった。だが霊域が消失した以上、いつ魔王がまた来ても対応できるようにしなければならない。ゆえに【ハリス】の城塞化が急ピッチで押し進められた。
駐留騎士団ではなく、常駐騎士団による警備と戦力の強化を図るために専門の新たな騎士団が立ち上げられたほどだ。
第一の都市【アリオス】
第二の都市【イリジス】
第三の都市【ロタ】
これらにに続く第四の都市【ハリス】として《第四騎士団》が発足した。
また、それと同時に【イルズの森】の「魔境化」が確認されたことで、首都【イリジス】から一流の職人が派遣され【ハリス】の工事が始まったのが一週間前。通常この手の城塞化は数年に及ぶ上層部の会議を行い、騎士団全員による投票で8割以上の賛同が得られてはじめて実行されるような事案だ。だが今回は騎士王が「騎士王特令」として即座に城塞化を可決した。
「騎士王特令」が発動された場合、騎士王が提示した事案に第一から第三騎士団の団長が2人以上賛同すれば可決されるという、緊急のための措置だ。騎士王が特令を使用せざるを得なかったのは一重に「魔境化」のせいであった。
そもそも【魔境】とは【霊域】と対局の存在であり、この領域では全ての霊素と霊力は停止する。ゆえに霊術は発動せず、さらに魔術の威力は底上げされる。
なにより厄介なのは【魔境】が大量の魔物を生み出すことだ。魔物は魔力を宿した動物のことで、魔族と同様に身体能力が高く、獰猛なものが多い。知恵の高い魔物ほど穏やかな性格になる傾向があるものの、同時に戦闘能力も高く、中には魔術を使うものもいる。そんな魔物を生み出す【魔境】の周辺は当然魔物であふれることになり、【ハリス】など1か月も経たないうちに滅ぼされるだろうと判断された結果、早急に措置がとられたのだ。
送られてきた優秀な人員によってわずか一週間で街が6倍ほどに拡張され、さらに城壁で囲まれた城塞都市になってしまったのは魔法技術の恩恵といえる。領主の館も要塞のような立派なものになり、地下には避難シェルターも完備されている。
ちなみに、第四騎士団長は【ハリス】の領主だった金髪オールバックのリデロ・ルフェンドラ・ベルマンが務めることになった。もともと騎士としての実力は王国内で10本指に入るほどであったため、そのまま新たに発足した第四騎士団長になったのだ。
だが、いまだ発足して一週間もたたない第四騎士団は人員も少なく、まだ十分に稼働しているとは言えない。そこで冒険者ギルドは緊急依頼として冒険者を強制招集し、建設中の【ハリス】周辺の警戒と魔物討伐にあたらせていた。
そしてそこにはロロの姿もあった。その昔はランクBの冒険者として活動していたが、除籍申請をしていなかったため、いまだに冒険者として登録されていたのが理由だった。とはいっても、10年もブランクがあるため、降格されて現在はランクDなのだが。
(こんなことなら10年前に除籍申請しておけばよかった)
ギルド支給の安物の片手剣を装備して【ハリス】周辺を見回りするロロは、もう何度目か分からないため息をついていた。
事が起こったのは5日前に怪我が回復して退院したときだ。工事中の【ハリス】のどこを探しても神子のルシアが見つからなかった。慌てて聞き込み調査をした結果、どうやら勇者イザードと共に【ハリス】の西側、つまり【イルズ騎士王国】の首都の方へと消えていったという。
ロロの仕事はルシアの護衛だ。たとえ今が村の状態も分からない緊急事態だったとしてもそれは変わらない。当然すぐに追いかけようとしたが、冒険者ギルドの強制招集でこの街から出ることができなくなり、現在にいたるというわけだった。
首都から派遣されているという第四騎士団の増員が到着し、拡大させた街が落ち着くまではこの状態が続くと言われればため息の10回や20回は出るというものだろう。
そしてその日も見回りが終わり、立派な城壁になった【ハリス】に戻る。街の門もずいぶん頑丈なつくりになり、突破するにはそれこそ攻城兵器が必要になるだろう。とはいっても、今のところは【魔境イルズ】から出てくる魔物はゴブリン程度のいわゆる雑魚のみであり、この城門が機能したことはない。
ロロは冒険者ギルドに向かい、仕事の完了を報告する。報酬として一日銀貨一枚が支払われるが宿を無償で提供されているため、特に使い道もない。朝起きて朝食を食べ、見回りをして夕方に戻り、夕食を食べて寝る。そんな生活が続いていた。この日もいつも通り宿に戻り、夕食を取っていた。
今日のメニューは鶏と豆のスープと固いパンだった。このパンはそのままでは固くて食べにくいため、スープに浸しながら食べる。こういった宿ではよくあるメニューだった。ちなみにやわらかいパンは高級でかなり裕福でなければ食べることはできない。
知り合いがいる訳でもなく、宿の一階の食堂で一人黙々とパンとスープを食べていると、バタンと大きな音を立てて宿の扉が開けられて一人の女性が入ってきた。何事かと食事の手を止めて扉の方を見るとそこにいたのはよく知る人物だった。
(ギルドの受付の・・・・レティだったか)
冒険者ギルドで受付嬢をしている彼女には見回りに行く時と帰って来た時の一日二回は出会う機会のある人物であるため、よく覚えていた。かなりの幼児体形だが歳はすでに二十歳を超えているらしい。ショートカットの似合うちびっこにしか見えないが。
レティは少しキョロキョロと見まわして、ロロを見つけると近寄ってきた。
「ランクDのロロさんですね?」
「はい、なにか用ですか?」
「実はすぐにギルドに出向いて欲しいんです」
「なにか・・・不備でもありましたか?」
ギルドの受付嬢がわざわざ呼びに来るほどの用事とは一体何だろうかとロロは顔をしかめる。
「いえ、今しがた森から出て来た狐族の少年を保護しましたので、もしかしたら知り合いかと思いまして」
「何?!すぐ行こう」
狐族の集落がどうなっているのか森が魔境化してから気になっていた。魔境では強力な魔物が次々と生み出されるため、その中に取り残されれば生存は望めないと言っても過言ではない。
夕食もそのままにロロは宿を飛び出した。残されたレティも慌てて追いかける。ギルドの医務室で治療中ですよー、と叫ぶレティがその速度についていけるはずもなかった。
街道を駆け抜けギルドに飛び込むと見回りから帰還した冒険者が何人かいた。突然飛び込んできたロロは何人からか視線を浴びせられるが構わず医務室に向かう。
冒険者ギルドの医務室は医務室とは呼び難い、ただベッドが10台ばかり並べられただけの空間だ。一応治療ができる者が2人はいるが、止血程度の簡単なことしかできない。本当に大けがをした場合は治療院に行くしかない。
そんな医務室のベッドは奥の1つのみ埋まっており、そこに狐族の少年は横たわっていた。
それが誰か確認したロロはただ一言つぶやいた。
「・・・・・・・・ルーク」