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女狐が異世界を調停します  作者: 木口なん
1章 特別な存在
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20話 深紅の一撃

 日も高く上るころ【イルズの森】を疾走する者たちがいた。魔王ギラ率いる魔族の軍団だ。その規模は8000人ほどではあるが、戦闘能力が高い魔族の軍と考えればなかなかの戦力と言える。


―――本国が謎の集団に襲撃されて陥落した


 兵士の中には冗談か何かと思うものもいたが、伝令に来た魔族兵の話に嘘はなかった。というのもこの伝令の兵士は本職の伝令ではなく【ファラン魔王国】の守護を任された兵団の副団長だったからだ。そんな者が嘘の報告をするなどありえなかった。


 そして極めつけは、あのゲルという男だ。確かに霊域を消失させることに成功し、おかげで人族領に攻め入ることができたが、その隙に守りが薄くなった本国を攻撃したという。ギラは自分を利用して自分の国を落とした汚いやり口に腸が煮えくり返るほどの怒りを抱いていた。


(ちっ、あの男は見つけた瞬間殺してやる)


 ゲルに悪態をつき、殺気を振りまく魔王ギラに部下の将軍アドラさえも近づくことを溜めらってしまっていた。ギラと少しばかり距離をあけて来た道をもどる魔王軍は、この少しばかりの距離を後悔することになる。








 撤退を開始してから数時間がたっただろうか。開けた場所に来た。ゲルが《疑似霊核粘性兵器イミテーション・コア・スライム》を使って大爆発を起こした例の爆心地に近いあたりだ。木々が放射状になぎ倒されてすっかり更地になってしまっている。

 

 そしてクレーターのある爆心地のすぐそばにローブを着た水色の髪の男と茶髪の青年が立っていた。ゲルとその従者のクレイブだ。


「おやおや、お帰りなさいませギラ様・・・・ククク」

「フッ!!」


 ギラはゲルの姿を見つけると同時に切りかかった。太刀筋に手加減などなく、《魔剣クリムゾン》の「絶対切断」も使った一撃だった。ゲルの身を護ろうとどこからともなく取り出した剣を持ってギラの前に飛び出すクレイブ。「鮮血の魔剣王クリムゾン・スパーダ」と呼ばれるギラの一撃を止められるはずもなく、あっさり体を真っ二つにされる。振り下ろした剣をそのまま返して、下からゲルを切り上げようとしたとき、殺気を感じて後ろに飛びのいた。


 このとっさの判断は間違いなく正解だったと言えるだろう。今ギラがいた場所に両脇から現れた2本の剣が空を切った。その剣を持っているのはフードを被った2人の者たちだ。フードのせいで性別は不明だが、魔王ギラに不意打ちとはいえ、脅威を抱かせる一撃を放ったのだから手練れといえよう。


「ふむ、これでも避けますか。頭に血が上ってあっけなく不意打ちで殺られる、ってのを期待してたのですがねぇ」


 特に残念そうなそぶりをすることもなくニヤニヤと笑みを浮かべるゲル。ギリギリ回避したギラは、逆に冷静さを取り戻し周囲を警戒し始める。突然現れた2人がどうやって気配を殺して詰め寄り、切りかかってきたのかを探るためよく観察する。


 だが次の瞬間、衝撃の光景に目を奪われた。切り裂いて真っ二つになったはずのクレイブの分かれた体がブルブルと震えたかと思うと、体がくっついて元通りになってしまった。


「あー死ぬかと思いましたよ。予想以上に攻撃力が高いですね」

「ええ、魔剣の能力がありますから切り裂かれても仕方ありません」

「ほんと反則です」

「私たちが言うのもなんだと思いますがねぇ」


 何事もなかったかのように会話するゲルとクレイブを見てギラだけでなく、見ていた魔王軍の兵士全員が唖然とする。よく見れば切り裂かれたはずのクレイブは、血を一滴も流しておらずどう考えてもまともな体ではない。


 そんな魔王軍を見たゲルは苦笑しながら答える。


「まぁあなたがの気持ちも分かりますが私たちも忙しいのですよ。お遊びはこの辺にして用事を済まさせてもらいましょう―――――」



「我らが真の主よ・・・・」




 ゲルの手前の空間が歪み新たに3人が出現する。

 2人はフードを被り顔が見えないが、もう一人は少年のような姿をしていた。黒髪黒目で6歳ぐらいの姿の少年はフードの2人に挟まれて立っており真っすぐギラを見つめる。

 

 そしてその少年が現れた瞬間にほかの6人は一歩下がった位置に並んで片膝をつく。その行動とゲルの言動から黒髪の少年こそこの集団の主とだと容易に想像できた。明らかに害のなさそうな少年にひざまずくという光景に困惑する魔王軍の兵士たちだが、ギラだけは最大限に警戒していた。

 ギラに魔力を感知する能力はないが、この少年が持つ想像を絶する魔力量を直感的に察していた。


「ふぅん、ボクの力に気づいたのはキミだけのようだね。褒めてあげるよ」

「貴様・・・何者だ?」

「あ、ボクの名前はマキナだよ。こいつらはボクの優秀な部下さ」

「貴様が例の黒ずくめの男か・・・まさか少年の姿だとはな」

「お、情報が速いね。キミの想像通り、ボクたちが【ファラン】を攻め落とした張本人だよ」


 それが?っといった表情で肩をすくめるマキナに魔王軍の兵士は殺気だつ。


「つまり貴様をこの場で殺せば国は奪還できるということだな」

「はぁ?何寝ぼけてんの?」


 


「ここでキミたちを皆殺しにするために、ここで待ってたに決まってるでしょ」


 やれやれと呆れたような顔で見下すマキナに魔族兵たちの怒りは爆発した。


「テメェ、ガキのくせに調子に乗ってんじゃねぇよ」

「何が皆殺しだ。やってみやがれ」

「お前らやるぞ!!」

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


「待て、貴様らっ!」


 マキナの魔力と力に気づかない魔族兵はギラの制止も聞かずにマキナに殺到する。



 すぐにマキナの後ろに控えていたクレイブとフードの4人が剣を取り出し応戦する。だがそれは戦いと呼べる戦力差ではない。8000人と5人ではどちらが有利かなどよほどのバカでもわかることだ。


 しかしそんな常識はこの世界にをおいては必ずしも正しくはない。質が数を凌駕することは――特に魔族の間では――珍しくないことだった。この時も、たった5人で次々と襲い掛かる魔王軍を切り伏せ、マキナのところまでたどり着くことができなかった。



「くそっ、なんなんだこいつらは!」

「もっと大人数で攻めるぞ。たった5人じゃ一気に何百人も相手にできねぇはずだ」

「おい、後ろの奴らは急いでこっちに来いっ!」





「ふむ、さすがに面倒な数ですねぇ」


 唯一マキナの側に控えたままのゲルが呟いた。


「この身に満ちる潤い、我が前に現せ。

 其は癒しにして死の象徴。

 滅びの瞬間ときはすぐそこに。

 弱者の運命さだめはここに潰える

 参式魔術、奪水の運命フェイト・ゼロ」 


 ゲルが詠唱すると同時に魔族兵たちの上空に水が集まり始めた。

 その水は徐々に大きくなり、巨大な水球をなしてゆく――――――




「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「か、身体がぁぁぁぁ」

「誰か・・・水・・・・」

「うわぁぁ、何が起きてるんだぁぁぁぁぁ」


 突如、魔王軍の兵士たちがミイラ化し始め、魔族たちは混乱しだした。体から水分を吸い取られ、絶望の表情を浮かべたまま息を引き取る仲間を見て、さらに多くの者が心を折られた。半分ほどは生き残ったが、まだ戦える者はもうすでに数百人しかいない。


「へぇ、やるじゃないかゲル」

「恐縮でございます、マキナ様。しかし私としてもここまで効果があるとは思いませんでした。魔王ギラの軍もたいしたことないですね」

「ははは、そうだね」


 三式魔法『奪水の運命フェイト・ゼロ』は一定以上の魔力または霊力を持つ者以外から、水分を根こそぎ奪い去る虐殺の大魔法だ。無理やり人体に干渉するデリケートな魔法なため一定以上の抵抗力、つまり魔力か霊力をそれなりに持っていればまるで効果がない。 

 さらに魔術を行使した者の消費魔力と効果は対数関数のグラフに近い関係になっている。つまり、『奪水の運命フェイト・ゼロ』の発動に必要な最低限の魔力だけでは「水を奪う」効果はゼロで、追加で魔力を使った分だけ効力があがる。ただし、使用魔力に対して効果の上昇率は下がっていき、最終的には効果の限界が一定値に収束する。

 ちなみに、発動ための魔力量が足りなかった場合は反動として術者の水分が吸い尽くされる。つまり効果はマイナスというわけだ。そういうリスクもあって、この魔法を習得しようと考える者は少ないのだ。「魔力または霊力が足りなかったら死ぬ」のは術者も同様なのだ。


「まぁ、まだ半分も生き残ってるのですからしぶとさは褒めてあげてもいいですかねぇ」

「どうせ皆殺しにするんだけどね」





「これ以上させるかぁぁぁぁ!」


 魔族兵から水分を奪い続けていた水球が切り刻まれた。その瞬間、水の吸収が止む。


「戦えぬ者は去れ、邪魔だ。戦える者は俺の後ろについてこい。ここを突破するぞ。いいか、こいつら全員は俺ですら倒せぬ。今は生き残れ!」


 ギラが《魔剣クリムゾン》を掲げて言い放った。


『おぉぉぉぉぉぉぉ!』


 心が折れた者たちの一部は好き勝手に逃げ出した。 

 3分の1はもう動くこともできなかった。

 そして残りの者たち―――およそ1000人―――がギラの後に続いて突破を試みようとした。  



「全員、いったん後退だ。魔王軍は突撃をしかけてくるから打ち漏らしのないようにするんだ」

『はっ、マキナ様!』


 魔王軍相手にして縦横無尽に剣を振るっていた5人はマキナの元に戻り、再び剣を構えた。

 それを見たギラは静かな怒りを滾らせる。ことごとく俺の邪魔をするのかと。


「『鮮血』の力を開放しよう・・・・」


 その口調は静かだったが、畏怖の重みがあった。まるで周囲の時が止まったかのような重い畏怖の波動を放ちながら、ギラはその魔剣を自分の首筋に当てた。


 ギラの首から真っ赤な血が噴き出す。魔族の兵士だけでなくマキナたちもその意味を掴めずにあっけにとられていると、噴き出したギラの血が魔剣に吸収され始めた。

 《魔剣クリムゾン》が鮮やかな赤に染まりはじめ、それと同時にギラの首の傷もふさがる。大量の血を吸った魔剣は脈動するように赤いオーラを放ち始める。


 ギラは真の《魔剣クリムゾン》を右手にしっかりと握り、腰を落として突きの構えをとる。

 

 放たれるは殺気も怒りも・・・すべての感情を捨てた無心の一撃


 「絶対切断」の魔剣を突き出し、己すらも剣と化すほどの鋭い一撃


 それは、深紅の閃光となって森の中心から魔族領にかけて両断した。さすがに危機を感じたマキナたちはすぐさま避けたが、クレイブは避け損ねて左足を消し飛ばされた。


「ちっ、あんな技を隠し持ってたなんて・・・。ギラに逃げられたのはもういいや。残りの魔王軍を殲滅しよう。クレイブはその間に足を再生させててね」

「は、はい!申し訳ありません」

「よし、やれ」






――――――――【イルズの森】の中央

 その日そこで8000人を超える魔族が全滅した。




「ようやくこの地を手に入れたね。さすがの手際だよ、ゲル」

「ええ、予定通り【イルズの森】は手に入りました。獣人共もすでに捕らえております・・・ククク」

「じゃあソレイユ、ルナ―、リンド、ナブーは【ファラン】に戻っていいよ。後のことはゲルとクレイブだけでいいから」

『はっ!』


 フードを被った4人がすぐさま立ち去った。


「2人共、ボクが最後の仕上げをしている間に獣人たちを使って、ここにボクの城を立てる準備をしててよ」

「はい、仰せのままに」

「は、はい。了解であります!」


 相変わらずニヤニヤとした顔を崩さないゲルと緊張気味のクレイブが去った後、マキナは自身の魔力を放出する。

 ありえないほどの魔力を開放し、その高濃度の魔素は【イルズの森】全域に広がる。それはかつて、九尾の神子ネテルが霊域を創ったときと同じ方法であり―――――



その日から人族はその呪われた地を【魔境イルズ】と呼ぶようになった

これで1章は終わりです。

ちなみにしばらくはマキナも登場しません。

ルシア編がようやく始まります。


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