17話 会戦前、勇者との出会い
レポートが終わらないっす
【イルズ騎士王国】の最東端の街である【ハリス】は【イルズの森】とも近いことから、獣人が多い。
猫族のウェイター
兎族の救護士
熊族や獅子族の冒険者たち
狐族の商人
鳥族の仕立て屋
・・・・・・・・
数えていけばキリがない。
もちろん人族の市民や商人や冒険者、駐留騎士団もたくさんいる。
現在では人族と獣人族はすでにわだかまりはなく、どの国においてもすっかり溶け込んでいる。
が、【イルズの森】と隣接する【イルズ騎士王国】は特にそれが顕著だ。
一応他国人の扱いなので、市民権が認められるには功績とお金が必要だが、冒険者や商人として一旗挙げようとする獣人は少なくない。
そして今、その【ハリス】の病院から出て来たのは、腰まである長い黒髪と黒目、そして何より狐耳と尻尾が特徴的な少女ルシアだ。
だが、何よりも目を引くはずの9本の尻尾は見当たらない。いや正確には1本しか見当たらない。
理由は『人化』の応用によるものだ。
神子ネテルに無理矢理習得させられたがさっそく役にたっていた。
耳だけ隠したり、尻尾を好きな数だけ隠すことができるので、普通の狐獣人の姿になれる。
「はぁ~、服探さないとなー」
赤髪の男から逃げたあとはかなり大変だった。
ロロさんを回収したのはよかったけど、大けがしていたから応急処置として止血したり、動けないロロさんを抱えて森を走り抜けたり。
街を見つけたからどうやって九尾の尻尾を誤魔化そうか考えてたら、ロロさんが『人化』の応用を教えてくれて事なきを得た。
門番の騎士に事情説明したら、あとで事情徴収するから領主の館に連れていくとのこと。
そしてロロさんを病院に運んでもらって今に至る。
ロロさんが「知り合いがやってる病院があるから」と連れて行ったら、兎獣人の救護士さんが出て来たので驚いた。なんでも昔に冒険者をしていたころに、よく世話になったらしい。
で、領主の館に行くにしてもいささか小汚い恰好だと言われて、ロロさんにお金を渡され服を身繕いに行くところだ。確かに血(と言ってもロロさんのものだ)や泥で汚れた巫女服で偉い人に会うのはよくないか。
というわけで、来るときに見かけた仕立て屋さんに寄ってみた。
「いらっしゃ~い」
入ってみると気の抜けた声が飛んできた。
この店の主はどうやら鳥族の女性のようだ。すごく若い。
背中の翼を見ると・・・どうやら鶴らしい。
・・・・・・・・・・・狙ってるのだろうか
有名な昔話を思い出しながら目的を話す。
「えーと、動きやすくて丈夫でそれなりに綺麗な服を探しているんだけど?」
「あら~、あなた珍しい恰好してるのね~。どこから来たの~?」
「あ・・・森から」
「そうだったの、大変だったのね~?」
いきなり頭を撫でられる。
「・・・?」
「ふふふ~、言わなくても分かるわよ~。あの魔王の宣戦布告はここまで聞こえてたからね~。あなたの恰好を見れば大体わかるわ~」
あ、こんな血で汚れた格好だからそりゃそうか。
一応10歳の女の子な訳だし、つらい目にあったと思われているのだろう。
まぁ、その魔族に少なくない被害を与えたのはわたしの方なのだが。
というか、今更ながら罪悪感に苛まれているから、結構つらいのは事実だ。
あのときは興奮して無我夢中の状態だったからそんなに気にしなかったが、落ち着いてみるとわたしが霊術で何十人も殺した実感があふれ出てきてしまった。
辛そうな表情が出ていたのか、鳥のお姉さんはぎゅっと抱きしめてくれた。
ほんわり心地よいにおいがする。
「はいはい大丈夫よ~。私はリリスというの。この私が責任もって服を選ばせてもらうから安心しなさいね~」
控えめな胸を張って「わたしにまかせなさいね~」という彼女を見ているとかなり癒された。
この人絶対いい女だ。
「う~ん。あなた名前は?」
「えっと、ルシアです」
「そう、ルシアちゃんは好きな色とかある?」
「いえ、特には」
「じゃあ、私がルシアちゃんに似合いそうな服を選んであげるわね~」
ふんふん~、と鼻歌交じりに次々と服を持ってきて、前に合わせる。
まぁ、現代日本と違って試着の概念がないから仕方ない。
結局、白いワンピースタイプの服の上から黒いケープを羽織るかんじになった。
この世界に来ての初オシャレである。
尻尾のせいで、履けるズボンが少ないためこうなったらしい。
女の子らしい恰好ができたので満足だ。
村にいたころはほとんど巫女服だったから、かなり不満だった。
そんなわたしの心情を悟ったのかリリスさんも嬉しそうだ。
「気に入ってくれたかしら~?とっても可愛いわよ~」
「えへへ」
ついつい浮かれてしまったが、料金のことを忘れてた。
ロロさんからもらったお金はそんなに多いわけじゃない。
恐る恐る聞いてみた。
「そうね~。白のワンピースは銀貨5枚でケープは銀貨3枚の合計銀貨8枚かしらね~」
ロロさんからもらったお金は銀貨6枚と銅貨12枚。
この世界の貨幣として人族共通貨幣が使われている。
銅貨片
銅貨
銀貨
金貨
大金貨
の5種類だ。
銅貨片4つで銅貨1枚
銅貨10枚で銀貨1枚
銀貨10枚で金貨1枚
金貨10枚で大金貨1枚
と決められている。
この場合は銀貨6枚と銅貨12枚だから銀貨6.2枚分
た・・足りない
どうしようかとお金の入った袋とにらめっこしているとリリスさんは仕方ないと言ってまけてくれた。
リリスさんいい女
外に出ると騎士の人が待っていた。
ロロさんを病院まで運んでくれた門番の人だ。
「おお・・・見違えたねお嬢ちゃん」
「あ、どうもです」
サラッと褒められて少し照れる。別に惚れてないから大丈夫だ。ただ、恰好を褒められるのはルーク以来だ。
以前わたしを可愛いと言ってくれていた。
こそっとつぶやいただけだろうが聞こえていた。
狐獣人の聴力は結構高性能なのだ。
「済まないがついてきてくれ」
騎士の人に言われるがままに頷いてついていく。
例の宣戦布告のせいで、街の人たちはかなり慌ただしい。ほとんどの人が荷物をまとめて逃げる準備をしている。ほかの騎士団の人たちもちらほら見える。多分だけど、暴動対策じゃないかと思う。
「さぁ着いた。ここだよ」
騎士の人が指した先に大きな屋敷があった。見た目4階建てかな。
屋敷と言ってもそんなにごてごてしたものではなく、意外と質素な作りになっている。
ここの領主は倹約家らしく、無駄に豪華な庭園や装飾は好まない質だそうだ。
また、1階は役場で2階は会議室になっているため、領主の居住区角は3階と4階だそうだ。
一応役場だが、街の人たちは「領主の館」と呼んでいる。
「会議室に連れていくように言われている。領主様とこの町の役人たちが君の情報を聞きたいそうだ。君はまだ子供だし領主様は礼儀を気にしない方だから、そんなに気を使わなくても大丈夫だよ・・・・・っと言っても難しい話だったかな?」
ハハハっと苦笑いする騎士さん。
わたしは見た目は子供、頭脳は大人の神子ルシアさんなのですよ。
そんな視線を背に受けても気づくはずもなく、騎士さんは二階に案内してくれた。
階段を上がって左手の奥に立派な扉がついているのが見える。
たぶん会議室とやらだろう。
こっそり、尻尾感知すると中に4人の霊力が感知できた。
・・・・・というかその内1人が規格外の霊力を持ってるんだが
内心ビビってるわたしをよそに、騎士さんは扉をノックする。
コンコン
「連れて来たか?入れ」
「失礼します」
少しぶっきらぼうな声が返ってきた。高圧的な感じはしなかったが、好意は持てなさそうだなーとか考えていたら、扉が開けられて中に入れられた。
中に入ると予想通り3人の男の人が並んで座り、あと1人は後ろで立っていた。
「ランドルご苦労。下がれ」
「はっ!」
騎士さんが一礼して退出。てかあの人ランドルっていうのか。知らなかった。
そして、それを命令したこの人がさっきの声の主で4人の中で唯一起立してた人。恰好としては騎士だけど、赤いマントを着けている。たぶん隊長クラスの人物なんだろうな。
「君が例の獣人の子・・・・えっと・・ルシアちゃんだったか?」
「はい、そうです」
「君は魔王軍と接触・・・あ、魔王軍に出会ったかい?」
「はい、あと難しい言葉もある程度理解できるのでお気遣いなく」
真ん中の人物は優しそうな顔つきだ。短めの金髪がオールバックになっていて、どこぞの社長みたいな雰囲気を出している。声も言葉遣いも穏やかで、子供のわたしにも優しく接そうとしているのがわかる。座っている位置的にも例の領主様だな。
「ほう、そうかい。じゃあさっそく聞きたいことがある。敵の数はわかるかい?」
「いえ、わたしはやつらと接触したとき、ちょっと攻撃してすぐ逃げたので数はわかりません」
「はっ?攻撃した?」
「あ、はい。弓でズバッと」
「嘘をつくなっ!お前みたいな少女に弓なんか引けるわけないだろっ!」
突然声を荒げたのは右側のおじさんだ。
ハゲてて太ってる。なんか綺麗な指輪とか着けてて、領主様よりいい恰好してる気がするのは気のせいではないだろう。たぶん身分とかに固執するタイプ。
「まぁ待てよローロドス殿、彼女は獣人だろう?力は人族の子供とは比べられんさ。それにこの子はまだ子供だぜ?貴族みたいに変な見栄なんか張ったりしないさ。でも、攻撃したってのは感心できないけどな」
助け船を出してくれたのは左のお兄さん。結構若いけど、しゃべり方から見て結構な地位なんだろうな。
服装は動きやすさを重視した軽装で籠手と脛当てだけは装着している。たぶん軍関係の人だろうけど、装備が貧弱に見える。だが、この人からは並みならない霊力を感じる。帯剣してるけど霊術師なのかもしれない。
「・・・・・ふん」
「ハハハ、さすがは獣人だね。しかも狐族か・・・・珍しいね。っと、こんな話をしたい訳じゃないんだったね。本題に入ろう。数はわからなくてもしかたないな。こっちもダメ元で聞いたんだし。それより、赤い髪で黒い鎧を着た大剣を振り回す人物を見なかったかい?」
・・・・・すごい心当たりがある。
「彼は魔王ギラ・ファランと言って、【イルズの森】の一番近くにいる魔王の特徴なんだけど・・・」
魔王・・・だと!?
めっちゃ攻撃当てちゃったけどそれで大丈夫か魔王
すごい大したことないやつに思えてきた。
「彼は魔法も鎧も関係なく切り裂く《魔剣クリムゾン》を持ってる魔剣士なんだ」
そうか、それでわたしの『爆炎竜巻』が消されたのか。
「それで・・・そいつを見たかい?」
どういようか・・・正直に答えたほうがいいかな・・・・
うーん、どうしようか・・・
ああ、もういいや
「見ました。というかわたしが攻撃したのはそいつですし、今病院で治療を受けている知り合いもそいつに切られました」
「「「はっ?」」」
「あ、攻撃って言っても弓矢で遠距離から撃っただけです。(ほとんど)当たらなかったですけど」
かなり撃ったけど、当たったのは1発だ。まぁ、当たらなかったと言っても支障はない。
「あ、ああそうかい。危ないから今度からはやめてね?」
「いえ、二度と会いたくないです」
「うん、まぁ、そうだよね」
「ハハハハハ、知らなかったとはいえ大したもんじゃないか。後でそのときの話をゆっくり聞かせてくれよ」
「そうだね。魔王ギラはあなたに担当してもらいますからできるだけ情報を集めるといいでしょう。なんせ資料の情報は古いものがほとんどですから」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「頼みましたよ、『勇者イザード』殿」
は?勇者?
ポカンとしているとそれに気づいたイザードが苦笑した。
「すげー中途半端な反応されたな。大抵の奴は『きゃー勇者様!』とかいって媚売ってくるのにな」
「勇者殿、そのお嬢さんはまだ10歳だそうですよ」
「冗談だよ。まじめだなールドルフ隊長は」
お・・おう、てかやっぱり隊長なのか騎士の恰好のおじさんは。
「まぁ、そういうわけだ。あとで情報を教えてくれよ」
これが勇者イザードとの出会いだった。