139話 潜入、再び
「あー、痛かった」
え? あんな高さから落ちたら死ぬ?
いやいやいや。獣人の身体スペックを舐めちゃいけませんよ。わたしは原種、九尾妖狐だからね。
ぷるるん
(気を付けてよ)
「いやごめん。まさかロギ山が半分魔境になっているとは……流石に予想外よ。ちゃんと尻尾で感知しておけばよかったね。横着したわー」
というわけで早速感知。
霊力、魔力、生命力を全て感知開始。
ほーほー。ふむむ。ははぁー。ぽむぽむ。
なるほど分かりました。
「ここ、アタリだわ」
だって大量の生命反応があるもん。しかもロギ山の内部に。
初めは地下に住む系統の魔物かと思ったけど、そうじゃない。だって生命反応の中には人間のものがかなり混じっている。魔力だけじゃなくて霊力も感知できるからね。
更に言うと反応している霊力の中には、明らかに人間じゃない霊力も混じっていた。
つまりこれは霊獣だね。
魔核を持ち、魔力を宿している生物が魔獣。あるいは魔物。
そして霊核を持った獣が霊獣だ。たとえばフェニックスとかが有名だ。古代の国では神獣として祭り上げられていたとか、そんな神話もある。
で、人とか魔物とか霊獣とかが一か所にあるなんて偶然だね~……とか呑気なことを言っているほどわたしもマヌケじゃないよ。
「明らかに違法な実験施設だよねぇ」
今回の異常事態も明らかにこれが原因でしょう。
だから大当たり。
やったね。
「さてと。じゃあ、漂っている霧も怪しいよね。ギンちゃん」
ぷるるるん
(はーい。戻るね)
わたしのフードにすっぽり収まった。落ち着くわー。
さて、早速だけどここは離れましょうか。落ちた衝撃は伝わっているでしょうし、見つかったら面倒だからね。イェーダ教団事件以来の潜入ミッションよ!
「まずは仮称・実験施設の潜入ルートを探そっか」
魔物が一か所に集中しているせいで魔素が垂れ流しになっている。それが半分魔境化の原因だね。本物の魔鏡とは比べようもない雑魚領域だけど。
まぁ、重力操作みたいな精密霊術は乱されちゃったけどね。
てへぺろ。
油断していたから驚いたけど、もうこの程度の乱場には惑わされないよ。『魔女』とまで言われたわたしの力を舐めるでないわ! はははははははは!
はぁ~
もう油断しません。
――――――――――――――――――
「所長。いま揺れました?」
「また魔獣が暴れたのか? それとも実験体の方か?」
「わかりません。調べますか?」
「放っておけ放っておけ。いつものことだ。設備が壊れていないかだけチェックしておくように」
「わかりました」
所長と言われた男は手元にある資料へと視線を戻した。
そして考え事を続ける。
(やはり高位の魔獣では適合できない……しかし稀に適合できる者もいる。その違いは霊力の強さが創刊しているに違いない。逆に霊獣ならば適合確率は格段に上がる。霊力と魔力を混ぜ合わせることは非常に危険なのだろうか。いや、しかし獣人という例もある。是非ともサンプルが欲しいところだ……)
その資料には禁忌とも言える研究が記されていた。
しかし、それを止める者はいない。
(やりたいことは終わらないな。次の実験は―――)
所長の目には好奇心の他に、僅かな狂気が宿っていた。
――――――――――――――――――
さて、仮称・実験施設の出入り口だけど。
簡単に見つかりました。
もう一度言います。
簡単に見つかりました。
はい、一瞬でしたね。もう隠す気ないだろってぐらい簡単でした。まぁ、霧で隠しているんだろうね。出入り口というか、ハッチみたいな感じだったけど。
何かの搬入口なのかな?
「あれが明らかにマッドな研究所(仮)だよね」
ぷるん
(押し入る?)
「ま、それよりも先に気になるのがいるんだけどね」
そう。わたしが出入り口っぽいものを見つけても侵入しないのには理由がある。
なんか人型の変な生物が出入り口付近で彷徨ってるんだよね。見た目は人間っぽいんだけど、肌の色が青白かったり、腰に変な触手が付いていたり、顔に無数のイボがあったり、腕が人間とは思えない方向に曲がっていたりね。
「あれ、何かな?」
ぷるん
(魔物?)
「感知の上では霊人かな。でも魔力を感じる?」
確かに霊力と魔力って元は同じなんだよね。感応粒子とわたしが呼んでいる物質によって得られるものだ。そのエネルギー状態によって霊力か魔力か、あるいは妖力かに分かれる。
だから獣人のように霊力と同時に魔力を宿すことはありえなくもない。
ただ、それは獣人が妖力という力を宿すからだ。
普通の霊人や魔人は二つの力を宿したりしません。これは絶対。霊核と魔核で決まってしまうからね。
「ま、それを何とかする研究でもしたんだろうね」
どういうことを目的にした実験かは知らないけど、明らかに違法だ。いや、規制する法律なんてないけど倫理的にアウトだね。
つか、こんなものを想定して規制する法律なんてあるかボケって感じ。
魔物の肉体を移植したとか、そんなところでしょう。結局は霊人なんて魔物と比べるまでもなく弱い存在であるわけで……それを補うために魔物の力を取り込むって感じかな?
まぁ、理解できないマッドな領域だけどね。
「ああぁ……ああああああ……うああぁ」
なんて感じで呻きながら彷徨っている不思議な人型謎生物が割と沢山。
ふむ。どうしようか。
サンプルとして持ち帰るのもありだけど、どうせあれは実験失敗として切り捨てられたもの。研究所(仮)の中にある資料を読めばオーケーでしょ。
だから無視。
あるいは戦闘力を確認するために挑むのも可。
「どうするギンちゃん?」
ぷるーん
(僕がやっていい?)
「なるほど。ギンちゃんがやれば、野良の魔物に狩られたってだけに見えるもんね。やっちゃいなさい!」
ぷるん!
(いってくるね)
するとギンちゃんは銀狼モードになって飛び出していった。
五メートルぐらいの巨体となったギンちゃんは、一瞬で人型謎生物を噛み千切る。
……え? 弱っ!?
しかも動き遅すぎ。銀狼モードのギンちゃんが素早いことを加味しても遅すぎ。これって元の霊人よりは強いかもしれないけど、好意の魔物を相手に出来るレベルじゃないわ。
人型謎生物は……まぁ、面倒だから強化霊人と呼ぼう。
「グオオオオオオオオオオオオオオン!」
ギンちゃんは吼える。
だけど強化霊人は怯むことなくギンちゃんに立ち向かおうとする。まぁ、速攻で殺されていましたが。流石はSランク越えの魔物。ギンちゃんつよーい。
まぁ、十秒ぐらいで強化霊人は消え去りました。
「ううぅ……」
「ああ……ああああ……」
「み…あ、み……」
「う、あ……」
ん。わたしの狐耳が強化霊人の呻き声を捉えた。
戦闘音を聞きつけて近寄ってきたみたいだね。
「久しぶりだけど……『物質化』」
霊素で矢を形成し、瞬時に強化霊人の頭部を射抜いた。同時に『物質化』した霊素は霧散させる。これで証拠隠滅。
ふむ。この強化霊人はロギ山の全域に放置されている?
いや、捨てられている?
だったら研究所(仮)の研究員はどうやって出入りしているんだろう。それに物資の補給路も気になるんだよね。それも全て地下通路が?
疑問が尽きないね。
「ギンちゃん」
「オォン」
「暫く外で待機。何かあったらテレパシーで知らせてね。わたしは研究所っぽい場所の内部に潜入する」
出入り口っぽい場所もあるけど、素直にそこから入ったりはしない。
というわけで粒子魔法。粒子を操り、土分子の操作によって穴をあける。これがあれば柔らかい土でも、堅い岩でも、精錬した金属でも穴を掘れる。
まぁ、魔法で強制的に掘っているからね。
硬さなんて関係ない。電子レベルで結合を操作すれば、硬さなんて幻想だ。ただのエネルギー操作でしかないからね。
そんなわけでロギ山に埋まった研究所(仮)の外壁に辿り着く。生命力感知と聴覚による感知で外壁の向こうに誰もいないことを確認。
「えい」
の掛け声で壁に穴をあけた。
はい、侵入完了。ちょろいちょろい。
「久しぶりの潜入ミッションは緊張するわー」
まぁ、ここからやることは簡単。
まずは尻尾感知で研究所(仮)の一帯にある領域を知覚します。これには妖術を併用し、生命力を全て知覚するのがコツです。
後は座標発動で結界魔法を使い、全て捕縛する。さらに結界内部に睡眠の煙を発生。これで人は全て眠らせました。はい、終了。
魔物とか霊獣とかは眠っていないみたいだけどね。
まぁ、人専用の睡眠魔法で魔物や霊獣が眠るわけないですけどねー。
「潜入ミッションが一瞬でヌルゲーに。まぁ、わたしは『魔女』さんなので正面突破とか知りません。使える手は使うってことよ」
この世界、暴力こそ権力って面もあるからね。
こんな風に魔法を利用して、権力者を封じ込めたり操ったりできる。だから魔法道具による防御は権力者にとって必須なんだ。わたしは独自に開発した魔法道具を結構アルさんに献上しているけど。あと、我らが獣人の王レオネスさんにも結構色々差し上げてる。
こんな風に一瞬で無力化されるわけにはいかないからね。
眠らされたら誘拐・暗殺され放題だし。
取りあえず、この施設をまるっと散策しますかー。