137話 王たちの密談
1月以来ですね。
待たせ過ぎたと思っています。
冒険者ギルド理事との会合が終わった後、わたしたちは帝城に訪れていた。場所は地下にある秘密の空間であり、わたしの他にはレオネスさん、アルさん、そしてアザートスさんがいる。
獣王、皇帝、魔王が一気に揃った豪華な空間だね。
「ふー……肩が凝ったぜ」
「ははは。初めての会合はそうなっても仕方ないよ。僕も昔はそうだったからね」
「私もそうだった。懐かしいな」
右手で左肩を揉むレオネスさんに対し、アルさんとアザートスさんが懐かしそうに答える。まぁ、王と言う立場は色々大変なんだろうね。
レオネスさんって元は獅子族の族長だけど、あれは王というより一家の長って感じだから、そんなに威厳が必要ない。肩が凝るような建前の応酬なんて柄じゃないんだろうねぇ。
「まぁ、無駄話はこのぐらいにしようか。僕もアザートスさんも暇じゃないし、新国王になったレオネスはもっと忙しいだろう?」
「ああ、私は国政を大臣に放り投げてきたからな」
「俺も早く戻って都市復興の資料を承認しないとな。首相が泣いてるかもしれねぇ。憂鬱だ」
「本題に入ろう。司会はルシアに願いたいけど、問題ないかな」
問題ないです。
わたしが無言で頷くと、三人の顔つきが変わった。
ここからは国王三人による非公式の会合だ。まぁ、本音で話し合ったり、裏工作したりするための話し合いだね。
「では、まず【レオンハルト連邦】に自由組合を誘致することについて」
「それは私の方から説明しよう。丁度今、その内容の書類を大臣に投げているのだ」
自由組合ってのは冒険者ギルドに近い【魔国エンデュミオン】の国営組織だ。魔王軍が魔物などの脅威から国を守ることを仕事にしている一方、自由組合はもっと積極的な仕事をしている。
例えば、未開拓の土地を調査する、魔物の生態を調べる、未発見の素材を見つける、土地の植生について調査する、将来的に脅威となり得る魔物を討伐するなどになる。他にも、街道整備とか建設の手伝いとか畑仕事とかの雑用も手伝ったりする。
まぁ、何でも屋っぽい所はやはり冒険者組合と同じだね。
「さて、自由組合だが、設置は簡単だ。私が承認すればすぐにでも可能となる。以前も他の魔族国家に設置していたこともあるし、法的整備も問題ない」
「それは有り難い」
「国に帰ったら、すぐに準備しよう」
「頼もう。ただ、【レオンハルト連邦】も今は各都市の復興作業中だ。具体的な誘致はもう少し先になるかもしれん」
「いや、レオネス。僕としては先に誘致してしまった方がいいと思うよ。自由組合は雇用を生むし、経済の流れを生む。国としての基盤が脆弱な今は、多くの仕事を斡旋できる場を作った方がいい」
「私もアルヴァンスの意見に賛成だ。先に済ませてしまおう」
そう言った機微が分からないレオネスさんはわたしの方に視線を向けてくる。まぁ、アルさんやアザートスさんの言葉も尤もだから、これは従っておいた方がいいでしょ。
各都市に集まっている獣人たちは、今のところ復興関連の仕事をしている。ただし、圧倒的に人員が足りていない。自由組合を設置し、【魔国エンデュミオン】からも人を呼び、一気に仕事を終わらせてしまうのもありだ。
多分、肥沃な土地が多い【レオンハルト連邦】は農業国家になると予想しているし、獣人たちは畑仕事を覚えて貰いたいからね。復興に割いている人員を開墾に回したいってのはわたしも考えていたことだから丁度いい。
取りあえず、わたしが話を纏めておく。
「では、自由組合誘致を急速に進めましょうか。書類作成と承認はアザートスさんに任せるとして、具体的にはいつ頃から可能になります?」
「一か月で可能だ。二十七の都市とルシアが【イルズの森】に作ろうとしている都市の合計二十八都市分を用意しよう」
それは頼もしい。
かつてスライムの国【ラグナハイト】があった場所は、わたしとアザートスさんが暴れたせいですっかり更地になっている。今はわたしが植えた妖樹があるけど、それの他には何もない。
「あの場所は人族との国交拠点、そして戦争が起こった時には第一の壁として使いたいので、自由組合誘致は有り難いです」
「俺としても、あの場所はルシアに一任しようと思っている。好きに使え」
こうやってレオネスさんが『好きにやれ』って言ってくれているから、わたしも勝手に妖樹を植えたり出来たんだよね。まぁ、先も言った通り、あそこは国交拠点として作り直す。そのためには多くの人材が必要となるし、その前に妖樹を完成させないといけない。
妖素を散布することで獣人の楽園とする妖界を形成する。
これは霊域や魔境の妖素バージョンだね。
「ナルスの皇帝としても、獣人の国が人族と魔族の間に入ってくれるのはありがたいよ。それに、ルシアが計画している国交拠点都市の案もいい。妖界だっけ? それがあれば、人族と魔族は平等に争わずに済むからね」
「私の同じだ。魔王として、この緩衝地帯は支援する価値があると判断した。補助金も出そう」
「なら、僕の方から【イルズ騎士王国】と話を付けるよ。実際に国境が接しているのはそこだからね」
「アザートスさんもアルさんも頼みます」
ホントに頼もしい魔王と皇帝だよ。
最近、わたしは人脈チートなんじゃないかと思い始めてきた。
「じゃあ、次は【マナス神国】について。多分、冒険者ギルド理事の中にも、あの国の手が入っていますよね? 獣人とかエルフが嫌いな理事がいますし」
「そうだね。ルシアの言っていることは正しいよ。特にエルフたちとは強い国交があるし、なによりエルフ王は強い。彼は原種・妖精森王だからね。敵対するより同盟を組むことが正解さ」
アルさんは苦笑しながら言っているけど、これって結構な問題なんだよね。
【マナス神国】が神と崇める唯一神シュランゲは、人族種の中でも霊人系こそが至高と言っているらしい。まぁ、神なんて眉唾だから誰かが勝手に考えた教義なんだろうけどね。
ただ、狂信的な人も多い。
だから厄介なんだ。
「私たち魔族からすれば、暫定的な敵国だ。注意はしている。ただ、国同士が離れているから、監視も簡単ではないが」
「俺たち【レオンハルト連邦】も目の敵にされている可能性が高い。【マナス神国】とはイルズの森の北部で接地しているし、気を付けるほかあるまい」
「僕たち帝国が監視を請け負うよ。いや、常に監視しているけど、それを強化しよう。今は時代が動くときだからね。【マナス神国】も何か動きを見せるかもしれない」
三人の国王は意見を一致させたみたいだ。
【イルズ騎士王国】の騎士王は義を重んじる人だし、世界を平和的な方向に持って行こうとするわたしたちの味方になってくれるだろう。【レオンハルト連邦】の隣国になるわけだから、それ抜きにしても仲良くしたいけどね。
多分、また騎士王とレオネスさんで会談することになると思う。ただ、【レオンハルト連邦】は政治的なトップが首相だし、早く本来の体制になるよう努力しないとね。今、首相は復興事業で忙しそうにしているから、外務はレオネスさんとわたしが担当しているんだよ。
「じゃ、次の議題にいきますよ」
わたしたち四人の話しあいは、数時間ほど続いた。
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【レオンハルト連邦】に自由組合を入れることが決まってから三か月ほどだった。アザートスさんは仕事が早く、既に二十七の都市全てに組合の支部が出来ている。魔法を使った建築という裏技があるせいで、土木系の仕事は早い。
他にも、魔力が魔法の威力を高めやすいという性質を利用し、広範囲の土地を掻き回すことで一気に開墾するという荒業もやってみせた。魔族凄い。
そしてわたしは妖樹を完成させるために妖力を送り込み、『調和』を使って成長させた。
今では樹高二百メートルにもなる超巨大な樹木に変貌している。成木になったからか、ようやく妖素を生産して散布するようになった。もうしばらくして濃度が上がれば、妖界も完成しそうだね。
「んー……疲れたー」
妖樹の太い枝の上で寝転がり、ダラダラと過ごす時間は至高。
最近のわたしって働き過ぎだと思うんだよね。父さまも母さまも心配してるらしいし。三日に一度は顔を出しているから、親不孝なことはしていないはず。
「ストレス発散のために依頼でも受けようかなー。ギンちゃんはどう思う?」
ぷるるん
(それがいいと思うよ)
寝転んでいるわたしのお腹の上でプニプニ動くギンちゃん可愛い(確信)。
まぁ、それはともかく、そろそろバッと魔法使うなりしてストレス発散したいよね。ギンちゃんも最近は銀竜モードで荷物運びばっかりだし、暴れさせてあげるのも主人の役目かな。
「よし、帝都のギルド本部に行こうか」
ぷるーん
(はーい)
取りあえず『加乗次元転位』でゲートを開く。移動先は帝国に作ったわたしの孤児院だ。まぁ、最近は殆ど独立しているし、雇った元執事が院長的な存在になっている。わたしはもはや金を出しているだけのオーナーだね。
まぁ、忙しくなりそうだったから全部の仕事を委譲しちゃったんだけど。
いまは将来に向けて、色々な仕事をさせている。技術を身に着けさせることで、成人した後もちゃんと働けるようにしているって訳。今もスラム解体の度に孤児を迎え入れているし、浮浪者の職業訓練所としても機能している。
もう国家プロジェクト並のことをしているね。
中には冒険者になって活躍している子もいる。イェーダ教団事件で知り合ったリオン、パズ、レナ、ジーナもDランク昇格を目指して頑張っているらしいよ。文字を殆ど読めなかったパズも、今では読み書きに不自由がないそうだ。成長したね皆。
「到着っと」
出て来たのは夜中の孤児院。まぁ、時差の関係があるからしかたないか。まぁ、別に挨拶しなくても問題はないし、このままギルドに行こうっと。
ギルドは24時間営業だからね。
「走るからフードに入ってね」
ぷるるん
(はーい)
ギンちゃんがローブのフードに入ったのを確認し、わたしは走り出す。獣人として身体能力は高めだから、走ればかなりの速度が出来る。ハッキリ言うと車並みに早い。
夜中だったお蔭で誰かにぶつかるような事故は起こらないけどね。
「見えてきたよ!」
わたしがそう言うと、ギンちゃんは震える。
久しぶりに暴れられるから嬉しいのかも。適当にS級依頼を片付けてストレスを発散しよう!
そんなことを考えながら、ギルドの中に入った。