134話 整備
サクッと口約束の交渉を終えたわたしは、ゲートを開いて【イルズの森】に戻った。建国すると言ったはいいけど、やっぱり国としての土壌が必要だからね。それを整備しなくちゃいけない。
わたしは交渉の内容をレオネスさんたちに渡して、国家としての骨組みを決めて貰うことにした。取りあえずは覇獅子の幹部たちを連邦議会として国家方針と簡単な法整備をすることになっている。
わたしはその間に【イルズの森】を開拓することにした。
場所はスライムの国があった場所だ。アザートスさんが大規模破壊魔法《万象崩壊》で建造物などすべてを塵に変えたから、真っ白な更地になっている。ここをちゃんとした都市として生まれ変わらせるつもりなんだよね。
目指すは交易都市。
ここは人族との交易の場所にするつもりだ。
「さーて、取り出したりますは何の変哲もない木の苗でーす」
ノリと勢いで樹木の苗を取り出し、更地の中央に植える。アザートスさんが万物を塵に変えた戦場跡だから、土もフカフカだ。これなら良く育つだろう。
そして植えた樹木の苗に両手を触れて、じっくりと妖力を流し始めた。
「お、上手くいった。幾つも苗をダメにした甲斐があったね」
わたしがやっているのは妖力で大樹を育てること。根を伸ばして地下にある魔脈と霊脈からエネルギーを受け取り、エネルギー調整によって妖力へと変換する樹木を作りたいと思っている。これによって森全体を高濃度妖素が漂う領域に変えたいってわけ。
霊域や魔境のように、妖素が濃く漂う『妖界』。ここならば霊術も魔術も扱うことが出来ず、獣人にとって良い土地となる。九百年前のネテルは自身を人柱とすることで霊域を作ったみたいだけど、わたしはそんなことしたくない。だから、依り代となる樹木を作ることにしたというわけだ。
樹木なら何千年と持つし、人道的だからね。
そして樹木を育てるために、苗の状態でわたしの妖力を流し込んだところ、上手く順応した。まぁ、魔法で何となく順応するようにしているだけなんだよね。本来なら、木に妖力なんか流し込むと、あっという間に霊素と魔素に分離してしまう。妖素は自然に存在しにくいエネルギー準位の粒子だから、空気中に晒していても同様のことが起きる。
『馴染め~、馴染め~』って念じながら妖力を送ると、上手くいくことが分かった。まぁ、こうやって上手く出来るようになるまで一週間ぐらいは練習したけどね。大抵の魔法は数日で習得できたから、かなり時間がかかった魔法だったよ。
珍しく、ふわっとした感じの魔法に仕上がった。わたしは基本的に理論的な魔法を好むんだけど、この魔法だけは本当にふわっとしている。なんかこう……説明しにくいけど、何となく調和させることが出来るって感じの魔法。
魔法名はそのまま『調和』にした。
「んー……よし。出来た」
今日はこのぐらいでいいでしょう。一度に完成させるのは難しいから、時間を掛けてじっくりと妖力を馴染ませていく。こうすることで、樹木自体が妖力を生成できるようになるって仕組みだね。
それに、わたしの妖力を流し込んだからか知らないけど、苗だった木が一気に成長した。今はわたしの身長よりも少し低いぐらいかな。成長が早いのは好都合だから、このままでいいか。多分、これも『調和』の効果の一つだし。
大量の妖力を流し込んだことで、そのエネルギーを生命エネルギーとして成長に流用したんだと思う。また明日も妖力を流せば、もっと成長してくれることでしょうねぇ。
なんにせよ、楽しみだ。
「えっと、次は都市になる予定の場所も視察しないとね。ギンちゃん」
ぷるるーん
(竜形態でいい?)
「お願い。これから魔族領に行くから」
ぷるん
(わかった)
ギンちゃんが銀竜モードになってくれたところで、わたしは背中に乗る。これから魔族領に行って、スライムに滅ぼされた魔族の都市を見て回るつもりだ。廃都となった今でも原型は残っているから、【レオンハルト連邦国】の都市として再利用できるはず。取りあえず城壁の修復ぐらいはしておきたいから、視察を兼ねて向かうことにした。
アザートスさんから聞いた滅びた魔族国家の数は七つで、都市はその四倍ぐらいの数がある。その他にも小さな街とか村みたいなところもあるんだけど、取りあえずは二十七の都市全てを回ってみようと思っている。
「えっと、確か地図を貰ったから……」
アザートスさんから貰った地図を頼りに都市を探してまずは一つ目。わたしもよく知る魔族国家【ファラン】の都市を見つけた。森から最も近い国で、五年前には人族領へと攻め入ってきた国だね。当時の魔王ギラ・ファランに手傷を負わせたから印象深い。
割と堅牢な城壁を持つ都市だけど、スライムのせいでボロボロになっている部分も多かった。魔物が多い世界だし、城壁で街が守られているのは重要なこと。だからこれだけは直しておきたい。都市内部の補修は雇用も兼ねて人力でやって貰うけどね。
「あー、魔物も何体か入り込んじゃってるねー」
尻尾感知を広げると、都市内部に百体ぐらいは魔物が入っていた。どうやら巣食っているらしい。面倒だけど除去するしかないね。
まず、これ以上は魔物を入れないように城壁と城門を修復する。
「直れ直れ~」
段々と適当になってきたけど、こんなんでも魔法は発動するから不思議だよね。まぁ、霊素、妖素、魔素っていう感応微粒子がわたしたちの意思を汲み取ってくれるからなんだけど。
石の城壁はわたしの霊術で修復されていく。欠けている部分は土中から成分を抽出して補強し、罅割れている部分は再結晶化によって補修した。完璧に崩れていたら、そこには土をかぶせて石材化する。たった一人でも余裕の作業ね。
で、壁が補修出来たら次は内部の魔物を掃討するだけ。
「『消失』」
量子魔法の練習も兼ねて『消失』で魔物を始末する。尻尾感知で座標は特定しているので、見えなくとも魔法を当てるのは難しくない。
この魔法は演算量が凄いから連発は避けたいんだけど、魔法ってのは慣れだからね。今は苦しいとしても、慣れれば普通に発動できるようになる。今は我慢の時ということね。
「『消失』『消失』『消失』」
連続発動するたびに頭が痛くなるけど、我慢して魔物を消滅させる。対象を量子化して拡散方向に確率変動する魔法だから、喰らえば一撃で死に至る。痛みすら感じないだろう。
都市の中に死体が残ると面倒だからこの霊術を使ったんだけど、やっぱり霊力消費が大きい。すぐに枯渇してしまった。
「仕方ないか……『殺生石』」
今度は飛翔して都市の中央辺りで浮きつつ、『殺生石』を使う。今は効果範囲を広げる練習をしている途中で、限界まで広げれば半径二十メートルまで吸収できるようになった。この範囲にいる生物は問答無用で生命エネルギーを奪い取られるって仕組みだ。
この『殺生石』は単体に集中する場合と、範囲一帯を問答無用で吸い尽くすバターンの二種類がある。ちなみにマキナとの戦いでは前者を使っていた。まぁ、使う機会がないに越したことはないけど、範囲は広い方がいいからね。あと、ギンちゃんは危ないから離れて貰った。いずれは範囲での選択吸収も習得する予定にはしている。
都市に残っている魔物から生命エネルギーを吸い取り、わたしの霊力に変換する。これで霊力は完全回復した。魔物も雑魚しかいなかったらしく、今の殺生石で全滅したっぽい。
うーん。
やっぱり、わたしの霊力量、妖力量、魔力量はかなり増えつつあるよね。まぁ、全部合わせてもアザートスさんの魔力量には勝てないけど。生きている年数が違いすぎるもんね。アレはホントにヤバい。わたしが唯一敵対したくないと思った人だし。
「よし、これで掃除は出来たかな? ギンちゃんーー!」
「グルゥ……」
「スライム形態で転がっている魔物の死骸を喰い尽くして」
「グルッ!」
銀竜モードだったギンちゃんはスライムに戻って都市の中を移動していく。あとはギンちゃんが捕食して糧にしてくれるでしょう。スライムの成長も、味方だと頼もしいよね。
さて、時間を掛けて残り二十六都市の簡易的な修理も進めましょうか。