133話 交渉
獣人国の建国。それを決意したその日から、わたしは動き始めた。『加乗次元転位』で【魔国エンデュミオン】へと赴き、魔王アザートスさんから魔族領の西側を獣人が貰っていいか交渉。
結果として問題なく貰えた。
まぁ、広すぎてアザートスさんでも管理しきれないそうだからね。今ですら魔族領の東半分を領有しているわけだし。それに、人族領との緩衝地帯として獣人国が出来るのなら歓迎という話だった。スライムに滅ぼされた元魔族各国の都市は再利用できるので、建国も楽になりそう。
そしてもう一つ、【ナルス帝国】の皇帝アルさんの所に行って交渉することにした。
「んー。離れていたのは二週間ほどだったけど、久しぶりな感じがするね」
ぷるん
(そうだねー)
空間転移ゲートで帝都まで戻ってきたけど、凄く久しぶり感じがする。相手も原種だったから、割と死闘を演じたからね。あの終わりが見えない戦いはしんどかった。
学院はまだ夏休みが終わっていないけど、学会の準備とかもあるから割と忙しい。アルさんと話し合えるのも今の内だろうね。それに建国が決まったら教師もやめる予定にしている。建国で忙しくなるから仕方ないよね。学会には登録したままだから、学者としての身分は続くけど。
尻尾一本の状態になって街を歩き、四年間で行き慣れた帝城へと向かう。普段から身に着けている盟友のペンダントを見せれば、城の衛兵さんも簡単に通してくれるので、私ほど皇帝に合うのが簡単な人も少ないだろう。
今こうして思えば、結構な人脈チートだと思う。
何度も案内されて顔なじみになったメイドさんが皇帝の執務室へと連れて来てくれる。ノックをすると入室を許可する返事が返ってきた。
「久しぶりアルさん」
「やぁ、ルシア。久しぶりだね。ああ、そっちの君はお茶だけ入れて下がってくれ」
「かしこまりました陛下」
メイドさんがお茶を淹れている間にわたしはソファに座り、アルさんは執務をキリの良いところまで進めておく。お茶が入ると同時にアルさんも立ち上がり、わたしの対面に当たるソファに座った。
ソファの前にあるテーブルにお茶が置かれると、茶菓子を添えてからメイドさんは去って行く。それと同時にわたしは防音結界を張って準備を整えた。
「どうだい? 魔族領の問題は解決できたかな?」
「はい。魔境化していた【イルズの森】は解放しましたよ。原因だった原種・厄魔原粘も無事に討伐しました」
「それは良かった。僕からも礼を言うよ」
アルさんとしても気になっていただろうからね。安堵しているみたいだ。やっぱり原種が出没するというのは結構の事件だから仕方ないだろうね。およそ十年に一度だけ出没すると言われていたけど、五年前に暴喰災豚が現れたとこだったから、今回は早い。まぁ、十年に一度っていうのも人族領だけの話だから、魔族領で暴れていたマキナを入れるかどうかは疑問だけどね。
あ、神地王獣は被害を出していないからノーカンね。
「アルさん。早速だけど頼みがあるの」
「君が頼みか……言ってごらん?」
「実は獣人たちで国を作ることになりまして、その後押しをして欲しいんですよ。これまでのように部族単位で集落を作るのではなく、獣人という種族で纏まることにしたんです」
「分かった。それは構わない。でも、その場合に帝国はどんな利を得ることになるのかな? それが用意できているから来たんだろう?」
「勿論。わたしたち【レオンハルト連邦国】は【魔国エンデュミオン】と通商条約を結びます。更には平和条約も結び、完全に繋がる予定です。わたしたちの領土は現魔族領の西半分と森を想定していますから、人族領から見ても緩衝地帯となるでしょう。わたしたち連邦が帝国とも条約を結べば、間接的に魔国とも繋がることが出来ます」
「ほう……なるほどね」
わたしの言葉を聞いて、アルさんも利点を理解したらしい。間接的とはいえ、帝国が長く望んできた魔族との交易も可能になるのだ。大きなチャンスである。
獣人が国を作ること、そして魔国と繋がることで【マナス神国】は手を出してくることだろう。しかし、帝国が連邦に手を貸せば、最低でも時間稼ぎぐらいにはなる。その間に国力を高め、神国にも対抗できるようになれば良いのだ。
「連邦……と言ったね? どういったシステムの国家にするつもりかな?」
「はい。政治的な部分は国民投票によって代表者を決め、連邦議会を設立して取り決めることになります。幸いにも獣人たちは識字率が高いですからね。あとは国家として纏まるために象徴としての王家を作ることになりました。こちらはわたしたちの心の拠り所であり、他国に目を光らせるための力の象徴でもあります。元は獣人最強の者が交代制で王になる方針だったんですけど、最終的には王家を作ることになりました。組織としての覇獅子でリーダーをしていたレオネス・ハウトさんが初代獣王になりますね」
「覇獅子をそのまま国家に流用するのか。それならスムーズに建国も済みそうだね。議会を作って政治をすると言ったけど、そちらもリーダーとなる人を決めるのかな?」
「はい、首相という形で政治面における最高権威者を決めます。これは議会内の投票で決める予定ですね」
「獣人は色んな部族の集まりだから、議会制のというのはある意味で合っているかもしれないね。そして象徴としての王か……変わった方法だね」
アルさんからすれば珍しい手法かもしれないけど、前世の地球ではよくあったパターンだ。日本も皇室があったけど、政治的な権力はなかった。でもその権威は絶大で、友好国との外交でも強い力を持っていたといっていい。他にも、イギリスやフランスだって王室があるけど、首相もいる国だ。だから、この世界でもそんな国があっても良いと思うんだよね。
「細かい話は後で詰めるとして、大体はこんな感じ……かな?」
「そうか……おもな産業は?」
「農業を予定しているかな。あの辺りは肥沃な土地が一杯あるから、それを利用したいと思っているの」
「獣人は働き者だし、妥当な所だろうね。ただ、建国と同時に帝国からの国民流出もあり得るのが痛いところかな……」
あ、そっか。
帝国には結構な数の獣人が移り住んでいるからね。獣人の国が出来たって知られたら、移住したい人たちが出てくるかもしれない。そうなると、帝国としては痛いだろう。
んー……それはどうしようもないかな。
「何かいい案でもないですかね?」
「難しいかな。まぁ、先行投資と考えられなくもないから、それほど深刻には思っていないよ。魔国と繋がりが出来る方が僕たちにとっては大きい。あの国はかなりの国力を秘めているからね。間接的にも交易できれば大きな儲けがある」
「じゃあ、後押しの件は大丈夫ですか?」
「うん。構わないよ。存分に支援しよう。その代わり、こちらに何かあったらルシアに頼みごとをするかもしれないけどね」
流石は皇帝。
その辺りは妥協しないね。まぁ、それぐらいなら良いけどさ。
「分かりましたよ。お友達ですから」
「ははは。持つべきなのは友人だね」
まぁいっか。どうせわたしは不老だから、ちょっとした頼みごとを聞いても損はしないでしょ。それよりも、これで建国のための準備は整った。まだ口約束の段階だけど、目途が立ったといってもいい。
まずは【イルズの森】をわたし好みに変えてやろっと。