130話 さすが魔王様!
わたしは感知できる莫大な魔力を頼りにマキナの元へと行く。この元凶さえ倒してしまえば、魔境と化した【イルズの森】も元通りになる。張り切っていこうか!
「取りあえず『核融合』」
まずは遠距離から先制攻撃。慈悲はない。
というか、あんな化け物みたいな再生力を持つ魔物なんて遠距離から火力で潰すのが一番だ。一応、わたしも獣人だから身体能力には自信がある。でも近接戦闘の実力としては冒険者で言うところのランクB程度だし。
スライムを倒すなら遠距離から圧倒的火力で。
これ、真理だね。
「『重力制御』で押さえつけて……『雷降星』」
大気を凝縮させてプラズマ球を発生させ、連続してマキナの魔力が感じられる場所へと落とした。これで死なないとか頭がおかしくなりそうだけどね。だって同じ原種でも暴喰災豚なら既に五回は殺しているよ、ホントに。
まぁ、原種としての格が違うから仕方ないね。
「魔力が尽きるまで喰らってきなさいってね!」
爆炎、落雷をメインに集中攻撃を加える。尻尾感知をしているお陰で狙いには困らない。土煙や炎や雷光で視界は最悪だけど、マキナの濃密な魔力は消えていない。
まぁ、結構な勢いで減っているみたいだけどね。
わたしの魔術のせいで再生を余儀なくされているから、その分だけ魔力を消費するということだ。
「すり潰されなさい! 『圧牙颶咬』」
大気の高速乱回転によって空間ごとすり潰す範囲魔術だ。巨大な岩でも数秒で塵になる。まして生物なんかが喰らえば一瞬で赤い霧になるだろうね。
うん、想像するだけで酷い。
勿論、スライムだって魔核ごとバラバラに出来る威力だよ? でも、マキナの再生力があれば耐えられるだろうね。マキナの表面を削った瞬間に再生されて……を繰り返せば耐えられる。
マジで再生チートかよ。
流石に魔力尽きたんだけど……
「全く酷いね。こんな子供にあんな攻撃するなんて」
「いや、わたしの故郷荒らしたりしたんだから容赦する訳ないでしょう」
「アハハハハ。僕より弱いからいけないんだよ」
酷い言い分だね。弱肉強食とでも言いたいのかな。
腹の立つ笑みを浮かべながら子供姿のマキナが姿を顕す。まったく……あんな災害みたいな魔法の連打を余裕で生き残るんだね。再生で魔力を削らせたけど、まだ九割以上は残っているみたいだし。
ま、弱肉強食だっていうのなら構わない。
「わたしが喰い尽くす。『殺生石』」
わたしって接近されると弱いからね。
近付かれる前に殺すのがモットーだ。まだマキナとの距離は十メートルぐらいある。取りあえず消耗した魔力分はマキナから生命力を奪い取る。
まぁ、まさか直接エネルギーを抜かれるとか想定できないよね。
流石のマキナも膝をついて、更に擬態も解けていた。けど、すぐに再擬態する。
「ガアアアアアッ!」
「黒い体表の鬼! 黒曜妖鬼ね!」
絵で見たことがある。
まさか本当に原種への擬態が可能とはねぇ。予想していたとはいえきつそう。まぁ、あの程度の原種なら余裕だけどね。
黒曜妖鬼は体表を鉄よりも硬くすることが出来るのが特徴だ。堅い肉体と凄まじい身体能力から繰り出される肉弾戦闘が厄介ということだね。でも、それだけだ。
「『重力制御』」
重力を操って黒曜妖鬼を宙に浮かす。踏み込むための地面がないと、自慢の身体能力も発揮できない。これで隙だらけの的だ。
「『熱荷電粒子解放』」
右手をギュッとして空気を凝縮。儀式発動は楽でいい。
あとは断熱圧縮で発生したプラズマをぶっ放すだけ。黒い体表の鬼は吹き飛んだ。遠くの方で大きな爆発が起きる。
「ウオオオオオオオオオオオオオオン!」
今度は耳が痛くなるような咆哮と共に土煙が吹き飛んだ。獣人としての視力でよく見ると、白い狼さんが天に向かって吼えていた。しかも周囲が白い霧に包まれ始め、地面がパキパキと凍っている。
あれって……
「まさか崩氷魔狼!? 原種の中でも最高位じゃないの!?」
わたしこと九尾妖狐は高位に相当する原種だからね。正直言って、わたしよりもポテンシャルは上になる。
ちなみに最高位と言えばドラゴン系の原種である神地王獣、原始母竜、深淵水蛇が有名だね。それと並ぶのが崩氷魔狼だから、滅茶苦茶強いと言って過言じゃない。
「やばっ!」
とりあえず勘に従ってその場で大きく跳んだ。すると、一瞬前までわたしがいた場所をマキナが擬態した崩氷魔狼の爪が破壊する。しかも、破壊跡は氷結していた。
あれが崩氷魔狼の能力か……
周囲の熱を奪うことで肉体を活性化せるという能力。つまり、周囲の空間は熱を奪われて氷結するということだね。氷の名を冠する魔狼とはいえ、その能力は副次的なもの。本質にあるのは圧倒的な身体能力の強化だ。
分かりやすくまとめれば、わたしの天敵だね。
こういうときは……
「アザートスさんヘルプ!」
「呼んだか?」
まるで転移したかのように一瞬でわたしの前に現れるアザートスさん。右手にはリンゴより一回り大きい程度の魔核を持っている。
あー、幹部スライムの魔核ですね。分かります。
そしてアザートスさんはそれをグシャリと砕く。わお、カッコイイ。
「あのキチガイ狼さんをどうにかしてください。あの速度はわたしに対応できないので!」
「これでどうだ?」
仕事が早い。
概念魔法・時間操作で時を止めたアザートスさんが崩氷魔狼に擬態したマキナを封印魔法陣で縛っていた。呪印回路の呪いによって縛るタイプの魔法陣だね。結構高度なのに一瞬で発動できるのは流石だ。
時間停止は反則。
これ真理だね。
「どーもありがとうございます! 『殺生石』」
「ふむ、では私はまた行くぞ。まだソレイユを倒したばかりなのでな」
そう言ってアザートスさんは消えた。また時間停止でどこかにいってしまったんだろう。
てか、ソレイユって第一のしもべを名乗る幹部じゃないですかー。
さっき砕いてた魔核ってソレイユのやつだったんだね。残る幹部は第三のしもべゲルと第六のしもべクレイブだったかな?
流石魔王様。略して『さすまお』。
「じゃ、遠慮なく生命力を頂きまーす」
「グオ……オオオオオオオオオオオオオ……」
なんだろう。
呪印で縛られているから崩氷魔狼の擬態も解くことが出来なくて、可哀想なぐらい唸っている。まぁ、容赦なくエネルギーは頂きますが。
けど、この呪印便利だね。
解析して習得させてもらおう。まぁ、わたしはこんなに精密な魔力操作が出来ないわけだし、霊力で発動することになるだろうけどねー。
マジで魔素を自在に操る堕天魔人の魔眼って羨ましいよね。
「オオ……グオオオオオオ……」
よし、搾り取れるだけ取った。
マキナの魔力量は残り半分くらいかな?
「ほい、『圧牙颶咬』」
高圧空気を高速乱回転させることで球状に空間を破壊する。わたしにとってマクロレベルの物理法則は簡単に操ることの出来るものだ。既存の物理法則でまだ不安があるのは量子力学の範囲かな?
最近は量子力学もかなり操れるようになったけどね。質量エネルギーを熱に変換する『量子変換』がその例だ。今は研究中だけど、電子状態や原子核を操作して元素そのものを変換する霊術も考えている。
で、量子力学は極めるととんでもないことが出来る。
それが確率操作。
『量子変換』が対軍の傑作魔法なら、これは対個人用の最強魔法。
「『消失』」
途端に、呪印に縛られたマキナ(魔狼)は魔素となって霧散した。
量子力学で評価する粒子の存在確率を操作することで、粒子の存在位置を偏位させるというもの。そもそも世界に存在するあらゆる物質は極小粒子の塊だ。素粒子の観点で考えれば、陽子、中性子、電子の三種類でわたしたちが構成されているということになる。
で、この素粒子というやつは観測することで初めて位置が確定する。
素粒子を観測するまでは何処に存在しているのか確定していないのだ。確率として素粒子全体の偏りはあるけどね。
だからその存在確率を操作して素粒子の偏りを掌握すれば、存在そのものを消滅させることが出来る。確率偏位に従って存在が偏位する。それを拡散方向に確率を操作すれば『消滅』だ。
まぁ、正確には量子操作によって結果的に確立を操っているってだけなんだよね。
これを利用すると全ての物理干渉を防ぐ『法則結界』となる。この結界についてはまだ未完成だけどねー。
「む……魔核だけになってもまだ再生するのかぁ」
魔素の確率偏位を操ってスライムの体を霧散させたんだけど……流石にまだ再生するみたいだね。存在ごと霧散させたからかなり魔力を使わせたかな?
「アハハ……ここまでやられたのは初めてだよ……」
「大丈夫、そのまま消滅させてあげるから」
「まだまだボクはやられるつもりなんてないね! 竜身化!」
マキナは切り札であろう原始母竜の姿になる。大量の魔素を消費することで巨大化を果たし、真っ黒なドラゴンがわたしの前に現れる。
竜鱗というちょっとイカれた防御性能を持つ原始母竜は耐久力と身体能力が高い。その代わり、飛竜種の特徴である身体変化は意味をなさないようだけどね。
精々、爪を鋭くしたりする程度だ。
「ガアアアアアアア!」
「呪印も切れちゃったかぁ。第二ラウンド開始ってね!」
とりあえず『重力制御』で空中へと飛んだ。