12話 イルズ侵略(1)
霊域の消失
それは人族領を攻め入らんとする魔王ギラ・ファランにとって900年ぶりの好機であった。
(まさか本当にやるとは)
数週間前のこと
一人の男が従者を1人従えてギラのもとを訪ねてきた。
水色の髪、狡猾そうないやらしい目のその男は灰色のローブを被り、こう言ったのだ
「もし霊域を消すことができれば、魔王ギラ様の右腕としてくださいませんか?」
はじめはくだらない、そんなことできるわけがない。
そう思い一蹴した。
どうせ出来もしないことを出来ると言って自分に近づき、甘い汁を吸うだけの小者だろう。
今までもそんなやつはたくさんいた。
いつになったらできるのかと言えば「金が足りない」といい、とんでもない額を要求するのだ。
魔王を舐めた輩はこの900年で飽きるほど見て、処分してきた。
「貴様のように俺のもとで良い思いをしようと近づいてきた不遜の輩は多く見てきた。今ならこのまま帰ることを許す。即座に消えよ」
「いえいえ、わたくしをそのような者とは違います。あくまで、霊域を消した暁にその功績で重用していただきたいとお願いしているのです」
そういってクククとにやけるローブの男は続ける
「わたくしは人族が嫌いでしてねぇ。同じ志のあなた様のもとで仕えたいと願っているのですよ」
にやにやと媚を売るような態度は気に食わないが、ようは大将首を持ってきて「部下にしてください」と懇願してくるのと同じだ。
どうせこちらの損はないと考えたギラは言い放つ
「なら示せ。霊域を消してみよ。ひと月以内だ。自信はあるのだろう?」
少し殺気を込めて言う。
ただの小者なら逃げ帰ってしまうがこの男は微動だにしなかった。
「ええ、そうですね・・・20日ほどしたら準備は整いましょう。その時にまたお伺いします」
では、っといって立ち去るローブの男。
「待て」
「はい。なんでございましょう?」
ローブの男は振り返る。にやにやした顔は崩していない。
「名を名乗れ」
「ああ、わたしとしたことが失礼しました。わたくしは魔族のゲルでございます」
魔王ギラは卑怯なことが嫌いだ。
人族を滅ぼす時でさえ宣戦布告をし、相手の準備が整うまで待っているほどに。
一般的に人族どうしの国が戦争をするときは、必ず宣戦布告する。
これは他国に、自国と相手国の問題だから手を出すなという宣言でもある。
仮に宣戦布告なしに奇襲すれば周囲の国々から不信を買い、最悪の場合はまわりすべての国が敵になることもある。
だが対魔族に関していえばその限りではない。
むしろ一方的に殲滅することが望まれる。
人族の国、主に霊域イルズのすぐ隣にある国。【イルズ騎士王国】は毎年のように魔王ギラの治める【ファラン魔王国】に攻撃をしかける。
しかも霊域があるのをいいことに、霊域から奇襲し反撃されたら即時撤退、霊域に戻る。とういうゲリラ作戦を展開し、地味に被害を与えてくる。
反撃したくとも逃げられる。だが霊域のせいでこちらからは攻められない。
そんなことが200年続いていた。
だからこそ、今日、魔王ギラはすべてをぶつける。
200年分の怒りを《魔剣クリムゾン》にのせて、人族の国を蹂躙する。
正々堂々と・・・・
魔王は静かに息を吸い込んだ。
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狐族の警備隊のアゼとフェイはルシアよりもずっと先に爆心地にたどり着いていた。あの爆発の余波を受けたものの、熱がなかったことが幸いした。
九尾の神子ネテルが祀られていた森の中心であり、霊域の要でもあった地が吹き飛ばされ、巨大クレーターが生成されている光景に唖然とする。
「おいおい・・・フェイ。これは夢かなんかか?」
「安心してください。現実です。できれば夢であってほしいですが」
神子ネテルが眠っているとされていた大樹は跡形もなく消し飛ばされ、周囲の木々は放射状になぎ倒されている。
「たぶんだが、意図的にここを狙ったな。霊域を消失させるのが狙いだ」
「とすれば犯人は魔族でしょうか。人族にとっては利がありませんしね」
「だが、あの爆発は霊術によるもんだった。魔族だと断定はできん」
「そうですね。ですがおそらく魔族ですよ」
「なんでだ?霊術を使ったんだぞ?魔力しか持たない魔族に霊術は無理だろ」
「いえ・・・爆発の前に周囲の霊素がここに移動していたでしょう?つまり周囲の霊素を吸収する魔法陣かなにかを使ったと思います」
「そうか・・・よし。俺は東に走り、魔族側に動きがないか偵察する。おめぇは村に報告だ」
「わかりました。気を付けて」
フェイが元来た道を戻っていくの確認し、アゼは魔族領の方へと走る。
(くそっ、なんだってんだ?)
なぎ倒された木々のなかを駆け抜けていると2人分の霊力の動きが感知できた。
(右から・・・だれだ?)
注意して見ると、獅子族と兎族が走ってきていた。
立ち止まって待つ。
「おい、そこの狐族。何をしている?何があった?返答次第では・・・」
「いや、アルンさん落ち着いてください」
いきなり掴みかかってこようとしたアルンと呼ばれる獅子族の男を兎族の青年が止める。
「いきなりすいません。僕はラトといいます。状況はわかりますか?」
「いや、わるいな。俺もよくわかってないが、霊域が消失している。念のため魔族の偵察に向かおうとしていたところだ」
「そうですか。では一緒に向かいませんか?」
「おいっ、何勝手に決めて・・・」
「うるさいですよ。非常事態ですから協力してください」
兎族に言いくるめられ、シュンとする獅子族のアルン。
「ああ、こちらこそお願いする。俺は感知する。ラトさんは音に気を配ってくれ。アルンさんは戦闘が起こったら頼む」
「ああ」
「はい」
3人は走り出した。
ルシアがここにたどり着いたのはしばらく後のことだった。
「―――っ!」
ラトがうさ耳をピクピクさせた。
「どうしたラト?」
「前方に2人・・・あと1分で合流します」
「アルンさん。戦闘の準備を。ただしいきなり攻撃はしないでくれよ」
「ちっ、俺に命令すんじゃねぇよ」
アルンは嫌そうな顔をしているが、目は完全に戦闘態勢だ。
「っ!!俺も感知できた。・・・・これは魔力だ!」
「「何っ?」」
ラトは警戒を強め、アルンは腕に力を込める。
2人の男がいた。
少し長めの水色の髪をした若そうな男と茶髪の短髪青年に見える。
茶髪の青年は従者なのか、一歩下がっている。
3人の獣人に気づいたのかこちらを振り向く。
「おやおや、見つかりましたね。意外と遅かったですが」
「誰だ貴様っ!魔族か?」
「ええ。わたくしは魔王ギラ様の右腕になりましたゲルと申します」
「霊域を消失させたのはあなたが原因ですか?」
「ええ」
アルンから殺気があふれる。
「おい、アルンさん。このゲルとかいうやつの魔力はかなりのもんだ。気を付けろ」
「うるせぇ」
アルンはアゼの忠告を無視してゲルに飛びかかろうとした。
―――――刹那、アルンの首が落ちる。
「はっ?」
それだけ言ってアルンの身体は崩れ落ちた。周囲に血の匂いがたちこめ、アルンの頭が地面に転がる。
倒れたアルンの前に立っていたのは茶髪の青年。彼の手にはいつ取り出したのか剣が握られている。
(バカな、さっきまで剣など持っていなかった。いったいいつ取り出したんだ?)
アゼは混乱する。
先ほどアルンを倒した攻撃はまるで見えなかった。たしかに尻尾で感知はしたが、避けられるかといえば不可能な速さだ。
「そんな・・・アルン・・・さん」
ラトも絶句している。
「ククク、獅子族はやんちゃですねぇ。思わず部下が殺してしまいました」
ゲルの言葉に2人はさらに警戒を強める。
「グレイ、いきなり殺すのはだめですよ」
「しかしゲル様、こいつの殺気は本気でしたよ?」
「まずは足を切断するなりして動きを止めればよいのですよ」
「はい・・・」
グレイと呼ばれた茶髪の青年が下がる。
「部下が失礼しました。そうですね・・・あなた達に少しお願いしましょうか」
ゲルはニヤニヤと口元を緩ませる。
透き通ったような若い声とは裏腹に、不気味さを感じる。
「お願いだとっ?何を――――」
「まぁ待って下さいアゼさん。どうせ僕たちでは敵いません。話しぐらいは聞きましょう。」
「くっ」
アゼを制止しラトはゲルに顔を向ける。
「でお願いとは?」
「話が速くて助かります。実はですね――――――」
『俺は魔族領「ファラン魔王国」が魔王、ギラ・ファラン。人族よ、聞け。霊域は消失した。我らが国は貴様らの地に攻め入る。200年の我が国の苦渋の怒りを受けるがいいっ!』
ゲルの後ろからとんでもない声が飛んできた。
鬨の声をあげて攻め込んできているのだろう声と地響きがここまで伝わってくる。
ゲルを見ると苦笑していた。
「まあ、そういうわけなんですよ」
「つまり、僕たち獣人もおとなしく滅ぼされろ、というお願いですか?」
「ククク、まさか?そんなわけないでしょう。わたくしはただギラ様の邪魔をするなと言いたいのですよ。それにあなたがた獣人はわたくしたち魔族と仲良くできると思ってますよ?」
「なんだと?」
「どういう意味ですか?」
「あなたがた獣人はその身に霊力と魔力の両方を宿す者たちですから」
「「・・・・・」」
獣人はたしかに霊力と魔力の両方を持っている。もっとも霊力に比べれば魔力の量は微々たるもので、ほとんど感じない程度のものだ。割合にしてわずか1%しかない。
だが、そのわずかな魔力のために人族に迫害された歴史があるのだ。
魔力と霊力は絡みつくように存在していて、霊域内では魔力が不活性になり流れが停止するので、わずかに霊力の流れも阻害される。
神子ネテルも魔力を使って魂を存続させ、霊力を完全開放することで霊域の核になりえた。
「抵抗するなら殲滅しますが・・・おとなしくしていれば栄えあるファラン魔王国の奴隷にでもしてさしあげますよ」
ククク、とニヤケながら踵を返してゲルは去っていった。
茫然としていたアゼとラトだが、あわててそれぞれの村に報告をしに帰った。
死体をそのままにしてしまったアルンには申し訳なかったが、情報の伝達を最優先した。
魔王ギラを先頭にファラン軍は侵略を開始した。