126話 九尾妖狐VS厄魔原粘
今回のラスボスさんことスライム原種マキナ。見た目は子供だが、内包する魔力は膨大だ。下手すればわたしにも匹敵するかもしれない。相当な数を捕食してきたんだろうね。魔力がある限り再生するスライムが膨大な魔力を持っているとか反則だ。
「『天断』」
重力魔術『天断』による先制攻撃。極薄の領域に重力を集中させることで分子結合を破壊する、見えない絶対切断の剣だ。腕を振り下ろすという儀式を利用してイメージを確立させ、マキナを真っ二つにする。
子供姿のマキナを左右に分断するのは少しだけ心が痛んだ。
まぁ、そんな気持ちはすぐに吹き飛んだけどね。
「危ないなぁ」
そういってマキナは再生する。切り裂かれた体を逆再生映像を見ているかのようにくっつけ、元の子供姿に戻った。
「うわ、キモイ」
「今のも魔法? 思ったより面白い玩具だね!」
そう言ったマキナは一瞬で狼の姿に擬態した。夜のような漆黒の毛並みと黄金の瞳。牙は鋭く、爪はどんなものでも切断できると思わせる。
一瞬だけ溜めた後、瞬間移動を思わせる速度でわたしの背後へと回り込んだ。
「グラッ!」
「『霊素障壁』」
『物質化』の応用で霊素による障壁を展開し、即座に防御する。九尾化状態の霊力操作がなければ喰らっていたかもしれない。
めっちゃ早いよコイツ。
爪の一撃を防がれたと分かったマキナは、再び高速移動でわたしの周囲を動き回る。撹乱させつつ、隙を伺っているみたいだ。スライムの癖に小癪な。
わたしがそんな隙を晒すと思うなよ。
「『加乗次元転位』」
四次元的に空間を捻じ曲げ、転移によって上空へと移動する。一瞬で私を見失ったマキナは、狼状態で困惑していた。
真っ黒だからこの術が効くでしょ。
「『GENESIS』」
波動魔法光系の高威力魔術『GENESIS』。
Gamma-ray Emission for Nuclear Extremely Stimurated by Interchange System(相互換機能による極限励起原子核を用いたガンマ線放射)の略だ。
魔素のエネルギーを原子核へと捻じ込み、最大励起状態で崩壊させてガンマ線を放出。それを束ねてぶっ放すだけのレーザーだ。
ただし、あらゆる物質を破壊する死のレーザー。
この光に触れた生命は一撃で肉体を崩壊させ、無機物であっても原型を留めることが出来ない。空気中のちりと反応して赤黒い光を放ちつつ、光速でマキナを飲み込む。
「やったかな?」
おっとこれはフラグだった。
着地しつつ、生命感知でマキナのいた場所を調べてみる。案の定、反応があった。アレを喰らって生きているとかしぶと過ぎだヨ!
どうやら擬態は解けているらしく、ポヨポヨとした黒いスライムが蠢いていた。そして直ぐに形を成し、人型に戻る。
「あーあ。体が一瞬だけバラバラになっちゃったよ。酷いなぁ」
「スライム死すべし慈悲はない。『天断』」
「あれ?」
今度は『天断』を横に薙ぎ払って、マキナを上下真っ二つにした。で、間髪入れずに『熱荷電粒子開放』を発動し、マキナの下半身を吹き飛ばす。
するとすぐに上半身から下半身が生えて来た。
さらにマキナは擬態を発動し、人型から八首の大蛇へと変貌する。これって水龍系最上位種のヒュドラじゃない? 別名でヤマタノオロチとも呼ばれている面倒で迷惑な蛇さんだ。何が面倒って、四方八方に毒を撒いてくる。
つまり、わたしがするべきなのは消毒だ。
「『灼熱劫火』」
遮熱の結界を纏い、最強の炎を顕現させる。
周囲一帯の温度が下がり、中心部だけが極限まで高温になった。これはエントロピーを調整して、本来なら拡散するハズの熱を収束し、地獄のような炎を再現する霊術だ。やはり自分で粒子を加速させるよりも法則に干渉して、自然エネルギーを利用する方が強い。
『灼熱劫火』によって半径数百メートルは絶対零度の世界となり、代わりにマキナが擬態したヤマタノオロチのいる場所だけは数百万度にまで達した。
わたしも遮熱結界がなければ余裕で死ねる。
自然エネルギーを利用した魔法は、発動者に被害が及ばないように調整するのが難しいので、こういった対策用結界は必須になる。おかげで結界のバリエーションが増えたよ。
「『加乗次元転位』~で、転移してからの……」
わたしは遥か上空に逃げた後、『核融合』を発動する。制御できる限界までまでエネルギーを込めた核融合弾を構えて、劫火の中心へと放った。
カッ! と強い光が生じて大地が抉れる。
これでわたしは魔力も霊力も殆どを消費してしまった。
ま、これだけ攻撃して生きているから原種・厄魔原粘が厄介なんだけどね。この程度で倒せるならアザートスさんは苦労しない。
なら、なぜわたしが魔力と霊力が尽きるまで攻撃を繰り返したか。
それは切り札を発動させるために決まっている。
「アハハハハ! 元気な玩具だ!」
「悪いけど玩具はお断りよ。取りあえず苦しめ『殺生石』」
「っ!?」
わざわざ膨大な魔力、霊力を減らしたのは『殺生石』を発動するためってわけよ。この技は強力なんだけど、自分の許容量を超える吸収は不可能という制限がある。だから、限界まで魔力と霊力を削っておいたってことね。
マキナの魔力量はわたしの霊力、魔力、妖力の総量と同等だ。
流石に全てを削り取ることは出来ないけど、かなり弱らせることが出来る。
「ぐ……がああああああああああ!」
マキナは絶叫しているけど慈悲など与えない。こいつはわたしの故郷を滅ぼしてくれた奴だ。今も獣人は奴隷として扱われているみたいだし、ここでキッチリと殺しておくのが得策。限界まで魔力を搾り取ってくれるわ!
「あああっ! ぐああああああああああ!?」
スライムにとって魔素とは体そのもの。
『殺生石』による吸収は肉体を少しずつ削られているようなものだから、相当な苦しみのはずだ。
「こ……このままでは終わらない! ボクはこんなところで死ぬつもりはない! ああああああっ!」
マキナは苦しみながら擬態して、ドラゴンの姿になる。漆黒の巨大竜だ。大きさは五十メートルを超えるだろう。頭部には二本の角が生え、牙はわたしの体よりも大きい。まだこれだけの魔力が残っているのか。
足掻かれる前に出来るだけ吸収する!
「……なんか吸収速度が落ちた? 竜鱗の魔法耐性か……」
原種であるわたしの魔法をカットするとか、かなり高位の竜に擬態したみたいだ。
……ん?
そもそも、わたしの魔法をカットできるなんて高位竜でも無理だ。九尾化したわたしの干渉力は原種に相応しいだけの力を持っているから、竜鱗ごときで止められるはずがない。
それに、スライムの能力は特性コピーであって、それを昇華させる力はない。魔法耐性の高い竜鱗を改造したとかは有り得ないはずだ。
ということは……いやいやまさか?
「原種・原始母竜の擬態……?」
マキナは原種だから、本来有り得ない原種のコピーも不可能ではない。下位種のギンちゃんではどんなに頑張っても原種までは至らなかった。それだけ種族格差は大きな壁となっている。
つまり、マキナは竜種を捕食したことでドラゴンの特性を手に入れ、本人の持つ原種としての格のお陰で原始母竜の擬態にまで至ったってことかな。
それならばわたしの魔法を軽減した理由に納得がいく。
ただ、この仮説が正しいとすれば、とても厄介だ。
マキナは捕食した種族の原種にまで擬態できるようになるからね。この世のありとあらゆる原種を彼一人で再現できることになってしまう。
なんつー理不尽な。
スライムは魔物だから、魔力を持つ魔物や魔族しかコピーできないだろうけど、これは強い。
「だからここで消す!」
わたしは回復した霊力を使って土属性霊術を発動し、地面から小さな岩を形成して、ついでに重力霊術で空中に浮かせた。次にそれを右手で触れ、最大限の集中で魔力を送り込む。
一応、これから放つのはわたしの持つ最強の魔術だ。
威力に関しては『核融合(フュージョン。ボム)』すら超える。
質量をエネルギーへと変換することであらゆるモノを消滅させる、物理法則の至上。
「消え去れ『量子変換』」
岩の質量をエネルギーの最小単位である量子へと変換し、全て束ねて放射する。
エネルギーは熱と光になり、触れた物質を焼滅させる。
誤字ではない。
焼滅だ。
世界すら壊す、超威力の大魔術。自然法則を操り、内在する自然エネルギーを利用するだけに、わたしの魔力制御能力では辛い。正直、少しでも気を抜けば高エネルギーが無差別に炸裂してわたしも死ぬ。
ゆえにワールドブレイクだ。
「ふ・き・と・べ・☆」
純白の極光が漆黒の竜を飲み込む。魔法耐性のある竜種だけど、『量子変換』は自然エネルギーを利用した自然効果だ。魔法耐性では防げない。
まぁ、竜鱗は自然耐性もある程度は持っているから、多少は軽減されているだろうけどね。
ただ、あいつを消し飛ばすには充分だ。
光が消えた時、勿論、そこには何も残っていなかった。
「ま、どうせ逃げたんだろうけどね」
あれが本物の原始母竜だったなら殺せていた。
でもマキナはスライムだ。
魔力の限り復活できるので、『量子変換』を喰らった瞬間に逃走したんだろう。すでに『殺生石』でかなりの魔力を吸っていたから、勝ち目がないと判断したみたいだ。
無駄に知性があると厄介だね。
でも、取りあえずはわたしの勝ちだ。魔王軍を屠るとか言っていたソレイユとかいうスライムもいつの間にか消えているし、アザートスさんに対する面目は立っただろう。
これで遅刻しちゃったことも許して貰える。
……はず。