122話 盛大な勘違い
すっかりボロボロになった砦に入ると、数十人の魔族に囲まれた。見た目は人と同じ魔人族、縦に割れた瞳孔を持ち、身体が鱗に覆われた邪人族の二種族が総じて魔族と呼ばれている。過去には色んな魔族が居たらしいけど、現代ではこの二種族しか残っていないらしい。
わたしが今いるのは砦の中央辺りで、吹き抜けになった広場にも見える場所だ。五階建ての砦は、この広場になっている部分だけ天井までぶち抜かれて、見上げれば綺麗な青空も見える。
まぁ、数十人の魔族に囲まれて武器を向けられているから、悠長に空なんか眺めている暇はないんだけどね。
どうしてこうなった。
「貴様、何者だ? 魔人の少女がなぜこんな場所に?」
代表して槍を構えた魔人の男が質問してくる。
ホントは狐獣人だけど、今は『人化』しているから魔人にしか見えないだろう。まぁ、魔人じゃなくて人の可能性もあるけど、こんな魔族領のど真ん中で人の少女がいるはずないからね。魔人という予測は妥当なものだ。
まぁ、こんな場所に十六歳の少女がいる時点でおかしいのだけど。
取りあえず、何者かという質問は置いておくことにしよう。何故、こんな場所にいるのかは正直に話した方がよさそうかな? 信じて貰えるかは別として。
「わたしは魔王アザートス・ルナティクス・シファー・ドラゴンロードさんの要請で来た援軍……みたいなものかな? アザートスさんとは連絡できる?」
「陛下の? 貴様が?」
「そうそう」
わたしがそう言うと、広場に影が差した。
見上げてみると、銀竜モードになったギンちゃんがいる。
あー、ギンちゃんもスライムを片付けたから戻ってきたのね。ただ、ここで擬態解除してスライム形態に戻るのは拙いかもしれない。一応、この国はスライムと敵対関係にあるわけだし、わたしがスライムを従えているとなれば余計な疑惑を掛けられるだろう。
わたしを囲んでいる魔族たちも何人かは上を見上げている。このままだと、下手したらギンちゃんが攻撃されるかもしれないし、わたしのペットだと知って貰った方がいいだろう。
スライムだとバレず、わたしのペットだと知らせる方法。
あのモードが役立つ時が来るとはね。
「ギンちゃん、ミニドラ形態」
ギンちゃんにそう言うと、二十から三十メートルほどの大きさだった銀竜モードのギンちゃんが縮んでいく。見た目はドラゴンのままだけど、大きさは子犬サイズにまで小さくなった。スライムの持つ擬態能力を応用すると、こういったことも出来る。
ミニドラ形態じゃなくてスライム形態でも似たような大きさだし、ギンちゃんも擬態するよりは本来の姿の方が落ち着いていられる。だから普段はこの形態は使わないし、使ったこともなかった。
面白そうだからやらせてみたところ、出来ることが分かった……でも使ったことない。
そんな形態が役に立つ日が来るとはね。
ミニドラ形態のギンちゃんはパタパタと可愛らしく飛んで、砦の吹き抜け部分を下降し、わたしの頭の上に着地した。
やだ可愛い。
「な、なんだその竜は!?」
「わたしの相棒かな」
「竜が相棒……まさかあなたは竜騎隊の方なのですか!?」
え?
竜騎隊ってなんですか?
「し、失礼しました。全員頭を下げろ!」
わたしが混乱していると、代表して話していた魔人の男性がそんな言葉を言い出す。そして武器を向けてわたしを囲んでいた魔族の人たちは慌てて膝を折り、頭を垂れて跪いた。
ど、どうなっている……?
わたしが言葉を失っていると、代表の魔人が更に言葉を続けた。
「自分は魔王陸軍九〇六部隊所属、辺境守護隊の隊長ロイ・シャクスであります。魔王空軍竜騎隊の方とは知らず、無礼な真似をしてしまったことをお許しください」
いや待て。
わたしは竜騎隊とやらではない。
だけどそれを言い出す空気でもない。
ど、どうしろと……?
落ち着けわたし。こういう時は一度深呼吸して状況整理だ。
まず、わたしはアザートスさんに要請されてやってきた援軍であることには違いない。そして銀竜モードのギンちゃんには乗るけど、魔王空軍竜騎隊とやらではない。つまり、魔王軍には竜を操る竜騎隊とやらがあって、その地位はかなりのものだということだ。
ここで嘘をついても意味はないし、むしろハッキリ言っておいた方が後々のことを考えると良いハズ。スライムを倒して手助けした事実もあるから、すぐに敵認定はされないだろう。
「待ってロイさんとやら。わたしは竜騎隊ではないですよ?」
「ははは。御冗談を。竜を相棒にするなど竜騎隊の方以外にあり得ま……なるほど失礼しました。極秘任務ということでしたか。ええ、自分は竜騎隊の方とは会わなかった。こういうことですね?」
違います。
本当に竜騎隊の方ではありませんよ。
何を勝手に納得しているんだこの人もうやだ。
想像の斜め上を行く答えに絶句していると、ロイさんは『沈黙は肯定』みたいな感じで解釈したらしい。うんうんと頷いていた。
もっと強く否定しなければ! と思っていると、ここで再び広場に影が落ちた。ギンちゃんはわたしの頭に乗っているから、この影はギンちゃんではない。つまり、別の何かが砦の上を飛んでいる?
見上げてみると、そこには竜が三体も飛んでいた。
よくよく観察してみると、それぞれに誰かが乗っている。
ああ、あれが竜騎隊か。
そういえば、スライムが砦を囲んでいた時も『援軍はまだか!?』みたいなことを叫んでいる人がいた気がするね。わたしが来なければ、あの竜騎隊の人たちが助けに来ていたということか。
そんなことを考えていると、上空を飛んでいる三体の竜から人が飛び降りて来た。いや正確には魔人が飛び降りて来た。
風の魔術で落下速度を軽減し、三人の魔人はフワリと広場に降り立つ。それに続けて上空の竜は姿を小さく縮め、飛び降りて来た魔族の方へとパタパタ飛んできた。
あれも実はスライムなのかな?
それとも、竜種には体を小さくする能力があるのか?
わたしも竜種についてすべてを知っているわけではないし、後者の理由なのかもしれない。実際の戦闘で身体を小さくするとパワーも落ちるだろうから、戦う時には役に立たない能力だからね。
まぁ、それはともかく、降り立った魔人は三人。
一人は青色の髪をした女性だ。化粧しているわけじゃないのに綺麗な顔をしている。体は適度に引き締まっているからか、凄く魅力的だ。肩には彼女の髪と同じ青色の竜を乗せている。
二人目は黒髪の青年。平凡な見た目で特にいうことはない。赤色の竜を肩に乗せていた。
三人目は金髪の……男? 中性的な見た目だから分かりにくいけど、多分男だね。背が低めで可愛らしい顔をしている。白い竜を相棒にしていた。
まず、青髪の女性が周囲を見渡し、一拍空けてから口を開く。
「私は魔王軍竜騎隊所属の第六援軍部隊、隊長のローザ・フィールだ。スライムの大軍に囲まれていると聞いていたのだが……どうなっている?」
「はっ! 自分が説明いたします」
「貴様は?」
「自分は魔王陸軍九〇六部隊所属、辺境守護隊の隊長ロイ・シャクスであります。このゲール地区第四辺境砦はスライムの大軍に囲まれ、陥落寸前でした。そこを……そちらにいる方に助けていただいたのです」
ロイさんはわたしに視線を向けながらそう語る。
あ、これは完全に目を付けられたわ。
でも、ローザとかいう人は本物の竜騎隊だよね。ということは誤解も解けるはず。
「銀色の竜……先も気になっていたが、お前も竜騎隊か。私たち第六援軍部隊とは別に動いていた者だな? 見たことがない顔だが……まぁ、居たような気がせんでもないな。貴様は別任務か?」
いませんよ。
わたしのような人は竜騎隊にいませんって。
ともかく、この人だけでも誤解を解かないと……
「わたしは魔王様に呼ばれてきた援軍……ですかね? この砦を助けたのは偶然ピンチだったのを見かけたからですね」
「そうか。お前も援軍部隊の一つだったか。その歳で竜騎隊に選ばれ、一人で援軍部隊を任せられるとは面白い。お前のような実力者は竜騎隊内部でもチェックしていたはずだが……ふふ、まさかこんな原石が隠れていたとはな」
「いや、それは勘違――」
「よし、折角だから私の部隊と共に来てくれないか? この後も援軍として呼ばれている場所があるのだが、どうやらスライム上位種がかなりいるらしくてな。それとも別任務があるのか?」
「別任務はないというか、そもそもわたしは竜騎隊では―――」
「そうか! ならば来てくれ! 貴様の名前は?」
「あ、ルシアです」
「ではルシア。行くぞ!」
ダメだ。
この人は話を聞かない人だった。
わたしが言葉を言いきる前に勝手に納得し、勝手に決めてしまう。ローザさんは押しが強くて思い込みが激しい人なのかもしれない。
唖然としていると、ローザさんは部下の二人と共に、巨大化した竜に乗って空に行ってしまった。この広場の大きさなら、竜を巨大化させてそのまま吹き抜けを通り、上空まで上がることが出来る。ローザさんも部下のお二人も、既にわたしの声が届かない場所まで行ってしまっていた。
ああ……
これは追いかけないとダメな奴だ。
「仕方ないか。ギンちゃん」
「キュッ!」
ミニドラ形態のギンちゃんは可愛らしい鳴き声を上げてわたしの頭から離れ、巨大化する。そしてわたしは銀竜モードになったギンちゃんに騎乗し、吹き抜けを通って上空まで出た。
すると巨大化……というより元の大きさに戻った竜に乗るローザさんと部下二人が待っており、わたしを見るとローザさんが声をかけて来た。
「おお、銀竜とは珍しいな。それに大きい。ははは。竜騎隊にお前のような人材が埋もれていたとは本当に驚きだぞ」
もう、何もツッコまない。
わたしは竜騎隊じゃないんだけどなぁ……
「では行くぞ! 最前線の地、ロークリア平原だ!」
ローザさんは青竜を操り、北の方へと飛んでいく。
仕方ない。
ちょっとだけ一緒に戦いますか……