117話 九尾だよ☆
ルークはノックをして返事も待たずに『会議室』の扉を開ける。いいのかそれで。まぁ、父親であるロロさんも入り浸っている部屋らしいから、ルークもそれなりに入ったことがあるんだろうね。もしくは、ルーク自身が覇獅子内でそれなりの地位を持っているのか……
いや、それはないね。
だってルークだし。
「入るぜ父さん」
そういって遠慮なく入っていくルーク。それではわたしも入りますかね。特に気負うこともなく部屋に入ると、そこには大量の机と椅子が並んでおり、如何にも会議室という光景が作り出されていた。前面には大きく周辺地図が貼り出され、赤色で印がつけられている。壁には魔物討伐数の推移みたいなグラフも貼り出され、かなり本格的な様相だ。
ま、それは置いておくとして……
会議室の机の一つに集まって何かを話し合っている人が六人。それぞれ、獅子、熊、兎、猫、狐、鳥の種族だった。狐族代表は聞いた通りロロさん。五年ほど経っても変わらないね。すぐに分かった。
ルークに気付いたロロさんは眉を顰めてこちらを振り向きつつ口を開く。
「ルーク……この部屋に入る時はノックして返事を待ってから入れと言って―――」
そしてわたしをみて固まるロロさん。
流石だね。一発でわたしだと分かったらしい。まぁ、『人化』で尻尾を一本にしているところを見せたこともあるから気付いたのかな? いやー、驚きで固まってらっしゃるわ。
これはわたしから声をかけた方がいいかもね。
「やぁロロさん。久しぶりだね」
「あ……え……まさか……」
「そうだね。ルシアだよ」
そう言った途端、ロロさんの右目から涙が……
え? ちょっ―――
「神子様……生きてらっしゃったのですね……」
「う、うん。そうだね。見ての通りだよ」
「お美しくなられて……」
「やだなぁ。照れるじゃないか。ほら、ルークも褒めて良いんだよ?」
「うるせぇよ」
ルークのツンデレ美味しいです。
顔を赤くしちゃって……やっぱりルークはルークでした。
とまぁ、感動の再開(笑)をしていると、獅子族の大男が口を挟んできた。
「おうおう。ロロよ。そいつは誰だい?」
「儂も気になるのぉ」
熊族のおじいさんも続いて質問してきたことでロロさんは二人に振り替える。さてと、一応どこまで話すつもりなのか聞いておこう。九尾ってこともバラしていいけど、広めたい訳じゃないし、その辺は覇獅子をよく知っているロロさんに一任かな?
わたしじゃ信用していいのか判断つかないしね。ロロさんのことは信用しているから、下手なことにはならないでしょう。
まぁ、ロロさんも少し迷っているみたいだった。
「なんと説明すれば良いのやら……一応、我ら狐族を纏めていた族長の直系です。私が以前に話していたルシアという少女が彼女ですよ」
「ほう。確か将来有望な実力者だったか?」
「これこれレオネス坊。闘気が漏れておるぞ」
「ふん。煩いわ熊爺」
ほう。あれが獅子族の長レオネス・ハウトさんか。圧倒的な体躯、滲み出るオーラから見て冒険者ランクSは確実にあるね。流石は化け物みたいな肉体能力の獅子獣人だ。わたしも魔力強化はあるけど、基本はか弱い女の子だからねぇ。素の肉体能力はそこそこ程度(獣人基準)だから、純粋な肉弾戦闘では負ける可能性が高いだろう。
熊爺と呼ばれたおじいちゃんも、歳を感じさせない眼光を放っている。体は衰えているのだろうけど、覇気は中々のものだ。
わたしがそんなふうに観察していると、ロロさんがスッと近寄ってきた。今でこそ霊力、魔力、生命力感知を身に着けているから分かるけど、昔だったら気づかなかったほどの上手い気配遮断だ。マジでこの人はNINJAなのではないだろうか? 最近よく見る忍ばないNINJAとは違う。本職のような気風を感じる。
「神子様。九尾のことは話してよいのでしょうか?」
「そうだね。まぁロロさんが信用できると思うならいいよ。拘って隠しているわけじゃないし、わたしも皆に話したいことがあるからね」
「そうですか……では失礼ながら明かさせていただきます」
「うん。いいよー」
わたしが許可を出すと、ロロさんはソソクサと向こうへ行ってしまった。レオネスさんと熊爺さんに加え、他の一族の代表者たちにもわたしのことを話している。
ザワッ、チラチラ、コソコソ、チラッ
みたいな感じでメッチャみられた。
レオネスさんは眉を顰めているし、熊爺さんも目を見開いている。兎おにーさんが尊敬のまなざしを向けてくるし、猫おねーさんは……ああ、いや何もなかった。
別にハァハァしながら頬を赤らめている発情猫なんていなかった。情欲に濡れた視線なんか感じてないし、『ルシアちゃんぐへへ。尻尾が九倍……』なんて声も聞こえなかった。
鳥のおっさんは腕を組んで難しそうな顔をしていたね。以上。
さてと、ロロさんが正体を明かしてくれたことだし、わたしも本来の姿をさらしましょうか。
「解除っと」
ボフッという謎の仕様で煙が出現し、わたしの尻尾が九本に増える。増えるというか、元の数に戻っているだけなんだよね。
感知範囲が一気に広がり、霊力、魔力、妖力を操りやすくなった。
常に『人化』を使っていると微妙に疲れるし、やっぱり解放状態はいいね。
そしてわたしの姿を見た皆さんは色んな反応をしてくれた。
「くくく。感じるぞ。凄まじいオーラだ」
とレオネスさん。が獰猛な笑顔。
「ほほう。興味深い。これが伝説の……」
と感慨深い表情をしているのが熊爺さん。
「なんて美しい……いや、神々しい御姿……」
とトリップしているのが兎おにーさん。
「うへへへ。モフモフ美少女。確か最強媚薬が残っていたわね……ふふふふふふ。ベッドの上で可愛がって(自主規制)なことや(自主規制)をしてあげるわ……」
………………
猫おねーさんの言葉は聞かなかったことにしよう。解毒魔法は開発したから、睡眠中に襲われないよう結界を張るべきだね。
「ふむ。伝説の再来……我らの暗黒時代も終わりを迎えるということか……」
鳥のおっさんはちょっとカッコイイことを言っているつもりらしい。目を閉じてそれっぽい独り言を吐いている。おっさんが言っても締まらないよ?
で、隣にいたルークはルークで驚いていた。
「『人化』で隠していたのか? そんな応用があったとはな」
「まぁ、わたしぐらいでしか応用方法が無いからね。便利だよ?」
「確かに、騒ぎにならずに済みそうだ」
九尾伝説は世界共通のお話だからねぇ。
この姿で歩いていたら目立つに決まっているだろうさ。手早くこの技術を身に着けたのは正解だったということだね。流石わたし。
とまぁ、それは置いておくとして、改めての挨拶だ。
「獣人種、狐族の長直系の娘。【ナルス帝国】の魔法学者にしてランクS冒険者『魔女』ルシアよ。以後、お見知りおきを」
帝国で身につけた貴族風の挨拶。
ドレスの端を持って軽く膝を折るのだけど、今の服装は冒険者仕様のローブだからイマイチね。ドレスなら綺麗に見えるんだけど。
あと、ランクS冒険者といったあたりでロロさんが『はあっ!?』とか言っていたけど、そういう反応はルークたちがやってくれたのでスルーだ。
わたしが自己紹介を終えるとレオネスさんがわたしの目の前まで来て口を開く。
「貴様がルシアか。我が息子レオニーが世話になったそうだな」
「ああ、そんなこともあったね。怪我はなかったかな?」
「ふははは! あんな程度で怪我をするほど軟弱ではない。あれから俺が更に鍛えてやったのだ。以前よりも強くなっておるぞ。まぁ、貴様ほどではなさそうだがな!」
「ふーん。じゃあ、あとで挨拶でもしてあげようかな」
「そうしてやってくれ」
あの時のレオニー君は弱かった。
わたしもあの当時は今ほど強くなかったのに弱く感じたのだ。獣人最強と言われる獅子獣人の息子として情けない限りだったね。まぁ、原種のわたしが相手じゃ仕方ないか。種族としての格が圧倒的に違うからねぇ。
「それでルシアだったな。この覇獅子のアジトにやってきたということは、我らの仲間になりに来たということで良いのだな? 俺たちは強い奴を歓迎するぞ」
あれ? なんでわたしが覇獅子に入ることになっているんだ?
あぁ、そう言えばわたしがここに来た理由を話してなかったね。早めに誤解は解いておこう。
「ん? ああ、違う違う」
「何? 違うのか?」
「わたしがここに来たのはロロさんに挨拶しておくためだよ。わたしの父さまや母さまも見つかるかもしれないって思ったからね。それと、ちょっと森の向こうに行きたくて」
「森の向こう? 魔族領か?」
レオネスさんがそう言うと、他の皆も眉を顰める。
あの日、森が失われた日も魔王軍の侵攻があったからね。良い印象は無いだろう。
それは仕方ないけど、魔境化と魔王軍は関係ないっぽいんだよね。少なくともアザートスさんの魔王軍は関係ないらしいから、ちゃんと話せば大丈夫でしょう。
「そうだね。実は最強最古の魔王アザートス・ルナティクス・シファー・ドラゴンロードさんに魔王軍に協力してくれって誘われてさぁ。ちょっとお手伝いに行くんだよ」
『……………………………』
沈黙が支配する会議室。
そして次の瞬間、一斉に驚きの声が挙げられた。わたしは咄嗟に防音結界を張る。
『はああああああああああああああああああああっ!?』
今回はセーフ。
わたしの狐耳は守られた。