115話 思わぬ再会
本日二本目です
日も沈みかけのギルドは混雑していた。やっぱり魔境と隣り合う最前線だけあって、冒険者ギルドも帝国にある本部に並ぶほど大きい。冒険者の数もかなりいるみたいで、わたしが入って来ても気に留める人は殆どいなかった。
ああ、でも一緒に来たトト君をチラリと見ている人はいたね。
『蹴り兎』っていう二つ名もあるみたいだし、それなりに有名なんだと思う。
ちなみに、トト君が一緒にいるのは案内してもらったからだ。わたしはギルドの位置を知らないので、彼がわざわざ教えてくれたのである。以外にも彼は紳士だったのだ。まぁ、別に惚れたりはしないけど。
「ありがとねトト君」
「良いってことよ! 俺もギルドで待ち合わせしている奴がいるからな!」
「そうなの?」
「まぁな。あいつは俺より一つ年上だけど、俺と同じランクBなんだ。でも強さランクはAなんだぜ?」
へぇ。
つまりわたしと同じ十六歳ってことか。それで強さランクAなら有望株だね。
「あんたと同じ狐獣人でよ。そいつの親父も強いんだ。二人とも『覇獅子』に所属しているから、オイラもそこで知り合ったんだぜ」
「狐獣人か……もしかしたらわたしの知り合いかもしれないね。村はそんなに大きくなかったから、今でも顔を合わせれば思い出せる気がする」
「そっか。そう言えばルシアは故郷の様子を確認したかったんだよな? だったら俺が紹介しようか?」
「いいの? というか、出来るならお願いしたいんだけど」
「勿論だぜ!」
よし。
予想外な場所から伝手を手に入れたぞ。
わたしの目的の一つに、知り合いの無事を確認するということもあった。何も言わず別れたロロさんのこともそうだけど、出来るなら他の人たちにも会いたい。村にいたときは、わたしが禊を脱走していた時に追いかけっこしていたからね。意外と親交はある。
だから結構心配していたのだ。
「えぇと……アイツは……いたっ!」
トト君がキョロキョロと周囲を見回して目的の人物を見つけたようだ。わたしも彼の視線を追っていくと、狐耳と尻尾を生やした少年の姿が見える。背はそれなりに高くて、頑丈そうな体をしているが、顔にはどことないあどけなさが残っていた。
やっぱり、どこかで見た覚えがある顔をしている。
「おーい!」
手を振りながらトト君が呼ぶと、狐獣人の彼も気づいたようだった。トト君が大声を出したせいで凄く目立っている。近くにいたわたしは恥ずかしかったし、呼ばれた彼も凄く恥ずかしそうにしていた。
そういえば、彼の横……目では見えないけど何かがいる。
強い霊力と生命力を感じられるね。
ちなみに、妖術を習得したから生命力感知も同時に会得することが出来た。今のわたしは霊力、魔力、生命力の三重感知をすることが出来るので殆ど死角が無い。まぁ、気を抜いたら不意打ちも喰らうと思うけどね。
それはともかく、目では見えないのに何かが感じ取れるというのは不思議だ。
ゴースト系の魔物をテイムしているのか……ああ、でも感じ取れるのは霊力だから、魔物という線はなさそうだね。ということは、ゴーストのように見えない存在かつ、霊力を持っている……
(精霊か)
わたしは本物の精霊を見たことが無いけど、『精霊創造』の霊術で人工精霊を作り出せるから、何となく精霊のことも分かる。精霊と言えばエルフだけど、エレンさんとかオリアナ学院長とか、精霊と契約できなくてエルフの森を出て来た人たちしか周りにいなかったからね。
精霊と契約できないエルフは、やはり森では暮らしにくいらしい。追い出されるということは流石にないのだけど、かなり気まずいのだとか。周囲のエルフたちも凄く気を使ってくれるので、優しさで心が折れて出ていきたくなるのだという。
まぁ、エルフは同族を大事にするからね。
優しさというのも過剰なレベルなのだろう。
いや、それは良しとしてだ。
獣人で精霊と契約できるのは珍しい。精霊たちは南部の森に多く生息しており、同じ場所に里を形成しているエルフたちとはかなり親密だ。逆に他の種族と精霊は殆ど関わりが無く、エルフ以外で契約できたという事例は数件しか聞いたことが無い。
わたしも『精霊創造』を研究するときに文献を調べたから間違いないはずだ。
「おいトト! 恥ずかしいだろう!」
「へへ。悪かったって」
「ったく……それで、隣にいるのは? 俺と同じ狐獣人みたいだけど?」
あれ?
わたしのことを知らないのか。
これでも神子様とか呼ばれていたし、結構有名なんだと思っていたけどねぇ。まぁ、わたし自身は殆ど村の子供たちと関わりが無かったし、それも仕方ないか。
わたしが仲良くしていたのはロロさんの息子のルークぐらいだから……
…………
………
……
…
ん?
てか、こいつルークじゃね?
よくよく考えれば、村でわたしと同い年の子供ってルークしかいなかったはずだ。こうして思い出してみれば、何となく面影がある。
わたしがじっと見つめていると、ルーク? が話しかけて来た。
「なんだ? 俺の顔に何かついているのか?」
「……いやいや。ルークはもっと大人しくて可愛かった。別人だね」
「何の話だ!? てか俺はルークであってるよ! しかも可愛かったってなんだ!?」
うっそだー。
オドオドしていて、見た目から気弱だったルークがこんなに逞しくなっているなんて信じられない。わたしの後ろについて『ルシアちゃん~』とか言っていたあのルークがこんなになっているとかマジで信じられんわ。
しかも、悲しいことのルークはわたしのことを覚えていないらしい。
色んな意味でショックを受けてシュンとしていると、トト君が小声でルークに話しかけていた。
「なぁ、ルークの知り合いじゃないのか?」
「いや……知らねぇ」
「同族じゃないか」
「ああ、確かに顔が似たような奴は知り合いにいるけど、そいつはもっと特徴的な部分があるから間違うはずがねぇんだよ。こいつにはその特徴がない」
小声で話していてもわたしの狐耳はしっかり捉えているよ。
というか、今の会話でルークがわたしを認識できなかった理由を理解した。
尻尾だね。わたしは今、『人化』の応用で九尾を隠しているから、一見すると普通の狐獣人だ。ルークは九尾のわたししか知らないから、そういう反応をしたのだろう。
隠す事でもないし、早めに言った方が良さそうだ。
「ルーク。わたしだよ。ルシアだよ」
「……………………え?」
「何だその間は」
「いやだって尻尾がゴフゥッ!?」
ルークが口を滑らせそうになったので、腹を殴って黙らせた。こんな公共の場でわたしが九尾であることを知らしめたくはない。獣人の中では九尾とは伝説級の存在だし、獣人以外でも九百年前の九尾ネテルは歴史として知られている。
誰が聞いているか分からないからね。
特にここは冒険者ギルドの中だもの。
「てめ……何しやがる……」
「ちょっと余計なことは言わず、黙っていようか」
「すげぇなルシア! ルークを一撃で倒すなんてよ!」
ルークはわたしのパンチを受けて蹲っている。まぁ、膨大な魔力で強化されているからね。わたしの見た目は細腕の少女だけど、実際の力は大の男よりも余程強い。体力も無尽蔵かと思うほどあるし、動体視力も抜群だ。
いや、スペックが高すぎてわたし自身でも引くレベルだけどね。
正直言って、わたしは魔法しか使わないから、身体能力をお披露目する機会は少ない。こうしてまともに力を入れて殴ったのは久しぶりだ。威力が落ちていないようで何よりだね。
「だがこの容赦のなさ……確かにルシアだな……」
「わたしって判定したのはそこなの? まぁ、聞きたいこともあると思うけど、それは後でね。それより、ルークも上手く逃げ出せたんだね。また出会えて良かったよ。おねーさんは嬉しいよ。昔みたいに『ルシアちゃん』とは呼んでくれないのかな?」
「お前は間違いなくルシアだよ。自分を『おねーさん』と呼ぶのは知る限りお前だけだ」
「『ルシアちゃん』はスルーですかそうですか。そういうルークは随分変わったよね。雰囲気も喋り方も。それに強い味方もいるみたいだし」
そういいつつ、わたしはルークの隣に目を遣る。そこには肉眼で見ることのできない精霊と思わしき何かが浮遊しており、どことなくルークに寄り添っているようにも見える。
わたしが精霊に気付いていることに驚いたルークは眼を見開いていた。
「気付いているのか?」
「わたしを誰だと思っている」
「え、えーと……幼馴染か?」
「まぁ、そうだね。それもだけど、わたしはこれでも学者なんだよ。【ナルス帝国】で魔法学者をしているんだ。だからこの手のことには詳しいんだよ?」
「学者……嘘だろ? いや、確かに昔からルシアは賢かったけど……」
「ちなみにランクS冒険者でもあるよ?」
『ええっ!?』
ルークとトト君が同時に驚く。
そんな二人にわたしはそっとギルドカードを見せてあげた。
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名前 ルシア 16歳
ランクS(SSS)
戦闘 弓、魔法
パーティ -
受注中の依頼 -
預金額 ***
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正真正銘、ランクSで強さランクSSSのギルドカードだ。
どうだ驚いただろう?
そんな雰囲気を出しつつ二人に目を遣ると……石のように固まっていた。
まぁ、ルークもトト君もランクBの冒険者らしいから、実力にもそれなりの自信があったのだろう。でも、わたしはその上を行く。
原種だから、当然と言えば当然の実力なんだけどね。
強さランクはSSS表記だけど、実質的にはSSSオーバーだもん。
「今のわたしは帝国の魔法学者、そしてランクS冒険者『魔女』ルシアだよ」
ニッコリ笑顔で改めて自己紹介。
固まっていた二人はそこでようやく動き出した。
『何だってえええええええええええええええええええええっ!?』
耳を塞ぎたくなる絶叫と共に。