110話 スライムの生態
確かスライムは魔物の中でも相当高位な奴だった。よくあるゲームでは雑魚扱いだけど、この世界ではランクAオーバーという鬼畜仕様。しかも他の魔物を捕食することでランクを伸ばし、数多くの擬態を使いこなす危険種だ。
正直、最近のギンちゃんもチートっぽくなってきたと思っている。
どこに真竜の姿でブレスを連発するスライムがいるというのだ。他にもスカイグリフォンとかシルバーウルフとかナイトメアファントムとかアシュラとかデモンビートルとかディザスターバジリスクとかソウルリーパーとかヘルケルベロスとかアビスウォーカーとかトレントヴァニッシャ―とかブラッドオウルとかミノタウロスバーサーカーとかクレイジーシザークラブとかグランドスカルスパイダーとかルナティックアルラウネとかエンシェントキングボアとかレッドアイサイクロプスとかネクロシスヒュドラとかカラミティコカリトスとかインフィニティボルボックスとかのランクSSからSSS級魔物に擬態するからね。
たぶんギンちゃんだけで都市が数個ほど崩壊するだろうから、かなりの強さだと思う。魔力量こそわたしに追い抜かれているけど、普通に考えたら多すぎるくらいは保有している。百人以上の霊術師が一斉詠唱することで発動できると言われる極大魔法を百発以上は使える魔力量だからね。
で、結局のところスライムという生物は成長率がおかしい魔物だ。
五、六年ほど前に生まれたばかりのギンちゃんがこれほど強くなっているのが証拠だね。だからわたしはアザートスさんの言葉にも多少の納得は出来た。
ただ、スライムに関しては強さ以外の点で疑問がある。
「どれくらいのスライムがいるんですか? 確かスライムって割と珍しい魔物ですよね?」
「ん? ああ、数えたことはないが、以前に戦場を視察したときは数万以上いたぞ」
「……はぁ!?」
なんだその量は。
ちょっとどころじゃなく生態系が崩壊しているぞ。
戦況がよろしくないからって数を盛っているんじゃないだろうか?
「なんだねその胡散臭げな目は?」
おっと顔に出ていたようだ。気を付けよう。
「まぁ、疑う気持ちはわかるさ。とりあえず、アルヴァンスとそっちのアレックスはスライムという魔物についての知識が少ないようだし、少しだけ教授しよう」
そう言うとアザートスさんは指を鳴らして魔術を発動させた。すると何もない空間に画面が現れ、そこにスライムの絵が表示される。なんだか近未来的ディスプレイを見ているようだ。
というか、魔素って扱いにくいのに器用な魔術を使うんだね。あんなの霊術でも再現が面倒臭そうなのに……どうやって魔素を操っているんだろ? ちょっと気になる。
「さてと、スライムというのは特殊な魔物で、他の魔物を捕食することで力を増す。勿論、普通の魔物だって捕食することで魔力量を増やしたり進化したりはするけど、スライムは捕食した魔物の特性を取り込むことが出来るという特殊能力を持っているのだよ。ここまでは良いかな?」
アザートスさんの説明と共に画面の中が動き、スライムの絵がゴブリンの絵を捕食して、すぐにゴブリンへと擬態してる映像になっていた。どうやらアザートスさんの脳内イメージを映し出しているらしい。凄く便利な魔法だ。わたしも今度開発してみよう。
そしてスライムの説明だが、流石にこれくらいはアルさんもアレックス君も知っていたみたいだ。二人とも深く頷いている。アザートスさんはそれを確認して説明を続けた。
「スライムは魔核を潰さない限り回復し続ける厄介な特性も持っている。だから基本的な倒し方は魔核を破壊することだけど、核は体内を自由に動かせるからピンポイントで狙うのは意外と難しい。私もスライムを倒すときは魔核を狙うのではなく、全身を魔術で吹き飛ばしているからね」
ディスプレイにはスライムが剣で切断されて再生する映像が流れ、続いて大魔法で消し飛ばされる映像に変わる。わたしもギンちゃんの元になったスライムを倒した時は、魔術で吹き飛ばして勝利した。剣で何度も切り裂いたけど、簡単に回復されていたからね。よく覚えている。
「ただ、このスライムは繁殖方法がよく分かっていない。死んだ後に魔核を残し、その核が周囲の魔素を吸収することで生まれることが分かっているが、そう言った事情もあって個体数は少なめだ。魔王として調査命令を出したこともあるが、満足のいく結果は出なかった。私としても、スライムの生態は未だに謎だから気になっている―――」
それだよ。
スライムって言うのは本当に数が少ない。わたしもギンちゃん以外に見た経験はほとんどないからね。数万体もスライムがいるって言うのは冗談だとしか思えないのだ。
そもそも、スライム数万体とか絶望としか思えない。
何が悲しくてあんな耐久お化けと戦わねばならないのだと言いたくなる。魔法で消し飛ばしても復活されることがあるくらいだからね。わたしも確実にスライムを仕留める場合は、それなりの大魔法を使わないといけない。
まぁ、流石に『神光』はオーバーキルだけどね。
「―――などと数か月前までは思っていた」
おお?
これはもしやスライムの繁殖方法が判明したのか?
わたしがワクワクとした目でディスプレイを眺めていると、アザートスさんからの視線を感じた。何かと思ってそちらを向くと完全に目が合う。
え? 何かした?
そんなことを思っていたら、アザートスさんが再び口を開いた。
「原因は……原種・厄魔原粘だ。スライムの中でも唯一の黒い個体。このスライム原種が爆発的スライム増加の原因だったのだよ」
原種ねぇ。
だからチラッとわたしを見たのかな? わたしも今は尻尾を九本出しているから九尾妖狐だと分かるし、アザートスさん自身も原種・堕天魔人だ。
そして相手がスライム原種・厄魔原粘ならアザートスさんが苦戦するのも理解できる。
画面を見ると、真っ黒なスライムが映し出され、そこから小さな点のようなものが分裂している映像になった。
「厄魔原粘は莫大過ぎる魔力量から核を生成し、それを新たなスライムにしている。こうして原種によってスライムは爆発的に増え、原種がいなければ繁殖方法が無く減る一方。そういう生態だと分かったのだよ」
ほー。そうだったのか。
つまり、スライムは極端に数を減らして絶滅寸前になると原種が現れて数を増やすと。そして災害のように増えたスライムによって魔族領は危機に陥ったのか。
しかし解せない。
確かに原種は強いけど、所詮は魔物だ。
アザートスさん以外の魔王を始末し、そしてアザートスさんとも良い勝負をしているなどとは信じがたいことだと思う。ギンちゃんはわたしが教育したから賢いけど、普通の魔物は知恵など持たない。
それこそ、数百年単位で生きている個体じゃない限りは本能に忠実な奴らばかりだ。
これはどういうことだろう。
……なんて考えているのが伝わったのかもしれない。アザートスさんは次の説明で、今のわたしの疑問点に触れてくれた。
「ただ、今回の厄魔原粘は非常に高い知能を持っている。理由は不明だが、どうにかして知恵を手に入れたらしい。私の予想では魔人を大量に捕食した結果ではないかと思っている。奴は擬態によって子供のような姿を取り、更に自身をマキナと名乗っているのだ」
「スライムが……人のように?」
「信じられねぇ……」
流石にこのことはアルさんとアレックス君にとっても衝撃だったらしい。思わずといったようすで声を漏らしていた。
いつかはギンちゃんも人型になって欲しいと思ったことはあるけど、実際に人の形をしたスライムがいるなんて驚きだ。それに知能が高いとなると厄介な予感しかしない。
「ふふふ。驚く暇ないぞ。マキナとかいう厄魔原粘は他にも知能のあるスライムを作り出して配下とし、一つの国家を作り上げた。奴らはスライム国家【ラグナハイト】を名乗って、私たちと全面戦争しているのだからな。
……ちなみに【ラグナハイト】の本拠地は【イルズの森】だぞ。そこに結構な城を建てていた。獣人共は奴隷にされていたな」
おいっ!
しれっと爆弾を投下しやがったな!
【イルズの森】……今は【魔境イルズ】か……そこがスライムに乗っ取られて、さらに獣人たちが奴隷になっているとか初めて知ったよ。
「ついでに言っておくと、【イルズの森】の魔境化はマキナが大量の魔素を放出しているのが原因だ。まぁ、ネテルの結界が消えたのも理由の一つだが、魔境になるほど魔素濃度が上昇したのはマキナのせいだ」
……アザートスさんよ。
それはついでに言うような情報じゃない。かなり重要な情報だよ。
「というかアザートスさん。その情報ってどうやって調べたんです? すごい詳しいですよね」
「ん? 良い質問だ九尾の少女よ。その答えだが、それは私が単身で奴らの本拠地に攻め入ったからだ。このまま国境付近で衝突を繰り返してもらちが明かないから、私一人で乗り込んだ。まぁ、まさか原種がいるとは思わなかったがな」
「そ、そうですか。ちなみに強かったですか?」
「うむ。私の魔術を数千発受けてもピンピンしていたな。回復力がおかしかった。あれは倒すよりも先に心が折れる」
なんだその化け物。
もはや強いとかそう言うのを通り越してホラーだよ。
何処の世界に数千発の魔術を受けてピンピンしている奴がいるって言うんだ。
「正直、奴を倒す方法としては手詰まりでな。今回の訪問は魔界戦争の件を報告するのと同時に、人族領でマキナを倒せるかもしれない鍵を確保しようかと思ってな。現状の戦力では確かに手詰まりだが、倒す方法に心当たりはあるのだよ」
へぇ。
そんな化け物を倒せる方法が人族領に?
心当たりとしては【魔の鉱山】にいた神地王獣とか、南部の森でエルフを纏めているエルフ王の妖精森王とかだ。あとはどこかにいる人の原種・神聖霊人を探すのかもしれない。
ちょっと気になる。
「ちなみに鍵って何か聞いても良いですか?」
「勿論良いぞ。それはだな―――」
アザートスさんはパチリと指を鳴らして脳内イメージを移していたディスプレイ魔術を消し、指先をピタリとわたしの方に向ける。
……ん?
これはもしかして……
いや、もしかしなくても―――
「――君だよ。狐獣人の原種・九尾妖狐ルシア。君こそがマキナを倒せる可能性を秘めた、私の求める鍵だ」
―――ですよね。