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女狐が異世界を調停します  作者: 木口なん
7章 魔界戦争
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109話 魔王アザートス


 魔王。

 一般的には魔族の王という立場であり、人族では勇者でしか対抗できないほど強いとされている。強力な魔力を有しているため、自然強化により千年を軽く超える寿命を持っていることも多い。普通の魔族ですら数百年も生きることがあるほどだから当然かもしれないけど。

 そして【イルズの森】……現在の【魔境イルズ】より東に位置している魔族領では、この魔王を中心に魔族が集まって国家を形成しているのだという。

 その中でも初代魔王であり、現在でも最強最古の魔王として知られているのがアザートス・ルナティクス・シファー・ドラゴンロードだった。まぁ、わたしも名前は初めて知ったけどね。

 魔族領の中でも一番東を領地としているこの魔王は、ほとんどお目にかかる機会など無い。また、基本的にこの魔王が人族領へと攻めて来たという歴史もない。個人的にやって来て襲撃したという記録は残っているらしいが、それも何百年と前の話だ。

 つまり、この魔王と会えるというのは非常にレアということになる。



「そういうわけだ。これからもよろしく」



 そんなことを言って魔王アザートスは紅茶を飲んで寛いでいる。

 この光景もある意味レアなのかもしれない。最強の魔王が寛いでいる光景だからね。

 ちなみに今は、魔王さんが転移してきた魔法陣の地下室から移動して、魔王様専用の応接間にいる。地下室にもかかわらず、明かりの魔道具をふんだんに使用することで明るい部屋を演出していた。家具類も一流の物ばかりで、よほど大事なお客様を迎えることでもなければ通されない程の豪華さだった。

 初代皇帝からの付き合いらしいから、やはり超重要なお客様なのだろうね。

 まぁ、ぶっちゃけて言うと、いきなり魔王が現れても困るんだが。



「えーと。よろしくお願いします?」



 わたしはこれでも魔王に会うのは二度目だ。魔王ギラと戦ったのが一度目だね。だからどうにか反応して答えることは出来た。

 でもアレックス君は状況に追いつけず、また緊張でガチガチになっていた。まぁ、最強最古の魔王さんが目の前にいるのだから、これが通常の反応なのかもしれない。わたしの尻尾感知でも有り得ない魔力量を感知できるし、敵意を向けられたら全力で逃げる自信がある。

 そんなわたしたちの状況を察したのか、苦笑しながらアルさんが口を開いた。



「まぁ、そういう反応をしても仕方ないね。改めて僕から説明しよう。この【ナルス帝国】は初代皇帝であるルード・コウタ・タカハシ・ナルスが勇者として魔族領へと行き、アザートスさんと出会って理解し合う仲となったことで生まれた国だ。この国の掲げる平等性には人、エルフ、獣人といった人族だけでなく、魔族も含まれている。今は大っぴらに国の方針としては示せないけど、歴代の皇帝はこの意志を受け継いできた。もちろん僕だよ」


「そして私は盟友を結んだルードの子孫を助けることを盟約としている。そしていつの日か、人族と魔族が共に笑って過ごせる日々を望んでいるのだよ」


「君たちは魔王アザートスについて、どんなことを知っているかな?」



 最強最古の魔王ね……

 歴史上で最後に確認されたのは何百年も前。【ナルス帝国】の歴史では建国してすぐあたりだ。確か当時から宗教国家として樹立していた【マナス神国】に魔王が出現し、大暴れして壊滅の一歩手前まで追い込んだとか? もはやこのまま滅びるかということろで、何故か魔王はどこかへ行ってしまった。

 【マナス神国】では唯一神シュランゲの威光が魔王を退けたということになっているらしい。他にも天の御使いが出現して魔王を退治したとか、天から火の矢が降り注いで魔王を打ち破ったとか、数百年の時を経てかなり変化してしまっている。

 まぁ、このお陰で再び強まり始めていた獣人差別が一気に消え去り、わたしたち獣人族の祖先は一時の安寧を手に入れたのだそうだ。

 これがわたしの知る魔王アザートスかな?



「―――という感じですかね」


「俺も大体はルシアと同じ事しか知らないな」



 わたしは学者としてそれなりの勉強はしているし、アレックス君も次期皇帝としての教養を積んでいる。これくらいを説明出来ればおおよそ満点だろう。

 アルさんも深く頷いていた。

 だけど、それと対象にアザートスさんは渋い顔をしている。長い黒髪のイケメンというのがアザートスさんの印象だけど、こういった顔をすると歳を重ねた印象も受ける。最古の魔王というのはやはりまちがいではないのだろうね。

 そしてアザートスさんは一度溜息を吐いて口をを開いた。



「あの時は久しぶりに怒りが爆発してな。気づいた時には国が半壊していた」


「魔王を怒らせるって……やっぱり【マナス神国】がアザートスさんを怒らせたんですか?」


「ああ、私と盟約を結んだルードの奴を殺害したのだ」


「……はぁっ!?」



 ちょっと待て。

 たしか初代皇帝って勇者とも呼ばれていたはずだ。だから魔王退治のためにアザートスさんの所へと行ったんだよね。だから滅茶苦茶に強かったはず。それを殺した【マナス神国】って……

 わたしが驚きで表情を固めているとアルさんが補足説明を入れる。



「初代皇帝は人族原種の神聖霊人ネフィリムだった。強靭な肉体と回復力、そして凄まじい身体能力を有している人という種の頂点だったのさ。堕天魔人ルシファーのアザートスさんを倒せるのは神聖霊人ネフィリムルードしかいない……と言われていたらしい。だから彼が勇者として魔王討伐を行おうとしていたんだ」



 いや、待て待て。

 初代皇帝ルードは恐らく転生者だから、わたしと同じく原種になったのは分かる。だけど、その原種を殺害ってどういうことよ!? しかも神聖霊人ネフィリムって物理フィジカル特化の化け物みたいなやつだ。並みの方法では殺せないハズ。

 わたしが眉を顰めて不思議そうな顔をしていると、アザートスさんがそれを察して答えてくれた。



「奴ら【マナス神国】は同盟を結ぼう嘘をついて奴らの首都【アドラム】へと呼び出し、同盟会議前日の食事会で毒を盛ったのだ。後でルードの体を調べると、麻痺毒、出血毒、神経毒、腐毒などが大量に検出できた。もちろん、この程度の毒でルードがやられることはないが、相当動きが鈍くなる。捕らえられ、袋叩きにされてルードは命を失ったのだ」



 汚いっ!

 しかも毒殺できなかったからタコ殴りにして殺害って……

 それはアザートスさんもお怒りですよ。わたしだって当事者だったら怒って『神光ゴッド・レイ』を発動させると思う。むしろ【マナス神国】はよく途中で攻撃を止めて貰えたな。



「勇者を殺して魔王の怒りを買ったなんて外聞が悪すぎるからね。【マナス神国】は必死の情報操作で歴史をうやむやにしたのさ。僕でも初めて聞いた時は驚いたよ」


「勿論、私も驚いた」



 アルさんとゾアンの言う通りだ。

 わたしもびっくりだからね。



「あの時は私も怒りで我を忘れていたが、すぐにやり過ぎたと思った。私だって無関係な人までは殺したくない。【マナス神国】にも善良な者たちはいるのだからな」



 そうなのだろうか。

 わたしは【マナス神国】=悪のイメージが出来上がってしまっている。獣人差別で九百年前には九尾のネテルが立ち上がり、数百年前は魔王の怒りを買って国が半壊、そして近年では再び帝国にちょっかいを出している。

 それにあの国は人以外を認めないから、獣人やエルフたちにとっては微妙な国だと思う。



「そんな顔をするな二人とも。長く生きれば考え方も変わってくるのだよ」



 わたしだけでなくアレックス君も同じく微妙な顔をしていたらしい。まぁ、彼も【マナス神国】から命を狙われ続けていた被害者の一人だからね。

 けどアザートスさんはそう言って話を締めた。まぁ、確かにアザートスさんは軽く千年以上を生きている魔王だからね。わたしたちとは違った考え方を持っているのかもしれない。わたしも原種・九尾妖狐タマモノマエだから不老だし、いずれはアザートスさんの考えを理解できるかな?

 取りあえず殺されないように解毒術でも開発してみるか。



「そういうわけだ。私の話はこのくらいでいいだろう」


「そうだね。まぁ、他にも気になることはあるだろうけど、アザートスさんのことは追々で」


「アルヴァンスも何度か話してようやく打ち解けたからな。いや、懐かしい」


「アザートスさんは千年以上も生きてるでしょう? 二十年以上も前のことなんて最近じゃないですか」


「それはそれ、これはこれだ」



 忘れかけていたけど、そういえばまだアザートスさんのことについての説明だった。アレックス君にアザートスさんを紹介するという点では、ある意味これも本題だったのだろうけどね。

 でも、ここからが本番らしい。

 アザートスさんが真面目な顔になった。



「さて、本題に移る。こうして私がここにやってきたのは、今の魔族領での状況を知らせるためだ。火種は五年以上前から燻っていたのだが、まさかここまでの大火になるとは思わなかった」


「どうしたのですか? 僕も緊急だという話しか聞いていないのですけど」


「まぁ、落ち着けアルヴァンス。すぐに人族領への影響はない。単に、魔族領で大戦争が勃発しているという報告だ。それも魔族領を二分にするほどの大規模な戦争だな。敵性勢力は私以外の魔王を全て討ち取り、勢力を増して私の領域に攻め込んできた。流石にまだ国境を維持しているが、これも魔族領南部にある竜の山脈で竜王に協力を得たからこそだ。私たちだけの軍ではすぐに押し込まれてしまうだろう」



 はぁ?

 このチートみたいな魔王の軍勢が押される敵って何よ?

 神とか天使とかでも攻めてきているのだろうか? 正直、アザートスさんが苦戦するなんて想像もつかないんだけど。わたしの尻尾では魔力量しか測れないけど、彼から滲み出ている雰囲気は強者そのもの。間違いなくわたしも勝つことは叶わない相手だ。

 だからわたしは物凄く気になった。



「一体何を相手にしているんですか?」


「うむ。良い質問だよ九尾の娘ルシア。そして君の質問の答えだが―――」



 アザートスさんはそこで言葉を止めてわたしたちを見渡す。わたしやアレックス君だけでなく、アルさんやゾアンも唾を飲み込み、アザートスさんの次の言葉を待った。



「―――敵はスライムだ」



 ……スライム?






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