108話 帝城の地下
新章の開幕です。
魔界戦争の渦中にルシアが巻き込まれます。第一章で立てておいたフラグを回収していきますよ!
アレックス君が皇太子になってから数か月が経過した。わたしは学院で新しい生徒を受け持ち、研究を続けつつも色々と面倒なことが多かった。
まず、冒険者ギルドの最高顧問からランク特Sになれとの要望が続き、更に何の嫌がらせか、経営している孤児院への侵入者が増え始めた。孤児院の敷地で放っている人工精霊アルジィントゥムのお陰で問題なく対処できているけど、この魔法はあまり公開したくない類のモノだ。使用は控えたいが、それが出来ない状況が続いている。
雇用促進のためにも警備を雇ってはいるが、それでも限界があった。
そこで敷地のいたるところに刻印を施し、空気中の霊素を利用して大結界を発動させたりもした。昼は解除しているが、夜になると発動する仕組みである。流石に昼間なら雇いの警備員でも余裕で対処できるから安心だね。
で、今は帝城の応接間でわたしは待たされている。
実は一週間前に皇帝直属諜報工作部隊の人がやってきて、この時間に帝城へと来るように知らせてくれたのだ。そんな連絡で皇帝直属諜報工作部隊を使っていいのかと思ったけど、どうやら極秘の案件らしい。わたしが帝城に呼ばれたことも知らせてはダメだからと、魔法を使用してでも誰にも気づかれないように来ることを求められた。
無茶言うなと反論したら、ルシアならできるんじゃね? とか言われた。
謎の信頼である。
まぁ、出来るんだけどね!
それで、今は応接間で待機しつつ紅茶を飲んでいるのだ。
ちなみにこの部屋にいるのはわたしを除けば、皇太子になったアレックス君とゾアンだけ。部屋の前には諜報工作部隊の人が二人で見張りをしているけど、部屋の中は三人だけだった。
「おいルシア。今日は何の用だ?」
「それはこっちが聞きたい。わたしも呼び出されただけだからね」
「そうなのか?」
どうやらアレックス君も今日呼び出された理由を聞いていないらしく、ゾアン目を向けても困ったような表情をされるだけだった。彼は皇帝直属諜報工作部隊の人だから、知っていたとしても皇帝の命令以外では目的を話さないだろう。
わたしに誰にも気づかれないように帝城へ来させたほどだ。
かなりの機密に違いない。
というか、そんな機密にわたしを巻き込まないで欲しいよ。わたしは一般人だよ? ←どの口が
「あ、来た」
「誰が?」
「アルさん」
「よく分かるな」
「アルさんの気配は覚えているから」
部屋の外にある廊下を歩いて近づいているアルさんの気配くらいならわたしでも分かる。これでも感覚が鋭敏な獣人族だからね。こういったことは得意だ。ちなみにこの場にいるアレックスとゾアンはわたしが九尾であることも知っているから、今は本来の姿になっている。
この状態なら全力も出せるけど、厄介事を防ぐために普段は『人化』で隠しているだけだ。
アルさんもわたしが九尾であることは知っているから、隠す必要はないでしょ。
そんなことを考えていると、扉を開けてアルさんが一人で入ってきた。普段はお付きの人が扉を開けたりしているから、今回はアルさんだけ。やっぱり秘密のお話をするらしい。
「やぁ、待たせてすまないね」
「こんにちはアルさん」
「急にどうしたんだ親父?」
「今日は少し用事があってね。ある人に会ってもらいたいんだよ。アレックスは次の皇帝だから、面識を繋いでほしいのと、ルシアは向こうの希望で彼と面会して欲しい」
「彼?」
わたしが首をかしげると、アルさんは一度頷いて応接間の暖炉に近づいた。そして何かを操作するとカチリと音がして暖炉の中に階段が出来上がる。カラクリ屋敷みたいで格好良い。
「ここから帝城の地下に降りるよ。それからこの先のことはぜったに機密だ。まずこの先にある部屋のことは僕とゾアン以外に知らないし、アレックスとルシアも僕とゾアン以外に言ってはいけない。このことを約束してくれ」
「わたしは構わないですよ」
「俺も問題ない」
「じゃあ行こうか。ゾアンは一番後ろから付いて来てくれ」
「分かりました陛下」
そう言ってアルさんは階段を降りていく。わたしも飲みかけの紅茶を机に置き、立ち上がってアルさんに続いた。後ろからはアレックス君が追いかけ、最後にゾアンが続く。
階段はアルさんが降りるたびに自動で両脇のランプが灯り、足元だけがどうにか見える程度。踏み外さないように気を付けないといけないだろう。石の階段なので、転がり落ちたら大変なことになる。
というか、アルさんが先頭でいいのだろうか?
こういうのはゾアンが先行するものだと思うんだよね。
「ここは初代皇帝ルード・コウタ・タカハシ・ナルスが作ったものらしい。帝城に秘密の地下室を作成し、その地下にある部屋には特殊な魔法陣を敷いた。それはこの国が抱える最高機密であり、大臣にすら知られてはいけない秘密だよ」
アルさんはそんなことを言いながら階段を下り続ける。音で空間を把握してみると、まだまだ下に降りていくみたいだ。螺旋状になっているから、そろそろ目が回ってきたね。
「代々の皇帝と皇帝直属諜報工作部隊のリーダーにだけ受け継がれている秘密だから、今回ルシアが呼ばれのは例外だね。彼は五年ほど前から君を知っていたらしいけど……」
なんだ。
彼って誰だよ。
というか、五年前からわたしを知っているっておかしいでしょ。そのころはランクBの冒険者だったし、【ナルス帝国】にはいなかった。オーク原種の暴喰災豚を倒したくらいか?
心当たりが無さすぎる。
だけど、ヒントは結構与えられている。
まず、初代皇帝がこの地下と階段を作ったのだとすれば、今から会う『彼』はその時代から生きている人物だということになる。長命の種族と言えばエルフだ。エルフ王の妖精森王とかが可能性としては高いか。
でも、相手が妖精森王なら秘密にする意味が分からない。
とすれば竜種とか?
真竜とかまでなら大した知能もないけど、竜王クラスになると言葉を操るらしいからね。まぁ、竜王なんて遥か東の魔族領にしかいないから、わたしは見たことないけど。
んー。ダメだ。
全く分からない。
「こんなところで会うなんて碌な奴じゃなさそうだな……」
こらアレックス。憶測でそんなことを言わないの。
ほら、アルさんはちょっと振り向きながら苦笑しているし、ゾアンも眉を顰めている。まともな人物じゃないのは確かだろうけど、それを口に出すのはダメだよ。
最近のアレックスは普段からキリッとしているのに、今回は身内だけだからか油断しきっている。まぁ、息抜きは大切だけど、ちょっと気を抜き過ぎだね。
「まぁ、もうすぐ着くから楽しみにしていなさい」
アルさんはそう言って前を向き、階段を下り続ける。
そして更にニ十分ほど階段を降りたところで、巨大な金属の扉が現れた。扉には幾重にもカギがかけられており、更に魔法的な封印も見える。この封印は特定の鍵と反応して解放される仕組みらしく、無理に開こうとすると毒ガスが発生するようになっていた。
アルさんは懐から鍵を取り出して一つずつ開錠していき、更に最後の魔法封印も印鑑のような形をした鍵で開封した。すると金属扉に深紅の紋様が浮かび上がり、触れてもいないのに自動で奥側へと開いていく。
なんか凄くハイスペックな扉だ。
わたしも今度真似してみよう。
「さぁ、行くよ」
アルさんは鍵を懐に仕舞ってから口を開き、そのまま扉の奥へと歩みを進めていく。わたしは扉のギミックに興味津々だったけど、どうやらアレックス君には刺激が強すぎたらしい。茫然としていた。
後ろにいたゾアンに肩を叩かれてハッと意識を取り戻していたようだけどね。
扉を抜けたところにあるのは、かなり広い部屋だった。
恐らく三十メートル四方はある立方体の部屋で、壁には魔法式のランプが張り付けられていた。壁は綺麗に磨いた石であり、淡い光に照らされて鏡のようになっていた。そして何よりも目立つのが、床一面に敷かれている魔法陣だろう。
複雑な紋様が描かれ、床一面にビッシリと細かく刻み込まれている。
パッと見ただけではどんな魔法陣は分からない。
だけど、わたしも魔法陣学のプロフェッショナルだ。暫く眺めれば、魔法陣の大体の構造は理解できた。
「これって時空間系? こっちとこっちが座標を表しているから……転移魔法陣?」
「流石ルシアだね。その通りだよ」
「なるほど。特定の場所を繋ぐトンネルのような魔法陣ですか。汎用性は低いですが、相当な距離を繋いでいるみたいですね。発動にもかなりのエネルギーが必要みたいですし、空気中の霊素や魔素を集めた場合は十数年に一度といったところですか」
「そこまで分かるのかい? これは驚いた」
「まぁ、プロですから」
なんてね。
ここまで魔法陣のことを理解しているのはわたしくらいだろう。わたしは独自に転移魔法も研究していたから、この魔法陣の仕組みはすぐに分かった。わたしとは異なるアプローチだけど、長距離を繋ぐ転移魔法としては効率的だと思う。
何度も改良した痕跡があるから、初めからここまで複雑なわけじゃなかったんだろうね。もう少し解析させて貰えたら、わたしがもっと効率的な魔法陣を描くことが出来るかもしれない。
「それで、これからわたしたちが会う『彼』はこの魔法陣から出てくるんですか?」
「そうだよ。約束している時間はもうすぐだから、まもなく魔法陣が発動するハズさ」
だが、アルさんがそう言い終わらない内に魔法陣は光り始めた。室内に魔素が吹き荒れ、魔法陣は激しく点滅を繰り返す。室内から霊素が殆ど消え去り、わたしの尻尾感知では魔素しか感じ取れなくなった。
そして次の瞬間、魔法陣の中央に強烈な魔力の塊が出現する。
わたしの保有する魔力よりも遥かに多い……いや、霊力量を含めても勝てない程の魔力だ。正直、いつかの昔に見た神地王獣が可愛く見えるレベルである。
全身の毛が逆立ち、九本の尻尾がピンと立った。
わたし意思とは関係なく、本能が警戒している。
こんなことは初めてだ。
かつて【イルズの森】で魔王と出会ったときすら、こんな感覚は覚えなかったのに……
「久しぶりだなアルヴァンス!」
そんな言葉と共に魔法陣の中央で姿を顕したのは美しい青年だ。腰まで伸びた黒髪を一本に縛っているのを見ると女性にも見えるが、体型を観察すればすぐに男だと分かる。瑞々しい肌から若さを感じるが、彼の瞳には老練な者であるかのような鋭さがあった。
そして何よりも目立つのは彼の瞳である。
良くは見えないが、琥珀色の瞳には精巧な魔法陣が浮かび上がっていた。
もしかしてあれは魔眼というやつなのだろうか?
魔法陣を見ても全く効果が分からないし、そもそも細かすぎてよく分からない。けど、彼から感じる膨大な魔力が怖すぎるから近づきたくない。
……って魔力?
「つまりアルさんの言っていた『彼』は魔族のこと?」
「そうだよ。尻尾感知が出来るルシアはすぐに分かったようだね」
「やっぱり……」
「魔族……だと……」
わたしは以前に魔族を見たことがあるから別に思うところはない。それにアルさんから、魔族ともつながりを持っていると聞いたことがあるからね。
まさかこんな魔族が出てくるなんて思わなかったけど。
でも、アレックス君は衝撃的過ぎて言葉を失っているようだ。【ナルス帝国】には魔族と繋がりがあると言われているけど、まさか本当のことだとは思わなかったのだろうね。
そんな風にわたしたち二人が異なる理由で驚いていると、魔族の『彼』が口を開いた。
「ふむ。そこの少年と九尾の少女は初めましてだ。私の名はアザートス・ルナティクス・シファー・ドラゴンロードだ。種族は魔人原種の堕天魔人で、遥か東方にある魔人の国の王だ。ちまたでは最強最古の魔王と呼ばれているな」
……魔王さんのエンカウントでしたか。
魔・王・降・臨




