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女狐が異世界を調停します  作者: 木口なん
6章 ナルス帝国学院
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107話 最高意思の動き

 

 結局、サリナちゃんが誘拐された以外にアクシデントは無かった。わたしが連れ戻したサリナちゃんは付いてきたアレックス君と共に【帝都】へと帰還。わたしのギンちゃんが銀竜モードで届けてくれたから、竜に乗って登場する次期皇帝と妃という印象を焼き付けた。

 人工精霊アルジィントゥムの守りを付けておいたけど、あんまり意味が無かったね。これならサリナちゃんに付けておけば良かったよ。

 まぁ、それはよしとして、無事に皇太子となったアレックス君は現皇帝アルさんに付き添って勉強しているところだ。皇帝になったら色々な仕事が増えてくるからね。これまでも多少は勉強していたけど、皇太子になって更に深いところまで踏み込むようになったらしい。

 流石のわたしにも国家機密までは教えてくれないからね。詳しくは知らないよ。

 ちなみにサリナちゃんは妃としての教育を受けているところだ。正式に婚約者になったから、今の妃であり、アルさんの妻である人に妃としての仕事を学んでいるらしい。まぁ、この国では妃も大した権力が無いからね。やることは少ないし、妃としての教育もほとんど必要ない。式典で求められる最低限のことくらいだ。

 そしてわたしにも色々あった。

 まず一つが、皇帝直属諜報工作部隊の正式メンバーとして勧誘された。これまでも非正式で一緒に仕事したことはあったけど(名目上は冒険者としての依頼ね)まさか正式に誘われるとはね。これまでも冗談交じりにメンバーにならないかと言われたことはあったけど、書面として目の前に出されたことは初めてだった。

 勿論断った。

 だって、もしも皇帝直属諜報工作部隊に入ったら、【ナルス帝国】の人になっちゃうからね。わたしの故郷は【イルズの森】だから、残念だけど断らせて貰った。孤児院の方も安定してきたし、そろそろ森の方に帰ってみようかと思っているんだよね。

 だけど、そう思った矢先に少し問題が発生した。



「ごめんねルシア。あんな老害たちの相手をさせて」


「いえいえ。マリナさんも大変ですね。わたしは基本的に座って聞いてただけなので大丈夫です」


「はぁ。いくらギルド最高顧問だとしても、あれはダメね……」


「まぁ、同感です」



 実は、わたしは冒険者ギルドに特Sランクになれという話が来たのだ。冒険者ギルドを運営している最高顧問たち――ギルドマスターは各支部のトップなので別――からの命令で、ギルド本部にある彼らの部屋に呼び出され、特Sランクになりなさいとの指示が下った。

 理由としてはギルゲルが召喚したランクSオーバーたちを駆逐したこと。ギルドカードには討伐した魔物のデータが記録されるので、ギルドには一発でバレてしまったのだ。

 要するに、これだけ力を持っている冒険者を野放しにしたくないから、ギルドが直接指示を出せる特Sランクにしてしまいたいという話である。特Sランクは別名で勇者と呼ばれているが、結局のところはギルド直属の最高戦力。

 冒険者ギルド最高顧問が必要と判断した事態に派遣される存在だ。

 だが、実際はそんな崇高なものでもない。

 政治的な理由や、利益優先のために最高顧問たちにパシられる地位でしかない。イザードやエレンさんが愚痴ってたから良く知っている。

 もしも特Sランクになれば、彼らの面倒なお仕事に携わらなければならないだろう。それに、アレックス君たちを銀竜モードのギンちゃんが届けたせいで、わたしが竜を騎獣として使えることが知られてしまったのも問題だ。機動力が高いので、あちこちに派遣されるだろう。

 もはや特Sランクなど、わたしにはデメリットしか感じない。



「まぁ、でも強制ランクアップじゃなくて、特Sになるためにはわたし自身の同意が必要だったのは幸いでした。わたしが断りますって言ったときの老害たちの顔は最高でしたね」


「それは同感ね。わたしも長く本部のギルマスをしているけど、あの人たちが唖然としたのは初めて見たわ」


「『我らの指示に従わぬとどうなるか分かっているのか! 冒険者資格剥奪も容易いのだぞ!』とか言われた時は三流かと思いました」


「そのあとルシアが『わたしって皇帝陛下から勧誘されているので、冒険者資格を剥奪されたらそっちに行きます』って言ったときの彼らは小者臭が凄かったわね」



 まぁ、実際に皇帝直属諜報工作部隊に入るつもりはないけど、最高顧問たちには良い脅しになった。その後はマリナさんが適当に最高顧問たちを言いくるめてくれたから、今回は帰ってよいということに。

 恐らく、数日後にはまた呼び出されるだろう。

 でも、仮に冒険者資格を剥奪されたとしても、大した問題にならないんだよね。すでに一生分以上はお金を稼いでいるし、ギルゲルの召喚した魔物を狩りつくしたことで更にお金が増えた。冒険者資格を失う時、ギルドカードに記載されているお金は現金で支払われる規則になっているので、下手すればギルドの運営が傾くことになるだろう。

 現金でもギンちゃんの亜空間に仕舞えば持ち運べるし、わたしとしては問題ない。



「そうそう。言い忘れたけどねルシア。あの人たちの言った通りに特Sランクになったら、最悪の依頼をさせられることも考えられるわよ?」


「最悪? 邪魔な奴らを暗殺とかですか?」


「まぁ、それだけならいいんだけどねぇ。ほら……あなたって美人じゃない? 胸も大きいし、凄く珍しい狐獣人だし……その……ね?」


「まさかと思いますが、性的なアレを依頼と銘打って受けさせられるとかですか?」


「あの人たちに普通の冒険者を動かす権限はないんだけど、特Sランクだけは別なのよ。寧ろ、特Sランクを自由に動かせるのは最高顧問だけ。もしも彼らの指示に逆らえば色々と罰則が下る可能性もある」


「それを逆手にとってエロい依頼ですか。屑ですね」


「ハッキリ言うのね。事実だけど」



 なるほど。

 彼らの部屋にいるとき、やけに熱い視線を向けられていると思ったらそういうことか。ランク特Sになったら確かに命令系統が変わって、最高顧問の指示に従う必要があると説明されたけど、そんな風にシステムを悪用する奴らがいるとは……大丈夫か冒険者ギルド。

 まぁ、こういう部分は各支部のギルドマスターが支えているんだろう。

 上層部が腐っていると、下が苦労するんだね。



「まぁ、そういうわけだから気を付けなさい。特にあなたの孤児院とか狙われて、特Sランクに昇格させるための材料にされるかもしれないわよ」


「はぁ……あの孤児院って一応は皇帝のお墨付きなんですけどね。まぁ、気を付けますよ」


「ごめんなさいね」



 なかなか憂鬱だ。

 わたしは研究者だってのに、権力の騒乱に投げ込まないで欲しい。イザードとかエレンさんが大変だって言ってた理由が分かったよ。

 エレンさんは帝国が友好関係を持っているエルフだし、恐らく政治的な理由で余計なことは出来ないだろう。エルフは同族を大切にするから、馬鹿なことをすればエルフ王が黙っていない。けど、政治的な権力が無い獣人族のわたしにはどんなことをさせられるか分からない。

 そろそろわたしも後ろ盾を持った方が良いかもしれないね……

 はぁ……憂鬱だ。








―――――――――――――――――――――――――――――







 【ナルス帝国】から遠く離れた北部。

 唯一の神シュランゲを信仰し、教会を頂点として組織された【マナス神国】の首都【アドラム】でとある会合が開かれていた。この会合に出席することが出来るのは光の教団の中でもトップの者たち。

 教皇、十二人の枢機卿、神聖マナス軍総帥、聖女連盟会長の十五名である。

 言わずもがな、教皇と枢機卿は信徒たちのトップに位置し、更に【マナス神国】を運営する政治的な仕事も担当している。

 そして神聖マナス軍総帥は、教会に所属する軍のトップであり、軍事的な力を必要する場合には、総帥の許可が必要になる。

 最後の聖女連盟とは、治癒魔法を扱う女性たちの一派だ。これは国が正式に定めている組織ではないのだが、治癒を司るゆえに、国内で大きな力を持っている。その会長はこの極秘会合に呼ばれる程だ。ちなみに男性で治癒魔法が使える者は、マナス軍の方に所属することになるため、聖女連盟には入会できない。

 そして彼らが集まって見ていたのは、映像が映し出されている画面。

 正確には水晶に記録した映像が投影されているだけであり、魔法的なプロジェクターのようなものだった。そこに映されているのは九尾の獣人が巨大な魔法陣を展開し、千体を超える魔物を消し飛ばす瞬間の映像である。

 そこまで映し終えると、神聖マナス軍総帥グリゴリアス・ヴァンポッサ・ノースレイクが魔道具を操作して映像を止め、口を開いた。



「以上がブラックリスト一位の狐獣人ルシアだ。我々マナス軍はかの女狐と何度も交戦し、データを集めて来た。だが、今回記録した奴の魔法は常軌を逸している。アレが伝説の九尾なのかと我々は思わされた」



 この記録は遠距離を監視する魔道具であり、かなり高価な部類になる。更に色々と制限もあるので、偵察のようなことにも使い辛い。しかし、今回はそれを使っただけの収穫があった。

 彼らが今、注目している九尾の狐獣人ルシアの力の一端を見ることが出来たのである。



「危険だ。早く始末しなくてはなるまい」


「だがどうする? 奴は千の魔物すら容易く葬る」


「確かにそうだ。あのような魔法を【アドラム】で使用されれば……」


「馬鹿なことを! ここは神のための国だぞ!」


「だが奴らはそれを気にするはずもない」


「霊力を封じる魔道具はどうなのだ?」


「アレはまだ未完成だ。腕輪や首輪型のものは完成しているが、奴の霊力を封じるには領域型の霊力封じを使わねばならないだろう?」


「ならば都市結界を先に強化するべきでは?」


「……これ以上の強化は難しいと聞いたぞ」



 枢機卿たちは映像の結果を見て口々に意見を交わす。だが、理不尽なまでの威力を見せたルシアの魔法は彼らの頭を悩ませていた。彼らは枢機卿ではあるが、それなりに霊術を修めている。だからこそ、映像で見えたルシアの魔法に驚愕したのである、どういった原理で発動しているのか予想も出来なかった。

 そんなことからか、枢機卿の一人が不意に口を開く。



「教皇猊下はかの九尾の魔法を理解されましたか?」


「ふむ……」



 映像を見てからずっと黙っていた教皇アンドレイ・ルーサー・グランツはその質問を受けて眉を顰め考えていた。他の枢機卿や神聖マナス軍総帥グリゴリアス、聖女連盟会長テレジア・シリッサ・シリウスは教皇アンドレイの次の言葉を待ち続ける。

 そして十数秒ほどの沈黙の後、アンドレイは静かに語り始めた。



「映像から微かに見えた魔法陣は収束系の意味を含んでいた。空気中の霊素を圧縮して放つ……いや、ドラゴンのブレスのような魔法か……仕組みはともかく、あれほどのエネルギーを何処から調達してきたのかは全く分からぬな」


「教皇猊下もそう結論付けましたか。既に神聖マナス軍でも解析済みですが、猊下と同様の考えにございます」


「ふむ。厄介なことだ。我らの霊術の粋を集めても解析できぬか……」



 グリゴリアスの捕捉を聞いてアンドレイは額に深く皺を寄せる。

 実際は太陽光を収束するだけの魔法陣なのだが、ルシアのオリジナルであるため、彼らの魔法知識でも仕組みを解析できなかった。更に、ルシアは魔法陣に意味のない模様を加えて、わざと複雑化している。魔法陣さえ再現できれば簡単に都市を破壊できる術式であるため、簡単にコピーされないよう、対策していたからだ。

 アンドレイや軍が収束系魔法陣だと判断できただけ凄いのである。



「……このルシアという九尾に数を使って攻めても意味が無いことは分かったのだ。ならば、質を上げるしかあるまいな」


「猊下……まさかを使うおつもりで?」


「うむ」



 枢機卿の一人がした質問にアンドレイは深く頷いて答える。すると、この場にいた者は全員息をのみ、目を見開いて驚いた。『彼』と言われただけで、ここにいる者は誰のことか理解できたのである。

 アンドレイは最後に重々しく告げた。



「原種には原種を。九尾妖狐タマモノマエルシアには神聖霊人ネフィリムマルス・アルトリアス・ブリンガーで対抗する」



 人という種族の原点にして最上位。

 【マナス神国】が対魔王戦力として隠してきた原種・神聖霊人ネフィリムを解禁することを決定したのだった。






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