10話 秘密兵器
魔族―――――
彼らの特徴は浅黒い肌に白い髪で悪魔のような尻尾と翼をもつという・・・
だがこれは人族側の勝手なイメージであり大きな誤りだ。
実際には人族と別段変わらない見た目をしている。ただ、その身に宿すのは魔力だが。
【霊域イルズ】では魔力が不活性状態になり、魔術を発動できない。だが霊力は阻害されないので霊術を使うことはできる。
もし霊域で魔族と人族が戦闘になったとき、魔法が使えるかどうかで魔族側が不利になるのは明白だ。
そんな【霊域イルズ】は人族と魔族の領域の中央に広がっている
よって、イルズの森が霊域イルズになって900年間、魔族は侵攻できずにいた。
それに不満をもつ魔王がいる。
彼の国は霊域イルズの隣であり、その昔は人族領に先頭をきって攻め入ってきた。
鮮血のような赤い髪、年を感じさせない引き締まった顔つき、2mを超える体躯は王の風格そのもの。
漆黒の鎧を着こみ、その背に180cmはある両手剣を背負い腕を組んで霊域を睨む彼に隙はない。大剣を振り回し敵を蹂躙するさまから彼はこう呼ばれる。
鮮血の魔剣王ギラ・ファラン―――――
900年の時を経て、霊域を攻略しようとしていた。
「ギラ様。準備が整いました」
「ゲルか・・・。例の作戦は貴様にまかせよう。霊域が消失した時点で俺が攻め込む」
「仰せのままに」
ゲルと呼ばれた配下は灰色のローブを着込み、フードを深く被っており、顔は見えない。フードの端から見える水色の髪と、透き通った声から若さを感じる程度だ。
ゲルの気配が消えたあと、魔剣王はつぶやく。
「人族よ。俺が滅ぼしてくれよう」
ルークの失態の前の夜のことであった。
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「ゲル様、例の物はいつでも輸送できます」
「よし、すぐに目的地に向かえ。私もついていく」
「いや・・・その、まだどこへ運ぶかは指令を受けていないのですが・・・」
「ああ、すまないね。私としたことが失念していた。」
クククと笑うゲルの口元が月明りに照らされ、従者は思わず背筋が伸びる。
「そんなに緊張しなくともよい。目的地は忌々しい『霊域』の中央だ」
「っ!ですがあそこはっ」
「そうだ。あそこでは我ら魔族は極端に弱体化する。だからこそ夜中にコソコソと行くのだ」
「はぁ、そうですか」
2つの影が森に侵入したことは誰もしらない。
「しかし、霊域に入るなんて初めてですよ」
「そうか。気分はどうだ?」
「魔力の流れをまるで感じないですし、正直不安です」
「問題あるまい。平和ボケした獣人どもに見つかるようなことなどなかろう。それに森の中央付近は獣人たちの間で不可侵領域となっている中立の場所だそうだ」
「そうですか。なら戦闘はなさそうですね」
「そうでもない。作戦が実行されれば嫌でも彼らは気づくだろうな。あわててこちらに向かってくるはずだ。」
「えー、さすがにこの状態ではいかに獣人と言っても勝てませんよ?」
「戦う必要はない。見つかった時は時間を稼ぎつつ逃げるのだな」
「いや無理ですって。奴らの身体能力はとんでもないですから」
「我らの能力を使えば問題ないだろう」
「りょーかいです。いざとなったらこいつを囮に隠れます」
従者は自分のひく荷車に乗っている黒い箱を見やる。
木々の間から差し込む月の光に妖しく黒光りする箱。
よもやこれが対霊域兵器であるとは誰も思うまい。
フードを深く被り直し、口元を緩めるゲルと緊張した面持ちの従者は森の奥へと進んでいった。
「ふん。ここだな」
「あ、着きましたか?結局昼も過ぎちゃいましたね」
「ああ、思ったより時間がかかったな。問題ではないが」
そこは少し開けた場所だった。
中央には大樹があり、その周囲を囲うように石が等間隔で並べられている。
一目で特別な場所とわかるここが目的地だ。
「いかにも特別な場所って感じですね」
「そうだ、ここにはかつて九尾の神子と呼ばれた者が眠っている」
「へ~、あの有名な神子さんのお墓ですか」
「そうではない。やつは生きている。己の魂を核に霊域を支えるためにな」
「てことはこの箱の中身は神子を殺すための兵器ってわけですか」
「察しがよいな。では箱を木の根元に置き、解放しろ」
「はいはい、ただいま」
従者は荷台に積んだ黒い箱を抱えて大樹のもとに向かう。
箱を根元に置き、錠を外していく。
「まったく、魔術で封ができないと開封も面倒ですねー」
「そういうな。それも今日で終わりだ。もうすぐこの霊域は消失するのだから」
開錠し箱を開けた従者は箱を逆さにして中身を出す。
白く濁った半透明の物体が地面に落ちる。人の膝ぐらいまでの高さでゼリー状のこの物体はプルプルふるえている。ゼリー体の中心には真っ白な核がある。そうだ、こいつはスライム。霊域を消すために改造したスライム兵器だった。
ゲルはフードを外して叫ぶ。
「疑似霊核粘性兵器よ、忌まわしき霊域を喰らい尽くせっ!」
その瞬間、対霊域兵器は起動し、周囲の霊素を喰らいはじめた。
すさまじい吸収力で森全域の霊素を喰らい尽くしていく。
この疑似霊核粘性兵器は40年以上かけて研究された、究極の兵器である。
その吸収力で周囲の空気中に存在する霊素を際限なく喰らい続ける。そして、吸収許容限界を突破したところで、疑似霊核が崩壊し破壊のエネルギーをまき散らす。
本来スライムは魔核を持ち、周囲の魔素を吸収することや捕食することでエネルギーを得る魔物だ。
それを霊素を吸収するように改造したことで、移動能力や捕食本能を消失させてしまっている。
それゆえに使用するために持ち運んで設置しなければならないし、そもそも霊域並みに霊素の濃い場所でなければ、霊核崩壊は起きないという非常に使い勝手の悪い兵器でもあるのだ。つまり、霊素のない普通の場所ではただの置物にしかならない。
だが、対霊域という意味では有効なシークレットウェポンなのだ。
「ふはははは、あと15分もすれば霊核崩壊を巻き起こし、ここに眠る神子を消し飛ばすだろう!」
「上機嫌ですねゲル様」
「当然だ。笑わずにいられるわけがないだろう」
「ところで自分たちも避難した方がよいのではないですか?」
「ああ、そうだな。すっかり抜けていたよ。ククク」
「はいはい、さっさと逃げますよ」
二人は霊核崩壊に巻き込まれないよう、元来た道を戻りはじめた。
そして時を迎え、疑似霊核粘性兵器は霊核崩壊を引き起こす。
壮絶な爆発と静寂の後、獣人たちは気づいた。
霊域が消失したことに