105話 サリナちゃん救出
さてと、奴らを消したことだし、次はサリナちゃんを追わないとね。どこへ向かったかの方向すら不明なままだから、それを探るところから始めないといけない。
銀竜モードのギンちゃんに乗って上空から観察しても見えないからね。短時間でこの高さから見えなくなる距離まで行くなんて有り得ないだろうから、認識阻害の魔法道具でも使っている可能性が高いと思う。五感が鋭いわたしでも、流石に魔法で誤魔化されたら追いかけられないからね。
「おいルシア。サリナはどこなんだ?」
「まぁ、見てなって」
どうやら眼下のクレーターは見なかったことにしたらしい。頬を引き攣らせながらもアレックス君はサリナちゃんの心配をしている。彼にとっても、まずは婚約者が優先だろう。
わたしも期待に応えないとね。
「『Show me your sight, "Lux".
(その目で見たものを私にも見せて、”ルクス”)』」
霊力を大量に消費して人工精霊ルクスを作り出す。結構ヤバめの魔法だからアレックス君にも見せたくなかったんだけど、今回ばかりは特別だ。まぁ、聞かれたら誤魔化すけどね。
この子は「光」の名を持つ人工精霊だ。光のある場所で起こったことをわたしに見せてくれる。これはわたしの目に直接干渉して脳内に映し出してくれるから、アレックス君には何が起こっているか理解できないだろう。
「ギンちゃん、あっちに行って」
「グル!」
わたしは過去の光景を辿り、サリナちゃんを乗せた馬車が移動していくのを追いかける。早回しでの再現だから、すぐに追いつくことが出来るはずだ。そして追いつくことが出来れば、わたしの『解呪』で認識阻害を破壊し、目視できるようになる。
「ギンちゃん、そのまま少しだけ右に」
「グルゥ」
空を飛んで追いかけているから風圧が凄い。取りあえず風霊術で防いで……っと、もう追いついた。必要なかったかな?
「アレックス君、追いついたよ」
「どこだ!」
「あそこだよ。多分、認識阻害で見えなくなっている」
わたしが指差したのは木々の間を縫うように走っている道。まだ森の中だから見えにくいし、そもそも認識阻害のせいで知覚できない。でも人工精霊ルクスの目は誤魔化せないからね。
まずは魔法を暴いてあげよう。
「あれは魔石による魔道具の発動かな? ってことは魔力の『解呪』は通用しないか。じゃあ霊力版の『解呪』っと」
霊素を強く放射して限定的な霊域を形成し、魔術具の発動を強制停止する。この霊力版の『解呪』は消費が大きすぎるから使いたくなかったんだけど仕方ないね。会場での結界、『精霊創造』、それに霊力版『解呪』を使ったせいで、流石に霊力が底を突いてきた。残りは三割ってところだろうか。
まぁ、魔力は万全に残っているから大丈夫でしょ。
わたしの『解呪』で認識阻害は解除され、荒く走らせている馬車を発見する。どうやら上空にいる銀竜モードのギンちゃんから逃げているらしい。上に乗っているわたしとアレックス君には気づいていないようだ。
焦っている声をわたしの狐耳がキャッチする。
『くそ! 何でドラゴンが!』
『魔道具が効いてないのか? 知覚できないようになっているハズだろ!?』
『確認してみる……って魔道具が動いていないぞ!』
『さっきは動いてたじゃないか。どうなっている?』
『知らん。何か不具合があったのかもしれん』
『技術部の野郎……半端なものを渡しやがって』
『それよりもドラゴンだ。確実に狙われている!』
『撃ち落とせないのかポール?』
『あの距離では大した威力にならない。逆上させるだけだ』
『だったらギルゲル! 何か魔物をけしかけろ! 召喚石は持っているだろ?』
『飛行型は数体だけだ。それも偵察用と移動用のな。ドラゴンを相手に出来るかよ!』
予想外に慌てている。
馬車の操作が荒いのはそのせいだろうね。止めるだけならわたしが矢で車輪を撃ち抜けばいいんだろうけどねぇ。中にはサリナちゃんがいるし、そんなことは出来ないか。
「ギンちゃん。馬車の前方五百メートルにブレスを掃射」
「グオオオオ!」
吼えるように返事をしたギンちゃんは口元に魔力を圧縮し、大きく息を吸い込む。魔力量ならわたしにも並ぶほどのギンちゃんが使うブレスは破壊という情報を帯びている。つまり、当たれば物理法則を無視して魔法により破壊されるのだ。
ドラゴンのブレスが強いのはこれが理由。
だから馬車の前方を破壊して、馬車の進行を止めさせる。
「やって!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
銀色の魔力砲が放たれ、遥か前方を横なぎに破壊する。木々は倒され、土が舞い上がり、大地には巨大な傷跡を残した。馬車からでもブレスが掃射されたのが見えたのだろう。馬車を全力で停止させていた。
まぁ、ドラゴンのブレスに巻き込まれたくはないだろうからね。
そしてまたもや彼らの声を狐耳が捉えた。
『畜生! 前はダメだ!』
『回り込め! 早くしろ!』
『クソ……遊ばれてるな。忌々しいトカゲが!』
『唯一神シュランゲ様を信じろ! きっと道はあるぞ!』
『分かっている。例え死のうとも神のもとに召されるだけだ。怖くないさ!』
『ほら急げ! 邪の帝国を潰す交渉材料はあったほうがいい』
『ちっ! この小娘のせいで……』
『む~。はむ~っ!』
『うるせぇ黙れってんだよ!』
あ、ちょっとだけサリナちゃんの声が聞こえた。
アイツらが馬車を方向転換させない内にやるしかないね。
「アレックス君。ギンちゃんに乗っていなさい」
「ルシア。何するつもりだ?」
「わたしは先に降りて車輪と馬を潰す。止まっている今がチャンスだから。君はギンちゃんと一緒に降りて来てね!」
「っておい!」
アレックス君は何か言いたそうにしていたけど、時間が無いから無視だ。わたしは飛び降りて背負っていた主武装の弓を手に取り、『物質化』で白い矢を形成する。空中で狙いにくいけど、どうせ放った後は霊術制御で目標に当てるから、問題は無いでしょ。
わたしは続けて五回矢を放ち、馬車の車輪と馬を撃ち抜いた。
馬車は壊れて車輪が外れ、車体が地面に落ちる。多分、中では結構な衝撃があったかもしれない。ごめんねサリナちゃん。これぐらいは赦して欲しい。
そして馬は頭を射抜き、爆散させた。これで確実に移動手段は消えたね。
「あとは……『重力制御』」
魔術で重力を支配し、落下方向の加速度を中和する。そしてそのままゆっくりと落ちていき、安全な速度で地面に降り立った。
馬車が壊れたことで外に飛び出してきた犯人たちとご対面である。
「やぁ、こんにちは。そして死ね」
「ごぶっ!?」
「ぎゃああ!」
「かひゅ……」
「がはっ!?」
即座に形成した『物質化・霊型感応粒子弾』で四人の急所を穿った。喉や心臓を貫いた瞬間に炎霊術起動で爆発させたから即死だろう。
この『霊型感応粒子弾』は『白戦弩』の弾丸バージョンだ。弓で射出する際の初速度が無いけど、至近距離なら回避できない程度の速度で飛ばせる。出が早いから、今回のような状況なら有効だね。
ちなみに霊素銃はこの弾丸を飛ばしている。
「どうしt――げふっ!?」
馬車からもう一人出て来たので『霊型感応粒子弾』を撃ち込んでおいた。尻尾感知で調べると、残っているのは馬車の中に三人。一人はサリナちゃんだから、敵は二人だ。
だが出てくるまで待つつもりはない。
「『Show me, Lux!
(ルクス、見せて!)』」
人工精霊ルクスに命令し、馬車の中を透視する。光による知覚ならば、ルクスは大抵の願いを叶えてくれる便利な人口精霊だ。わたしは馬車の中を確認し、サリナちゃんがロープで縛られ、首元にナイフを突きつけられながら震えているのを見た。
どうやら敵二人はわたしのことを認識していないらしく警戒しながら外の様子を確認しようとしているらしいね。まぁ、わたしのように知覚系魔法を使えるわけじゃないだろうし当然か。
でも確認するような余裕は与えたりしない。
人工精霊ルクスのお陰で馬車の中も認識できているし、このまま弾を撃ち込む。
「その前に……『Blind eyes for Sarina.(サリナちゃんの目を塞いで)』」
流石に目の前で人が死ぬ光景は見せたくない。ショッキングなものを見た後で婚約式なんて嫌だろうからね。人工精霊ルクスに頼んでサリナちゃんの視界を塞いでもらい、その隙にわたしは『霊型感応粒子弾』を二つ撃ち込んだ。
ドゴッ!
そんな音と共に馬車を貫通し、弾丸は犯人二人へと向かう。
「ふぎゃ!?」
「きゃ!」
断末魔が一人分と可愛らしい悲鳴が一つ。
ちっ! 一人には避けられた!
でも、残った一人は馬車の向こう側に飛び出して回避したみたいだ。これでサリナちゃんはフリーになったね。もしかしたらサリナちゃんに血が降りかかったかもしれないし、保護したら魔法で綺麗にしてあげよう。
わたしはそんなことを考えつつ、身体能力を駆使して素早く馬車に乗り込み、サリナちゃんを確保する。
「大丈夫? わたしだよ」
そう言いながら水霊術でサリナちゃんに付着した血を洗い流し、ビクビクと痙攣している死体を蹴り飛ばして遠くへとやる。これでショックなものは少ないだろうけど、未だ外には死体が転がっているからね。念のため、サリナちゃんの目はこのままにしておこう。
「ルシアだけど分かる?」
「ルシアちゃんですか? どうしてここに?」
「助けに来たよ。これでもランクS冒険者だからね。それにアレックス君もいる」
「アレックス様も? ですが目が……」
「大丈夫。ちょっと死体とかが転がっているから、わたしが魔法でサリナちゃんの目を塞いだだけ。まだ敵が一人だけ生き残っているから逃げるよ」
「わ、わかり――」
「って拙い!」
サリナちゃんが返事をする前に炎の槍が飛んできたので、彼女を抱えて大きく跳び下がる。その際に尻尾で馬車の壁を破壊し、外まで飛び出した。火炎槍はわたしの横を掠めながら飛んでいき、地面に着弾して小さく爆発する。
仕留め損ねた奴の霊術だね!
「クソ……てめぇ! 『昇滅炎』」
「『解呪』!」
五式の魔法を発動しようとしたので、それに魔力波動を放って停止させる。今更、あの程度の霊術でわたしを倒せるなんて甘いな。
術を強制停止させられたことに驚く男。
その間に、わたしの背後には銀竜モードのギンちゃんに乗ったアレックス君が降りて来た。丁度いいところに来たな残念皇子!
「アレックス君。サリナちゃんは助け出したから先に連れて行きなさい。今から急いで【帝都】に戻れば間に合うはずだよ。それと……
『Lux! Send and show this sight to Emperor.
(ルクス! この光景を皇帝に転送して見せなさい!)』」
わたしは飛び上がってギンちゃんに乗り、アレックス君にサリナちゃんを渡す。そしてこのまま【帝都】まで飛んでいくように指示した。ギンちゃんの速度なら時間制限に間に合うでしょう。
で、【帝都】にいきなりドラゴンが現れても大丈夫なようにアルさんへと情報を送る。これにも人工精霊ルクスに一役買ってもらい、アルさんにここで起こった光景を届けてもらった。ルクスの本質は光だから、光速で情報が届くはず。これで婚約式と立太子の儀は大丈夫だろう。
「頼んだよアレックス君」
「ルシアはどうするんだ?」
「ルシアちゃん?」
「大丈夫だよ二人とも。わたしはここを処理してから行く。ギンちゃん!」
「グル!」
わたしの意思を汲み取ったギンちゃんは飛び上がり、わたしは再び地面へと舞い戻る。このまま二人を【帝都】まで乗せていってくれるだろう。ギンちゃんなら安心だ。別れ際にサリナちゃんの視界も戻しておいたから、あとはアレックス君がどうにかしてくれるだろう。
男の見せ所だぞアレックス君!
「てめぇ……あの忌々しいドラゴンは……」
「そう、わたしのよ」
「それに九本の尾を持つ狐獣人。ブラックリストNo1のルシアだな? 四年前から俺たちを邪魔し続けている女狐が!」
「そういうあなたは【マナス神国】の人かな? 初めましてだね」
「はっ! 何が初めましてだ? こうして面と向かって合うのは二度目だぜ?」
そういうと男はニヤリと口元を歪めた。
え? わたしこんな知り合いいないんだけど。転生してから記憶力が上がったし、こんな印象的な奴は忘れないと思うんだけどねぇ。
……やっぱり記憶にない。
わたしが首を傾げていると、そいつは答えを言ってくれた。
「まぁ、顔を隠してたから覚えちゃいねぇか? 四年前に【帝都】の地下水道であって以来だなァ。俺はギルゲルってんだよ。どうせここで殺すが覚えておけクソ九尾」
「……あの時にいた白ローブの不審者?」
思い出した。
イェーダ教団事件の時に地下水道で出会った奴。
大量の魔物を地下水道に集め、操っていた男か!
こんなところで会えるとはね。あの時しとき仕留め損ねたから、今度こそ殺す!
「いくぜ?」
ギルゲルは怪しい笑みを浮かべ、懐から何かを取りだした。