101話 皇帝の演説
投稿を期待してらっしゃる方がいたので
短いですがどうぞ!
皇帝アルさんが現れた瞬間、会場は一気に沈黙に包まれた。
燃えるような赤髪。
穏やかでありながらも氷のように鋭い表情。
細やかな仕草から服装まで、全てがアルさんを皇帝たらしめている。左右に二人ずつ付いている護衛もわたしと面識のある皇帝直属諜報工作部隊の人たちだ。おそらく懐にはわたしが渡した霊素銃を忍ばせているのだろうね。
基本的に彼らは暗器使いなので、目立ったところには武器を持たないのだ。服装もそれなりに良いものであるため、一見すると侍従にも見える。
一言で言えばアレだ。
(マジ格好いいわー)
これぞ皇帝!
まさにそんなかんじだね。アレックス君もいずれはこうなって欲しいけど、今の段階では夢のまた夢と言ったとこかな? 成長してもまだガキだってことだね。
卒業すれば皇太子としての厳しい修業が待っているハズだから、期待はしておこう。
そんな中で会場に響き渡るような太い声が聞こえる。
「陛下に礼を!」
声の元はパーティを司会する人……【ナルス帝国】の大臣さんの一人だ。今回のパーティはアレックス君の立太子の儀と婚約式も兼ねているからね。皇室がプロデュースしているってことで、司会も大臣の一人が請け負っているのだ。
正直言うと、学生のパーティには分不相応なんだよね。
出されている料理も一級品だし、会場の飾りつけも皇室御用達のプロが施した。偶然にもアレックス君と同期で合格した生徒たちからすれば、幸運なんてものでは表せない。
特に貴族ではない、一般市民の生徒からすれば緊張で卒倒するレベルだ。
逆に可哀そうになる。
ともかく、わたしたちはアルさんに対して礼の仕草を取らなければならない。これに関しては帝国基準の礼儀作法を授業でも教えているので、誰も問題なく出来るだろう。緊張で動けない子も、礼の態勢を取っている他の人を見れば動き出すだろうし。
わたしはドレスの端を掴み、裾を地面に付けないようにしつつ、軽く膝を折って視線を落とす。この礼は身分によって形が変わってくるんだけど、アルさんと盟友という立場のわたしは簡易のもので構わない。扱いとしては親族――この場合はアレックス君だね――と同レベルの扱いをして貰える。
庶民の生徒、先生や給仕の人は膝を地面につけての最上位礼。
貴族の生徒や先生は爵位に応じた礼がある。ただ、生徒の場合は親の爵位の一段階下で換算した礼を取ることになっているんだよね。
「良い。楽にせよ」
アルさんがこう言うことで皆、姿勢を戻す。
こういうのがアレだよね。様式美ってやつ? 市民や貴族はアルさんに忠誠を誓っているということを身体で示すんだよ。で、アルさんは彼らの忠誠を褒め、礼を解くことを許可するってやつ。
爵位の高さは皇帝からの信用の高さでもあるからね。
偉い人ほど簡易な礼で済ませて良いのはこういう理由だったりするのだ。
ちなみにわたしが一番簡易な礼をしていたことに驚いている貴族学科の卒業生もいたけど、わたしが胸に付けている盟友のペンダントを見て更に驚いていた。
結局驚くんかよ! って思ったけど、それも仕方ない。
わたしも普段は服の下に隠しているし、学院で見たことがある人はサマル教授ぐらいじゃないかな? 皇帝と知り合いだよー、って言ったときに見せたことがあるんだよね。
(あれ……もしかしてわたしって結構偉い人?)
自覚は無かったけど、こうして礼の位階を見たら実感した。
わたしの他に簡易礼を使っていたのはアレックス君だけだし、この中では偉い方なのかもしれない。ちなみにオリアナ学院長はわたしよりも一段階下で、公爵位の人と同じ礼だね。
アルさんは悠々とした様子で会場の入り口から正面ステージへと向かい、躊躇いなく上って魔道具の拡声器に口を近づける。
が、まず声を出したのは司会の人だった。
「陛下からの御言葉である。謹んで傾聴せよ」
それを聞いて会場内の全ての人はアルさんに視線を向け、緊張した面持ちで言葉を待つ。わたしは護衛の仕事があるから、会場全体に張っている結界を意識しつつ、アレックス君に気を配りつつ、さらにアルさんにも注意していた。
……わたしって働きすぎ?
でもそんなわたしがいるからアルさんは安心して挨拶に集中できるのだ。
ここは誇りに思うとしよう。
「私はアルヴァンス・タカハシ・ナルス。知っての通り、この【ナルス帝国】で皇帝をしている。貴族の生徒たちは私を見たことがあるかもしれないが、そうでない生徒もいるだろう。なのでまずは自己紹介から始めさせてもらった。
さて、早速だが卒業おめでとう。他にも多くの人からこの言葉を聞くことになるのだろうが、あえて私もこの言葉を贈ることにする。数多くの祝いの言葉の中で、私の言葉が残ってくれれば幸いだ」
なるほどねぇ。
アルさんもやっぱり皇帝だってことかな。
これから卒業する生徒たちに忠誠心を植え付ける気満々じゃないですかー。皇帝に『私の言葉が残ってくれれば幸いだ』なんて言われて忘れる奴なんていねーよ。寧ろ、あんなイケメンボイスで重々しく言われてしまったら、『一生忘れません!』とか思うやつがいても不思議じゃない。
生徒たちも所詮は子供だからね。
憧れの皇帝からそう言われたら素直に従っちゃうってもんよ。
まぁ、わたしとしては別に文句もないけどね。こんな程度なら皇帝として普通だし、成長して大人になれば誰もがやる処世術みたいなものだ。レベルが違うけどね。
ほら、貴族じゃない一般市民の生徒なんかキラキラした目でアルさんを見ているよ。あれはもう完全に落ちたな。
「君たちがそれぞれ帝国最高の学院で学んだことがあるはずだ。貴族学科、魔法学科、将校学科、商学科の四つで見ても大きく異なる四種の卒業生がいることになる。さらに各学科でも細かく専門性の高い学問を治めてきたのが君達なのだ。そんな君たちは学院を卒業後にどうするのかな?」
アルさんは一旦言葉を切って会場全体を見渡す。
卒業生はアルさんと目がある度に生唾を飲み込み、緊張した空気が伝播する。教師たちですらアルさんの気配に当てられているようだった。勿論わたしは余裕でしたけどね。
そしてアルさんは最後にアレックス君と目を合わせ、言葉を続ける。
「特に今年は私の息子アレックスがいたから分かりやすい。アレックスが今日を境に皇太子となるのは、いずれ【ナルス帝国】に君臨する皇帝となるためであり、そして君たちは将来、【ナルス帝国】を支える重要な人材となるはずだ。
貴族学科の諸君はアレックスを政治の面で支え、帝国をより良くしていくことだろう。
魔法学科の諸君は霊術の研究、魔法陣の研究で帝国の生活を素晴らしいものにしてくれるはずだ。もしかしたら軍に所属して帝国を外敵から守ることになる人もいるかもしれない。
将校学科の諸君はまさに帝国の守りの要。市民の安全と安心を守る存在だ。
商学科の諸君は帝国の経済を担う次世代だ。生活するには経済活動が必須であり、商学を学んだ君たちは市民の生活を豊かに変えてくれる。このことは私が言わずとも学院で学んだかもしれないがね。
ともあれ私からの挨拶はこの辺りにしておこう。
だがもう一度だけ言っておく。
私は皇帝として君たちに期待していると!」
アルさんが一歩下がって拡声器から口を離すと、会場の各所から拍手の音が聞こえてくる。それは次第に大きくなっていき、あっという間に会場を支配するほどまでになった。
だがわたしは言いたい。
うるせぇ。
こっちは『人化』しているって言っても、獣人だから耳が良いんだよ! 本当ならば耳を塞いぎたいけど、流石に失礼になるから我慢だ……
…………
……
…
……いや、無理無理。
頭の中でガンガン鳴り響くせいで護衛にも集中できない。ここは風の霊術で音を遮断。取りあえずはこれで大丈夫でしょ。音による警戒が出来なくなるけど、どうせあの大音量の中で音感知なんて意味がない。
ここはわたしの精神衛生を優先だ。
ともかくアルさんの人気は凄い。
今はそう思っておくことにしよう。