100話 卒業パーティ前
遅れました。
少し短いですが、100話目です
カツカツ……
ヒールが床を打つ音が響き、わたしの足元でドレスの裾が靡く。とはいっても足を晒しているわけではない。下品にならないように、それでいて色気のある計算された構造になっているからね。
卒業式のパーティ用に買ってみたドレスだけど、意外に着心地は良い。
まぁ、そうなるように設計してもらったから当然だけどね。
一応はアレックス君の護衛なので、既に和気あいあいとしている会場の中、本人へと近づいていく。卒業パーティと言っても貴族以外の人だっているからね。形式ばったものなんてないから、時間までに各々が集まっていれば問題ない。アレックス君もその一人で、少し早めに会場入りしていたみたいだった。
ちなみに女性は着替えに時間が掛かるからか、集合率はやや低いように見えるね。
取りあえずは形式だけでもアレックス君に挨拶だ。
「ごきげんよう。アレックス殿下」
「誰アンタ……」
何やら茫然とした様子でわたしを見ながら呟くアレックス君。失礼な奴め。聞こえないように小声で言ったつもりだろうけど、獣人のわたしにはキッチリ聞こえていたよ。
まぁいいや。挨拶の続きっと。
「本日はご卒業おめでとうございます。卒業式におかれましては、それは立派な答辞を聞かせていただきました」
「お、おう……」
おいコラ。
わたしが挨拶してるってのに何だその返事は。
するとやっぱりと言ったらいいかな? 隣にいた護衛のバフォメスさんが口を開いた。
「アレックス様。その態度は流石に失礼ですよ。いくら相手が知り合いでも、この場は半公式とも呼べるのパーティなのですから、挨拶の返しはしなくてはなりません。それに今の態度は女性に対するものとは思えません。とりあえず容姿かドレスを褒めてください。最悪は嘘でも良いので」
おい、それでいいのかバフォメス貴様。
知り合いのわたしだから良いけど、割と失礼だぞコラ。
だけど、そんなわたしの地味な怒りと裏腹にアレックス君は予想外の返答をしてきた。
「いや……えっと……どなたですか? 私は貴族学科ではなかったので、どうも面識がないのですが」
…………えっ?
「あなたのような美しい黒髪の女性ならば記憶にあると思ったのですが……申し訳ない」
いや、ちょっ……
「お詫びと言っては何ですが、今日のダンスは一番にあなたを指名しても宜しいでしょうか?」
だから君……
何を言っているんだ……
わたしだぞ? 君の担任だったルシアさんですよ?
これにはバフォメスさんもピシリと固まっている。
「それで一先ずはお名前を教えて頂き……」
「――ねぇ、アレックス君?」
「っ!?」
すこーしだけ凄みを出して名前を呼ぶと、アレックス君はビクリと肩を震わせた。なる程ね、そう言うことだったのか。
どうやらアレックス君わたしをルシアだと認識できていないみたいだね。
まぁ、ドレスを着るのに邪魔だったから『人化』で耳と尻尾を消しているし、普段はやらない化粧もしている。自分で言うのもアレだけど、結構化けていると思う。
それにわたしってアレックス君と同じ十六歳だからね。
彼がわたしを貴族学科の卒業生だと間違えてしまったのも頷ける。
まぁ、納得はしないけどね。
「で、誰が初めましてなのかな? もう一度詳しく自己紹介してあげましょうか?」
「は……ははは~。やだなぁルシア。冗談に決まっているじゃないか……」
「へぇ? やけに堂に入った冗談だね。てっきりわたしを認識できていないのかと思ったよ」
「ソンナハズナイダロ~」
「目を泳がせつつ、棒読みなのは何でかな?」
「……多分気のせい」
嘘だ。
わたしでなくても嘘だと分かる。
こいつの馬鹿さ加減は折り紙付きだったけど、まさかここまでだったとはね。確かにわたしは普段から着飾らないし、これほど綺麗にして貰ったのは初めてだ。
だけどねアレックス君。
君の隣にいるバフォメスさんはわたしだと気付いていたよ?
これから王太子になる身として、これはちょっとどうかなと思っちゃうよ?
(綺麗になり過ぎだっての……確かに素材が良いのは知っているけど……)
何かブツブツと呟いているみたいだけど、もう遅いよ。
その言葉はわたしが挨拶に来てすぐに言うべきだったんだ。
これでもわたしはうら若き乙女。ちょっとぐらい気を遣って欲しかったなぁ。
まぁいい。
今はもっと重要な案件があるからね。
「取りあえず、わたしがアレックス君のことを守っておくからね。現に暗殺者を数人ほど確保しているから、絶対に仕掛けてくるよ。特に移動中は気を付けてね」
「ああ、そうだったな。頼む」
「あと、渡しておいたディスペルリングは持っているよね?」
「もちろんだ」
アレックス君は右手の中指に付けた指輪を見せてくる。どうやら装備してくれているみたいだ。魔力放射によって霊術を分解するこのディスペルリングがあれば、大抵の魔法攻撃は防げるからね。後は、矢とか投げナイフとかの対策が必要か。
「『Defend him, Argentum.
(彼を守って、アルジィントゥム)』」
わたしは仕上げに人工精霊(AS)のアルジィントゥムをアレックス君に預ける。このアルジィントゥムは銀を冠する守護精霊で、ギンちゃんがわたしを守ってくれるイメージから名付けた。
ぶっちゃけ『精霊創造』は自分で禁術指定したんだけど、今回は解禁だ。まぁ、精霊を見ることの出来る人なんて滅多にいないしね。エルフの人は高確率で精霊が見える人がいるっぽいけど、少なくとも学院にいるエルフは精霊を見ることが出来ないみたい。オリアナ学院長も含めてだ。
そう、バレなきゃいいのだ!
バレなきゃ犯罪じゃないんですよ!
「何かしたのか?」
「ん? 別に~」
アレックス君が何かに気付いたっぽいけど、誤魔化しておく。馬鹿だからわたしの言葉を素直に信じることだろう。
「そうか。ならいい」
ほらね。
「じゃあ、基本的に近くに立っているから」
「……なんか不安だ」
「失礼だね。ランクS冒険者に護衛してもらえるんだから文句言わない。実力はアレックス君が一番分かっているでしょ?」
「そうですよアレックス殿下。ランクS冒険者は世界に九人しか存在しないのです。これはとても貴重な事なのですよ?」
「わ、分かっているさ」
まぁ、確かにわたしは若いし、あんまりランクSっぽくないからねぇ。
普段は研究室に篭って魔法の研究をしている冒険者とか普通じゃ有り得ない。冒険者は冒険者らしく魔物でも討伐しているのが一般的だから。
あ、わたしも偶には仕事しているよ。
この前もランクSS級の大蛇を潰してきたところだしね。
それはさておき……そろそろ会場に卒業生たちが集まってきたね。
「じゃあ、アレックス君。わたしは少し離れることにするよ。今日のパーティは立太子の儀と君の婚約者発表もあるからね。あんまり他の女性と話し合っていたら面倒な噂が流れるかもしれない」
「それもそうか。わかった。サリナのことも守ってくれよ」
「もちろん」
アレックス君の婚約者である(と言っても婚約はまだこれからだけど)サリナちゃんは金髪と翡翠みたいな瞳が綺麗な美少女だ。どちらかと言えば和風美人なわたしと違って、彼女は西洋風の典型的な美人さんである。
まぁ、獣人族はアジア系っぽい顔の人が多いからね。
タイプが違うのは当たり前だよ。
わたしがスッとアレックス君の側を離れて、いつでも護衛できる位置へと移動すると、それを見計らって貴族学科の女子たちが群がり始めた。
頑張れアレックス君。
君の雄姿はわたしがしっかりと見届けてあげるよ。(笑)
そして遂にパーティが始まる。
まずは皇帝アルヴァンス・タカハシ・ナルス陛下の入場だ。
国のトップが登場するということになり、会場は一気に緊張の空気で包まれた。