99話 卒業式 後編
ホールの中で整然と並ぶ学生と教師たち……いや、学生と言っても既に卒業生か。
ナルスの帝国学院で行われる卒業式は前世のものと大差がない。まぁ、初代皇帝が日本人の転生者っぽいから当然かもしれないけどね。基本的には偉い人たちから祝辞があったり、卒業生からの答辞、記念品贈呈などが粛々と行われることになる。
ちなみに答辞はアレックス君が担当だ。
「――四年前に入学した当時の私たちはまだ未熟でしたが――」
などと格好良く挨拶しているけど、普段のアレックス君を知っているわたしからすれば笑いを堪えるのに忙しくて仕方がない。あのアレックス君がキリッとして挨拶とかマジでウケる。
しかしわたしもそんな馬鹿な事ばかりしているわけじゃない。
探知結界を張って警戒しているし、殺気を探ったり、怪しい動きが無いか見張っている。もちろん、わたしだけではカバーしきれないから皇帝直属諜報工作部隊の人たちもいるよ。それに卒業式には帝国の要人も来賓として幾人か参加しているからね。元から警備は厳重だ。
「――また私たちが学院で得たことは学問だけに留まらず、友人たちとのコネクションも含まれています。社会に出て働き始めてからも、この繋がりは私たちの糧に――」
ん? 早速とばかりに探知結界が反応したね。
これは……第二結界で引っかかったか。まぁ、この程度なら雑魚だね。自動迎撃術式で今頃は痺れているんじゃないかな? この程度のトラップも抜けられないような奴なら、恐らくこちらの手を探るための当て馬だね。
向こうもこっちが対策していることは分かっているようだ。
「ルシアさん、どうかしました?」
「何でもないよメリーさん」
Aクラス担当のメリーさんが何かに気付いたみたいだけど誤魔化しておいた。彼女も元は高ランクの冒険者だったからね。結界術式が発動した気配に気づいたのかもしれない。まぁ、第二結界は破られることが前提の捨て結界だからね。
捨て結界で安心させておいて、本命の第十結界以降で探知するシステムにしている。余程のことがなければ抜けられることはないと思う……けど油断はしない方が良いかもしれないね。
一応は原理魔法で『結界透過』を使えばわたしはスルー出来るから。この『結界透過』は魔力を使った術で、量子力学的なトンネル効果を利用したものだ。結界を障害とみなし、トンネル効果によって何事もなかったかのように通り抜けることが出来る。
まぁ、わたしの場合は特殊だけど、こんなふうに結界を無効化してくる可能性もあると言えばある。だから念のために気を張っておいた方がいいだろうね。
「あっ……」
「ルシアさん?」
「う、うん。何でもないよ」
「そうですか?」
おっと……思わず声を出してしまった。
第十五結界が反応したようだったからね。たしか第十五結界は運動エネルギーを反転させる『物理反射結界』だったはずだ。ということは飛び道具でもぶつかったのかな。あまり大きなエネルギーは反射できないけど、弓程度だったら楽に反転させられる。反応したってことはその手の飛び道具を使ってきたんだろう。なかなかに積極的だ。
まったく……何をアレックス如きに本気を出しているんだか。
「――卒業生代表、アレックス・ナルス」
そうこうしている内にアレックス君の挨拶は終わったようだ。
ちなみにアレックス君はまだ皇帝ではないので、タカハシの名前は貰っていない。正式に皇帝へと着任したらアレックス・タカハシ・ナルスになるわけだ。
しかしこれでもう卒業式は終わりみたいなものだ。
そもそも前世の卒業式だって二時間かそれぐらいだったしね。式典なんて偉い人たちさえ挨拶してしまえば、あとは適当にして終わりだ。←雑い
「問題は移動の時か……」
式が終わったからと言って油断してはいけない。
暗殺事は移動の時が最も狙われやすいからね。こんな厳重な場所を狙うとすれば、余程の緻密な計画が必要になってくるだろう。わたしも気が抜けない。
オリアナ学院長が式の終わりを宣言して、来賓の偉い人たちが退場していく中、わたしにそれとなく近づいてくる人物を見つけた。式典に相応しい礼服を着ているから不審者ではない……というか、密かに護衛としてい入っている皇帝直属諜報工作部隊のメンバーの一人だった。たまに顔を合わせるからよく知っている。
「ルシア様、少しよろしいですか?」
小声……といってもわたしの近くに居た担任の先生ズには聞こえる程度で話しかけてきた。こんな堂々としていいのかと思ったけど、逆にこれなら怪しくないからね。ちゃんと式典参加者の恰好をしているし。
ここはわたしも勝手知りたる感じで答えた方がいいだろう。
「はい。では少し席を外しますね」
メリーさんを始めとした先生たちに断りを入れてから席を離れる。そしてわたしに声を掛けて来た彼について行きつつ、ちょっとだけ確認を取った。
「さっきの侵入者の件だよね。何かあった?」
「はい。詳しくは防音が施されている場所で」
彼はわたしをホール脇の個室へと連れていく。ここは休憩用に使う個室で、プライベートな話が出来るように防音が施されている。わたしたちはそこへ入り、念のために防音の結界も張っておいた。
用意されているソファに座り、詳しい話を聞く。
「それでどうなの?」
「捕らえた者はやはり雇われのようですね。つまりは捨て石です」
「こっちの結界の性能を見るためだね」
「はい、恐らくは。ルシア様の結界はどれほどまで抜けられましたか?」
「わたしの張っている二十の結界の内、すり抜けられたのは一つ目だけだったよ。二つ目の結界すらも抜けられない程度だから、大したことはないっぽい。一応は第十結界までは抜けられることが前提の結界だから、本命の第十一結界から第二十結界は完全に機能しているってところね」
「それは僥倖。立太子の儀でも同様の結界を維持されるのですか?」
「まあね。コストは悪いけど、わたしが霊力を供給する限りは維持できるから大丈夫」
魔法陣による結界もただではない。
発動するためには霊力か魔力が必要になってくる。
わたしにはこの四年で十倍近く増えた霊力と魔力があるからね。この程度は余裕だ。
「それで本命の暗殺者たちは見つかった?」
「申し訳ありません。手がかりすら……」
「そっか」
どうするかな。
人工精霊のアウルムを使えば広範囲に調べることが出来るだろうけど……ちょっと広すぎるしね。それに悪意を感知できると言っても、【帝都】ではそこら中で何かしらが起こっているのだ。夫婦喧嘩だったり、悪ガキの悪戯だったりと、いちいち反応してしまうので使えない。
ここは地道に皇帝直属諜報工作部隊の皆さんに任せた方がいいだろう。
まったく……誰かを守るって言うのは面倒だ。
気を張ってたら疲れるし、こっちは休む暇もない。
いっそのこと【マナス神国】を超高威力・超範囲の爆撃魔法で崩壊させてやろうか?
「それはお願いですから止めてください」
「あ、声に出てた?」
「出てました。途方もなく不穏な発言が」
「まぁ、やらないよ」
「出来ないとは仰らないのですね」
その気になれば【帝都】ぐらいの都市は軽く吹き飛ばせるからね。
まぁ、そんな大虐殺はやらないけど。
【マナス神国】だって皆が悪いわけじゃないだろうから。
「わたしもアレックス……殿下には注意しておくよ。午後からのパーティが奴らにとっても本番だろうから、そちらも注意してね」
「はい。計画書の通りに配置は完了しております」
「夜のパーティじゃないから、闇に紛れて……ってことはないハズ。あるとすれば参加者に紛れてくる可能性が高いかな。ボディチェックは厳重に頼むね。あとはアルヴァンス陛下の護衛も忘れないように」
「問題ありません。陛下の方はゾアンを中心として既に警備網が完成しています」
それは結構。
あとは本番で暗殺者襲撃事件が起こらないように注意しないといけないね。
「じゃあ。わたしはこれで。そろそろ学生たちも移動するだろうか。彼の着替えの時は警備宜しく。さすがにわたしは警護できないからね。それにわたしも着替えないといけないし」
「了解です。ではこれで」
さてと……わたしもドレスに着替えますか!




