97話 皇子が卒業……だと?
わたしが教師+学者になってから四年も経った。
教師の仕事とか研究とか冒険者の仕事とかしていたらあっという間に四年だ。分かりやすく言えばあの……あのアレックス君が卒業なんだよ? すごくない?
十六歳になったアレックス君は心身ともに成長して落ち着きと貫録を身に付けている。学院に通いながらも現皇帝ことアルヴァンス陛下のもとで勉強していたみたいだからね。息子がアレックス君しかいないから次期皇帝になることが確定しているし、卒業と同時に正式な皇太子になるんだよね。
まぁ、今までもアレックス君が皇太子ってことでほぼ確定していたから意味はあってないようなものなんだけどね。学院卒業パーティと同時に立太子の儀もするらしいよ。本当に形だけなんだけどね。
わたしも結構成長したんだよ。
黒髪は漆のように光沢を放っている美しさをキープしているし、自慢の尻尾は艶を増した。背も伸びて、何より胸もおっきくなったよ。分かりやすく言えば両手から零れるぐらい。
最近の悩みは男子生徒の見る目がエロいことかな。
まぁ、そんなことはどうでもいいんだよ。
重要なのは次だ。
そんなこんなでわたしとサマル教授が開発した霊素銃、そしてわたしが独自に開発したディスペルリングは皇帝ことアルさんに献上することにした。お祝いってやつだね。霊素銃の方は実装実験も兼ねているから皇帝直属諜報工作部隊に配備してもらって使い勝手とかも確認してもらう予定だけどね。お祝いとして渡すのは実質ディスペルリングのほうだね。
「そういうわけでこんにちはアルさん」
「本当に唐突だね。まぁ、あらかじめ連絡は貰っていたから忙しくはないんだけど……」
「まぁまぁ。陛下にとっても悪い話じゃございませんぞ」
「ほうほう。それは耳寄りだねぇ」
アルさんも結構ノリがいい。
わたしのおふざけにもノッてくれている。
そんなアルさんにプレゼントだ。
「とりあえず、これがアレックス君の立太子のお祝い。本人には既に同じ奴を渡しているから、こっちはアルさんの分だよ」
「これがルシアが前に言っていた鉱石の研究結果かい?」
「そうですね。霊力を流せば霊術を無効化できる波動を放てます。こういった霊術対策の魔道具って持っていないんじゃないかと思って」
「ソ、ソウダネ」
少しだけアルさんの頬が引き攣っている気がする。まぁ、霊術を無効化するとか魔道具として有り得ない性能だからね。驚くのも当然か。
防御の魔道具としては結界系が有名なんだけど、あらゆる霊術に対応できる結界と言うのは現実問題として不可能だと言われている。これは魔道具業界では有名な話だ。とはいっても永久機関問題のように理論的に不可能だと考えられているわけではない。理論としては完全防御の結界が存在しているんだけど、現実として発現させる方法が確立していないんだよね。
どういうことかと言えば、霊術防御はあらゆる物理現象に対して対策しなければならないからだ。
まずは運動エネルギーに対する防御だ。
魔法ってのは遠距離から飛んでくる奴が多いからね。これは防御しなければならない最も重要な部分だと言えるだろう。まぁ、ここが一番容量を喰う術式なんだけどね。
次に必要なのが熱エネルギー対策だろう。
攻撃魔法はやっぱり炎系が多いって部分が大きいからね。熱対策をしておくのは大切だ。上手く組み込めば冷気への耐性を備えた結界にもなる。
メインはこの二つとして、あとは細々としているのばかりかな。呼吸は出来るように結界の内部の酸素濃度が保たれるようにしたり、音や光は透過するようにしたり、余裕があれば電気対策とかもした方がいい。
まとめると、結界で対策するのは結構大変なのである。
理論上は霊素を散らす効果を与えれば完全な霊術防御になると言われているけど、霊素自体に対する研究が進んでいないから机上の空論で終わっているんだよね。
でもこのディスペルリングはそれを実行している。魔鉱石の性質を利用して、濃密な魔素波動を放つことで霊素を停止させるということをコンセプトにしているからね。理論だけだった魔道具を現実のものにしたんだからアルさんが驚くのも当然と言えば当然かもしれない。
「まぁ、このディスペルリングはどうでもいいんですよ」
「いや、どうでもよくは……」
「問題はこっちなんです」
「……これは?」
ここでわたしはようやく本題の霊素銃を取り出して机に置いた。アルさんへの連絡としては『ちょっと相談が……』ぐらいしか言っていないからね。詳しいことはこれからだ。
「ちょっと学院の研究室で作った兵器ですね。まぁ、サマル教授という方と共同研究なんですけど」
「初めて見る形だね。鈍器かな? それとも新型の杖?」
「どちらかと言えば杖ですかね。霊術の発動器なので」
わたしは使わないけど霊術発動には杖を杖を使う人が多い。霊力操作を助けてくれるから、術の発動には便利なんだよね。わたしの場合は尻尾感知で霊素の動きが理解できるから、霊力操作も杖無しで完璧にできるんだよ!
「それで問題の効果は?」
「これで発動できる術は一つだけです。でも詠唱も音もなく発動できます。使用者本人の霊力を吸い取って発動するタイプなんですけど、平均的な霊力量の人物でも一発で岩を破壊できる術を百発は使えますね」
「……え? ちょっと待とうか」
「はい、どうぞ」
目の前の小さな魔道具がそれほどの威力を持っていたことにアルさんは頭を抱えている。まぁ、これまでの魔道具からすれば考えられない効果だからね。
「それで使い勝手の良さを実験するとして、皇帝直属諜報工作部隊が一番かと思ったんだけど」
「確かに暗殺なんかでは最高の結果を出してくれるだろうね」
大した霊力も消費せずに無音で人を殺せるからね。常に暗殺の危機に晒されている偉い人たちからすれば大変なことかもしれない。だからこそアルさんにだけ明かしたんだけど。
「とりあえずルシアの言いたいことは分かったよ。危険だから是非とも買い取らせてもらいたい。十分な金額も渡すから技術秘匿もお願いするよ」
「はい。もちろんです」
というかこっちからお願いしたいぐらいだ。
鬱陶しい【マナス神国】に技術を流さないために皇帝に技術を独占して欲しい。これはわたしの個人的な願いもあるからね。あの面倒な国は獣人のわたしにとっては敵だから、わたしを守ってくれる国が欲しいって部分もある。
もとから恩は売っているけど、こういった目に見える形のものは初めてだからね。
「詳しい話はゾアンも交えて今度話そう。サンプルにこれは貰ってもいいかな?」
「どうぞ。そのために持ってきたので」
「じゃあ遠慮なく」
アルさんは霊素銃を手に取って厳重に机に仕舞った。あとでゾアンを呼び出して使い勝手を調べさせるんだろうね。
一仕事終わったとばかりにわたしが紅茶を飲んでいると、アルさんが唐突に書類を並べ始めた。
「ちょうど良かったからルシアに見てもらいたいものがあるんだよね」
「これは?」
軽く目を通すの何かの企画書のように見える。予算案の数字とか、楽隊の召喚とか、料理人がどうとかがチラリと見えたからね。こんな時期にパーティでもするのかな? でも帝城のパーティなんてわたしには関係の無い話だからなぁ。
あ、学院の卒業パーティの方か!
「気付いたみたいだけど、アレックスの卒業パーティの企画書だよ。立太子の儀もついでに行うから僕たちが企画したんだ。学院の方は国から予算が降りたから大喜びだったみたいだね。オリアナ君もすごく喜んでいたよ」
「ふーん。あの学院長のことだから予算とかじゃなくて企画しなくてもいいから楽できるとかで喜んでいたんじゃないですかね? あ、噂の有名お菓子店のケーキが出るんだ。ラッキー」
「確かにオリアナ君なら有り得るね。そのお菓子店は新作のロールケーキを出すらしいよ」
「まぁ、企画に関しては卒業するクラスの担任も関わるからわたしも楽出来て良いですけど。ロールケーキですか……楽しみですね」
っと、ケーキのことはどうでも良いんだ。いや、良くは無いけど今は置いておこう。
問題はなんでこのタイミングで企画書をわたしに見せたのかってことだ。
アルさんはわたしの疑問を察したのか、企画書の中の一枚をわたしに手渡す。わたしも無言でそれを受け取って端から端まで目を通した。すると違和感に気付く。
「これ……警備責任者が未定なんですね。この時点で嫌な予感が……」
「いやー、今年は下手な警備員なんかと比べ物にならない実力者が担任の魔法学科Sクラスがあるらしいからねー。ホントに良かったよ。アレックスのいるパーティの警備なんか胃が痛くて誰もやりたがらないからね」
「確信犯だ! この皇帝は絶対に確信犯だ!」
「ははは。当然じゃないか」
「隠す気も無いのね!?」
「報酬はこれでどうかな?」
その言葉と共にスッと一枚の書類をわたしに見せる。
フムフム……
わたしの研究室の予算を二倍……だと……?
こ、これは!
「よし、受けます。もう完璧にやってやりますよ!」
「ははは。期待しているとも!」
「当然! わたしの最高の術をもって最強の警備網を敷いてやりますよ」
「あ、うん。それは程々にね」
ふふふ。
魔法陣学をマスターしたわたしにとっては魔法の警備網を築くなんて容易いことなんですよ。これまでのノウハウを最大限に生かした最強の結界術式で不審者を即座に感知するシステムを構築すれば余裕だね。感知方式も二十通りぐらい重ねておけば見逃すこともないでしょう。パーティを開催する建物を基点として術式を刻んでおけば簡単にできる。
この魔法陣術式もわたしの『物質化』を使うことで簡単に描けるから、付与も解除もお手の物だ。おかげで魔法陣に関してはわたしの得意分野になった。
まぁ、冗談はこれぐらいでいいだろう。
ここからは真面目な話だ。
「それで……やっぱり狙われるんですか?」
「うん。懲りずに【マナス神国】がね、来るみたいなんだよ。潜入している調査員から連絡があったんだよね」
「懲りないですよねぇ」
本当に懲りない。
ちなみに卒業するまでの四年間で暗殺者に狙われた回数は既に三十回は超えている。平均したら一年で七回以上だ。本当に嫌になる。
でも楽なのはこういったイベントの時に狙ってきてくれることだね。
やっぱり暗殺する側としては『殺した!』ってことを大体的に示さないといけないみたいなんだよね。だからこそ目立つ場所で暗殺を実行しようとする。それにこういった警備が厳重なイベントの時を敢えて狙うことで『皇帝は自分の息子も守ることすら出来ない』というイメージを植え付けることが出来るというわけだ。やっぱり一人息子だから余計にそのイメージが付いてしまうだろうね。
権力が一人に集中している【ナルス帝国】としては致命的なダメージだ。政治的にも未来という意味でも大ダメージは免れない。
「ルシアには悪いけど頼むよ」
「任せてくださいよ」
「お願いするよ。さすがにルシアも【マナス神国】内部ではブラックリストに入っているみたいだ。霊術の研究者でありランクS冒険者でもあるからね。警戒されていると思ってくれ」
そっか。
わたしも実力を隠してはいない……いや、隠しているか。
まぁ、見せても問題ない範囲しか見せていないからね。人工精霊みたいなマッドな領域とか暴発したら都市が消えるレベルの魔法は控えているから、わたしの本気を知っているのは相棒のギンちゃんぐらいかもしれない。
まぁ、四年もあれば結構勉強できるからね。特に学院の大図書館にある資料を閲覧できたからいくらでも強くなることが出来た。
「じゃあ。警備はわたしが計画して案を提出しますね。諜報工作部隊を借りてもいいですか?」
「問題ないよ。むしろ僕の方から貸すことを提案するつもりだったからね」
ならいいか。
わたしのほうも準備をしておこう。
ルシアのモデルは傾国の九尾ですからね。
超絶美女です。