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ヤクザが贈る正しき学園生活  作者: 池田あきふみ
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9.焦燥

 放課後となった。

 美術室の一件以降、エリは俺と目も合わせようとしない。

 どうも彼氏云々という発言が気に障ったようだ。

 とは言っても、この程度の拗ねは半年に一度ぐらいはある。

 いや、三か月に一度ぐらいか。

 今回のはエリの怒りレベル5段階で表すところの4ってところだ。

 近隣住民(俺)に重大な被害を及ぼす噴火が発生すると予想される。

 早急に謝罪が必要であると、俺の中のサイレンが告げている。

 ちなみに5になると問答無用で馬乗りになって殴りかかってくるので注意が必要だ。


 エリの方を見るとそそくさと帰る準備をしていた。


「エリ、帰るぞ」

「……フン」


 やはりまだ怒っている。

 まあいい。

 どうせこいつは一人じゃびびって帰れないぐらいの臆病持ちだ。

 このまま逃げられるってことはないだろう。


「帰りにクレ……」

「おおーっと大滝ぃ。……まさか忘れてないよな?」


 エリに「帰りにクレープでも奢る」と言いかけたところで遮られた。

 言葉も、視界も遮られた。

 石井(鼻毛)だ。

 顔が近い。

 今こいつの顎に全力のアッパーを振りぬけば最高に気持ちが良いだろう。


「……まさか。俺が忘れるわけないだろ」

「そうかそうか。そりゃよかった」

「ただ今日は日が悪い。ツケといてくれ」

「たわけ。説教にツケも糞もあるか」

「優しい病気の母が待ってるんだよ」

「……お前今クレープとか言いかけてたよな?」

「…………」


 ばっちり聞かれていたようだ。

 言い逃れできそうにない。


「それに確かお前母親いなかったよな?」

「……うっ。……ぐすっ。」

「ああいや、すまない。失言だった」


 俺が泣いたフリをすると石井は慌てて謝ってきた。

 律儀なやつだ。

 ……母親のことなんて覚えてすらいねえよ。


「とりあえず、今日は残れ。説教だけで許してやるから」

「……やれやれ。手短に頼むぜ」

「……お前はどうしていつもそう偉そうなんだ?」


 父による英才教育の賜物です。


「てわけだ、南条。すまないが大滝を借りるぞ」


 石井は、教室の扉の外で待っていたエリに声をかけた。


「いや待て。何故エリに許可を取る必要がある」

「飼い主に許可を取っておかないと駄目だろうが」

「……」


 俺はそいつの犬じゃねえんだぞ。

 どちらかと言うと飼い主は俺だ。

 と、いいつつもエリに、助けてワンと子犬のような瞳で目配せしてみる。

 物騒な世の中だ。

 エリが一人で帰るのが怖いと泣きつけば、俺を解放してくれるかもしれない。


「……はい。たっぷりしごいてやってください」

「無論だ」


 ()を一瞥した後、返ってきたのは無慈悲な言葉だった。


 くそう。

 噛みついてやろうかあの女。

 むしろ今度あいつに首輪つけて登校してやるか。

 …………いや、やめよう。なんかちょっと喜びそうだし。


「とりあえずそこに立ってろ」


 数分後、説教は始まった。



---



「今日はこれぐらいにしといてやる」


 待望のその一言が出たのはそれから1時間後のことである。

 ようやく苦痛から解放された俺はホッと胸を撫で下ろした。

 石井の説教に容赦は無い。これは拷問に近い。

 拷問と言っても口調が荒いわけでも、体罰があるわけでもない。

 ドアップで迫る石井の顔面と、悪夢のような口臭を1時間耐えしのぐのだ。

 それはどんな体罰よりも恐ろしい。

 その精神的苦痛は、この学校の治安の維持に多いに貢献していると言えるだろう。

 もしかしてわざと口臭の維持に気をつかっているのかもしれない。

 説教()の前に口臭(武器)の整備をする武人のように。

 しかし、俺はそんな拷問を耐えしのぐ術を身につけた。

 石井の鼻から、ちょっぴり見える鼻毛を凝視していれば、不思議と気がまぎれるのである。

 そんな鼻毛は、まさに掃き溜めの鶴。砂漠の中のオアシスだ。

 最初は不快でしか無かった石井の鼻毛が、愛おしく思えるようになったのもその頃からだ。


「ではまた明日な大滝。もう問題起こすんじゃないぞ」

「……わかった」


 俺は鼻毛に感謝の祈りを捧げつつ教室を出た。




「あれ?」


 校門に出た。

 しかしそこにエリの姿は無かった。

 別に待っていてくれと言ったわけではないが、

 いつもならここで悪態をつきつつ、俺の説教が終わるまで待っていてくれる。

 あいつは昔、誘拐されそうになってから、一人で下校するのを極端に怖がっているからだ。


 今日は一人で帰ったのか……?

 帰りにクレープ奢ってやろうと思ってたのに。

 まあいいや。あいつだってもうガキじゃない。

 不機嫌だったし、俺と一緒に帰りたくなかったみたいだ。

 久々に一人で帰るか。



---



 帰路を歩いていると、ポツリポツリと雨が降ってきた。

 見上げると、暗雲が空を覆っている

 それを見て、ふつふつと嫌な予感がしてきた。


 あいつは本当に一人で帰れたのか……?

 また誘拐されそうになったりしてないよな……

 いや、心配しすぎか。

 別に家までそう距離があるわけでもない。

 人通りが少ないわけでもない。

 これじゃ過保護のバカ親と一緒だ。

 いつまでも俺と一緒にいられるわけでも無いんだ。

 あいつだって一人で行動することだってあるだろ。


「……まあでも、一応電話しとくか……」


 携帯電話を取り出し、電話帳からエリの番号を呼び出す。


「……」


 しかし、耳に届いたのは空しく鳴り響くコール音だけだった。

 その後も数回コールしてみたが、やはり出ない。


「なにかあったか……?」


 あいつはどれだけ不機嫌でも俺からの着信を無視することは無かった。

 最悪のケースを想像してしまい、額に冷や汗が流れる。


 おばさんがエリを安心して送り出せるのは、俺がついていてくれるからだと言っていた。

 エリに何かあったらおばさんに顔向けできない。

 どうする。

 とりあえず落ち着け。

 エリの自宅に連絡してみるか。


 再び電話帳を開く。


「……チッ」


 が、電話帳にエリの自宅の番号を登録してないことに気が付き、携帯電話を閉じた。


「走るか」


 ここからエリの自宅まで遠くない。

 全力で走れば10分で着く。


 俺は授業でも見せなかった全速力で駆け出した。



---



「……ッハア、ハアハア……ハアッ……」


 久々に全力で走った。

 どれぐらいのスピードが出ていたのかは分からない。

 少なくとも、授業で走った倍以上の速さで走ったはずだ。

 太ももと脹脛の筋肉が悲鳴を上げている。

 普段なら、この程度の距離走ったところでなんともない。

 そんなヤワな鍛え方はしていないはずだ。

 どうやらナリフリ構わず走ったらしい。

 俺の脳は珍しく熱を帯びていた。


「おばさん!! エリ帰ってるか!? おばさん!!」


 俺はインターホンを無視して玄関の扉をバンバン叩いた。

 自分でもどうしてこんなに焦っているのか分からない。


 数秒叫んでいると、扉の奥から足音が聞こえ、

 玄関の扉がガチャリと開いた。


「……なによ」

「いるのかよ……」


 扉から出てきたのはエリだった。


「はあ?ここ私の家なんだけど。いちゃ悪いの?」

「いや……」


「……ていうか何その汗?……どうしたの?」


 エリは俺の様子を見て、目を見開いた。

 それも当然だ。

 夕方とは言え、真夏にこんな全力で走ったんだ。

 俺は全身からだらだらと汗が噴き出していた。

 しかしそんなことはどうでもいい。


「お前、何で電話出ないんだよ……」

「電話?あー、携帯どこかに落としちゃったみたい。学校に忘れてきたかも」


 そういうことかよ……


「まあいるならいいや。おばさんによろしく言っといてくれ。またな」

「ちょ、ええ!? なによそれ!」


 後ろから「なにしにきたの! 喧嘩売ってんの!?」とか聞こえてきたが、

 全部無視してその場から立ち去った。


 馬鹿か俺は。

 何をそんなに慌ててたんだ。

 誘拐なんてそうそう起きるものじゃない。

 気が動転していたみたいだ。

 そうだ。

 脳に糖分が足りてないからこうなる。

 駅前のクレープでも食いにいこう。

 一人で。


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