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颯爽桜はマジ天才。 1

 

   †


 さて、どうしたものか。

 なんて心の中で思ってみたところで答えなんて出るはずもない。

 俺はシャープペンを手の中でくるくると回転させながら、目の前に広げられたプリントに意識を移した。英語の中間試験、その問題と解答用紙である。腕時計を見れば残りあと十分といったところか。

 最後にざっと全体をチェックし、ちゃんと梶原達樹の名前も記している事を確認する。以前一度だけ名前を書き忘れて、本当に零点を喰らった事があったのは……中学二年の時だっけか。まぁ、あの頃は、名前の有無なんて関係無しに点数一桁なんてザラだったからな。髪の毛も紅く染めてたし。

 それも今やいい思い出だ。あの頃と違ってマジメにベンキョーしてるし。英語は特に、だ。今回の試験だって英語だけなら学年十位に食い込む自信はある。リスニングは五位以内だ。他の教科はそこそこだけどな。

 教室中に張り詰めた緊張感の中、問題を解き終わった俺はだらけた欠伸をかました。

 答えが出ないのは、英語の問題でも他の教科のことでもない。

 先日の、原田ユリから貰ったラブレターの件である。

 あれから三日。学校内でユリとばったり出くわすことがあっても、彼女は顔を背けて逃げ出すばかりで、返答どころかまともな会話すらままならない。

「…………いや」

 自分を誤魔化したってしょうがない。ユリに対する答えは、とっくに出ている。

 引っかかっているのは、この件には全く関係の無い桜のことだ。

 颯爽桜。

 三年間の定期試験を全てクリアして、今日も出席だけ取って部室に引っ込んでいる紙一重。黒髪で、背が高く、脚も長くて『南石高校で今一番足蹴にしてもらいたい女性グランプリ第一位』に輝いた女。

 俺の隣に住んでいる幼馴染で。

 ……でもって、俺は、桜の、なんだ?


  †


 俺と桜が出会った時の記憶は、俺には無い。

 単に赤ん坊だったから覚えてないってだけなんだが、お袋の話によると互いにハイハイも出来ないような頃から俺と桜は一緒に過ごしていた。

 というのも、共に有名な学者である颯爽夫婦は当時相当忙しかったらしい。研究やら学会やらで世界中を飛び回っていて、その度に桜はお隣である梶原家に預けられていたってわけだ。

 だからだろう。二歳かそこらの俺は、桜が隣に帰る度に泣いたり騒いだりしていたそうだ。桜のことを実の兄妹とでも思っていたのだろう。我ながらカワイイもんだ。

 やがて颯爽夫妻の多忙も次第に落ち着いて、俺たちもいざ幼稚園に通い始めた頃だと聞いてる。桜が、どうやら他の子どもたちとは違う、物凄く頭の良い子なのだと判ったのは。


  †


 今日の試験の日程を全て終えて俺は部室へと向かった

 廊下の窓の下を覗けば中庭には帰宅する生徒たちで溢れている。基本的に試験期間中は部活は無いし、今日一日分の開放感も手伝ってみなどこと無く浮ついているような感じだ。

「入るぞ桜」

 部活禁止期間なんて関係なく桜は桜である。試験を受ける必要なんてないアイツは今日も部室に篭りっきりだった。

 返事を聞く前に部室の扉を開くと、予想通りで予定通りに桜はそこにいた。だが、俺が声を掛けようとする前に振り返った彼女の手には携帯電話。

 桜がこちらをちらりと見て、背を向けた。どうやらあまり愉快な内容ではないらしい。

 英語での会話だった。残念ながら早口なせいもあって一部の単語しか聞き取れない。くそ、日常会話くらいだったら出来るかとも思っていたんだがな。俺もまだまだだ。

 俺はいつもの様に手近なテーブルに荷物を乗っけると、桜のほうを見た。桜はスマホに向かってまくし立てながらいつものノートPCやタブレットを操作したり、実験テーブル一杯にとっちらかったプリンタ用紙にメモを書き込んでいたりと忙しない。

 俺は床に落ちていた一枚を手に取ってみた。

 びっしりと英語の専門用語が記された、何かのレポートらしい。俺には全く理解できない数式や化学式が踊っている。

「なに、E.A.T……?」

 題字を読み上げかけたところで、そのプリンタ用紙を桜に取り上げられてしまった。電話口に何か言い返しながらも、ジロリと睨んで来る。

「見られて困るものだったらあんまり辺りに散らかすなよな」

 別にンなもんに興味もねーし、どうせ理解もできないし。

 桜はと言えば次第に携帯電話に向かって放つ声が大きく、棘のある感じになっている。漏れ聞こえてくる単語を拾うと、なんかの予定が狂ってしまって前倒しになるとかなんとか。

 とにかく桜にしては珍しいことに、凄くイライラしている。

 桜は、基本的に享楽的な性格だ。やりたい事をやりたいように、思うが侭にというのがコイツのスタンスだ。その為にだったら無駄な努力を惜しまず、意味の無い実験に明け暮れ、結果、人々(主に俺)の予想の底を突き抜ける。それも果てしなく。

 しかし、イライラするっていうのは享楽の正反対にあたる感情だろう。意に沿わぬ行動や状況を強制される状況から生まれる感情だからな。桜には似つかわしくない。

 空気が悪いなぁ、と思った時だった。開けてあった窓から、風が吹きこんできた。

 ほんの涼風だ。

 だが、実験テーブルの上のプリンタ用紙を舞い散らかすのには十分だった。

「あっ」

 桜が慌てて手を伸ばす。だが空いている左手だけでは何枚ものプリンタを拾い上げることはできない。俺は苦笑すると、窓を閉めて回ってやった。ついでに床に落ちた用紙を拾っていたのだが――。

「達樹」

 険のある視線で、桜が傍にいた。携帯のマイク部分を押さえてこちらを見て――左手を突き出した。

「それはあまり人に見せられない類の資料なのだ。申し訳ないが渡してくれ」

「……おう」

「あと、これも申し訳ないが……いま話している電話の内容も、あまり聞かれたくない。少し席を外し」

 その言葉を最後まで聞くことなく俺は桜に背を向けて、たった今入ってきたばかりの部室を出た。強く扉を閉めて大きな音を立ててしまった、そのことを自分でもガキっぽいと思いながら俺は屋上へと階段を上って行く。

 六月。湿気の多い季節だ。曇り空は今にも降り出しそうで、夏服だと少し肌寒い。

 イライラしている。

 桜が、ではなく、俺が、だ。

 理由ははっきりしている。先ほどの桜の態度。

 いや、それも正確ではないな。

 舌打ちを一つ鳴らして、溜息。

 先ほどの桜は、俺の手が届かない場所にいる時の姿の桜だったから、俺はイライラしているんだ。あのプリンタ用紙に記されていた何かのレポートだとか、電話の内容もそうだ。

 普段の桜は、俺の手が届く場所にいる。

 タイムマシンやタケコプター試作一号機のようなバカをやらかす時の、天才としての桜も俺の拳骨が届く場所にいる。

 だが、あの桜は違う。天才で馬鹿な桜ではなく、科学者として天才である桜は、どうやったって俺の手が届かない場所にいるんだ。

 じわりと汗が浮いてくる。

「くそ、イライラする」

 こーいう時にはタバコでも咥えれば少しは落ち着くんだが。生憎禁煙していたりする。何より学校で吸うことにメリットなんかないし、そういうのはとっくに卒業してる。

 そこで、傍らに人の気配を感じた。

「……どうもです」

 原田ユリだ。照れたような微笑みを浮かべながら、座っている俺を見ている。

「久しぶり。避けられていると思っていたんだけど」

 からかうと、ユリは頬っぺたを膨らませた。

「し、仕方あらへんやないですか。だってウチ、あ、あんなんしたの初めてで……!」

 その仕草が可愛らしくて、俺は笑った。

「で、返事を聞く覚悟は出来たんだ?」

「う、」

 それは、とユリが口篭ったとき。

 不意に、また風が吹いた。ユリのスカートが捲れて、位地関係的に俺はユリのスカートの中身をモロで見てしまった。なんというか、ナイスアングルという感じだ。

 ユリがスカートを押さえた姿勢で固まって、咄嗟に俺は場の空気を和ませようと口を開いた。

「おおう、黒」

「なにがやねん!!」

 直後、強烈なヤクザキックが俺の頬に炸裂したのだった。

 なんだろうね。タケコプターの時といい、俺って水難ならぬ風難の相でも出てるんじゃないのか?


  †


「あー、痛てェ……」

「ご、ごめんなさい……!」

 ホッペに乗っけた、濡れたハンカチが気持ちいい。俺のことを思いっきり蹴飛ばして、我に返ったユリが急いで濡らしてきてくれたものだ。

 屋上から場所を移して、階段の踊り場。俺はそこに大の字に寝ころんでいた。頬はまだジンジンとした痛みを伝えてくれるが、濡れハンカチと床の冷たさが心地よい。

 ちらり、と少し離れた場所に座って畏まっているユリを見た。

 改めて良く見て、やっぱり可愛い娘だなって思う。ちっこい身体にホワンとした色の金髪。思わず保護欲を掻きたてられるその姿。こういう娘に好意を寄せられるっていうのは、男冥利に尽きるという奴だろう。

「なぁ、ユリちゃん」

「は、はい!」

 ピクンと身体中で反応するのも、小動物的だ。そういうの嫌いじゃないけどな。

「例の返事だけどさ。悪いけど、やっぱ俺、受けるワケには行かないんだわ」

「…………」

 困ったように微笑んで、ユリは口を開く。

「颯爽さん……ですか?」

「まぁ、ね」

「結果はわかりきっとった上での告白やったとですけど、やっぱりショックやわぁ」

 あーあ、と大きく溜息をついて、ユリは「聞いてもいいですか?」と問いかけて来る。

「梶原さんって、颯爽さんのことを、好きなんですよね?」

「ぐっ」

 呻いた。こ、この娘。無邪気に人が悩んでいる部分を突いて来るな。

「あら、ちゃうんでしたか?」

 追い討ちかよ。くそ、逃げ場がねぇ。

 俺は身を起してユリを見た。温くなったハンカチを握り締める。

「いや、好きだよ。俺は桜のことを」

 けど、と続ける。

「好きにも色々あるだろ。家族の好きとか、友達の好きとか」

 俺の言葉に、ユリが不満そうに口を尖らせる。

「梶原さんの言うことはようわかりますけど、オンナノコはそれでは納得せぇへんですよ」

 そりゃそうだ。しょうがない。俺は腹をくくって、今まで誰にも話したことのない、自分の気持ちを吐露することにした。そうでもしないと、フラレたユリは納得してくれないだろう。

「俺と桜が幼馴染って、知ってるよな」

 頷くユリ。その眉間には、俺を非難するように軽く皺が寄っている。

「だから、颯爽さんのことを異性としては意識できへん、と?」

「いや、そうじゃないし、そんなことはない」

 年頃の女だというのに、アイツはそんなこと自覚せずに振舞う。屈みこんだ時に制服の襟から見える白い素肌に、俺が何度ドキリとしたか――もしかしたら気付いた上での行動かもしれないけどな。

 実は、と俺は前置きした。ユリの金髪が、外からの光に照らされている。

 きっとこの娘も苦労していたんだろうな、と思いながら俺は口を開いた。

「ユリちゃんがそうだったように、さ。実は桜も、小学生の頃、苛められていたんだよ」


  †


 誰かがイジメに遭う。

ドンクサイとかブサイクとか、その原因にも色々あるだろうが、ユリと桜の場合には共通する事項がある。

 ユリは外国人とのハーフ……最近はダブルとも言うらしいが、その象徴として金髪。

 桜は、その天才性。

 所属する集団に対して異質過ぎるってことだ。つまりは拒絶である。

「一を聞いて十を知る、という言葉があるだろ? 桜は、一を聞く前に十に辿りついた。一を聞けば、二百くらいまで自力で学ぶか思いついた。そういう子どもだったんだよ」

「……はぁ」

 イメージが湧かないらしい。まぁ、そんなもんだよな、フツーは。

「幼稚園の頃な、俺や他の園児がひらがなの読み方を勉強している横で、桜は高校でやるような数学の問題を解いて遊んでいた、って言ったら桜の凄さがわかるか?」

「はぁ!? なんやねんそれ!?」

 ユリが目を丸くして驚いた。

 高校生がてこずる問題をスラスラ解いていく幼稚園児。そりゃ、異質だよな。

「だから、最初はすごーい、なんて言っていたクラスの連中や、幼稚園の先生でさえ次第に気味悪がってな。それでも桜の両親の意向として、一般的な社会感覚を身に着けて欲しいからってことで、桜は幼稚園も辞めれなかったし、俺と同じ市立の小学校に入学したんだよ」

 しかし、それは桜の孤独を深める結果になってしまう。

「桜は、他の子より勉強は出来た。だが、勉強以外のことは普通の児童となにも変わらなかったんだ。それをネタにからかわれるわけだよ。『桜ちゃん、アタマはいいのに足遅いよね』って感じでな。先生たちだって、自分より頭の良い児童を指導するのって、相当ストレスだったんだろうな」

 今でこそそんな冷静な分析もできるけど。

 小学一年の頃、桜と俺は別のクラスだった。

 その一年間が致命的だった。勉強できる事を揶揄するクラスメイトと、頑張るほどに彼らの劣等感を刺激してしまう桜。そして橋渡し役になれなかった、まだ若い担任。

 翌年、二年生になって俺と桜は同じクラスになった。その頃には桜の上履きは週に一度は誰かに捨てられて、給食はわざとこぼされたりされていた。

「ひど……」

「と、思うだろ? けど、桜は桜で色々やってたんだよ」

 当時既に科学の申し子のような知識を持っていた桜は、手製の爆弾を学校に仕掛けて本当に爆発させたり、繁華街の防犯カメラのコントロールを奪って、気に食わない先生の不倫の証拠を掴んでネットにバラしたりしていたんだ。

 今と余り変わらないような気もしないでもないが、それでも理性的に制御しているだけまだマシだ。子ども特有の悪意っていうのは、純粋な分だけ実はタチが悪い。その悪意を実現し、しかも証拠を残さない知恵を持っていれば尚更だ。

 当然大騒ぎになった。警察や消防が学校に来たのも一度や二度じゃないのだ。

「そこで登場しはるのが梶原くん、と。颯爽さんのことを護ってあげるヒーローやんな」

「まぁ、そうなんだけどな」

 思い出して俺は苦笑した。

「桜がな、『実はあの爆発事件は私がやったんだ!』って自慢げに言うから、俺、アイツの事をさ」

「はい」

「思いっきり殴り飛ばしてやってな」

「はい?」

目を丸くするユリを見ながら、俺は脳裏にあの時のことを思い出していた。

 満面の笑みで、俺に秘密を教えてくれた桜。

 ずっと一緒にいた俺にだけは、と思って教えてくれたのだろう。

 だから、殴り飛ばされた時、幼い桜は痛みよりも、何故殴られたのかわからなくて呆然としていた。

 だから。

「俺、地面にへたり込んだ桜をな」

「……引っ張って立たせたって、抱きしめはったん?」

「うんにゃ、思いっきり蹴飛ばした」

 ユリが再び目を丸くした。

「ひどッ!」

「いや、我ながらアレは酷かったな。けどさ、子どもの頃って女の子の方が体格良かったりすンじゃん。先制攻撃でひるんだけど、桜も反撃してきてさ」

 思い出すと笑いが込み上げてくる。あの時殴った感触と蹴飛ばした感触は、未だにアリアリと思い出すことができるんだぜ、俺。

 身を起した桜の目に、大粒の涙が浮かび上がる。そして背負っていたランドセルを振り回して、大声を上げて俺に向かって殴りかかってきた。

 そこからは取っ組み合いの大喧嘩だ。放課後の、校舎裏だった。騒ぎを聞きつけた先生がやってくるまでの間、俺と桜は殴り合いの掴み合い、引っ掻き合って傷つけあった。

 大きな唸り声を上げて大粒の涙を流しながら文字通り噛み付いてくる桜。

 あれはやっぱり、悲鳴だったんだろうな。

 天才だからって、たかが七、八歳の子どもだ。

 あいつは、頭の出来が他より遥かに良いってだけの、それ以外は普通の子どもだったんだ。

 それなのに居場所がないって、桜は心が壊れる限界ギリギリにまで追い詰められていたんだ。

「もーさ、俺も頭に血が昇ってね。互いに鼻血は出るわ唇は切るわ、青痣と引っかき傷でズタズタのボロボロでね」

「うわー……」

 絶句するユリ。そりゃそうだよな。

 けれど、と思う。

 あの頃の桜は、真っ黒い思考に染まっていた。自分のクラスメイトを見下し、先生たちを鼻で笑い、居場所のない学校という場所を呪っていた。

 そうなった原因は確かにイジメだったかも知れないが、事態の悪化を招いたのは桜のその態度にある。もっと上手く立ち振る舞うことができれば、イジメの対象どころかクラスのヒーローにだってなれていたかもしれないのに。

 先生たちに引き剥がされ、それでもなお食って掛かろうとする桜に向かって俺は叫んでいた。

 

 さきにごめんなさい、だろこのバカ!!

 

 と。

 ガキだった俺は、直感的に気付いていた。

 誰もが桜を遠ざけていた。両親は忙しくてそれどころじゃない。

 だから、桜が悪い事をしたら、俺が叱ってあげないと、と。桜に必要なのは、それなんだと。

「以来、俺は……」

 続けようとして、ユリの視線に気が付いた。あっちゃぁ、と言う表情で、俺の背後を見ている。俺が振り返ると、何段か階段を下りたところに桜が立っていた。

 こいつにしては珍しい事に、照れたような、困ったような顔をしている。なんつーかこいつ自分で攻め込む分にはいいのに、攻められると弱いんだよな。

「よう、桜――あぃたっ」

 俺が掌を上げて挨拶すると、桜は近づいてきて座ったままの俺の頭にチョップを落としてきた。俺が叩かれるって、うおお、結構レアじゃね?

「よう、じゃないだろう達樹。追い出してしまって申し訳ないと思って呼びに来てみれば、幼く未熟だった私が無邪気に犯した恥ずかしい行為を……人に教えるだなんてそんな」

「うん、シナを作っているところ悪いんだが、どうしてお前は意図的に誤解を招く表現をするのかな?」

 子どもの純粋な悪意もタチ悪いけど、わかってやっているってのも充分タチ悪いな。

「で、お前どっから聞いてたんだよ」

 俺の問い掛けに、桜は自信たっぷりに頷いて応えた。

「ふふん。『おおう、黒』、の辺りからだ」

「全部じゃねーか!」

 つーか、いや、待てよ。

「お前、あの時まだ電話の真っ最中で、部室にいたんじゃねーのかよ」

「その通りだが、それがどうかしたか? 部室にいたら屋上の会話が聞こえない、とは限らないと思うぞ」

 んん? それって、つまり盗聴器でも仕掛けてるのか!?

 俺の口元が引き攣ったのを見て、意図を察したのだろう。桜はフ、と笑――いや、そのドヤ顔の意味がわからない。

 呆れた。どーせ桜のことだから、盗聴器やら盗撮カメラ仕込んでるのは、ここだけではあるまい。

 あ、そうか。

 一つ思い当たることがあり、俺は眩暈を覚えてこめかみを揉んだ。

「いつだったか言っていた生徒たちの弱みって、こうやってネタ仕入れてやがったんだなテメェ」

「フッフッフ。現代の情報化社会を支えるためには、地道でマメな情報収集が欠かせないのだ」

 訳 → 他人の弱みを握るのに努力と盗聴器は惜しみません。

 アホか。

 俺たちの会話を、黙って聞いていたユリがおずおずと手を上げて、桜に問いかけた。

「あの、颯爽さん……さっきの話って、ホンマなんですか?」

「さっきの、とは、幼い私がイジメを受けていた……という一連の話のことか?」

 ユリが頷いた。

「大体において事実だな。そのような経緯で幼い頃の私たちは取っ組み合いの大喧嘩をしたことがある。以来、私は達樹にくびったけなのだ」

 照れることなく言い切った桜に、ぐいっと背後から抱きすくめられた。

「って、おい、あぶなっ……!!」

 桜の側、つまり階段に向かって引っ張られて俺はひっくり返った。くそ、咄嗟に腕を伸ばして桜を抱きかかえ、二人揃って十数段の階段を転がり落ちる。

「さ、颯爽さん!? 大丈夫ですか!?」

 グラングランと回る視界に、上のほうからユリの声が振ってきた。

「う、ぐぐぐ」

 膝と右の肘から鈍痛を感じ、俺は呻いた。

 くそ、いてぇ。

「桜、怪我は無いか」

「……ああ、達樹。お陰で、多分、大丈夫」

 ばっちりと目が合った。

 俺たちの体勢を説明すれば、横たわって俺を見上げる桜と、圧し掛かっている俺、という状況である。

 意味ありげに桜は顔を赤らめて、瞳をそらした。

「私は達樹とだったら、何時でも何処でもと覚悟はしている。けれど、二人の記念になる事なのだからこんな埃っぽい人目のある場所よりも達樹か私の部屋で二人っきり、じっくりしっぽりと……というのを提案したいと思うのだがいかがだろう。いや、達樹が望むのであればいずれ学校や屋外でも、という要望に応えるのは吝かではないのだが」

 何の話だよ。

 いや、雰囲気出して目ぇ瞑らなくてもいいから。意味深に唇を突き出さなくていいから。

「てか、階段で後ろに引っ張るとかアブねーだろうがこのバカ」

 俺は目を閉じて無防備な桜の頭を両手でそっと掴み、床から十センチほど浮かせる。

 パッと手を放せば後頭部が床に落ちて、ゴチリと良い音がした。

「ふぬっ!? ぐ……!」

 頭を抱えて悶絶する桜に、俺はちょっとだけ溜飲を下げるのだった。




ユリちゃんはアダルティなデザインを好むようです。

具体的にはレースをあしらってる感じの。


ねくすと → 下着回? 色気含有率は僅少で。

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