颯爽桜はマジやばい。 4
†
後日譚。
俺が『全裸で宙を舞う抱きつき男・梶原』という不名誉極まりない二つ名を頂戴して一週間が過ぎた。
いや、確かに宙は舞ったしユリのことを抱きしめたりもした。それは否定しようも無い事実だが、全裸であったのは断じて俺ではない。
だが。
今回の事件は非常にややこしく、また傍で話を聞いていたくらいでは一体なにがどうしてどうなったのか因果関係すら良くわからないだろう。
――自律駆動する全裸がヘルメット被って回転しながら空を飛び、衝突事故を回避するため美少女を抱えたところ降りることが出来なくなってしまったので、しかたなく人間大砲で助けに行きました。
事実を簡潔に記し、しかも何も間違っていないというのに……なんだろう。俺だったらそんなことを言っているヤツの正気を疑う。そんな内容だ。
だから、事件の一部始終を目撃していた生徒から噂が流れ、伝言ゲーム的に内容が混乱し捻じ曲がっていった結果、全て俺に集約してしまったらしい。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「お、重たい溜息だね」
授業の終わったばかりの校舎、隣を歩く杉山が引き攣った笑いを浮べて言った。
「溜息の一つや二つ、つきたくなるっての」
事情を知っている杉山には苦笑いが浮かんでる。
いくら事情を説明したところで、第三者に今回の件を正確に理解してもらうのは非常に困難である。よって俺は誤解を解く事を早々に諦め、不名誉な渾名もぐっと堪えることにした……のだが。
お陰で、校内で俺の姿を見た女子どもが、
「きゃあ、抱きつかれて宙に攫われて脱がれて脱がされる!」
と叫んで逃げ出す始末である。平静を装っているがこれにはかなり傷ついた。抱きつかねぇし攫わねぇし脱がねぇし脱がさねぇよ。噂がまた酷くなってるじゃねぇか。
まだある。
元々ユリはこの南国高校一、二を争う美少女である。
そのユリを全裸で抱きしめて空中遊泳したなどという噂により、俺は原田ユリ非公認ファンラブのメンバーから目の敵にされることになってしまった。
更に言えば、容姿だけは端麗な桜のファンクラブメンバーからも『桜さまを裏切った男』『二股野郎』とのレッテルを貼られてしまったため、もうそこかしこから殺気と怒気交じりの視線が痛いことこの上ない。大人気だなあいつら、畜生。
まったく。折角足も洗ったのに、これじゃ街でいろんなチームに恨み買っていた中学時代とあまり変わらないんじゃないのか?
「それで……結局颯爽さんはお咎めなしだったのかな?」
「ああ、そういう事らしい」
これには俺もちょっと驚いた。
しかしタイムマシン事件と違って、今回は完全な事故である。物的被害といえば精々ダビーの身体が全損したくらいで、それだって桜の私物(正確にはダニエルさんとやらのものだが)であり、学校側に損失は皆無だ。
事件自体は目撃者も多数出たことで隠蔽できなかったが、結果的にユリにすら怪我一つ無いのである。という事で学校側は強く出ることが出来ず、またおそらく桜の『説得』が功を奏したらしい。科学部全員、桜も含めて無罪放免である。
時々思うのだが、桜のヤツはホント一体誰のどんなネタを握っているというのか。どうせ聞いても教えてくれないだろうし、健全な日常を送りたければ知らないほうが良いに決まっているんだろうけど。
「それで、ダビーくんはその後どうなったの? 確か颯爽さんが修理するとかなんとかいっていたけど」
「それなんだよなぁ……」
ダビーのあの身体は、真っ逆さまに墜落したお陰で壊れてしまった。というか、バラバラに砕け散ってしまっていた。
あたりにダビーの手足や頭が転がっていて、オイルやら粘つく液体が流れていて。校庭に着地した俺とユリはちょっとした地獄絵図を目の当たりにするハメになった。軽くトラウマになりそうな光景だ。しかも生首が不明瞭な声でなにか唸っているのである。マジで怖かった。
しかし、ダビーの遺体……じゃなくてボディを回収した桜によると、ダビーの核となるAIや記憶装置の部分は無事だそうだ。
「よかった。これなら新しいボディに乗せかえるだけで済むと思う」
と桜が言い、ダビーの生首が嬉しそうに唸って――いや怖ぇって。
しかしアメリカから新しい身体を取り寄せるのは時間が掛かる。仕方ないので、代替となる別ボディに一時的に乗せ換えたそうだ。ううむ、餡パンマンみたいなヤツだな、ダビー。
そのことを伝えると、杉山は満足したように頷いた。
「それはよかった。無事ダビーくんの身体が新調されたら、是非ともデッサンのモデルをお願いしたいと思っていたんだ。動いてポーズをとってくれるダビデ像なんて貴重だし、きっと美術部のみんなも喜んでくれると思うんだ」
「うん、まぁ確かに貴重だと思うんだけどね? 引き受けることができるかな……アイツ」
「?」
「いや、なんでもない。こっちの話」
キョトントする杉山を何とか誤魔化す。美術室に向かう杉山と階段の前で別れ、俺は科学部部室へと――向かわなかった。
階段を下りて、廊下を抜けて外へ。体育館傍にある体育用品倉庫へと入ると、適当な金属バットを手に取った。
そして校舎へと戻ったところで、のしのしと歩く長い黒髪の女子生徒を発見した。
桜である。
「おや達樹。どうしたのだこんなところに」
そういう桜の手には、ドライバーやペンチやら、様々な工具が握られている。それでピンと来た。
「多分お前と同じ目的だろうよ」
言いながら俺もバットを見せると、桜は苦笑いしながら俺を促した。
「では行こうか、達樹」
そう言って俺たちは廊下を往く。
別に学校に不満があって窓を叩き割って回ろうというわけではない。
ただ、ここ数日、へんな噂をよく耳にするのだ。
深夜人体模型が動き回るのを当直の先生が見た、だの。
女子水泳部の更衣室を覗く影があって、逃げたその影を追いかけたらなぜか人体模型が転がっていた、だの。
そのけったいな噂の原因に、俺は心当たりがあった。
「確認なんだが、桜。ダビーを乗せ換えた仮のボディって、確か……」
「ああ、倉庫に転がっていた人体模型だ。丁度いいサイズだったからな、借りたんだ」
「動き回ったりするのか?」
「する。前ボディ程ではないが、関節を改造して歩くくらいはできるようにしてやった。今回の件、達樹は勿論ダビーも活躍したからな。そのご褒美のつもりだったのだが」
「証拠は?」
「ある。複数の監視カメラに映っていた。言い逃れはできない」
「そうか。じゃあ、行くか」
「うむ」
俺はバットを引っ提げて。
桜はレンチやらニッパーやらを握りしめ。
ダビーが居るはずの部室へと向かい――
『ひぎぃ、もうしませんから許し……あっあっあっ、らめぇ! 頭らめぇ! そんな大きなの入らな……あへぇ!』
そして俺と桜の手によって、ダビーの頭は残念な事になったのであった。
†
俺と桜の手によってダビーの頭が残念なことになった翌日の朝。
俺はまだ陽も昇りきらない南国市の街を、自転車で走っていた。別に体を鍛えようとしているのではなく、新聞配達のバイトの帰りだったというだけのことだ。
腕時計を見ると、時刻は七時を少し回っていた。学校に行く前にシャワーを浴びる余裕はありそうだ。
「さすがに十ヶ月も続けていると慣れたな」
最初は眠いわキツイわでひぃひぃ言っていたものだが、人間慣れれば結構やれるもんだよな。
しかし……どうしたものか。
次の給料が入れば目標金額は達成することができるはずだ。だが、予定していた使途の方がなぁ。
そんな事を考えながら街路を疾駆していると、前の方に我が校の制服を着た女子を発見した。部活の朝錬か? そんなことを頭の片隅に覚えて――急ブレーキをかけた。
ゴムタイヤがけたたましい音を立てて、俺を乗せた自転車は女生徒の前に停止した。
「お、おはようございますー」
俺が慌てて自転車を停めた理由。それは、その女生徒がユリだったからだ。
「お、おお。おはよう」
俺は若干慌てた。というのも、例の事件以来ユリは部室に顔を出そうとしなかったからだ。
桜の被害にあったのが俺だけだったならばまだしも、桜耐性のないユリまで巻き込んだ今回の件である。しかも、下手をすれば命にかかわっていたかもしれない、というか無事で戻ってこれたのが奇跡のような事故だ。
桜や俺たちに対してユリが忌避感を感じても仕方ないと思っていた。
だが、そのユリがこんなところにいる。なぜだ。
「あの、梶原……さん。お、お願いがあるんですけど」
俺が問いかけるより早く。ユリの小さな手が、学生鞄の中に突っ込まれた。その手が取り出し差し出した白い、四角形のそれは。
「封筒……」
しかも、まさか。
俺は目を疑った。
なんと、小さなピンク色の、ハートのシールで封がされていたのだ。
何も言えずにユリを見ると、彼女は顔を見る見るうちに赤く染めて、
「ウ、ウチの気持ちが書いとりますから、よ、読んで下さい」
それだけ言い残すと、ユリは一目散に走って行った。
あまりの急展開に俺は追いかけるということも思いつかなかった。
半ば混乱した頭で、それでも手元に残った封筒を開けてみろ、と考えた。
「…………うわ」
何かの間違いか、でなければ悪戯だろうという甘い考えは速攻でぶち壊された。
封筒の中には便箋が一枚。記されていた文章も簡潔なものだった。
『こないだの事件で梶原さんのことが好きになりました。ウチと付きあって下さい。
原田ユリ』
誤解しようもない直球のラブレターだった。
それを手に、自転車に跨ったまま呆然とする俺。
内気な自分を変えたいとか言っていたけどあの娘、入部の動機といいこの手紙といい、超アクティヴじゃん。
くそ、やばいな。なんだろ、すっげぇめんどくせー事になりそうだ。
この作品に関わっていると、世の科学系ニュースが気になってくる。
現代も結構トンデモな発明とか発見があったりするぞ……
ねくすと → そろそろ伏線回収するよ。ケーブルだけにね。