颯爽桜はマジぱない。 3
†
桜が、こちらに走ってくる。
倒れた俺は「来るな」と叫んだつもりだったが、言葉の代わりに鉄の味がする液体が溢れ出ただけだった。
やべぇ。右の胸から止め処なく流れる赤い血と一緒に体中から力が抜けていく。
身体を起そうにも、腕に力が入らない。
桜が、何か、必死の形相で叫んでる。倒れた俺の身体を抱きしめて、ぼろぼろと涙をこぼしながら――
俺を撃った野郎の拳銃が、桜に向けられ
身体が動かない
危ない 桜
逃げ ろ
だ れ か
†
俺が撃たれた。
同時に俺は叫んでいた。
「未だか、桜!?」
背後の椅子に座る桜が、鬼の様な形相で計器と睨みあい――数瞬の後、怒鳴り返してきた。
「因果が確定した!! 行け!!」
返答する時間すら惜しい。俺は身に纏っているDKDM-Dの機能を操作。予め指定しておいた空間座標に、跳躍した。
視界の全てが暗転し、重力が捩じれ、世界が捻られる。
ほんの一秒かそこらだ。
次元が裏返るような感覚は一瞬で消え失せ、俺の目の前に広がる光景は、つい先ほど、数百メートルを隔てた場所で待機しているタイムマシンの機内で監視し続けていたのと同じ。
部室で、桜が、血塗れになっている俺を護ろうとその身に覆い被さり、今まさに撃たれようとしている場面である。
「させっかよ!!」
横合いからジョナサンだかジャスティンだかが握る拳銃を蹴り飛ばした。乾いた音を立てて転がっていく拳銃。
「……!?」
桜と、傭兵野郎が全く同時に、何が起こったのかわからない、という表情を浮べて見せた。それを見て俺は胸が透く思いだ。桜でもこういう表情をするんだな、と。
しかしまぁ、それも無理なからぬことだろう。
全身銀色のスーツを身に纏った男が、突然空中から滲み出るように瞬間移動してくれば、誰だってそういう顔になるものだ。
だが、それはそれとして。
「おいコラてめー。よくも俺を撃ってくれやがったな……」
未だに状況を把握していない傭兵に、俺は右の掌を向けた。
「それだけならばまだしも、桜に銃を向けるなんざ、万死に値する」
だが、さすがに殺しまではまずいのでその一歩手前で勘弁してあげよう。傭兵の男が悲鳴をあげかけた、その瞬間。俺の右手から、眩い光が発せられた。
その光を喰らった瞬間、男の姿は部室から消えてなくなっていた。忽然と、跡形も無く。
俺が桜の方を振り返ると、驚愕と疑問符が同じ比率で顔に浮かんでいる桜が、死に掛けている俺の身体を抱きかかえ、警戒の眼差しを俺に向けていた。
さて、どうしよう。
これでは事情を説明したところで聞き入れてくれるだろうか。時間は余りないんだがな。なにせ俺が死に掛けているから。
そんな事を考えて頭を掻いたところで、突然部室に銀色の光りが溢れ、先ほどの俺と同じく滲み出すように、銀色のスーツを纏った、ヘルメットを被った女性が現れた。桜である。
「……まったく。きみは、あんなやつの相手しているよりも先にすることがあるのではないか? そこできみが死に掛けているのだぞ?」
言いながら、桜がヘルメットを脱いだ。
メットの下から現れた、月光に照らされるその横顔。自らと瓜二つの顔を見て、桜が――死にかけている俺を抱きしめている方――が、目を丸くする。
あ、そっか。すっかり忘れていたぜ。俺もメットを被っているから、そりゃ警戒されてしかたねーか。遅ればせながら、俺もヘルメットを脱いだ。
でもって、やっぱりだ。桜が、俺の顔を見て再び目を丸くする。
「わ、私……、に、た、た、達樹……?」
自分が抱きかかえて、真っ青な顔をしている死にかけと俺とを交互に見比べている桜。こうも狼狽する桜を見るのも滅多にあるモンじゃねーが、そろそろマジで時間が無い。
「説明は後だ。私たちは、きみたちを助けるためにここに来た。タイムマシンに乗ってな」
銀色スーツの桜が、言いながら桜の前に屈みこむ。その手には、謎の注射器。
「このままでは、彼は死ぬ。……どうする?」
銀色の桜の問いに、死にかけの俺を抱きしめる桜が頷いた。
「い、今の私には達樹を助ける手立てが無い。それで、達樹が助かるというのであれば」
「よし」
その手に持つ注射器が、横たわる俺の右胸に突き立てられた。内容の薬を注入する。
たった数秒。
それだけで、血の気の失せた真っ青の顔に赤みが指す。かすれていた弱々しい呼吸も力強さが戻ってきた。
「あ、あ……ああ」
桜が、その目に大粒の涙を浮べた。
「達樹が、ああ、達樹……!」
俺の身体に覆い被さって泣く桜。その頭を撫でながら、銀色スーツの桜が俺に向かって言う。
「達樹。一応様子を看る必要があるから、私はここに残る。その間に廊下の騒ぎを片付けてきてくれないか?」
「へいへい」
人使いの荒い事で。
ま、なんつーか居合わせづらかったし、良いんだけどさ。覚悟はしていたつもりだったが、やっぱり自分が死に掛けているのを傍でみているなんてぞっとするな。
廊下からは、未だ銃声やら悲鳴やらが聞こえる。俺は再びヘルメットを被りなおすと、桜たちの脇を抜けてバリケードに取り付いた。よじ登っている最中に背後から桜の問い掛けが飛んでくる。
「ところで、さっきの傭兵だが――一体どこに飛ばしたんだ、きみは」
「ああ」
DKDM-Dは装着者だけでなく、任意の対象を半径五キロの場所に瞬間移動させることが出来るのだ。俺はヘルメットのTKCPT-a3を起動させながら答えた。頭上に天使のわっかの様な薄ぼんやりと光るリング状の力場が発生し、俺の身体を浮き上がらせる。
「ほら。こないだ歩き回ったとき、未だ残っているって言って二人ではしゃいだだろ。完全無農薬農業実践してる……」
それで銀色スーツの桜が、心底いやそうな顔をした。
「いや、確かに私たちの世界では、肥溜めなんぞもはや過去の遺物だが。いくらなんでもそれは、哀れというか」
「殺らないだけマシだろ。これでもお情けかけてあげたんだぜ」
さて。
改めて階段を覗くと、ユリがたった独りで奮闘していた。銃弾か尽きたアサルトライフルを棍棒代わりに振り回している。
部下の男たちは既に気絶していた。しかし、ダビーたちの方が優勢かというとそうでもなかった。ヴィーナスは両腕を失って戦線離脱し、ヘルメスも体中に弾痕が穿たれている。ダビーに至っては内臓全滅、頭も半分砕けて、それでも両腕を伸ばして『ユー、リー、たぁぁぁぁん』と音の割れた声で、ユラユラとユリに迫っていく姿は――なんというかホラーだな。うん。
「来るなぁぁぁぁぁッ!」
涙目でフルスイングした銃がヘルメスを殴打した。吹っ飛ばされたその身体が、ダビーを巻き込んで階段を転げ落ちる。
「うう……もうイヤやぁ……」
袖で眦を拭うユリ。なんかもう哀れみを誘う姿だが、事を収めないとな。どうしたものか。
そこで、ユリが、宙に浮かびながら思案する俺の姿に気が付いた。気が付いて――その表情が恐怖に固まる。
「う、宇宙人!?」
ああ。ユリからしてみたら、そう見えるだろうな。
「な、なんやねんこの学校……化け物屋敷かい!?」
へし曲がったアサルトライフルを構えるユリ。傷つくなー。これでも人間なんだけど。若干否定しづらいのはどうしてだろう。
まぁいいや。説明すんのも面倒だし、勘違いしてくれるんだったらこのまま終わらせよう。お仲間が畑のど真ん中で悪臭に塗れて待っているぜ。
踊り場に音もなく着地。右手をユリに向け、DKDM-Dを起動させようとしたその時。
「――ユリ!!」
振り返れば、階段の上で怒りに燃え上がる、桜がいた。
「んなッ……!?」
「達樹の――仇だッ!!」
桜が勢いをつけて跳躍した。俺を飛び越え、階段の上からユリを目掛けて。
「うぁぁぁあああああああああああッ!!!」
大きく振りかぶった桜愛用のタブレットをユリに叩きつける。銃でガードしたユリだが、人間一人飛び込んで来た勢いを受け止める事なんて出来やしない。痛烈な一撃を頭に受けて昏倒するユリ。
勝負あり、だな。
その場にへたり込む桜。肩で息をする桜が、俺のことを見上げた。
「おいおい、勝手に人のことを殺すなよ」
差し出された手を握り、桜が笑う。
「有言……実行という……やつだ。言っただろう、達樹を傷一つ付けたりでもしたら、学校吹き飛ばしてでも……おや?」
ピー、という電子音が聞こえた。タブレットの画面で、何かのアプリが起動しているようだが。
『イエス、マスター桜。自爆プログラム作動イタシマス』
桜と俺が目を丸くして顔を見合わせた。
「まさか……?」
「今の衝撃で、誤作動したのか!?」
『コノ学校ハ様々ナ証拠ヲ隠滅スルタメ、跡形モナク吹キ飛ビマス。校内ニ残ッテイル生徒ハ、早ク下校シテ下サイ』
おおおおい!?
辺りにサイレンが鳴り響く。
「おい、桜!! 早く解除しろ、解除!!」
「わかっ……わかっているんだが……」
桜がタブレットの画面を操作する――が、その手が突然止まった。真っ青な顔でこちらを見上げてくる。
「こ、壊れてる……」
「ウソォ!?」
くそ、どうする!?
『残リ五秒デス。……四』
カウントダウン短ッけぇな!!
クソ。仕方ない。桜だけでも遠くに転送――肥溜めに設定したままだが、死ぬよりはマシだろう。間に合うか!?
だが、目の前の桜は立ち上がると、階段を駆け出した。部室目指して。
「たっ、達……ッ!!」
「バカ、動くな!!」
あっちの俺は、上の桜がなんとかしてくれるよ!
しかし、取り乱した桜はそんなこと考えもよらない。俺が伸ばした手は僅かに届かず、桜は階段を半ばまで昇り。
『……二。……一。』
くそ、間に合わな――。
桜が部室に手を伸ばし、
サイレンが止まり。
俺が桜の名前を叫んだ瞬間。
『…………自爆プログラム解除コード入力ヲ確認。自爆プログラム、停止シマス』
静寂。
そのままの姿で固まった俺と桜。
何度も辺りを見回して、ようやくそろそろと息を吐く。
「な、なん……爆発は……?」
俺の疑問に答えるかのように、階段の上から、銀色のスーツを着た桜が姿を見せた。
「一体何をやっているのだ、君たちは」
呆れた顔の桜の手には、タブレット。
「あれは……予備の」
それで理解した。部室にいた桜が冷静に、プログラムを解除してくれたのか。
そうとわかって、俺は大きく溜息をついた。
「全く、達樹。肝が冷えたぞ。まさかあそこで私が飛び出していくなんて」
「俺もだよ」
こっちの桜は、俺が知る桜よりも直情的なところがあるな。
「……どうした、桜?」
見れば、こちらの世界の桜は階段半ばで膝をつき、固まったまま動かない。
「こ、腰が抜けて動けない……」
それでもなんとか這いながらでも、部室へと行こうとするのは見上げた根性だ。
俺は立ち上がって。
なおも階段を昇ろうとする桜を抱え、肩に担ぎ上げると、部室のバリケードに寄りかかる銀色スーツの桜に問う。
「あっちの俺の容態はどうだ?」
「バッチリ。心配は要らないな」
「だ、そうだ」
それを聞いて、担いでいる桜がボロボロと泣きだした。
「よがっだぁぁぁぁぁぁ……だづ、だづぎぃぃぃぃ、ふぇぇぇぇん」
大声で泣きだした桜を見て、ふ、と銀色スーツのほうの桜が肩を竦めた。俺もそれに応じる。
狂乱と混乱の夜、これにて落着、だ。
ねくすと → 後日譚と言う名のネタばらし。
果たしてもう一人の達樹と桜は一体何者なのか!?




