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颯爽桜はマジぱない。  2


  †


 隠し扉は、黒板の脇に作られていた。教室の反対側が本当の入り口で廊下なワケだが、こちらがわの壁の裏は校舎の外壁ということになる。この隠し通路、一体どこを通してあるのかと思ったら、なんてことはない。桜のヤツ、校舎のこっち側の外壁を二重にしてやがるな。大掛かりすぎて、逆にバレにくい。

 さて、時間も余りない。教卓の周辺を探ると、桜が言ってた予備のタブレットとやらはすぐに見つかった。スイッチを押して起動する。

「さて、部室を護れといったところでどうしたものか」

 タブレットを見れぱ、ユリたちは最後のシャッターを前に奮戦中だ。階段の影に仕掛けられていた非殺傷対人地雷とやらが炸裂し、直撃を喰らったマスクの男が吹き飛ばされる。

 アレが破られれば、次は部室の扉だ。

『達樹。こちらは無事援軍と合流できた。五分ほどでそちらに着くだろう。それまでもたせてくれ。音声で命令を出せば、部室最終防衛システムのAIが反応してくれる』

 ヘッドセットから桜からの指示。――ふむ。

「部室最終防衛システムとやら、返事しろ」

 何も無い空間に呼びかけるのって、なんか恥ずいな。体育館のときは桜が聞いているって確信していたから平気だったけど。

『――声紋パターンヲ照合中……マスター・達樹ニヨル音声入力ヲ確認。イエス、達樹。ワタシハ部室最終防衛システム『On DeadlyGround』デス。気軽ニ、『グラちゃん』トデモオ呼ビクダサイ。――御命令ヲ』

 おお、反応があった。

 なんつーか、こう。桜の作るモノって無駄に凄いよな。

『因みに補足すると』と、桜が割って入る。『『On DeadlyGround』というのはスティーヴン・セガール主演の映画『沈黙の要塞』の原題だ』

「いや、待てよ。あの作品は、セガールが敵拠点を攻略するストーリーだろうが」

 陥落フラグだろ、これ。

『あー……気にするな』

「気にするよ!」

 どうしてお前はこう、ネーミングセンス皆無なんだ!?

 くそ、のっけから先行き不安だな。だが仕方ない。これでやるしかない。頭を振りながらも、俺はグラちゃんに呼びかけた。

「現状の把握は出来ているか?」

『イエス・マスター達樹。現在四名の武装兵士ガ、当部室ニ保管サレテイル『エーテル』奪取ヲ目的トシテ侵攻中。三分以内ニ最終隔壁ガ破ラレルト推測サレマス』

「『エーテル』保管庫のカギはしっかり掛けておけ。武器は何がある?」

『イエス、コチラニ』

 ガシャリ、と黒板の下の板壁部分が開いた。そのラゲッジ・スペースに収まっていたのは、ユリたちが持っていたようなアサルトライフルが何丁か並んでいる。……というか、この細長い、筒状の、肩に担いで使いそうなものは一体なんだ。想像はつくけど当たっていて欲しくはないなぁ!?

『弾薬ハ装填済ミデス。非殺傷武器デスカラ、遠慮ナク狙ッチャッテ構イマセン』

「非殺傷って付ければ良いってモンじゃねーぞ!?」

『問題アリマセン。他ニハコチニモドウゾ』

 銃が入っている隣の部分が開いた。中には、プラスチック製の丸い物体が入っていた。仕切りで区切られ、幾つもの小瓶が入っている。『エーテル』ではないが、これは……?

『スタングレネードデス。ゴ利用ハ計画的ニドウゾ』

 ……無駄に充実してるな。一体どこからンなもん調達したのか気になるが、もう深くは考えないようにしよう。精神安定上その方がよさそうだ。――ああ、自作したのかな。

『最終隔壁、間モ無ク突破サレマス。部室内ノテーブルヲツカッテ、バリケードヲ作成シマス』

「バリケード?」

『イエス。コノ部屋ノテーブルハワタシノコントロールデ自在ニ動カスコトガ可能デス』

 すると俺の隣にあった実験用テーブルが、ひとりでに横倒しになった。かと思えば、ズリズリとその場で回転し始める。一体どういう仕組みになっているんだかサッパリだが、このクソ重たく分厚いテーブルだったら、なるほど即席のバリケードになるだろう。

 あ。

 脳裏にちょっとした作戦が閃いた。

「いや、待て。バリケード作成は後回し。このテーブルも元に戻す。入り口の鍵は解錠して、ちょっとだけ開いてくれ。入り口周辺のセキュリティも全て解除だ」

『達樹?』

 まぁ古典的というか。中学時代によく使っていた手だけどね。通用すると良いんだけど。

 俺はにやりと笑った。うん、悪戯仕掛けた時の桜と同じ笑みだって言うのは、ちょっと自覚している。



  †


 轟音が鳴り響き、ヘッドセットにグラちゃんの報告が入る。

『最終隔壁突破サレマシタ』

 パソコンのディスプレイでも確認する。部室の入り口に、ユリ達が集まっているのがわかる。慎重に周囲の罠がないか調べている。人数は六人。階段下の踊り場に一人がぐったりと休んでいるのが見えた。あいつはもうリタイヤと見ていいだろう。

 俺は天井埋め込み式のCCDカメラによる映像でじっと見ていた。制御を全て桜のタブレットで行っているし完全に独立しているから、漫画とかである様に監視室を抑えられるということがないのだ。ユリたちの姿はこちらから丸見え。数少ないアドバンテージだ。有効に活用させてもらおう。

 俺はと言えば、先ほど入ってきた隠し通路の中で息を潜めていた。俺がここに先回りして隠れているということ。盗聴器を失ったユリたちが知り得ない、もうひとつのアドバンテージである。

 扉周辺のセキュリティは完全に沈黙しているので、ユリたちに発見されることはない。それでも道程がアレだったので、奴らは慎重に扉に手を掛け、ゆっくりとスライドさせた。油断なく銃を構えた二人の男が、ユリの示すハンドサインに従って部屋へと侵入する。

 今だ。

「グラちゃん、やれ」

『ラジャー』

 俺が指示した瞬間、部室の扉が突然閉まった。バァン、という音に侵入してきた男たちが振り向く。

『ジェット! ジャスティン!』

 盗聴器の向こうから、ユリが仲間の名を叫ぶのが聞こえたがもう遅い。

 俺は隠し扉を半分開くと、振り向いた男たちの無防備な背中に向かって抱えていたスタン・グレネードを投げつける。再び身を隠すと同時にジェットとジャスティンとやらの足元で、轟音と強烈な閃光が弾ける。

 隠し扉越しに男たちの悲鳴が聞こえた。

『侵入者一名ガ昏倒。モウ一人ハマダ意識ガアルヨウデス』

「構わず次だ」

『ラジャー』

 ゴトゴトと重たい音が扉の向こうから響いた。実験用のテーブルがいくつも横倒しになり入り口に向かって動いているのだ。これで即席のバリケードが完成だ。隠し扉から窺うと、かろうじて意識を繋いでいた男が重たいテーブルに撥ね飛ばされるのが見えた。今度こそ気絶しただろう。アーメン。

 それと同時に廊下側でも悲鳴が巻き起こる。テーブルを動かすと同時に、眠らせていたセキュリティを起動させたのだ。なんとか入り口をこじ開けようと取り付いていた敵が四方から地雷やら電気銃やらで撃たれているわけだ。

 正に阿鼻叫喚というヤツだ。

『下がれ! 階段まで退却や!!』

 ユリが指示を飛ばすのが聞こえた。不利を悟って、見事な指揮だ。だが、ここで逃がす手は無い。何せ相手は実弾で武装しているのだ。それが四人。次に俺や桜を目の当たりにしたら、もう容赦はしてくれないだろう。今の混乱のうちに潰さなければ。

 俺は傍らの銃を引っつかむと隠し扉から飛び出した。

「本当にこれ、当てても人は死なないんだろうな!?」

 扉付近のバリケードに張り付くと、自動で扉が半分ほど開いた。階段のほうを見れば、コンクリの手摺の陰からこちらを窺っているユリの顔が覗いている。

「た、タツキチ!? アンタどうしてそこにおるンよ!?」

「細けぇこたぁ気にすんな!!」

 手にしたアサルトライフルを向けると、ユリはぎょっとして顔を引っ込めた。構わずぶっ放す。思っていた以上に軽い反動が連続して銃口から弾が飛び出した。ピシピシという音が、ユリが居た辺りで弾ける。

 つーかこれ。エアガンか!?

 実弾じゃなさそうだが……。

「Shit!」 

 手摺を越えて、男の一人が手榴弾を投げてきた。空中にあるそれを、グラちゃんが操作するセキュリティガンが撃ち落す。頭を下げると廊下の向こうで爆音。

 重たい衝撃が腹の底に響く。こちらも負けじとスタングレネードのピンを抜いて、放り投げた。もう一個。構わん、景気よくイッたれ!?

 煤けた煙を切り裂いて二重の閃光と轟音が響く。同時に、俺はバリケードの上からアサルトライフルを掃射する。パラパラと踊り場に、何かの粒が舞った。

「な、なんやこれ。……大豆?」

「え?」

 大豆?

 俺はスタングレネードをもう一個引っつかみ、踊り場の壁に向かって投げつけた。カコンと乾いた音を立ててイイ感じの角度で跳ね返る。

「Grenaaaade!」

 叫び声と同時にユリたちが下がった気配。くそ、自分でやっているとはいえ耳がキンキンするぜ。

「つか、桜! 大豆ってどういうことだ!?」

『どういうこともなにも、豆を撃ち出す文字通りの豆鉄砲だ、それは!! 究極の非殺傷武器だろう!?』

 ちょ……!! 

 俺の命が掛かっているのが、ま、豆鉄砲て……。

「どうしてこんなもん作ったんだテメー!!」

『いやな、伝書鳩同好会から、一度でいいから『鳩が豆鉄砲を食った顔を見てみたい』という要望があったので一通り作ってみたことがあってな。伝書鳩同好会の人たちは鳩からの猛反撃を受けたということでボロボロになって泣きながら銃を返しに来たんだが、折角作ったから取っといたんだ』

 だから言っただろう、上は危険だぞ、と。

 そう言う桜に俺は返す言葉が無い。つーか動物虐待の伝書鳩同好会! 無事に帰れたら俺が直々に虐待してやる、覚悟しておけ!!

『ちなみにライフルの方は『鳩ポッ砲』という名前だ。そっちは文字通りの豆鉄砲だが、バズーカ型の方は中々強力だぞ』

 そんなやり取りをしている間にスタングレネードの被害を回避したユリたちが再び踊り場に戻ってきた。くそ、その言葉信じるからな!?

 俺はバズーカ型豆鉄砲を引っつかむと、肩に担いで照準。マスクを被った屈強な筋肉達磨と目があった。その手のアサルトライフルがこちらを向くが――

 俺の方が早い!

 引き金を引いた瞬間、破裂音。圧縮空気で打ち出された砲弾が超高速で空を切り裂き、筋肉達磨の頬にブチ当たる。

 爆発こそ無かったが、衝撃にひっくり返る筋肉達磨。その傍らに落ちたのは、球体というには若干歪な黒ずんだ物体。大きさは握りこぶしくらいだろうか。

『世界最大の豆、『もだま』だ。東南アジア原産でな。最大で直径十数センチを超えることもある。印籠の材料としても用いられる、厳選された大きめサイズを超高速でお届けだ』

「やっぱり豆鉄砲かよ!!」

『豆鉄砲じゃないぞ、達樹』

 じゃあなんだよ、と問うと、ヘッドセットから自信満々に馬鹿が答える。

『フフフ。それは勿論――豆大砲だ』

 うっせーよ!!

『その名も『クルッ砲』という』

「上手いこと言ってんじゃねーよ!!」

 狂ッポーなのはテメーの頭だよ!! なんでこんなもん拵えた!?

『そうは言うがな、達樹。そのクルッ砲、この状況下では相当役に立つぞ』

 いや、まぁそうだけど。

 サイドにベルトリンク式の自動給弾装置が付いているのだ、このクルッ砲は。

 つまり、連射が可能、と。

 引っくり返った筋肉達磨が呻きながら身を起そうとしていたので、俺はもう一発『もだま』とやらをブチ込んで差し上げた。「Nain……」と呻いて今度こそ意識を失い倒れる達磨。

『なかなかえげつないな、達樹!』

「トドメを刺すのは基本中の基本だからな。いやほら、痛そうにしていたから、気を失わせてあげた方が良いんじゃないかと。麻酔的な意味で」

 こちらを窺うユリにも容赦なく一発。ユリには当たらなかったが、その背後のコンクリの壁に小さなクレーターができた。

「あ、アンタ鬼か! こないなモン当たったらシャレにならへんで!?」

「実弾撃ってきてる奴に言われたかねーーよ!!」

 言いながらもクルッ砲を連射する。だが、いくら威力があるからといってもコンクリの手摺を完貫通するなんて無理だな。なんとかユリたちが踊り場に出られないようにするのが精いっぱいだ。

 手摺の影から、銃口だけ突き出された。バリケードの裏に退避。ついでにグラちゃんに正面の防御を任せて俺はその場を離れた。黒板の下まで来ると、ラゲッジからありったけのクルッ砲を引っ張り出す。二本あった。これで何とかなるだろうか。激しい銃撃がバリケードに加えられる。辺りに飛び散る木の破片に、コンクリの欠片。防御システムの一つであるテイザーガンが撃ち抜かれ、煙を吐いて爆発した。

 うおお、怖ぇえ! 超怖ぇえ!

 頭を下げながらバリケードまで戻り、新しいクルッ砲を抱えながらタブレットの画面を見る。ユリにヨハン、それにまだ二人の男が動けるようだ。ヨシュアが見当たらないのはアレか。トリモチ地獄にハマったのか。

 現状を分析しながら、俺は知らずと唸っていた。厳しい。非常に厳しい。

 今はなんとか拮抗状態まで持ち込めた。しかし、いくらグラちゃんの援護があるとはいえ、俺一人で防御に回っていてはジリ貧だ。ユリたちの銃弾はあとどれくらい残っている? それが切れたときに大人しく退いてくれればいいのだが。

再び激しい銃撃が始まり、削られたバリケードの破片が宙に舞う。

 くそ、もう一発スタングレネードを放るか。そう考えてユリたちの位置を確認しようと、俺はタブレットの画面を見た。

 ――ユリたちの背後に何かの影が、居る。

「? なんだ?」

 カメラを切り替える。別角度からの映像は、はっきりとその影の正体を映している。男の一人が背後の影に気がついて振り向きざま銃を構えて――その姿のまま固まった。

 無理もない。

 そこにいたのは、丈の長いトレンチコートに中折れ帽を被った、余りにも怪しい風体の男だったからだ。一人ではない。その後ろにもう二人同じ格好をした――体型的に、片方は女性のようだ――がいた。

 怪しい。実に怪しい。コートの前あわせを手で押さえているとか、もう怪しんでくださいって言っているようなもんだ。

 なんだ、あいつらは。それに、なんで、裸足なんだ。

 コートの裾から見える足が、えらく白いのが気になるんだが。もしかして(もしかしなくても)あいつらが、桜が連れてきたという援軍だろうか。

 異変に気付いたユリが振り返り、トレンチ男たちに銃を向けた。

「なんやねん、あんた等!? 撃たれとうなかったら両手を挙げて地面に這い蹲れや!!」

 返答はなかった。

 代わりにとばかりに、先頭の男がそのトレンチを脱ぎ放ち――ユリが目を丸くした。

 そこにあったのは、一糸纏わぬ全裸さえ通り越して、内臓すら見通せる肢体である。顔に至ってはホラーそのものである。なにせ、継ぎ接ぎだらけの人形で、しかも片方の目玉が失われていたからだ。

「――ヒィッ!?」

 文字通り一歩後ずさったユリ。

 キラリンッ☆と、人体模型の目が光ったような気がした。

『ユゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ、リィィィィィィィィィ、たぁああああああああああ、アアンッ!! 会いにきたよぉおおおおおおおおっ!!』

 人体模型が、飛んだ。

「ヒィッ!? イヤァァァァッ!?」

 半狂乱になってユリが叫び、その手の銃を乱射した。ヌルンヌルンという不可解な動きでユリの放つ銃弾を回避する動く人体模型。

その映像を見ながら、俺はこめかみを押さえた。

「ていうか――援軍って、ダビーかよ……」

 そう言えばユリって、ダビーの末路について知らなかったんだっけ?

『いや、ダビーだけではないぞ』

 ヘッドセットに馬鹿の通信が入った。ああ、そう言えば後ろの二人は一体何者なんだ。俺が桜に問いかけようとした時、リズミカルにステップを踏んで、二人も身に纏っていたトレンチを脱いだ。

 現れたのは、予想通りというかなんというか、真っ白な石膏の裸像である。かつてのダビーに負けずとも劣らずの筋骨隆々の男性裸像に、豊満にして艶美さ漂う裸婦像がどっかでみた事のあるポージングを決めている。

『我ら、ダニエル・ナンバーズが一、プラクシテレスのヘルメス!』

『同じくダニエル・ナンバーズが一、ミロのヴィーナス! 我らが創造主が一人、颯爽桜さまのためにここに推参!!』

 ヴィーナスさんには腕があるけどな。

「Oh……no……」

 ヨハンが銃を構えたままの姿勢で呟くのが聞こえた。まぁな、報告で知ってはいたかもしれないが、目の当たりにすればそういう反応だよな普通。

 石膏像とは思えない動きでダビーの兄妹たちが跳躍する。我に返ったヨハンのアサルトライフルからマズルフラッシュが瞬き、銃声が轟いて。

 そこまで確認して、俺はタブレットから無言で視線を外した。

「うん、見なかったことにしよう」

 バリケードの向こうからはユリやヨハンの絶叫が聞こえたが、俺はただ黙ってスタングレネードのピンを抜いて、放り投げてあげることしかできない。

 爆発。閃光。

「ヨハン、ヨハーーーーンッッ」

 そしてユリの悲痛な叫び声が戦場に木霊する。ヨハンが逝ったか。

『ユリたんに届け、僕のこのハート!!』

 ポイッ。

「やかまし!!」

 ターン。

『アアッ、僕のハートが! 心臓が!! ユリたんに撃ち抜かれて粉々に!! でも大丈夫、まだ肺と胃は残っているから。ユリたんに届け、僕のこのストマック!!』

 ターン。タタタターン。

『ぎゃあああ、僕の五臓六腑がぁぁぁッ』

 ダビーの楽しそうな声。

『あたしを見て……もっと、もっとぉぉぉぉッ』

『必殺! ヘルメスパンチ! ヘルメスキック! ヘルメスゥゥ――開脚アタック!!』

 ダビーのご兄妹がたも奮戦していらっしゃ…………。えーっと。

 なんだこのカオス。

 こめかみを押さえて大きく溜息。ついさっきまでシリアスに苦戦を心配していたのが、なんか馬鹿馬鹿しくなってきた。

「おい、桜。お前、今どこにいる?」

 俺はヘッドセットに呼びかけた。ダビーたちとは一緒ではないようだったが。

『ああ。ダビーたちを送ったあと、また地下に戻ったんだ。すぐにそっちに着くが……』

 なんてやり取りをしているうちに到着したらしい。黒板横の隠し扉が開いて、桜が姿を現した。

「達樹、無事だったか!」

「桜」

 俺を見て、桜が満面の笑みを浮べながら突進してきた。一瞬避けて足払いでもかけてやろうかとおもったが、幾らなんでもあんまりなので普通に受け止め――

「せぃやッ」

 うぐっ。

「……おい、なんでショルダー・タックルだよ」

 倒れはしなかったが、不意打ちでよろめいてしまった。俺の腕の中で桜は不思議そうに小首を傾げる。

「いや、達樹のことだから足払いでもかけられるかなぁ、と思って。それだったらタックルすれば、絵的にハマるかな、と考えたのだが、まさか普通に受け止めてもらえるとは。嬉しい誤算だな」

 本当に嬉しそうに言うので俺は明後日の方向に視線を逸らして誤魔化した。まさかそこまで読まれていたとは。

「なんにせよ、達樹が無事でよかった」

 そりゃこっちの台詞だ。言葉にはせず、代わりに桜を抱きしめる腕に力を込める。あー、どさくさ紛れに桜のこと抱きしめてるけど、こういうスキンシップって無かったよなぁ。ホント小学生の頃以来だろうか。

 応えてくれるかのように、桜も俺の身体に両腕を回した。

 月明かりの下、廊下の方から聞こえる銃撃だったりユリの悲鳴だったりダビーたちの奇声だったりをBGMに、俺たちは束の間の抱擁を堪能していた。

 すぐそこにある、確かな感触。走り回っていたせいだろう、少し汗を含んだ桜の香り。

 できることだったら、ずっとこうしていたかった。

 しかしずっと抱き合っているには、俺たちの周囲はいささか物騒すぎる状況である。後ろ髪を束で引っ張られる思いだが、理性で欲求をねじ伏せ問いかける。

「なぁ、桜。この『エーテル』争奪戦、ダビーたちが加わってくれたことで今日は何とかしのげるだろうけどよ、その後は一体どうするんだ?」

 既にユリたちに、『エーテル』実物の在り処は知られている。数字がデタラメに弄くられているとはいえ、あのUSBメモリに入っているデータを参照すれば『エーテル』の製造が可能だという。

 そしてユリたちがプロとして『エーテル』を狙っている以上、今日退く事はあってもまた来ないという保証は無い。黒板裏に代わる新たな秘密の保管場所が確保できるまで気を抜くことは出来ないし、次回は俺ではなくて桜を誘拐する可能性だってあるわけだ。

 要するは今やっていることはあくまで一時凌ぎでしかないってことだ。

「達樹の心配はもっともだが、大丈夫だ。達樹が体育館で粘っていてくれたお陰でユリの背後にいる人物が特定された。それさえ判れば後は早い。朝になれば他の生徒たちも登校してくるし、今夜さえ凌げれば――」

 桜の目が、俺ではなくて背後に向けられた。

「達――」

 直感だった。

 桜が注意の言葉を発するよりも早く、俺は桜を突き飛ばす。その反動で自分も部室の床に身を投げた。ほとんど同時に、俺の頭があった場所を岩石のような握り拳が唸りを上げて通過する。

 床の上で一回転し、俺は立ち上がって両腕を構えた。

「桜、離れてろ!」

 そこに立っていたのは、部室に入ってきて見事待ち伏せの罠にハマって気絶した男の一人だった。気絶から目覚めて、なんとか立ち上がることができるまでに回復したらしい。

 くそ、すっかり忘れてた。縛り上げるくらいのことはしておくべきだった。

 しかしまだふらついている辺り、本調子には程遠いようだ。そう判断すると同時に、俺は動いた。

 躊躇いなんか覚えている場合じゃない。ましてや手加減などもってのほかだ。鋭く踏み込んで、俺は先制の一撃をお見舞いする。左のフックを、肝臓を打ち抜く角度で。

「ッハ!?」 

 ジェットだかジャスティンだかしらないが、男が呻いた。だが効いていない。ゴムタイヤぶん殴ったのかと勘違いするほど分厚い腹筋に阻まれたのだ。

 俺より優に頭一個分以上の身長、体重に至っては三十キロも差があるだろう。しかも本職の傭兵。いくら相手が昏倒から意識が戻ったばかりだとしても、油断なんて出来る相手じゃないということを思い知る。

「クソッ」

 だったら急所だ。

 股間を蹴り上げようとしたが、しかしそれは両膝を締められてガードされる。脚を掴まれそうになったので一端ステップバック。鼻先を、子どもの胴体くらいありそうなブッとい腕で繰り出されたパンチが過ぎていった。ゾッとする。もしこいつにハンデが無かったとしたら、パンチ一発で首がもげるのではなかろうかと思えた。

 だが泣き言なんて言ってられない。あっちには桜が、祈るようにして両手を握り締めているのだ。俺が倒れれば次は桜がこの腕でぶん殴られるのだ。

「そうは――させるかッ」 

 腹筋が駄目だったら直接頭をぶん殴ってやる!

「ウウウ、ガァァアアッ」

 闇雲に振り回された腕を掻い潜り、カウンター気味に右の一発。男のアゴが跳ね上がった。もう一撃。馬鹿みたいに鍛えられた首の筋肉が緩衝材になって意識を刈り取るには至らない。く、もう一発……。

 焦って欲を掻いて、反撃を貰ってしまった。左肩で受けたにも拘わらず、その重さによろめいた。間髪入れずに蹴りが来た。これもガードしたが、完全に体勢が崩れた。無防備にさらけ出された俺の顔面を殴り飛ばそうと、男が踏み込んだとき。

「――こっちだ、デカブツ!!」

 クルッ砲を構えた桜が、ブッ放した。

 完全な不意打ち。もだまの直撃を受けて男の身体がくの字に折れた。さすがのタクティカルベストとやらも、クルッ砲の威力を完全に殺してくれるものではない。

「達樹!!」

 桜が叫ぶ。俺も知らず吼えていた。

「うぉらァッ!!」

 全力を込めた槍の様な蹴りが、がら空きとなった男の顔面に突き刺さる。

 確実な手応え。呻き声を残して、再び男は昏倒した。

 重たい音を立てて倒れたその巨体。それがピクリとも動かないのを見て、ようやく俺は緊張を解いた。

「ふぅ……勝てたぁ」

 ハンデがあったとはいえ、傭兵の戦闘力は侮れない。そのことを身を以って教え込まされたな。桜がいなかったら、マウントとられてボコボコにされていたことだろう。

「助かったぜ、桜」

 言いながら俺が桜の方を向いた瞬間、

 

 ダダン、という銃声が響いて――俺は、背後から撃たれていた。


 桜が絶叫する。

 あー、しまった。

 そう言えば、もう一人いたなぁ。

 視界の端に、這い蹲ったままのマスクの男がいた。その手には拳銃が握られていて。

 痛いとか熱いとかそんなんじゃない。もう、身体中から力が抜け落ちる。

 青白い月の光りに照らされて、倒れる俺の胸から赤い血が撒き散らされるのが、まるでスローモーションのように見えた。

 


ねくすと → sakura non stop!!

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