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颯爽桜はマジひどい。  3

  †


 空に輝く満月のおかげで外は明るかった。途中、向こうの方をユリたちと同じように銃を携えた男たちが走って行くのを見たが――あれが桜の家に交渉に行ったという連中だろうか。それとも周囲を警戒していたのか。どちらにしても俺たちのことを一瞥し、追ってくることはなかった。

 ほどなくして、俺たちは学校の正門までやってきた。あとはこの格子の門をよじ登ればオッケーなのだが。

「おい、桜」

 俺が呼ぶと、桜は下唇を突き出して、じとーッとした目でこちらを睨んできた。

「……キスした、な」

 うあ、不機嫌だと思ったらやっぱりそのことか。

「し、仕方ねぇだろアレは! 不可抗力だあんなもん!」

「キィーーーーッ」

 と、本気で悔しそうに地団駄を踏む桜。てか、悔しくて地団駄踏むヤツなんて初めて見た。

「くそぅ……私だって、小学校に上がってからは一度もやっていないんだぞ。十年以上我慢していたというのに。許すまじ原田ユリ。今だったらまだ間に合う。学校ごと亡き者にしてくれる」

「やめれ」 

 タブレットを操作しようとする桜の肩を掴む。こいつ目がマジだ。くそ、ユリも桜も、どうしてこうピーキーなのばっかりなんだ俺の周りは。残念美人どもめ。

「こうなったら、達樹。あとで私もするからな! とびっきりディープなのを!! 発禁になりそうなくらいすンごいのを!! 達樹の部屋で……むしろその先まで、行っちゃう? イッちゃう!? ワォ!!」

 ワォじゃねーよ。鼻息荒く言われても色気もムードもクソもねーよ。

「あー、それよりも、だ」

 ガシガシと頭を掻いて、強引に話題を変えた。コレ以上この話題に付き合っていたら、なんかまた別の厄介事に発展しかねない、そう思ったのだ。

「良かったのか、桜。『エーテル』のデータ、全て渡してしまって」

 言いながら門に手をついて屈むと、桜が背中に足をかけた。そのまま俺のことを踏み台にしてよじ登り、反対側に飛び降りた。

「まぁ、問題は無いだろう」

 続いて俺も門をよじ登り、飛び降りる。これで無事脱出は完了、と。辺りを見回せば、桜が乗ってきたという自転車が倒れているのが見えた。ちょうどいい、アレに乗って帰ろう。

 いや、けどあの暴走自転車で二ケツしたらまた警察に追いかけられるかな?

「達樹のお陰で、時間も稼げたし情報も聞き出すことができた。正直に言って非常に助かった。それで色々と手を打つことができたんだ」

 桜が微笑む。そうか、無駄にはならなかったのか。そう思うと、ちょっと誇らしい気分だ。

 桜が言っているのは、俺がユリに体育館で拘束されていた間に交わしていたあの会話のことだ。幾ら俺だってあの状況で寝ようなんてありえない。桜は盗聴器を仕込んでいると思ったからこそ、下手すれば挑発と取られかねない言動でユリから情報を引き出したのだ。撃たれる恐怖と引き換えにしただけのことはあったらしい。

「あの間に、ユリに渡したデータの数字をちょっと弄っておいた。化学の専門家でもない限りぱっと見た程度で見破る事なんてできない。あれで出来るのは『エーテル』によく似た別の何かだよ。もっとも、データの数字が出鱈目でも工程は参考にはなるからな。腰を据えて取り組めば、あのメモリからいずれ『エーテル』を作ることは可能だろう」

「おいおい」と、俺は自転車を起こしながら尋ねた。

「結局それって、マズいんじゃねーのか?」

 ホントに時間稼ぎじゃねーか。

 だが、それでも桜は慌てることなく不敵に笑うだけだった。

「問題無い、と言っただろう、達樹。それで充分なのだよ。実は、『エーテル』の全データは、元々公表する予定だったのだ」

「そうなのか」

「前にも説明したように、『エーテル』がもたらす影響は計り知れない。それこそ世界をひっくり返しかねない。同時に発生するであろう莫大な利益は、日本全土を十回買ってまだお釣りがでるほどかも知れん」

 だが。

「『エーテル』の権利を個人や一つの組織が握っているというのは、間違いなく歪みを生む。富の偏在。利権の争い。政治的な介入。世界各国で貧富の差はまた広がっていく。科学者としての私にとって『エーテル』の開発は天命だったと今でも確信している。『エーテル』によってもたらされるブレイクスルーによって人類の歴史に一つの転換点が生まれるだろうと考えると、身体が震えるほど嬉しい。しかし、私の発明で争いが起きたり誰かが貧しくなるなんてのはイヤだ。だったら私は『エーテル』の権利なんていらない」

「ついさっき照明落っことして人間撲殺しかけたやつの言うことじゃねーな」

 俺が茶化すと、桜はちょっと違う、と首を振った。

「照明落っことしたのも達樹の部屋盗撮してるのも、私が私の意思に則って私の手で行っていることだ。全ての責任を被る代わりに、全ての結果も私のものだ。私がコントロールする。しかし――『エーテル』がもたらす影響は世界規模。いくら私でもそれをコントローラブルなんて言えないな」

 ふむ、そりゃそうだろうな。

「だけどよ、だからって権利放り出すってのも無責任すぎるだろ?」

 メリットを放棄するからデメリットを放置しても構わないってことだからな。

「勿論。だから、私はアメリカへと渡ったんだ。正直なところを言えば、『エーテル』を開発するだけだったら日本にいても出来たんだ」

 ……なに?

「むしろ問題は開発したあとに見えている、先ほど挙げたような諸々だ。その解決のために必要なのは、今私が手にしている程度では話にならないほど莫大な金と、それを握る人々に近づくたための人脈だったんだ」

 ここだけの話し、と桜は声を潜める。

 世界を良い方向に導くためだったら、全財産を投げ出したって惜しくないと本気で思っている大金持ちっているんだよ。しかも結構な人数。

 そういう人たちと協力して、世界中を巻き込むプロジェクトが進行中なんだ。既にアフリカの各地で計画の下準備が進められていてな。

 そう説明を続ける桜の顔は、俺の手の届かない科学者としての顔のようであり、いつものように馬鹿をやっては俺に殴られる時の悪戯っ子のような顔でもある。

 ふーん、と相槌を打ちながらも、俺の内心は複雑に渦巻いていた。

 『エーテル』の開発が日本にいても出来たんだったら、アメリカになんて行かなけりゃ良かったのに!

 一瞬口をついて出そうになった言葉は、しかし飲み込まれて別のものに置き換えられる。自制できたのは、俺が大人になった証拠なのか。それとも、自らの稚気を気取られるのが怖かったからだろうか。

「なんか前に言っていたよな。『エーテル』のこと夏に公表するとか何とか。それと関係がある?」

「そうだ」

 自転車のサドルの位置を調整。こんなもんか、と跨ると、桜も荷台に腰を下ろして、俺の腰に手を回した。

 背中に感じるのは桜の体温。そして柔らかい何かの物体。理性を総動員して意識から除外する。く、負けるな、俺。俺は紳士。そう、紳士だ。

 紳士はやましい事は考えないのだ。……よし。

 さて、帰るか。ぐっとペダルを踏み込むと、『エーテル』搭載電動自転車は、人間二人を乗せているとは思えないほどスムーズに動き出す。

「だから、ユリに『エーテル』のデータを今、奪われるワケにはいかないのだ。ユリの黒幕とやらの目星はついたが、そいつが正確なデータを手に入れて『エーテル』の権利を主張したら、計画がおじゃんになる」

「ふーん。だから、あのデータを出鱈目に弄っておいたってわけか」

 さすが桜というべきか、この電動自転車のパワーアシストは大したもので殆ど脚に力を込める必要が無い。裸足だったけどこれなら痛くはならないだろう。『エーテル』、マジですげぇな。

 一応桜が後ろに乗っているから安全運転だ。けど、確かに本気で漕げはスクーター並みの速度は軽く出せそうだ。それだけのポテンシャルを感じる。

 月に照らされた、夜の街。風が気持ちいいな。

「まぁな。ただ、部室のあの黒板の裏に隠してある『エーテル』そのものを奪われて直接解析されればちょっとマズイことになるかも。いや、厳重なセキュリティを施しているし、先日ユリたちは立つうち出来なかったから……」

 そこで、桜が固まった。ちらりと後ろを見ると、「しまった」と顔全体で叫んでいるような表情の桜が居た。

「た、達樹。止めてくれ! 早く!」

 ベシベシベシと肩を叩いてくる。急ブレーキをかけて自転車を停止させると、桜は慌ててタブレットをバッグから取り出した。何かと思って覗き込むと、体育館の映像がディスプレイに出ている。

 体育館では、ユリがヨシュアやヨハン、それに他数人の同じ様な装備で身を固めた男たちに指示を出しているところだった。桜が音声をオンにする。

『……聞いた通りや。今回はもう遠慮する必要はあらへん。工具で部室の黒板を破壊、『エーテル』を奪取後、速やかに離脱! 行くで!』

 ――なん……!?

 脳裏に閃く直感。瞬間的に俺はサドルから立ち上がっていた。自分の尻をまさぐると。

 あった。

 引き剥がし、桜の前に差し出す。

 手の上の黒い、小さなプラスチック製のそれを見て、桜は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……盗聴器……!」

 ユリに、キスされた時だ。

「やられた。いや、やり返された」

「くそッ!!」

 桜が盗聴器を手に取って、口元に近づける。何をするのかと思ったら、大きな声で「わッ!!」と叫んだ後、盗聴器を地面に叩きつけて踏み躙る。

 桜の盗撮カメラの映像がズームされる。体育館を走って出て行く耳を押さえたユリの横顔が――口角が、笑みの形に持ち上がっているのがはっきりとわかった。

「学校に戻ってくれ達樹。全速力だ!!」


  †


 『エーテル』搭載電動自転車を全力で漕いで、猛烈な速度で来た道を逆走し、僅か一分足らずで俺たちは校門前へと戻ってきた。タイヤからけたたましい音を立てて急制動。自転車から桜が飛び降り、タブレットを開いて忙しなく操作する。

「学校全体に施した桜印の緊急セキュリティを起動する。ID承認……パスワード承認。ルートFを除いて全ての通路・教室を施錠。シャッター閉鎖」

 桜がなにやら操作するたび、校舎のあちこちからシャッターが閉じたり鍵がかかったりする音が響いてくる。というか、一体何時の間に、こんな仕掛けを施したんだ……?

 俺が若干引いているのを尻目に、桜は更にタブレットの液晶画面に指を滑らせた。

「部室周辺のセキュリティレベル最大値『アポカリプス・ナウ』に設定。赤外線監視装置起動。スマート地雷活性化。隠し対人地雷起動。テイザー・ガン起動」

 うぉい!!

「ちょ、お前……いまエラい物騒な単語が飛び出した気がするんだがな!?」

「非殺傷兵器だから大丈夫だ。問題ない」

 さらりと言い返す桜。いや、兵器っつー時点で平気じゃない。大問題だ。

 ンなもん単なる高校の廊下に設置すんなよ。

「いゃあ冗談のつもりだったんだが、さすがの私もまさか実際に使う事になるとは思いも寄らなかった。なに、当たったところで少々青痣ができたり、昏倒したのち頭痛と吐き気を覚える程度だ。死んだりはしないよ」

「冗談で校内に非殺傷兵器仕込むなよ……」

 呆れた。お前、登校はするくせに授業に出ないと思ったら、暇な時間使ってこんなもの仕込んでいたのかよ。

「……よし、これで大分時間が稼げる」

 そう言って桜がタブレットを直すと、俺たちは校門へと駆け寄った。外に出たのと同じ方法で再び鉄柵を乗り越える。

「こっちだ」

 桜に手を引かれて向かうのは、校舎ではなくグラウンドの方だった。なぜ、とは訊かない。桜のことだから、なにか考えがあるのだろう。……多分。

 校舎からは、遠く罵声が聞こえてきた。次いで銃声。金属が連続で叩かれる音。

 どーん、という、低くくぐもった音。

「って、おい。今の爆発音じゃねーか」。

「ふむ、やつら手榴弾まで使用したか。いよいよなりふり構っていられない、といったところか」

「いやいやいや、洒落にならんだろソレ」

「そう悲観したものでもないぞ、達樹。……着いた、ここだ」

 桜が止まったのは、体育館とグラウンドの間にある小さな倉庫だ。このプレハブには体育祭のテントとか綱引きの綱とか、滅多に使う事のない用具がまとめて置いてあるはず。

 桜はポケットから針金を取り出して、プレハブのシャッターの鍵穴に突っ込んだ。さすがの桜といえども、完全アナログのロックはパソコンで操作とは行かないらしい。

「悲観したものでもないってったって、相手はプロの傭兵だぞ。そいつらが爆発物持ち出したって事はいよいよマジってことだろう。悲観する要素しか無い気がするがな」

 俺がそう指摘すると、鍵穴に向かってしゃがみ込む桜が返してくる。

「確かユリは、今回の任務が暗殺ではない、と言っていただろう。達樹に見せていた手榴弾もスタン・グレネード――強烈な光と音で相手を気絶させるための武器だ。モノを破壊する威力は殆ど無い。ということは、だ」

 カチン、と音がして鍵が開いた。見事なお手並みですこと。

「持ってきた爆発物はそう多くは無いはずだ。勿論希望的観測に過ぎないが、まだまだ障害物は沢山ある。それを一々爆弾で吹っ飛ばす、ということは、敵の物資消耗を期待できるということだ」

 なるほどな。一理ある。

 目前のシャッターを半分くらい持ち上げてやると、桜がその身を滑り込ませた。続いて俺も中へと入る。ひんやりとした、埃っぽく黴臭い空間。

「こっち――この辺りだ」

 桜が、コンクリの床をコンコンと叩いた。次の瞬間、単なるコンクリうちっぱなしの床の一部が開いて、地下へと下る梯子が露わになった。隠し通路である。

「よし、いくぞ、達樹。……達樹? どうした。こめかみに手を当てて首を振ったりして。頭でも痛いのか?」

 まぁ、頭痛いのは痛いに違いないんだけどさ。

「なんつーか、予想通りの隠し通路だったというか、全然驚きもしなかった自分に対してこう、思うところがあるというか」

 慣れて良いのかな、こういうのって。

 もう手遅れの様な気がしないでもない。が、もうちょっと自覚しないでいたいなー、なんて思うわけです。いやもー、フツーに驚かなかったからな、今。

 やっぱ手遅れかな。

 桜に続いて、梯子に脚をかける。ふとプレハブの窓から、お空に浮かぶ月が見えた。ちょっと欠けているそのお月様に祈りたい気分だよ。

 

  †


「お、今あいつ、こっちに気付いたんじゃないか?」

「どうだろうな。見たところ、まだ余裕があるようで実は一杯一杯みたいだからな。本人もそうとは自覚してないだけで」

「そんなもんかね」

「そんなもんだ」

「……なぁ、俺たちってまだ出待ちしなきゃ駄目? 俺としては今すぐ動きたいくらいなんだけど」

「駄目だ。私だって動きたいのを我慢しているんだ。今動くと因果率が想定限界を超えて異数値化するだろう。別ルートフラグが立って、そうなったら何のために私たちがここまで来たのか判らなくなってしまう」

「難儀なもんだ」

「全くだ」


 



ホントこう、我ながら色気のない物語だ。


ねくすと →  存在自体が陥落フラグ。

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