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颯爽桜はマジひどい。  2


  †


「んな……ッ」

 パクパクと口を開閉させて、俺の方を見るユリ。

「だから、俺んちにまで盗聴器仕掛けているヤツだぜ。体育館にだって仕掛けてるに決まってンだろ。もしかしたらカメラだって仕掛けてるんじゃねーの?」

 ていうか、学校中に仕掛けてるみたいなことを匂わせてたじゃねーかあの馬鹿は。

『さすがだな、達樹。私のことをよくわかっているな!』

 スピーカーから得意げな馬鹿の声が、夜の体育館内に響き渡る。

『こんな事もあろうかと、体育館と一部の教室、職員室にはちゃんと盗撮カメラをセットしてある。達樹の家は言わずもがなだな! 備えあれば憂いなしの諺通りだ。暗視モードだから若干画像が悪いのが難だが、なに、そんなものは後で幾らでも修正できる。達樹の拘束プレイ、バッチリ撮ってあるから安心しろ!』

 要らんことすな。後でキッチリ録画データ消してやる。

 つか、なんかぬけぬけと俺んちにまで盗聴器仕掛けていたこと正当化しやがってねぇか?

「で、お前今どこよ」

『うむ、大通りを迂回しつつ、そちらに向かっている』

 スピーカー越しに桜が言った。

『達樹たちの会話はずっと聞いていたのだがな。追っ手をかわすのに集中していたのだ』

「追っ手って……ユリの仲間たちか」

 銃で武装しているとなれば、幾ら桜が街中の路地を知悉しているとしても並々ならぬ難度だったことだろう。

『いや、そうではなくてな? 達樹が攫われた直後、私も隠し通路で家を脱出したまでは良かったのだが。『エーテル結晶体』搭載型電動ママチャリに乗って追いかけていたら、警察が補導しようとしてきてな』

 ああ、こんな深夜だからなぁ。未成年が出歩いていい時間じゃねーし。

『しつこく追ってくるから苦労した。時速八十キロで狭い路地裏のカーチェイスだ。先ほど、ようやく撒くのに成功してな』

 そりゃ補導じゃなくて速度超過で声掛けられたんじゃねぇの? 道交法違反だ。

『それで、だ。ユリ。聞いているか? 確認したい事があるんだがな』  

「……なんやねん」

 それまで黙って俺たちの会話を聞いていたユリが、不機嫌そうに答えた。

『君たちが欲しがっているのは、『エーテル』のデータだろう? 達樹は『エーテル』に関しては全くの部外者だ。解放してもらうことはできないだろうか』

 ユリが、忌々しげにスピーカーの方を睨む。

「アホかい。そんなんで解放するんやったら、最初から人質になんてせぇへんわ。確かにタツキチはこの件に関しては部外者や。やけどな、桜チンにとっての大事な関係者やからな。五体無事で返して欲しければ、『エーテル』の全データ、寄越しぃ!!」

 言いながらアサルトライフルを俺のほうに向ける。銃口を突きつけられるのって本日何度目だよ。全く、生きた心地がしないぜ。

『…………』

「…………」

 緊迫の数秒。

 沈黙を破ったのは――桜の方だった。スピーカーの向こうから溜息が聞こえた。

『……仕方ない。それでは、天井の方を見てもらいたい』

 その言葉に、体育館内の全員が天井を見た。

「天井が……なんやねん?」

『いや、大したことじゃない。互いの持つカードの枚数を確認しておこうという、それだけのことだよ』

「何を言うて……」

 ユリが疑問の言葉を口にしようとした瞬間のことだった。

 ポ、と、視界の右端で一瞬、小さな光りが生まれて消えた。何かが爆発したのだ、と理解し視線を向けたとき。

「ウォォォォッ!?」

 男の一人――ヨハンじゃない方――が、悲鳴を挙げてその身を床に投げ出した。次いで、何かがそこに向かって落ちてきて。

 金属ひしゃげる音が響いた。

「ヨシュア!?」

「な、なんやねん……!?」

 ヨハンが、ヨシュアとやらに向かって走っていき、その身体を庇うようにして落下物に対して立ち塞がり銃を構えた。

 その落下物とは、天井に備え付けられている、巨大な照明だ。バスケットボールよりも二周りほど大きな金属の塊。体育館の床に穴が開いている。そんなものが直撃したら大怪我じゃすまなかっただろう。

『全員、その場を動くな。頭の上に照明を落とされたくなければな』

 スピーカーから、桜の声が響いた。ユリの身体が硬直する。

『よし、ユリ。先ずは達樹に向けているその銃を降ろしてもらおうか』

「……ぐ」

 悔しそうに呻き、しかし言われた通りにするユリ。

「な、なんやねん今のは……?」

『言っただろう、互いのカードの枚数を確認しておこう、と』

 どこと無く得意げな桜の声。今頃、自信満々のドヤ顔しているんだろうな、と俺は思った。口には出さないけど。

 悔しさと疑問の混じった視線を、ユリが向けてきた。ううむ、こうなるとちょっと可哀想かもしれない。説明してやろうか。

「だから、さ。桜っていうのは、俺んちや学校中に盗聴器仕掛けているようなヤツだぜ? 体育館の照明に爆発物仕掛けるくらいのことしてたって、別におかしくはないだろう」

『その通りだ。こういうこともあろうかと思ってな』

 かこーーん、とユリのアゴが落ちた。開いた口が塞がらない、そんな顔だ。

「いや、おか、え、おか、おかしいとか、そんなレベルやあらへん。な、なんで照明に爆発物なんか……」

 おうおう、混乱してらっしゃる。

「うーんと、きっと、そんな深いこと考えちゃいねーと思うぞ、あの馬鹿は。強いて言うのだったら、『こういうのって悪の組織の秘密基地とかでありそうだよね』とか、そんなもんじゃねぇの?」

『その通りだ、達樹。君は私のことを何もかもお見通しだな!』

 うっさい、馬鹿。

 アウアウと言葉を失うユリと、ヨハンにヨシュア。なんかもー、色々と哀れだな。

 全く、桜に対する理解が足りない――いや、さすがにコレを先読みしろっていうのは難易度が高すぎるか。俺だって、「桜のことだから面白半分で何か仕掛けてるんじゃねぇの?」くらいにしか考えてなかった。流石に爆発物とは思ってなかったが……まぁ桜だしな、うん。

『というわけで、ユリ。ちょっとは現状に対して認識を改めてくれただろうか』

「げ、現状って……」

『私の持つ『エーテル』のデータを狙って達樹を誘拐したまでは見事、と言おう。しかし、学校を交渉の舞台に選んだのは拙かったな。そこは私の縄張り。飛んで火に入る夏の虫とは正にこのことだ。照明の爆撃を受けたくなければ、さぁ、達樹を解放したまえ!』

 ぐっ、と悔しそうにユリが唇を噛み、天井を見上げた。いかに銃や手榴弾を装備していたところで、手も届かない天井から降ってくる鉄の塊は防ぎようもないからな。こんなだだっ広い場所じゃ、身を隠す場所もないし……と。

「あ」

 何かに気が付いたユリが、パッと動いた。椅子に縛られたままの俺の後ろに回りこみ、首を絞めつつ首筋に銃口を突きつける。

「うおっ!?」

『……む?』

「ヨシュア、ヨハン! 落ちてきた照明のソバや! そこやったら、もう落ちてくるものはあらへん!!」

 その言葉に、固まったままの二人が動いた。桜が反応するよりも速い。

「どうや桜ちん。落とせるモンやったら落としてみぃ! タツキチに当たってもいいンやったらな!!」

『く、しまった。その手があったか!?』

 桜のその言葉に、ユリがフフン、と勝ち誇った。

「これで形勢逆転や! さぁ、取引と行こか!」

『くそ……まだだ。まだ諦めるな。達樹だったら、直撃したとしてもきっと無事で……』

「いや何恐ろしいプラン呟いていやがるテメェ! 俺の頭はダイヤモンドか何かだと思ってんのか!?」

『違うのか!?』

「ふざけンな!!」

 思わず叫んだ。

 普通にカルシウムとタンパク質が主原料だよ! 気合でどうにかなるレベルじゃねーよ!

「お前何考えてんだよもー……」

 がっくりと肩を落とすと、背後のユリが哀れみの混じった声を掛けてくれた。

「タツキチも、よくあんなのの幼馴染やっとれるなぁ。正直ウチ、もうしんどいわ……」

「俺もだよ」

『こら、そこ! 敵同士で仲良くならない!』

 誰のせいだと思ってンだ、馬鹿。

「さて、どうするンや、天才さん? 状況は膠着状態やで?」

『くそ……』

 たっぷり十秒数えて、スピーカーから流れてきたのは――。

『どうしようもない。『エーテル』の全データを渡そう』

 にやりとユリが笑う。

「物わかりが良くて助かるわ」

 いや、そうでも無かった気がするけどな。

「……いいのかよ、渡してしまって。大事なモノなんだろう」

『達樹の命とは代えられないさ。だがな、ユリ。私がそちらに行くまでに達樹に掠り傷一つでもつけてみろ。その瞬間、学校丸ごと吹き飛ばしてでも報いを受けさせてやる』

 その声には紛れもない本気が混じっていた。ごくり、とユリが息を飲む。

 というか。

「掠り傷一つで、ってお前……もしかして俺ごと学校ブッ飛ばすつもりじゃなかろうな」

 俺まだ生きてるよね、それだと。

 お前がトドメさしてくれるんか?

『え? ……あ。』

 あ。じゃねーよ。もうちょっと考えてから喋れ。

『いやしかし――こういう台詞を訂正するのは非常にカッコ悪く間抜けだ。だから……うむ。仕方ないな、達樹!』

 何が仕方ないって!?

「おいこらテメェこのタコスケ! 本末転倒って言葉の意味を、そのスットコな脳みそに彫刻刀で刻み込んでやるから早く来い!!」

『ははは、照れなくとも構わないぞ達樹。それでは少し待ちたまえ。先ほどのパトカーがまたこちらに――む。見つかったか。しつこいな……!』

 プツン、とスピーカーのスイッチがオフになった。くそ、あの馬鹿。俺を助ける方向で動いているんじゃねーのかよ。クソ、どうする俺。味方が敵よりタチが悪ぃぞ。

 ポン、と肩に置かれる手。見上げると、ユリの顔に憐みを伴う優しい笑みが浮かんでいる。向こうに立っているヨシュアとヨハンも似たような顔だ。

 何で俺、自分を誘拐した人たちに同情されているんだろうね?

 ちょっと泣きそうだ。


  †


 十五分ほどのち。

 ギシ、という音がして、その場にいた全員の視線が体育館の正面入り口に向いた。両開きの扉を開いたのは、待ち人桜その人である。ボディバッグを肩にかけ、半袖のシャツにハーフパンツという、いかにもパジャマ代わりといった出で立ち。桜にとっても今回のユリの襲撃が予想外だったことが窺える。

 差し込む月光を背に、長い髪が揺れる。その目が体育館内を睥睨し、真っ直ぐ俺を見た。ヨハンとヨシュアが手にしたライフルを桜へと向けた。

「……約束通り来たぞ」

「遅かったやん」

 ユリが皮肉たっぷりに言って、拳銃を俺のこめかみへと向ける。

「それについては申し訳ないとしか言いようが無いな。警察の連中が中々しつこくて……。くそ、後で署長にはきつく申し付けておく事にしよう」

 なんか後半、さらりと怖いこと言っちゃってますけどね!

 ユリも警察に対してなんかやったらしいし、なんつーか我が街のおまわりさん上層部は完全に腐敗しているのか。嘆かわしい事この上ない。

「これが『エーテル』の全てだ。原料や製造工程は勿論、これまで行ったあらゆる実験データが入っている」

 そう言ってハーフパンツのポケットから無造作に取りだし、差し出したのは小さなUSBメモリである。

 俺は意外な気がした。世界をひっくり返しかねない発明品が、あんな小さな記録メディアに収まっているという事実。映画だったらCDだかDVDだかディスクデータなんだろうけど、これも時代の変化ということだろうか。つーか画的にしょぼいな。

 桜が、土足のまま体育館に一歩踏み出した。

「そこまでや。それ以上は近づいたらアカンで」

 静止の言葉とともに、ヨシュアが動いた。銃を桜に向けたまま、近づいていく。

 ヨシュアは桜の手からメモリを取ると、少し離れた場所に移動して懐から何かを取りだした。桜が持っているものより更に小型の携帯モバイル。メモリを差し込んで内容を確認していく。それをカバーするように動くヨハン。

 緊張の時間が流れた。その間、桜は涼しげな顔で俺の方を見ている。

 月の光に照らされる桜の顔に、俺を非難する感情は浮かんでいなかった。 

 そして、ヨシュアがユリに告げた。

「間違いない。本物だ」

 ユシュアとユハンが、桜を警戒しながら後ろへと下がる。そして桜が大声で言った。

「約束は守ったぞ、ユリ。達樹を解放してもらおうか!」

「……しゃああらへんな」

 ポリポリと頭を掻きながら、ユリが呟く。

「桜ちんのことやから、ここで何か仕掛けるか思うとったんやけど。エライ素直やな」

「達樹の命がかかっているんだ。仕方あるまい」

 さっき、俺を傷つけた代償のためなら俺を爆殺しても仕方ないとかほざいていた奴の台詞じゃねーな。

 ユリが、手際良く拘束を解いていく。二時間ぶりに戒めを解かれた俺は、肩を回しながら立ち上がった。うん、この解放感も久しぶりだな。

「さ、もうアンタらに用はあらへん。とっとと行き」

 俺はユリを睨んだ。

「こーいう時、映画だったら『やっぱり気が変わった』とかなんとか言って俺たちを殺しにかかってくる、てのが定番だがな」

「撃たれたいんやったら、別にそーしたってもかまへんけどな」

 どこかおどけたようにユリ。

「言うたやろ? ウチらは別に殺人鬼やあらへん。無駄な殺しはせん。ほら、行きや。ウチらもこの後、やらなアカンことは沢山あるんや」

 言い返そうかと思ったが、銃口で突かれて促されたのもあって俺は桜に向かって歩きだそうとした。

 瞬間。

「やっぱちょい待ち」

 背後から声を掛けられた――やはりなにか仕掛けてくるか、と身構えた時、ユリが俺の腕を掴んで捻る。動きを封じられると同時に体を入れ替えられ、気が付いたら俺は正面からユリに抱きしめられている形になっていた。

「んなっ……!?」

 何をする、と問う間もなく。

 背伸びしたユリの唇が、俺のそれに覆いかぶさっていた。

「アーーーーッ!?」

 俺が驚愕に目を見開き、視界の端で桜が叫んだ。

 ほんの一瞬のキス。ぱっと俺から離れたユリが、得意気な顔でへへん、と笑った。

「うひひ、ご馳走様」

「おまっ、ちょ、何を……!?」

「何って、いわゆる一つの接吻ちゅーか、キスちゅーか、ベーゼ。もう一回言うとくけど、タツキチに惚れてるっちゅうんはマジやでマジ。いくらなんでもあんな人間大砲に乗って助けに来てくれるとか、カッコ良すぎやんな自分」

 照れたように捲し立てると、俺に向かって手を差し出した。

「さっきのスカウトの件も結構本気やねんで。なぁ、折角やし一緒に来ぃへん? ウチのパートナーになって、世界中を回ってみぃへんか?」

 その眼を見て直感的に、ユリが本気で言っているのだけはわかった。一瞬、ほんの僅かでも動揺が無かったかといえば、それは嘘になるだろう。

 だが。それでも。

 駆け寄ってきた桜が、俺の手を取る。

「達樹!」

 たったそれだけで心は定まる。俺は無言で桜に一歩寄って、意思を示した。

 ユリは、大仰に肩をすくめる。

「ま、わかっていた結果やけどな」

 再び銃口を俺に向ける。引き金に指は掛かっていない。

「早く行きや。それで、さよならや」

 俺は頷くと、踵を返して桜とともに走って、体育館を出て行った。

 取りあえず、撃たれはしなかった。



ユリさんが楽しそうで何よりです。


ねくすと → 桜さん出し抜かれるの巻。

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