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颯爽桜はマジひどい。 1

  †


「ほい、お疲れさん」

 ユリの声がして、俺は噛まされた猿轡とアイマスクを外された。

 正面にユリが立っていた。パイプ椅子に座らされた俺が周囲を見渡すと、そこは薄暗い……というよりも、仄明るい場所だった。とても広い。明るいのはいくつもの窓から、月の光りが差し込んでいるからだ。そういえば今夜は満月だったか。

「ここは……学校の体育館か?」

「正解や」と、ユリが手にした拳銃を突きつける。

「タツキチは大事な人質やねん。撃ちたないから騒がんといてな」

 俺のことかよ、タツキチって。

「ヘイヘイ」

 生返事をしつつ、改めて辺りを見回す。昼間と夜では全く印象が変わるもんだな……などとズレた事を考えながら、壁にかかっている時計を見れば午前二時を回ったところ。

 視点を降ろせば、ユリと、二人のマスク男が立っている。三人とも黒尽くめで、拳銃とマシンガンで武装している。一人は耳元に手を当てて、なにやら誰かと連絡を取っている。小型のマイクを装備しているらしい。つまり、体育館内の三人以外にも仲間がいるってことだな。

 銃で武装したプロが、最低で四人。ここまでやるヤツらが、まさか今更モデルガンってこともないだろうし。くそ、桜といいユリといい、風難じゃなくて女難だったのか。

厄介事ってレベルじゃねーぞ。

「なあ、ユリ。親父たちには手を出してないんだろうな」

「当たり前や、アホ。ウチらは別に殺人鬼ちゃうねんで。血を見ずに済むンやったらそれに越したことはあらへんワ」

 言いながら拳銃を太腿のホルスターに戻すその動きは滑らかで慣れたものだった。拳銃を使い慣れているって事は、当然撃った事もあるって事で、つまり必要ならば躊躇わずに撃つってことだよな。

「上からもできる限り穏便に済ませろって言われとる。アンタのご両親は麻酔ガス嗅がせたったから昼までグッスリや」

 親父、遅刻確定。

 万年係長の親父は、なんか手柄上げて昇進したいと言っていたが……ツイてないいな。これじゃ今年も出世はなさそうだ。巻き込んでスマン、親父。

 しかしユリ、実はよく喋るんだな。性格も変わっているし、こっちの方が素か? 板についているっていうか、馴染んでる。今まで猫被っていやがったな。

 俺は身体を揺すってみた。拘束具をつけたままの両腕はビクともしないし、パイプ椅子から立ち上がるなんて不可能だ。精々身体を揺すって右か左に倒れるだけ、か。

 だがな、こんな状態だって出来る事はあるんだぜ。

「遅刻くらいで済むんだったら安いもんだな。安心したぜ」

 そう言って俺は再び身体を揺すって、背もたれの後ろに回された腕の位置やら尻の位置やらを直した。ふむ、こんなもんか。

「じゃ、お休み。三時になったら起してくれ」

「え、ちょっ、待っ、」

 俺は目を閉じる。なんかユリさんが慌ててらっしゃるが無視。大きく息を吐いて身体を椅子に沈めたところで、肩を掴んで揺さぶられた。

「いやいやいやいやちょっと待たんかィ自分!? ちょ、なに寝ようとしとんねん!?」

「うるさいなぁ……。新聞配達のバイトがあるから、少しでも睡眠時間稼ごうってしているだけだ。大丈夫、そっちの邪魔にはならないから気にしないでくれ」

 再び目を閉じようとしたら、再び肩を揺すられた。

「おかしいおかしい、アンタちょっとオカしいワ!? 一体何をどうすれば、この状況で寝ようなんて思いつくンよ!? つーか、アンタなんでそんな冷静なん!?」

 引っ掛かった。

 内心でほくそ笑みながらも、顔では欠伸をしながらユリを見る。

「いや、だってなぁ。中学ン時、対立してたチームの奴らから散々拉致られていたし、なんつーか、慣れてる」

「な、慣れてるって……」

「いやぁ懐かしいな。酷いときには隔週で攫われてたっけ、俺。青春そういうこともあるよな。な?」

 ユリはガックリと肩を落として呟いた。

「あるかいそんな青春。イヤすぎるワ……。タツキチって、ウチが思っとった以上に荒れた中学時代を送っとったんやねぇ」

 しみじみと、同情した目で見られたよ。それはそれで腹立つな。

「そっちこそどーなんだよ。単なる高校生にゃ物騒な代物じゃねーか。一応聞いておくけど、本物だよなそれ」

 顎で示したのは、ユリが肩掛けにして抱えているマシンガンである。

「モチのロンやで。H&K G36。ドイツは勿論、世界各国の軍隊で使用されとるアサルトライフルや。タツキチも映画やゲームで見たことあるんとちゃうかな」

 ユリがそのGなんたらを構えた。アニメだったら『ジャコッ』とでも擬音を伴っているんだろうが、その銃口が天井ではなく俺の額に向けられているのだと思うと冷や汗しか出ねぇ。正直ションベンちびりそうだ。

「じゃ、じゃあそっちの拳銃は?」

「同じくH&K社の名銃Mk23。米軍特殊部隊が採用したことから、通称ソーコム・ピストルと呼ばれとンねん」

 G3を背中にやって、ホルスターの銃を抜くユリ。

「名前は聞いたことあるな。って、いやだから、わざわざ俺の頭に向けるの止めね? マジ怖いんだけど」

「頭やったら怖いのも痛いのも一瞬だけやで?」

「だから怖えーーーよ!!」

 若干ワクワクした笑顔で言うんじゃねぇ!

「額ンとこ、的描いていい?」

「駄目です!! 全力で却下だンなもん」

「じゃあ肉って書いていい?」

「それも駄……またネタ古いなオイ!」

「ぶー。やったらやっぱ、的描くしかあらへんやん」

「駄目だっつってんだろ!! 泣くぞ!!」

「えーやん。減るもんじゃなし。タツキチ、意外とケチやなぁ」

「減るよ! 一個しかない命が現在進行形で磨り減ってるよ!!」

 ったく。なんてこと言う奴だ。これが素の性格って言うのだったら、非公式ファンクラブの連中が知ったら泣くぞ? いや、一部は逆に喜ぶか? 俺は今すぐ泣きたいくらいだけどな。

「よく見たら、そのベスト……タクティカルベストって奴か。弾倉とか手榴弾までぶら下げてるのな」

 マジ軍隊みたいだな。これでヘルメットでも被っていれば完璧だ。

「この手榴弾はアレや。スタン・グレネードっちゅうヤツや。銃には実弾入っとるけど、今回の目的は暗殺やあらへんからな」

 暗殺て。

 生々しすぎて、逆に引き攣った笑いが浮かんでくるな。

 俺は改めてユリの顔を真っ直ぐと見た。

「なぁ、ユリ。お前マジで何モンだよ。銃器扱う手付き見れば、俺にだって素人じゃないってことくらい判るぜ。なんでお前みたいなヤツが、フツーに学生なんてやってたんだよ」

「まぁなんちゅーか、これも一つの潜入任務? みたいな? あ、先に言っとくけど、あん時タツキチに告白したキモチはウソやあらへんで。仮初の学生生活とはいえ、モノホンの学生みたいな甘酸っぱい思い出を作ることができるなんて夢にも思わへんかったわ」

 チュッ、と投げキッスされた。

「その話は置いといて。逆にタツキチこそナニモノなんか教えてくれへんかなぁ。普通、こんな風に実銃向けられたらンな冷静じゃいられへんもんやで?」

 う。

 ユリの目が冷たい。マジだこいつ。正直に答えなきゃ駄目かね。

 溜息をついて、昔893と揉めるハメになってトカレフとかいう銃で撃たれた事あるって簡単に説明する。ちなみにその時の教訓は、『痛いとか怖いとかいう感情はさて置いて、まずは冷静にならないとマジ殺られる』だ。

 さっきとはまた別の意味でユリは呆れた顔になった。

「いやほんと、あん時ゃ超痛かった」

「……アンタこそ何モンやねん。実はニューヨークのスラム街出身か何かなんか?」

 悪かったな。フツーにこの街生まれのこの街育ちだよ。ニューヨークなんて行った事も無い。 

「ま、ええわ。教えたる。ウチはな、ドイツに本社のある『ヴォーダン』ちゅう民間軍事会社の社員やねん」

 その単語は、ニュースで聞いたことがあった。

「民間軍事会社……傭兵か!」

「おい、ユリ」

 そこで、辺りを警戒していた男の一人が怒声を発した。ていうか、日本語できたんスかアンタ。

「幾らなんでも喋りすぎだ」

「大丈夫やって、ヨハン。どうせウチらはこの件が終わったら日本を出て行くさかい。警察には鼻薬を嗅がせてあるから、タツキチが訴え出ても碌に捜査が行われる事はあらへんし、そもそもこの件を地方の警察レベルで処理するのは無理があるかんな」

 そのユリの言葉を、俺は頭の中で整理する。

 県警くらいじゃ手の出しようが無いって事は、もっと上じゃないと駄目ッてことか?

 たしかに、マシンガンだかアサルトライフルやらで武装した兵士相手じゃ、機動隊では荷が重たいような気もする。

 情報を整理しながらも、俺は更にユリに問いかけた。

「狙いは桜――というより、桜が持つ『エーテル』のデータか。確かにアレは世界を引っくり返しかねない代物なんだろうけどさ。けど、例えば俺やお前くらいのヤツが握っていても何の役にも立たねぇと思うぞ」

 当たり前や。そう言って、ユリは再び俺の額に銃口を向けた。

「自分で言うたやん。ウチのことを傭兵って。傭兵の傭って、金で雇うって意味やで。ウチらの雇い主は『エーテル』をご所望や。正直桜チンに説明されるまでピンと来ぃへんかったけど……なるほど、そっち方面にコネがある人物やったらあれは金を生む魔法の薬やね」

 ふうん、なるほど。『そっち方面にコネがある人物』が黒幕か。

 ゴリッ、と銃口を押し付けられた。

「タツキチには悪いけど、ちぃと我慢しといてな。桜チンの家も部室の黒板も、セキュリティ堅くてこうするしか方法なかったんや」

 ああ、こないだの夜、工具持って屋根に張り付いていた男はそういうことか。中に入れずに手間取っていたんだな。

「なんだ、お前もいたのか。どーせ桜のことだからセキュリティ二重三重だったんだろ」

「二重三重っつーか、二十三十やったわ……」と、心底疲れた声でユリが言う。本当にメンドクサイ仕掛けを施してたんだろうな、桜のヤツ。

「なんやねんアレ。桜チンは偏執狂かい思うたわ」

 ユリが言うには、それぞれのセキュリティ解除が連動していたんだと。一番を解除するためには七番を半分解除した状態にしなきゃならなくて、七番をそこまで解除するには九、十、二番の順でそれぞれ特定の状態にしなきゃならなくて、そのためにはまず……。

 こんな感じだったらしい。

「あー、つまり、完全にこんがらがった三十本の糸をほぐせ、みたいな状態か」

「せやねん……」

 力技ではダメな風になっててなお且つ解除手順はわかりやすいけどやたら手間がかかるっていう仕掛けだ。実に性質が悪い。

 けど桜のことだから、正面玄関から呼び鈴鳴らすコースには何も仕掛けてないんだぜきっと。教えてやんねーけどさ。

「今、別働の部隊が桜チンと交渉しとるはず。『エーテル』の全データさえ手に入れば別に危害は加えるつもりはあらへんから、もう暫く大人しくしとってや」

「へーい」

 生返事をしながらも、俺はこう考える。

 あの、桜が。

 ンな簡単に。

 事を運ばせてくれるよーな奴なんだろうか、と。

 眼前のユリが、耳に手を当てた。相手が誰だか知らないが、どこぞから無線で連絡が入ったらしい。その内容を聞きながら、ユリの目が丸くなっていく。

「……ハァ? もぬけの殻ってどういうことやねん!? 家におらんって……!?」

 ほらね。

「逃げたんじゃねぇ?」

 俺が何気に呟くと、ユリと、他二人が凝視してきた。

 うむ、仕方ない。解説してやるか。

「お前ら桜のこと、何にもわかってねーよ。アイツんちは両親共に有名な学者で、その研究内容狙って泥棒入られるなんて昔からしょっちゅうあったんだよ。だからアホほどセキュリティ仕掛けてあるし、脱出用の隠し通路くらいあるに決まってンだろ」

「でも、そんなもの家の設計図には……」

 と、ヨハンと呼ばれた男が言った。俺はそれに首を振って否定してやる。

「学校の黒板当たり前のように無断で改造している奴だぜ。自分の家なんて建てたときとはもう中身別物じゃねーの? 今アンタらの仲間が桜の家に忍び込んでいる真っ最中ってんなら、よくわからないボタンは押さないようにって伝えてあげることをお勧めするよ。いや、これはマジで親切心からの忠告」

 そのとき、ユリが突然顔をしかめて耳から無線のレシーバーを引っ剥がした。俺の位置からでも聞こえる、「ヒンギャアアアアアッッ」という悲鳴。

 俺は頭を振って、痛ましい表情をつくり、ワザとらしく溜息をついた。

「手遅れだったか」

「じゃ、じゃあ桜チンは一体どこに逃げたって言うねん!? いやそれ以前に、どうして逃げたりなんかできたんや……」

 やっぱりコイツ、桜に対する理解が全く足りてない。あの時屋上で、俺と桜の会話の何を聞いていたんだろう。

「ユリ。学校に盗聴器仕掛けるような奴が、俺んちには仕掛けてないって思うその根拠は一体どこから湧いて出てくるんだよ。桜が逃げたって言うんだったら、俺が攫われる一部始終を聞いていやがったからに決まってんだろう」

 それを聞いて、その場に居た三人はあんぐりと口を開いた。いいね、その間抜け顔。『絶句』って題で写真に収めたいところだ。

「……ンなアホな!! どこの世界に幼馴染の家に盗聴器仕掛けるヤツがおんねん!!」

 どの世界にもなにも、この世界にいるよ。割と身近に。

「全く以ってその通り。アイツはアホなんだよ」

 ユリのその反応は正しい。俺んちにまで盗聴器仕掛けてるなんて普通思わない。ただし、桜相手に限っては間違いである。

「じゃ、じゃあ桜チンは逃げて……今、一体どこにいるっちゅうねん!!」

 ユリが俺の胸倉を掴んで揺すり上げる。仕事とはいえ攫って縛って実銃突きつけて揺すって、お前、俺に惚れてたってやっぱ嘘だろ。

「流石にそこまではわかんねーよ。俺だって超能力者じゃねーンだからよ」

 そう答えると、舌打ちをしてユリが手を離した。全く、混乱して頭が回ってないって感じだ。

 だから、俺は言ってやった。

「桜の居場所が知りたいんだったら本人に聞けばいいじゃねーか。教えてくれるんじゃねーの?」

「電話かけろってか? ンな出てくれるワケあらへんやん」

 何を言ってるのかという顔で睨まれた。

 だから、桜に対する理解が足りないっての。

 俺はユリの言葉を無視すると、天井に向かって言葉を放つ。

「おい、桜。聞こえるか?」

 視界の端で、ユリと二人の男がキョトンという顔を見せた。次いで、釣られた様に天井を見る。

 そこに桜がいると思っているんだろうか。だとしたら、残念ながらそれはハズレ。

 だが、反応はあった。ブツリという音がする。電子機器のスイッチが入ったときの音だ。それは体育館のスピーカーから聞こえた。

 そして雑音に続いて、スピーカーから流れて来たのは――。

『……あ、あー、アー、テステス。テステス。達樹? 聞こえてるぞ、達樹』

 紛れもない、桜の声であった。



盗聴器は乙女のたしなみ。


ねくすと → 桜はアレです。トランプの大富豪では、勝ち筋を見つけておいて一気に勝利するタイプ。だけど横槍入れられると即ボロボロになるっていうアレ。

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