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颯爽桜はマジ天才。  2

  †


「んで、結局あの電話は一体なんだったんだよ」

 隣の桜に問いかける。

 階段を転げ落ちたのち、桜はもう学校に残っている用事もないというのでじゃあ帰るか、という話になった。ユリとは先ほどまで一緒だったが、駅前の広場で別れた。俺たち二人はバス停のベンチでバスを待っている真っ最中だ。

 梅雨前のしけた空気。少し肌寒いかもしれない。

「うん、アメリカ時代の同僚からの電話だったのだが、ちょっとな。最初はダビーの新しい身体を運ぶついでに、奴の兄妹たちが日本に観光に来るとかそういう内容だったのだが。途中からは私もがっつり関わっていたあるプロジェクトが、色々と予定が前倒しになって大変な事になっている、という話になってな」

「ふむ。よくわからないが、大変そうだな」

 そうなんだ、と桜が溜息をついた。

「ダビーの製作者でもあるダニエルが、今すぐ『どこでもドア零號機』で飛んで来てくれって言っていたぞ」

「た、大陸間弾道人間大砲……」

 俺の呆れた言葉に、桜は首を振った。

「いや、流石に太平洋を横断できるほどの射程距離はないよ。あの『どこでもドア』の限界は精々二千メートルと言った所だ。それも、弾となる人間の安全を考えない場合のな」

「……安全って?」

 うん。あまり訊かない方がいいような気もするが、そうしないでいられないのもまた人間である。

「口で説明するよりも、見たほうが早いかもな」

 言いながら桜はバッグから、いつものモバイルを取り出した。この天才が自作しただけあって起動するのに数秒とかからない、実にストレスフリーな性能だ。

 桜が膝に乗せたモバイルの液晶を覗き込む。

「3Dシュミレーションだ。射程距離を二千メートルに設定している」

 画面の中では、ポリゴンで構成されたのっぺらぼう人間が、例のどこでもドアにセットされている姿が映っている。いくぞ、と桜が呟いて、画面をタップした。

 瞬間。

 ボンッ、と破裂音がした。そしてどこでもドアの発射口から、真っ赤な塊が勢い良く飛び出し、ベチャベチャと赤い液体を撒き散らしながら放物線を描いて落ちた。飛距離はざっと八百メートル。

「……おい。一応確認するが、これは一体なんだ」

 バカは神妙な顔をして、声を潜めて応えた。

「元は人間だった物体、かな」

「…………」

 俺は目を瞑り、天を仰いだ。

 やっぱり訊かなきゃ良かった。

「当たり前の事だが、より遠くに飛ばすためにはより強い威力で発射しなければならない。しかし、人体の方がその威力に耐えられないのだ。クッションにも限界があるしな」 

 衝撃を喰らった瞬間、中の人の骨は粉砕され内蔵は破裂し筋繊維は断裂し四肢は千切れ、無残な姿になって宙に飛び出し、粉々になった腕やら脚やらを撒き散らしながら飛んでいく。

「しかも、だ。ここまで惨いことになっても、二千メートルに及ばないという悲惨な結果が待っているんだ。千切れたり砕けたりに運動エネルギーが食われるせいなんだけど」

 こ、言葉も出ねぇ。ただのシュミレーションだというのに、撃ち出されたポリゴンの人間が哀れになってきた。

「これがもっと硬い金属の弾とかだったら充分に目標まで届くんだけどな。人間を無事に飛ばすとなったら五百メートルが精々だね。余裕をもって三百。それ以上はいくら私でも安全を保証しかねるな。いざとなれば一筆書いてもらうかも知れん」

 一筆ってあれか。同意書的な奴か。それとも遺書的な奴か。

「お前、こんな危険なものに俺を乗せたのかよ」

「しかしだな、達樹。あの時はユリの命を救うのに、アレ以外の手段はなかったんだ」

「む、それは……確かに」

 地面にマットを敷くくらいでどうにかなる高さじゃなかった。他の方法を模索する余裕も無かった。

 むしろ、どこでもドアもどきが屋上に存在していたこと自体、奇跡的な幸運であったと認めなければならないだろう。

 だとしても何と言うか、桜によるマッチポンプっていうイメージが拭えないのはなんでだろう。日頃の行いのせいかな、うん。

「それに、三百メートルまでだったらアメリカ時代に散々実験して安全を確認していたからな」

 その実験台になったのはダニエルさんであるそうな。

「数千万のダビーのボディを壊されたり、ダニエルさんって桜に関わって碌な目にあってないな。同情するぜ」

 桜は小首を傾げた。

「彼は彼で、いつも泣いて喜んでいたんだが。『サクラ、今度のどこでもドアの実験は何メートルだい』って自分から言ってきたりな」

「いや、どんだけMだよ」

 呆れた。やっぱダビーのあの性格って、桜じゃなくてダニエルさんのせいなのか?

「つか、『どこでもドア』なんて名前詐欺もいいところじゃねーか。どうしてそんな名前にしたんだよ。フツーに人間大砲でいいじゃねーか」

「いや、最終的にはドラえもn……青い狸猫・未来系に登場する、ああいう感じの瞬間移動装置を目指しているんだよ。けど、なんというか。技術的な課題どころか、どういった理論を完成させればいいのかもわからない」

 眉根を寄せて、桜が遠い眼をしてみせた。

「桜ほどのヤツでもか。瞬間移動って難しいんだな」

「難しいどころの話じゃない。タイムマシンの方が、理屈としては簡単かも知れない」

 とにかく速く動けばいいんだからな、と桜は自棄気味に笑う。

「じゃあ、『どこでもドア』の実現は絶対に不可能なのか?」

 俺がそう問いかけると、桜はいや、と首を横に振った。

「まだ実証したわけではないのだが、『こーすれば出来るんじゃないかな』的な仮説はいくつか考えてみた」

 ふむふむ。

「一番単純に考えられる方法は、こうだ。紙の地図に記してある地点Aと地点Bを地図そのものを折り曲げて重ね合わせるように、現実の空間を力技で折り曲げてくっつけてしまい、その瞬間に対象を移動させる」

 俺は呆れたような顔をしてみせた。

「そりゃまた本当に力技な発想だな。理屈上は確かに上手く行くかも知れんが、現実で三次元的にそれをやったらトンでもない事になるんだろ?」

「ご明察だ」

 桜が笑う。ほらな。俺だって伊達に桜の幼馴染やってるわけじゃねー。ここのところのトンデモ実験に付き合わされたお陰で、ちっとは先が読めるようになったな。

「まだまだ空論でしかないが。東京―大阪間の移動でシュミレーションしたときには、間にある各県が消滅した」

 消滅?

「空間ごと」

 空間ごと!?

「折り曲げたのが紙の地図ではなく、硬いプラスチックみたいなものだった、と言えば想像しやすい。圧し割れて破片が飛び散ってしまってな」

「おい」

 いくらなんでも、そこまで酷いとは予想外だ。

「次元が割れて消滅した余波は、東京・大阪にも発生する。空間そのものが震えて、その衝撃に打たれた建築物は分子レベルで砂の像のようにサラサラと崩れ崩壊するだろうな。人間だったら消し飛んでしまっているね。原形を留めているとしたら、まぁ……表皮だけ残して、他の組織が全部ジュース状に」

「おいバカやめろ」

 グロは勘弁だ。

「それだけじゃない。消滅する空間が大地――いや、地殻を砕く可能性すらある。そうなっては地球全体で地殻変動……いや、パンゲア大移動が三日で起こるような、というか。地表全部が粘土を捏ねる様な、というか」

「そこまでかよ」

 もうSFどころの騒ぎじゃない。東京から大阪まで瞬間移動しようとして天変地異かよ。

 しかし、桜は不満そうに、「これでもまだ控えめな予想なんだ」とのたまいやがった。

「消滅したのはあくまで宇宙の一部なのだから、その視点からだと地球が砕けてもおかしくは無いんだがな? 例えば怪力の人が、力尽くでリンゴを二つに割る感じだ」

「お前こないだも地球が割れるのどうのって言ってなかったか?」

「まぁな。だが、それだけに留まらずだな」

 俺は呻いた。まだあるのかよ……。

「消滅に巻き込まれた建築物や土砂、空気などはどこに行くのかという疑問もある。消滅とは言ったが、熱量保存の法則はどうなるのか。もし、それらの質量が完全にエネルギーに変換されて全てこちら側にフィードバックするというのであれば、控えめに見て核兵器百億発でもきかない熱が発生する。真っ二つになった地球は銀河系の彼方にホームラン……あ、いや比喩でも何でも無く。要するに消し飛ぶか吹っ飛ぶって話なんだが」

「あー、もういい。聞きたくない。つまり瞬間移動なんて横着せずに新幹線使えってことだろ」

 桜の話に付き合っていると、人類滅亡どころか地球が百回消滅するよ。

 それともお前はアレか。そんなに地球を星の彼方に吹き飛ばしたいのか。

「ははは、えらく現実的かつ堅実な手段に落ち着いたな。だが、その通りだ」

 と笑う桜。だが、それで瞬間移動が瞬間的な移動という解釈で人間大砲に落ち着くというのも訳のわからない帰結なんだがな。

 天才様の発想はようわからん。

 俺がそう尋ねると、桜は苦い顔をした。

「それについてもちょっとした紆余曲折があってだな。ダニエルが……」

 と、その時。

「あれ、梶原くんに、颯爽さん?」

 今日はよくよく後ろから声を掛けられる日だな。桜と同時に振り返ると、そこにいたのは私服の杉山だった。美人のお姉さまと腕を組んでいる。俺と視線が合うと、彼女はそそくさと絡めていた腕を解いてそっぽを向いた。

「なんでこんなところに?」 

 と、不思議そうな顔で杉山が尋ねてきた。

「なんでも何も、俺たちは今から学校から帰るところなんだが」

 確か杉山は、誰かと明日の試験勉強をするからと言って先に帰ったはずだ。ああ、その相手がそこのお姉さまか。羨ましいつーか、とっかえひっかえ忙しいヤツ。

 疑問符を顔に浮べた杉山が、駅の向こうを指す。

「いや、だって、僕あっちのほうで、さっき梶原くんたちとすれ違ったんだけどさ」

「ん?」

 なんですと?

「いや、私たちはバス待ちしていたし、あっちの方には行っていないぞ」

 桜が応じて、俺が首肯した。杉山は腕を組んで首を傾げた。

「えーっと? おかしいなぁ。他人の空似だったのかな。道路挟んだ向こうだったし、あの人たち制服じゃなかったから……。けど、あっちも僕に気が付いて、手を振ってくれたんだよね」

「ふむ」

 どういうことなんだろうな。桜が顎に手を当てて考え出したとき、お姉さまの方が杉山の手を引っ張った。

「ねぇ、早くいきましょう」

 こちらをちらちら見ながら、お姐さんが杉山の腕を引っ張る。仕方ないなぁと笑いながら杉山が手を振った。

「あはは、きっと勘違いかなにかだったんだよ。それじゃ、僕たちは行くから」

 そう言って手を振って、杉山たちは行ってしまった。

 その背中を見送りながら、「変なこともあるもんだな」と俺は言った。

「自分に似た人間が三人いるっていうが、そーいうオカルトの類かね」

 ふと思いつき、桜に訊いてみる。

「科学的に考えて、似ている人間ってどういうアプローチなんだ?」

 問われて桜は少し考え込み、口を開く。

「ぱっと思いつくのはやはり遺伝だな。共通する先祖がいて、子孫がたまたまその先祖に似てしまった……というのが一番簡単に説明がつくな。隔世遺伝というんだ」

「ほう」

「達樹も聞いたことはないか? 顔の造作が両親ではなく祖父母に似ているって人の話だ。一説に寄れば生命の設計図であるDNAには、人間がまだ真核生物――つまりアメーバだな――であった頃からの情報が全て記録されているとも言われ……」

 そう桜が語りだし、興味を覚えた俺が身を乗り出したところでバスがやってきた。残念ながら続きはバスの中で、となり、タラップに足をかけた時。

 桜が、杉山たちが去っていった方向を見て呟いた。

「ところで、達樹。気が付いたか?」

 俺が何に、という顔をすると、桜はこう続けた。

「杉山くんと一緒に居た女性……あれ、二年で現国を教えているうちの学校の先生だぞ」

「うぇ!?」

 変な声が出た。今日一番の驚きだ。

「達樹が気が付かないのも無理はない。化粧や髪型も変わっていたし、そもそも私たち一年とは殆ど接点がない人だしな。私としてはネタが増えて何よりではあるのだが、杉山くんは大丈夫なんだろうか。その、色々と」

 さ、桜に心配されるってのもなんか凄いな。こいつなりに杉山に対しては友情を感じているということだろうか。

「まぁ、どうにかなるんじゃねぇの」

 俺にはどうすることも出来ないからな。あいつだってわかってやってるんだろうし。

 微妙そうな顔を見合わせると、俺たちはバスに乗り込んだ。


  †


 夜。

「駄目だ。眠れん」

 俺は腹に乗っけていた掛け布団を引き剥がすと、ベッドから降りた。豆電灯のオレンジ色の光りを頼りに壁の時計を確認すれば、午前二時を回ったところだった。

「こんな時間まで起きているなんて久々だな……」

 今日と明日は特別に試験休みということになっているが、俺は普段新聞配達のバイトをやっている。朝の四時集合だから、本来今頃はぐっすりおねむの時間なのである。

 ところが今日はちっとも眠気がやってこない。うとうととまどろみかけては目を覚まし、こうして水を飲みに行ってはまたベッドで寝返りを打つ。その繰り返しだ。

 階段を下りて、まずはトイレ。次にキッチンに寄って、冷たい麦茶を飲んだ。身体に水分が吸収される感覚を楽しみつつ、俺は部屋に戻り考える。さて、この後はどうしたものだろう。冷たい物を飲んで、逆に目が冴えてしまった。

 その気になればこのまま起きていることも可能だ。しかし、試験勉強をしようという殊勝な心がけは俺には無い。

 空気が淀んでるのかな。少し入れ替えるか?

 そんなことを考えて部屋に戻った俺は、カーテンと窓を開けた。

「……な」

 窓の向こうに、誰かがいた。

 俺ンちの屋根じゃない。隣接する桜の家の屋根に、黒ずくめの男が二人、なにやら工具らしきものを手に窓に取り付いていやがる。

 俺の上げた小さな声に男たちが反応した。こちらを見る。俺と眼が合った――しかし顔まではわからない。目元だけ開いた銀行強盗御用達のマスクを被っていたからだ。

 これ以上ないお手本のような不審人物どもがそこにいた。 

「てめぇら、何を……!?」

 俺がそう叫んだ瞬間、奴らは動いた。滑らかな動作で屋根を蹴り、飛び降りる。殆ど音も無く着地すると、道路を走って逃走し始めた。

 俺が窓から飛び出そうとした時には、きっと奴らの仲間なのだろう。これまた真っ黒なバンが男たちを回収し、あっという間に走り去って行った。

 あとには、部屋の窓枠に足をかけたままの間抜けな格好で凍りついている俺だけが残った。



すまん!

真面目な?話をさせていたら圧してしまった。

下着はまた次回だ!


ねくすと → 次こそ下着回。

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