竜との出会い
次に目が覚めると今度は洞窟の中にいた。
「いっつつ…今度はなんなんだよ……」
とりあえず情報を整理してみよう。
①道を歩いてたら目の前が真っ暗になった
②気付いたら目の前に悪趣味な仮面を被った変な人がいた
③その変な人にいちゃもん付けられた挙句殺されかけた
④死んだと思ったらここにいた
うん、さっぱりわからん。考えてもわからないだろう。とりあえずその次に気になるのは……
「ここ、どこだ?」
洞窟っぽい事だけはわかるけど……。てか本当にここ日本か? でもさっきの仮面の人、喋ってた言葉はどう考えても日本語だよなぁ。
ということはやっぱりここ日本か?
あとなんか火の玉投げられたことだよ。特にライターとかスプレー缶を持ってるようには見えなかったぞ? どう考えても何も無い空間から炎が発生してたな。
「ん~……わからん!」
考えるだけ無駄かなぁ……。いや、待てよ? 実は一般的じゃないだけで、人間誰しもあんな芸当ができるとか?
よく言うじゃん。『人間が想像できることは、実現可能である』って。一種の魔法も案外できるんじゃないか?
思い立ったが吉日。早速挑戦してみよう。
「とりあえずさっき見た火の玉をイメージして……」
30分ほど頑張ってみたけど、火の玉が出る気配は全然なかった。
必死に火の玉を生み出そうとしてた二十歳の男。うん、アイタタターだわ。
「もう嫌だ……。着の身着のまま知らない土地に来るとかお先真っ暗じゃないか……」
今の俺にあるもの。
・今着ている服
・充電が切れたスマートフォン
・ポケットに入ってた五百円玉
これで何とかしろって? 無理だろ……。
とりあえず喉乾いたし、自販機見つけたらジュース買おう。
今日はここで一夜過ごして、明日は人を探してここが何処か聞こう。最悪警察に事情を説明して保護してもらおう。
当面の計画を立てたら再び現実に嫌気が差してきた。
「くっそ~!! ぜってー帰ってやる!!」
薄暗い洞窟の中で虚しく叫び声が木霊した。
◇
次の日、一応洞窟の奥を見ておこうと歩いていると、一番奥に真っ白な竜がいた。
急展開だね。俺も予想してなかったよ。
てか、は? ……え、は? いきなりこれ?
普通最初のエンカウントは大きいネズミとか芋虫とかさぁ、もうちょっとあれなのがいるじゃん普通! なんでいきなり竜なの!?
そもそもなんで竜なんているんだよ! 現代日本じゃないのかよここ!!
ってこの竜、寝てるっぽいな。目瞑ってるし。
じっくり見るとかなり奇麗な竜だなぁ。白星や月が鱗の下で光ってるみたいで……。
っとと、見惚れてないでここはそっと逃げよう。現実的に考えて竜なんて存在しないとか、昨日は火の玉投げつけられたとか、今は忘れよう。うん、それがいい。
‐君が今年の贄かい?‐
どこかからか、若い中性的な声が頭に直接響いてきた。
周囲を見渡すと、白龍は目を開けて大きく欠伸をしていた。
あ、今度こそ死んだわ俺。起きてるのかよ。うわ、何あの牙! 絶対生きたまま喰われるんだ……。
‐贄なら食べるけど、生きた贄は初めてだな。これが生贄って奴かい? しかも人間が来るとは予想外だったよ‐
また声が聞こえて来た。
なんか贄とか食うとか物騒なこと言ってません!?
「違う! 俺を生贄じゃないし、食べても絶対美味くない!」
‐おや、生贄ではなかったのか。ではなぜ此処に? まさか契約が希望かい?‐
また声が……。もしかして目の前の竜か?
話が通じるならなんとか説得してみよう。このまま喰われるのだけは絶対に回避しないと。
「契約? 気付いたらこの洞窟にいたんだ。勝手に入った事は謝るからお願いします食べないでください……」
‐うん? それも違うのか。別にお腹も減っていないし食べないさ。近くの村に行きたいのなら、洞窟を抜けて真っ直ぐ歩くといい。到着するのは明日の朝になるだろうけどね‐
「よかったぁ……! それにしても村までえらい遠いな。でも、このままいても仕方がないし行くか~」
いい人…じゃなくていい竜で良かった……。とりあえず人がいる所もわかったし、お礼言って早速向かおう。
‐道中気を付けることだね。森の中は魔物が多いはずだよ‐
「魔物!? 待ってちょっと待って考えさせて」
魔物とか竜とか、もう感覚が麻痺してきた。ここは日本じゃないって事は恐らく確かだろう。じゃあ海外のどこかか? いやいや。いくら地球にまだ知られていない秘境とかがあったとしても、魔物とか竜なんかが存在するような場所なんてまずないだろう。
じゃあ何か? ここは地球外って事か? ある日気が付いたら異世界ないし違う惑星にいましたってか?
まるで漫画かゲームの世界だな。
なんにせよ、とりあえず今は無事に人がいるところまで行くことが重要かな。ここが何処だとかは後でゆっくり考えよう。
まずは魔物だ。魔物ってなんだ?
スライムとか大きい狼とかかな。弱いやつならいいけど、生憎俺は武術も喧嘩の経験すらもない、言ってしまえば戦いのド素人だ。そんな俺が魔物に勝てるのか?
絶対無理だ。魔物どころか野良犬にも勝てる気がしない。
「見つからないように抜ける事とかは……?」
‐無理だと思う。奴らは鼻が利くから。それに足も速い奴がいるから、走って逃げるのも無理だと思うよ‐
はい死んだー! 今の言葉で俺の死がほぼ確実になったよー! ファック!!
「頼りっぱなしで申し訳ないんですけど、近くの村まで乗せて行ってもらうとか……」
もう藁をも掴む勢いだよ。恥も外聞もないよ。
-そうしてあげたいんだけどね。生憎ここ二千年ほど体調が悪いんだ。今じゃ飛ぶこともできなくてね。力になれなくて申し訳ない-
スケールでか過ぎだよね。二千年体調悪いってなに!?
そういえばここに来た時も眠ってたな。休んでるところを邪魔しちゃったのか。悪いことをしたかな。
でも今は情報が欲しい。申し訳ないけど、もうちょっとこの竜から話を聞かせて貰おう。
◇
「疫病? 封印?」
-そう。今から二千年前にある呪術師が王国に大規模な呪いをかけてね。その呪いが新種の疫病の蔓延だったのさ。で、当時王国にはちょっとした借りがあってね。その呪いをこの身体に封印したのさ-
王国とやらのためにその疫病を封じたのか?
仮に借りがあったとしても、こうやって二千年も封印し続けるってやっぱり善い竜なのかな。
二千年前の人間なんてもう全員死んでいるわけだし、その呪いでずっと体調が悪い状態が続いているんだ。俺なら絶対途中で投げ出しちゃうな。
そんな感じの事を目の前の竜に伝えると、意外な答えが返って来た。
‐確かに封印を解けばこの身体も良くなるだろうね。でも間違いなく人間はいつか死滅するよ。それだけ強力な疫病だったんだ‐
「失礼かもしれないけど、疫病ってどんな?」
‐知らないのかい? 有名だと思ってたんだけどなぁ。……腐肉症と言ってね。発症すると肉体が徐々に腐り落ちるんだ。最後には文字通り全身が溶け、朽ち果てる病だよ。この身体の場合は腐った先から新たな肉が再生するからね。時々腐肉を吐き出せば問題ない‐
なんだそれ、絶対苦しいだろ!
全身の肉が腐り続ける状態が二千年も……。
借りがあるからってそんなに我慢し続けられるもんなのか?
そんな思いが顔に出たのだろう。目の前の竜は更に意外な言葉を出した。
‐そんな顔をしないでくれ。自己満足の一種さ。それに、人間は好きだからね。いなくなって欲しくはないんだよ‐
いやいや、人間が好きで自己満足で二千年身体が腐るのを我慢するって!?
いくらなんでも嘘だってわかる。いや、本当なのかもしれないけど、それが全てだとはどうしても思えない。
-こんな湿っぽい話はやめよう。それより、今は君が今後どうするのかを決めた方がいいんじゃないかい? 見たところ契約をしに来たわけでもなさそうだし-
そういえばさっきも契約がどうこうって言ってたな。でも契約って良いイメージがないなぁ……。真っ先に悪魔の契約だったり、悪徳業者が思い浮かんじゃう。
「契約って? 魂寄越せ~! とかそんなん?」
‐君は何を言っているんだい? 契約と言えば主従の契約に決まってるだろう?‐
実際に「お前は何を言っているんだ」って言われたのは初めてだな。流石にちょっぴり恥ずかしい。でも聞かない事にはわからないしな。聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥ってね。
「その契約とやらをするとどうなるんだ?」
‐それすら知らないのかい? ……ふぅ。せっかくだし、教えてあげるよ‐
アナンタ曰く、
①契約士と呼ばれる人間が精霊や悪魔、天使、幻獣なんかと契約して、使役することを主従の契約という
②契約には契約士の器が必要で、器は人によって大きさが様々である
③器は先天的な大きさあるらしく、それ以上の大きさにはどう頑張ってもできない
④契約の際には相手の力量に応じて器を消費する
⑤契約する相手が強ければ強いほど、消費する器も多くなる
⑥契約士と契約した者は従属の印が身体のどこかに出て、契約士に逆らうことができなくなる
⑦基本的に主従の契約は契約士が倒した相手と強制的に契約を結ぶのが一般的
要は器がUSBメモリで、そこに精霊やら悪魔やらのデータを入れるって事か。因みに自分の容量を超える契約をしようとすると死ぬか、良くても廃人になるらしい。ここで恐ろしいのが、契約できないのではなくて、問答無用で死ぬか廃人になるってことだ。
物は試しにと強大な相手と契約をして、「できませんでしたあはは」では済まされない。だから契約士は慎重に自分の器の大きさを分析して、慎重に相手の力量を観察して、慎重に慎重に熟考したの後に初めて契約をするらしい。
‐大体こんな感じかな。過去の事例から、呪いの大小に関わらず対象に呪いがかかっていても解呪されることがわかってる。なんでも契約が呪いの一種らしくて、どんなに強力な呪いだろうと上書きされるんだ‐
なんでも呪いっていうのは他の呪いと反発し合うらしく、契約の呪いは呪いの中でも最上位に位置するらしい。
言われてみれば、確かに契約士に使役されるのが強制されるわけだし、相手が人型の場合は奴隷みたいな扱いをされるのが殆どだって話だし、呪いだって言われても納得できるな。
「契約したいところだけど、そもそも俺にって器あるの? あと俺なんかに使役されるの嫌じゃない?」
‐他人の器の大きさはちょっとわからないなぁ。因みに何度か契約しようとして死んだ人間がいる。中には人間界でもかなり著名な契約士が死んだくらいだし、ちょっと無謀だと思うよ‐
「うわぁ……」
‐この状態になって直ぐ、王国から派遣されたらしくてね。なんでも私の呪いを消そうとしてくれたらしいんだけど……。結果は全敗。まあ二千年もこの苦しみと一緒に暮らしてきたんだ。もう慣れてしまったよ‐
「……」
-あと君に使役されるのは構わないよ。解呪には恐らくあと数千年掛かるだろうからね。人間の寿命なんて百年程度だろう? その間多少無茶な要求をされても我慢できるさ。こうして話している限り君は悪い人間では無さそうだしね-
この竜は二千年間呪いに耐え続けて来たんだ。確かに百年間人間に使役されても、それは竜にとって短い時間なのかもしれない。
-でも、ま。逆に言えばあと数千年我慢すればこの呪いも解呪できるだろう。二千年耐えられたんだ。なんてことはない-
‐だからそんな顔をしないで。君は気にしなくていいんだ。命は大事にするべきだし、こんな見ず知らずの竜を助けようなんて思わなくていい‐
気が付くと俺は、随分と情けのない顔をしていたらしい。
だって考えても見てくれよ。人間に借りがあるからって呪いを自分の身体に封印して、二千年間こんな薄暗い洞窟の中で孤独に耐え続けて、更に解呪のためにあと数千年耐えようって考えてるんだ。
そう思うと自然と涙が零れ落ちた。一度流れ始めた涙は、ぽろぽろと地面を濡らし続けて止まらない。
泣いている間、竜はまるで赤子をあやす様に優しい声をかけ続けてくれた。
それは単なる同情や偽善から出た言葉かもしれない。でも【この優しくて美しい竜は絶対に契約して助けなくちゃ後悔する】と確信めいた思いがあったのも確かだ。
俺は涙が止まったのを確認すると、意を決して切り出した。
「君と契約がしたい。いや、契約する。契約させてくれ」
思えばこの一言が、これから始まる幸運で幸福な冒険の第一歩だったのかもしれない。
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